1958 中国の三面記事を読む(861) 日本人はどうして「三国志」に熱中するのか?

日本人为什么如此痴迷《三国志》?(组图)

2010-10-27 22:05:42 辛子IN日本

(参考)

1471 中国の三面記事を読む(627) 日本人の「三国志」好き――吉川英治考 (上)  September 12, 2009

1472 中国の三面記事を読む(628) 日本人の「三国志」好き――吉川英治考 (下)  September 13, 2009

Photo 2010“国民読書年”、この“読書年”は2008年6月に衆参両院全会一致で制定された。 理由は電子書籍の普及に伴い、活字文化いまだかつてない脅威を受けていることだ。 特に日本アニメゲーム産業が特別に発達しており、日本の大人達はこのことで子供達が“アニメやゲーム夢中になり本職が留守になる”のを心配し、そこでこの“文字活字文化振興法”を制定し、国民達、特に子供達に読書、もっと本を沢山むよう呼びかけたのである

Photo_2 10月27日から11月9日までの2週間、日本政府“国民読書週間”決めている。この“国民読書週間”は現在できたのではなく、1924年からあった。 その日本の図書館協会は日本全国で図書文化を広めようと、国民に本を読むことを呼びかけ、“国民読書週間”を作り出したのである。 そして、この機会を利用して各の読書推奨活動を催したのである 第二次世界戦の時に、この“国民読書週間”は度中断したことがあったが1947年にまた再開し、以前より一層盛大になり、もともとは週間だった“読書週間”を2週間まで延長したのである

毎年読書週間の日目、日本図書館協会メディアを通じて小学校、中学校、校で行った読書調査を発表する。 今年の10月27日、《毎日新聞》は最新の読書調査データを発表した。 

小学生の毎月の平均の読書量:10

中学生の毎月の平均の読書量:4.2

高校生の毎月の平均の読書量:1.9

(注釈:ここでいう“読書”、課外読物をいう。 教科書、マンガ、雑誌、参考書などは含まない)

2のデータから小学生から高校までの、日本の子供の読書量の変化をみることができる。 中学生と高校生小学生比較して、課外読書幅にしている。 原因は日本も中国と同じ、中学高校になると、大学入試に集中るため、課外読書を読む時間はほとんど試験勉強に追いやられてしまったのである。

日本の一部の教育学者、子供の小学校時書量を重視している。 子供の小学校時代のこの期間は、良習慣を身につける重要な過程である。 そのため、子供達小さいときから“読む習慣”を身につけるため、日本の一部の小学校“一で100冊本をという課外読書イベントを始めた。 先生子供達一緒に“で100冊の本に挑戦する読書カード”を作った。 読書カードには書籍の名称書開始時間了時間、簡単内容の荒筋と感想などを明記しで100冊の本を読み終わった子供には、先生から“100冊読書賞”または“読書名人賞”を授与ている

3 日本図書館協会学生達の一番好きな課外書籍のタイプを調査した時、一番人気があったのは歴史伝記類で、日本の歴史と伝記を除外すると、最も人気があったのは中国の《三国志》で、小学校高学年中学生ではその人気度ランク上位、劉備、関羽、孔明、曹操などで、これら《三国志》の英雄人物は。日本の子供の中でほとんど知らない人はいないほどである。 実は、子供だけではなく、日本で、ほとんど老若男女とも《三国志》が好きでのため《三国志》は日本ではいろいろなバージョンがあって、それぞれ異なる読者に合うようになっている

4 中国から来た留学生は日本に来て、《三国志》日本このように人気があるのを見て、非常に驚ついいてしまう。 “どうして《三国志》が、日本このように人気があるのですか?” 日本人は、“《三国志》中の人物はみな人的魅力がある。例えば関羽忠義の英雄だが、日本人敬する武士道精神非常に近いものがありまた《三国志》の時代背景、日本の歴史上の“戦国時代”と似ているところがあ、そのため日本人が《三国志》を読む時、親近感があります”と答える

5 《三国志》が日本広く伝わった年代はわからない。 しかし聞くところによると江戸時代には、《三国志》は日本でとても人気があったという。 しかし、21世紀の現在も、《三国志》依然として日本での人気はえず、若い読者達から歓迎されている。 有名な漫画家の横山さんの功績が大きい。 1990年代初期、横山さんが《三国志》漫画化し、《三国志》の中の英雄的人物の誰もが日本の青少年好感を抱くアニメ・漫画の英雄になった。 アニメ版《三国志》は子供達から喜ばれただけでなく、大人達からも非常に歓迎された。 例えば、鳩山前首相はとても漫画《三国志》を見るが好きで自分劉備玄徳のような人物になりたいと言っている。

10レッドクリフ:赤壁》日本で公開された時、興行成績トップの記録を作った。 ある日本女、“三国の孔明が好きだから、一緒に金城武好きになっちゃった”と言っていた。

日本人为什么如此痴迷《三国志》?(组图)

2010-10-27 22:05:42 辛子IN日本

年是日本的“国民读书年”,这个“读书年”是20086月由日本国会制定的,原因是随着电子刊物的普及,活字文化受到前所未有的威胁,特别是日本动漫和游戏产业超级发达,日本的大人们由此十分担心他们的后代会从此“玩物丧志”,于是制定了个“文字*活字文化振兴法”,呼吁国民们,特别是孩子们要读书、多读书。

而从1027日到119日这二个星期,还被日本政府定为“国民读书周”。这个“国民读书周”并不是现在才有,从1924年开始就有了,当时日本的图书馆协会想在日本全国推广图书文化,倡议国民阅读,便弄出个“国民读书周”,好趁此机会举办各类读书活动。二战期间,这个“国民读书周”曾经一度中断,到1947年又重新开张,并且变本加厉,将原本为期一星期的“读书周”延长到二个星期。

每年读书周的第一天,日本图书馆协会都会在媒体公布对高、中、小学校所进行的读书调查,今年的1027日,日本的《每日新闻》公布了最新的读书调查数据:

小学生月平均读书量:10
中学生月平均读书量:4.2
高中生月平均读书量:1.9

要说明一下:这儿所说的“读书”,专指课外读物,不包括教科书、漫画、杂志、参考书等在内。

大家从上面的数据可以看到从小学到高中,日本孩子读书量的变化。中学生和高中生与小学生相比,课外书的阅读量大大减少,原因估计只有一个:日本也和中国一样,到了中学和高中,都在积极准备高考,阅读课外书的时间几乎都被学习和考试给挤掉了。

而日本的一些教育学者,十分看重孩子在小学期间的书籍阅读量,认为孩子在小学的这段时间,是培养良好习惯的重要过程,因此,为了培养孩子们的从小就养成“阅读的习惯”,日本的一些小学,还发起“一年读书100本”的课外阅读活动,老师和孩子们一起制定“一年挑战100本书籍阅读卡”,阅读卡上标明书籍名称、阅读开始与结束时间、以及简单内容概括和感想等,一年阅读完100本的孩子,由老师颁发“100册读书奖”或是“读书名人奖”。

日本图书馆协会在调查学生们最喜欢阅读的课外书籍类型时,发现最受欢迎的是历史传记类,除了日本历史以及人物传记,最受欢迎的便是中国的《三国志》,其人气度在日本小学高年级和日本中学生中的排列前三名,刘备、关羽、孔明、曹操,等等这些《三国志》里的英雄人物,在日本孩子中间几乎无人不知无人不晓。其实,不仅仅是孩子,在日本,几乎男女老少都爱读《三国志》,为此,《三国志》在日本有各种各样的不同版本,分别适合于不同的阅读人群。

中国来的留学生到了日本,看到《三国志》在日本如此人气,十分惊讶,忍不住问:为什么《三国志》在日本如此受欢迎?日本人便回答道:因为《三国志》里的人物都有个性魅力,例如像关羽这样的忠义英雄,与日本人崇尚的武士道精神十分相近,《三国志》所发生的时代背景,也与日本历史上的“战国时代”有相似之处,因此日本人阅读《三国志》会有一种亲切感。

《三国志》流传到日本的年代不详,但据说早在日本的江户时代,《三国志》在日本就十分有人气,但到了21世纪的现在,《三国志》仍然能够在日本长盛不衰,并受到年轻读者们的欢迎,则得归功于日本的著名漫画家横山光辉。上世纪90年代初,横山光辉将《三国志》漫画化,《三国志》里的英雄人物,一个个都成了深受日本青少年喜爱的动漫英雄。漫画版《三国志》不仅受到孩子们的喜爱,就是在大人们当中也十分受欢迎,例如日本前首相鸠山就曾经公开说他很喜欢看漫画《三国志》,并希望自己能成为刘备玄德那样的人物。

《赤壁》在日本上演时,曾创下票房第一的纪录。有日本女孩说:因为喜欢三国孔明,所以一起喜欢上了金城武。

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951中国は見る(488)日本のナンパ中国語教材に 中国ネットで批判の嵐

2008-03-20 00:46:15 网友炮日本教材教人泡中国女人

来源: 金羊网(广州) 网友评论 5837  击查

Photo_2 新快報3月20日報道:最近、あるウエブサイトのコミュニテイに《怒れ! 変態日本 中国女性ナンパのための中国語教材》という文章があり、200,000もアクセスされた。 その文章には教材の一部が写真で紹介されていた。 中国語と日本語がPhoto_3 それぞれ併記されている教材で、そこには你和我撒(甘えていいよ)、今夜不要走了(今夜は帰らないで)、我帮你脱衣服吧(私が脱がしてあげる)などの言葉があった。 この“一石”が投じられたことにより、ネット上で非難合戦が始まった。 大多数の人々が、激しい言葉で自分の怒りを書き込んでいた。

“オーディンの左目”という人は、“こんなのたいしたことないよ。 日本のビデオ店の成人コーナーには、中国小姐との危ないビデオが出回っている”と言うのや、中には理知的に分析する人もいる。 “恐竜の骨”さんの分析はこうだ。 “これは二ヶ国語の教材で、中国女性をナンパするだけの本と断定することは出来ない。 中国という二字は慎重に使うべきだ。 自分を貶めてはいけない” “メイリーラード”氏は、“私の友達がその本を持っている。 別にベッドでの言葉だけじゃなく、恋愛やデートなどの場面の言葉もあり、一部分だけ取り上げてかれこれ言うこともないんじゃないか!”

このほかこれを見た人の中には、別の見方をする人もいた。 “年少”さんは、“これは中国語を勉強する生きた教材であり、場面にあった会話は、とても覚えやすく実用的である。 中国の英語の教科書より本当に実際的だ” “腕輪の小二”さんは逆に、“これは民族蔑視で、売らんがためのものではないか?” “空城計”さんは、“いつになったら政治がちゃんとし、文化がまともに考えられるんだろう?”と嘆いていた。

記者の講評:

私は一部の人のように、その“XX”の言葉だけで非難することはしない。 しかし事実は、私に理性をマヒさせてはいけないと告げている。この世にはきれいなものと汚いものが沢山ある。 冷静で理知的でさえあれば、私達の目はちゃんと見極めることが出来るはずだ。

网友炮日本教材教人泡中国女人(组图)

2008-03-20 00:46:15 来源: 金羊网(广州) 网友评论 5837  击查  

新快320  近日,某网站社区一篇名怒!变态的日本泡中国女人教材》的帖子被阅读200000次,帖文里出了一组该教材片。是中文日文的照版本的教材,上面写你和我撒今夜不要走了我帮你脱衣服吧等句子。可一石激起千,激的网友们骂战。多数网友在跟帖中用彪悍的句表达了自己的

网友奥汀的左眼则报料:算什,在日本的音像店的成人区,专门有在中国泡小姐的出租。网友中也有不少理智的分析者。网友分析是一本双教材,不能断定它就是教人泡中国女人的,中国二字慎重使用,不要自己先看低了自己。网友梅里拉德道,我朋友就有一本,不是专门写床上句的,包括教人恋会等情,不要断章取啊!

有一部分网友看到的是另外一个面的西。网友年少认为是学汉语的生教材,情境对话易学用。中国学英本,真是实际很多。网友子小二道:是不是在用民族歧众取!网友空城么时候才能政治政治?文化文化?

者点

我不能像一些网友一本能地出那些××字眼,不我,理性并不等于麻木。要知道世上花和牛的多,只有不麻木的理智,才能的眼睛能存着清澈。 (本文来源:金羊网-新快 作者:毅富 讯员 )

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909中国の三面記事を読む(309)女性が好きな作家・瓊瑶(チュンヤオ)《上》

Qiongyao11 中国の読書傾向として、一時、男は武侠小説の「金庸」、女は愛情小説の「瓊」と言われたことがあった。

中国人は今もってあの大混乱した“文化大革命”時代を忘れることが出来ないでいる。 あの時代、最も辛かったことは、基本的な人の心が封印されたことだ。 その当時も、人々は愛情、男女の愛を望んでいたのだが、なんと言ったって“革命”の時代だった。 そんなものはすべて“資産階級”の範疇に入れられた。 プロレタリア階級にとって“革命”以外なく、何が“愛”だ、“情”だ、“性”だで、話すことも“汚らわしい”ものとされた。 だから、文化大革命の間、人の性は厳しく抑圧されていた。 “文革”が終わると、人々はこの“愛情”、“恋愛”といった男女の愛の甘さを求め始めた。 長い 間の性抑圧の環境から、“性的飢餓”に突入し人々は戸惑った。 こうした時代に瓊瑶の愛情小説が読まれるようになった。 みんなこの愛情小説から、男女の愛、愛情の甘さ、幸せを感じ取った。 こういった歴史条件から瓊瑶の愛情小説は、とりわけ若者達に心理的、満足感を与えるものとなった。 そして瑶の小説から人間性への回帰、愛情こそ人を惹き付けるものだと理解するようになった。 特に若い少女達は、瑶の小説をみな夢中になって読みふけった。 

瑶は本名陳喆、本籍は湖南省衡陽の人。 1938年4月20日、四川省成都に生まれる。 1949年、父親に従い台湾に渡る。 1963年第一作“窓外”を出版し作家活動に入る。 当初は、台湾、香港で人気を得ていた。 瑶の小説がPhoto 大陸に初登場したのは、1982年の《海峡》という雑誌に掲載された《我是一片雲》だという。 その後、数年の内に花城出版社、江蘇出版社などから瑶作品が出版されるようになった。 当時は貸本全盛時代で瑶の貸出しが圧倒的に多く、“文革の反動”から中国全土に広まっていった。

作品は次のとおり。

1.翦翦风

2.六个梦

3.烟雨朦朦

4.菟丝花

5.寒烟翠

6.庭院深深

7.一帘幽梦

8.窗外

9.月满西楼

10.水灵

11.星河

12.幸运草

13.却上心头

14.聚散两依依

15.梦的衣裳

16.紫贝壳

17.

18.潮声

19.彩云飞

20.剪不断的乡愁

21.女朋友

22.青青河边草

23.雪珂

24.在水一方

25.梅花烙

26.鬼丈夫

27.海鸥飞处

28.浪花

29.水云间

30.我是一片云

31.问斜阳

32.新月格格

33.雁儿在林梢

34.一颗红豆

35.烟锁重楼

36.昨夜之灯

37.秋歌

38.人在天涯

39.彩霞满天

40.匆匆,太匆匆

41.月朦胧 鸟朦胧

42.望夫崖

43.金盏花

44.心有千千结

45.冰儿

46.燃烧吧火鸟

47.碧云天

48.我的故事

49.失火的天堂

50.白狐

51.几度夕阳红

52.苍天有泪

53.还珠格格

54.还珠格格・天上人間

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748中国は見る(421)村上春樹とノモンハン事件 (下)

日本的戦争―村上春樹の心の中のノモンハン

2007-08-09 09:58:48 :一太日本式的——村上春心中的诺门

本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/zhongri/734/1272734.html

Photo 《ねじまき鳥クロニクル》についていうと、この作品は、上中下三部作で、中国語訳で50万語を超える長編小説で、村上春樹にとって画期的な作品である。 この作品は間違いなく彼の創作過程での転換点となるものだ。 村上氏自身が述べているように、彼のほかの小説の重要なテーマは、主人公がいつも何かを探している。 《ねじまき鳥クロニクル》が、以前の作品と違うところは、主人公が、自Photo_2 分から積極的に探し求め、そのために戦うところだ。 《ねじまき鳥クロニクル》は全編を通じて、この積極性または戦闘性が貫かれており、その戦闘性の方向が示すものは、日本の政府によって隠されているもう一つの歴史を探すことであり発掘だっPhoto_3 た。 それはすなわち邪悪と暴力にまみれた歴史だ。 《ねじまき鳥クロニクル》のテーマが、現在の日本の暴力の伝承と根源を捜索し検証するものだとしたら、あの「実に日本的な、あまりにも日本人的」な、うやむやに隠されたノモンハン事件は、間Photo_4 違いなくその典型的な教材であり、村上氏の筆致により、日本の歴史の最も暗い、最も隠された部分と現在日本の問題点の原点に迫るものになるといえる。  

そうしたわけで、1994年6月、村上氏はついに中国、モンゴル国境を訪れ、ノモンハンにやって来た。 1939年、ノモンハンで展開された戦争の現場・ハルハ河畔に実際に立ったのだ----------見たところ、なだらかな傾斜の緑の丘陵が続いているように見えるが、ソ連軍に集中砲撃された関係で、あたり一面草木も原形をとどめないほどやられ、山の形も変わってしまったという。 8月の後半、ソ蒙連合軍が大挙進攻し、日本軍を包囲砲撃し壊滅打撃を与えた。 その激戦の跡は、斜面の砂地のあちこちにまだそのまますっかり残っていた。 砲弾、銃弾、飯盒、そんなものがそこいら中に一杯落ちていた。 爆発しなかったような白い形の砲弾も転がっていた。 私はこの戦場の真ん中に立って、暫くじっとしていた。 いずれにせよ55年前の戦争だ。 しかし、まるで数年前行われたかのように、殆んどそのままの状態で、私の足元に散らばっていた。 ただ死体や血の跡がないだけだ。 慰霊のため村上氏は、銃弾一発と迫撃砲弾の破片を拾って、日本へ持って帰ることにした。 彼が夜遅く喬巴山のホテルに戻り、銃弾と砲弾をテーブルに置いた時、彼はなんか一種異様な“気配”を感じたという。 夜中にパッと目が覚めたら、部屋が大揺れに揺れていた。 部屋がまるでコンクリートミキサーのように、上下に回転する感じだった。 真っ暗な中でガタガタ音を立てている。 一体何が起こったのか? 何が行われているのか? 全然わからなかったという。 中国から帰ってからも、その強烈な振動と恐怖の感触は、村上氏の身体に暫く残り、彼を戸惑わせた。

この奇妙な体験が“超自然的現象”であることかどうかは重要でない。重要なのは、作者が語る強烈なメッセージだ。“暗黒、恐怖と暴力は、戦争が終わったからといって、決して終わるものではない” 正に村上氏が言うように、“私達は、ある種の息が詰まるような閉鎖性の中にいます。 それはいつか、押し止められない強い力となって噴き出すでしょう” 村上氏は続いてこうも書いている。“ニュージャージー州プリンストン大学の静かな図書館や長春からハルピンに入る時のガヤガヤとにぎやかな列車の中という二つの遠い場所は、私は日本人として、どちらも不快に感じてしまう。 それでは、私達はどこへ向かっていけばいいのか? “私達はどこへ行ったらいいのか?”―――日本はどこへ向かっていくのか? 日本人はどこへ行くのか? 自分はどこへ向かっているのか? 大きな意味で言うなら、この疑問を追求するため、村上氏を中国・モンゴル国境のハルハ河西岸のノモンハンに連れて行ったとも言える。 そういう意味から言えば、ノモンハンは村上氏の心の中のノモンハンである。 彼はずっと、歴史の深い霧の中の遠い“国境”を探し求めていたが、日常のすぐ目と鼻の先にある“近い所”も探す必要がある。 最後に付け加えるなら、村上氏は、旅行者、探訪者、また作家の上に、戦う戦士という肩書も入れるべきだ。 

 

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747中国は見る(420)村上春樹とノモンハン事件 (上) 

日本的戦争―村上春樹の心の中のノモンハン

2007-08-09 09:58:48 :一太日本式的——村上春心中的诺门

本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/zhongri/734/1272734.html

Photo 村上春樹は旅行好きの作家である。 彼本人の言によれば、“日本に住所はあるけれど、なぜかわからないが落ち着けなくて、むしろ世界を歩き回っていた方がいい”と言う。 だが正確に言うなら、村上氏は決して世界中を歩き回っていない。 というよりこの“世界”にはアジアは入っていないのだ。 ただ実際には、村上氏はアジア人として、アジアの国へは中国とモンゴルへだけ行ったことがある。 それもわずか2週間という短いものだ。 時期は、1994年6月。 ルートは、大連―長春―ハルピン―ハイラル―内モンゴル新バルガジャサク旗のノモンハン村、その後北京を回り、ルートを変えて、北京―ウランバートル―喬巴山―ハルハ河畔西岸のノモンハン事件の戦跡を回った。

その頃は、《ノルウェイの森》はまだ(中国で)ベストセラーになる前で、村上氏の名前は中国ではあまり知られていなかった。 だから10数年前の彼のその旅行は、中国人の関心を呼ぶことはなかった。 ただ普通の外国人旅行者が旅をしているといったものだった。 汽車について、村上氏は辛辣なユーモアを交えてこう書いている。 “大連からぎゅうぎゅう詰めにされ、トイレへ行くこともできない--------硬座車(普通車)では、中国人が平気で窓から物を投げ捨てている。 もし、窓側に座って窓を開けていようものなら、予想外の災難に遭うかもしれない。 ビール瓶やミカンの皮、それに痰(タン)や洟(ハナ)など、いろんなものが窓の外をビュンビュン飛んでいく。 悪くすると、当たってしまう恐れもある。 そんな目に遭ったら悲惨である” ホテルについては、“私は中国の多くの都市を回ったが、中国の建築家は完成したばかりのホテルを廃墟にする特別の才能があるように思える--------エレベーターの中の化粧版は剥がれ落ちそうだし、部屋の天井の隅は、何かわからないが穴があいており、浴室のバルブは大体が壊れている。 スタンドの首の部分は壊れて垂れ下がっている。 洗面台の「フタ」はどこにいったのかない。 壁には心理試験でもするかのようなシミの跡が見られる” 医療サービスについては、“ハルピンで予想もしなかったことで病院に駆け込んだ--------硬座に乗った時、向かいに座った若い男性が窓を開けたのだが、閉まらなくなり、目に異物が入ってしまったのだ” このため村上氏は、ハルピンで2回病院に通った。 2回とも待たされることなく、洗眼と薬代を3元(約45円)支払った。 村上氏は感動して、“私の経験から、眼科治療については中国の医療は大したものです。 安いし、早いし、腕もいい” 

ところで、村上氏の「中国行」は、ここに述べたような中国印象記を書くためではない。 彼は、いかなる観光スポットも行かなかった。 彼の目的は中国・モンゴル国境付近の普通の地図には名前さえ載っていない場所:ノモンハンだった。 では村上氏は、そんな辺境の地で何をしようとしたのか? それは、ある戦争に関わるものだ:ノモンハン事件(ハルハ河戦争) この戦争は1939年春から夏にかけて、日本軍がノモンハンに近い「満蒙」国境付近で起こしたものだ。 関東軍は、6万近い兵力を投入したが、結果は、ソ連機械化部隊を主力とするソ連・モンゴル軍の圧倒的な反撃によって、壊滅的打撃を受けた。 死傷者と行方不明者は2万余にも上った。 この事件後、関東軍は対ソ進攻の野心を収束せざるを得なかった。

村上氏は、小学校の頃、歴史の教科書でノモンハン事件の戦争の写真を見た。 それ以降、その戦争の写真のことが、いつも頭から離れることがなかった。 その後、アメリカのプリンストン大学の招請を受け同校にいた時、図書館で思いがけず沢山のノモンハン事件に関する、英文、日本語の図書を見つけた。 読んでいるうち、彼は、自分がずっとその戦争に強く惹かれた原因がわかった。 “それは多分、ある意味でその戦争の顛末が「実に日本的」だったからだ。 あまりに日本人的だったんです” 「何が日本的で、日本人的なのか?」、村上氏から見ると、“沢山の兵隊の存在を見ていない。 日本のこの閉鎖された組織の中では、兵隊は消耗品なのだ。 だから沢山死んでも責任を取ったり、この中から教訓を汲み取るなんて言語道断なんです。 戦後の今日でも、私はどうしても、社会のいろんなところで消耗品となって、ひそかに抹殺されているのではないかという疑問から抜け出せないでいます。 私達は、自分が人としての基本的権利を、日本のこの平和な「民主国家」の中で保障されていると信じている。 しかし本当にそうだろうか? 一皮剥くと、その中に流れ、受け継がれているものは、過去と同じあの閉鎖された国家組織やその理念じゃないのか? それと同時に、村上氏は、あの“残酷な”戦争は、正に自分がPhoto_2 探し求めるテーマであると意識するようになった。 そして、あの戦争を長編小説《ねじまき鳥クロニクル》の主軸の一つに取り上げることに決めた。 村上氏の「中国行」或いは「中国・モンゴル行」の目的は、《ねじまき鳥クロニクル》のテーマの一つとしてのノモンハン事件の戦場を自分の目で見ることだったのです。

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644中国は見る(364)日本女性の性意識(下)

2007-04-26 12:52:38 秘:日本女性混乱心思下的真            本文网址:http://bbs6.news.163.com/zhongri/1170912,18.html

“ダンナとは年に一回だけ”――麻衣子さん

麻衣子さんは、ばついちである。 その結婚生活は1年半だった。 “彼とのセックスは面白くなかったの”と麻衣子さんさんはいう。 “不倫じゃないと、私、燃えないの” 麻衣子さんの前夫が、この言葉を聞いたら頭にくるんじゃないだろうか? 実際はどうだったかというと、結婚前、麻衣子さんは二股をかけていた。 一人は後の夫、もう一人は夫の友人。 時には、その友人が帰ったばかりの時、夫がドアをたたき、麻衣子さんが裸のままドアを開けたことがあった。 二人の男にすまないと思いながらも、麻衣子さんは巧みに付き合い続け、バレることはなかった。 その後、麻衣子さんは、この遊びを終わりにし、自分が裸で迎えた時の男を、自分のダンナに選んだ。

しかし、問題はすぐにやってきた。 “だって彼とは兄妹みたいな感じだったんです。 だからキスだってしませんでした。 パリへ新婚旅行に行ったときなんか、わざわざ行ったのに、彼とやったのは一回だけ。 覚えているのはそれ一回。 その後、彼が求めてきても、私の方が興味がなく、わざと理由をつけて断ってたの” 麻衣子さんは、自分と前夫の滑稽な性生活を振り返った。 “知らず知らず不倫に入ってしまったんです。 会社の同僚でした。 お互い好感を持ってたし、それに冒険してるという刺激もありました。 だからセックスするたび燃えました” こうして麻衣子さんは、結婚一年半で夫に離婚届けを突きつけました。 “彼は、その時私に哀願するように頼みました。 ちょっと可哀相でした” 麻衣子さんは、自分が勝手なことを認めた。 反省したことがあったからかもしれない、現在、麻衣子さんはその同僚とはもう別れ、別の男性と真剣に愛し合っている。 もちろんベッドの上でも誠心誠意、もう裸で次の男を迎えることはしていない。

“彼の女に勝つことに快感を感じるの”――美雪さん

22歳の看護士・美雪さんは、小柄で可愛らしい。 彼女の名前のように人を引き付ける美人である。 美雪さんは、セックスが好きであるが、ただ彼女は中年男性に対してのみ興味を感じるというのだ。 なぜかと言うと、これら男性はもう家族持ちだったり、ほかに女性がいる。 “この人達に女性がいると聞くと、私やる気が出るんです。 奥さんがいようと、女性がいようと、私が彼女達に勝ってやると、ムラムラ燃え上がってしまうんです”

美雪さんが征服した男性は12人になる。 自分の病院の先生や、バーで知り合ったサラリーマン、街中で女性とデートしていた男性など。

現在、美雪さんと付き合っている男性にも奥さんがいる。 美雪さんは時々、わざと彼の携帯で、妻にイタズラすることがある。 たとえば挑戦的なEMailを送ったりするのだ。 美雪さんが興味津々にこのことを話していると、“数秒しないうちに奥さんが、怒って声を震わせて「追及しますからね」って電話がかかってきます。 私は、そこで甘えて「帰らないで、帰らないで」と言って、彼をベッドへ連れて行くの。 男って、みんなバカなんです。 帰らないでというと、本当に帰らないんです。 その上、「あのカミさんが、あんたのように可愛かったらいいのにな」って言うんです”

美雪さんは、まだ高校時代の援助交際の感覚を覚えていて、このように男を手玉に取るのが好きなのだ。 将来、美雪さんが家庭を持った時、自分のダンナをどうやって、彼女のような女の人から守るのだろう?

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643中国は見る(363)日本女性の性意識(上)

2007-04-26 12:52:38 秘:日本女性混乱心思下的真            本文网址:http://bbs6.news.163.com/zhongri/1170912,18.html  

日本で有名な女性週刊誌“女性セブン”が最近、現代日本女性の性に対する意識調査を行ったところ、ちょっと意外なことがわかった。 取材を受けた十数名の女性達は、それぞれの情況を語ってくれたが、それから推論できることは大体同じようなものだった。 未婚の女性は、自分が本当に好きな人とはできない。 結婚している女性は、自分の夫とはセックスを楽しめない。 18歳の女性の話は、みんなの声を代表しているかもしれない。 “本当は好きな人とセックスしたいの。 でも彼のことが好きだと、セックスできない” この現代日本女性の複雑な心の奥底にある真実のセックス行動をのぞいて見ることにする。

“自分の好きな人に捨てられるのがコワイ”―― 尚美さん

尚美さんは今年25歳、六本木のレストランで働いている。 セックスフレンドは8人いる。 どの“彼”とも、会ったその日にベッドインしている。 自分が本当に好きな人に愛を捧げて、もし捨てられたらコワイと思っている。 だから、自分が一方的に好きだと思っている人がいても、別の人から求められれば拒否はしない。 私を受け入れてくれる人がいるということはうれしいし、こういう人が沢山いることは、私に自信を持たせてくれる。 尚美さんは、自分の行動をこう説明してくれた。

実は、尚美さんには“コワイ”経験があった。 最初の“彼”は尚美さんが学校を卒業し、社会人となった19歳の時、クラブで知り合った。

その彼は、自分の好きなタイプだった。 話をするうち、尚美さんは相手の甘い話に乗せられラブホテルに直行、ベッドインし、自分がとうとう“処女”の肩書を捨てることが出来たと心の中で喜んでいた。 ベッドの中で、相手は“好きだ、好きだ、あんたが好きだ”と言い続け、尚美さんは思わずこの“愛”の落とし穴に落ち込んでしまった。 だが“彼”は実は相当なプレイボーイで、ほかに何人も尚美さんのような“好きだ、好きだ、あんたが好きだ”と言っている女性と、性的関係を持っていた。 

尚美さんが、“彼”のこのような“人気”を知って、衝撃を受けたことは言うまでもない。 そこで彼女は、今後セックスフレンドの相手には、自分からのめりこまないようにしよう、相手に恋人がいても関係ないとすることに決めた。 

その後、横浜の街を酒に酔って歩いていた時、尚美さんは通り掛かりの男から声を掛けられ、一緒にラブホテルに入った。 “どうせ一夜のこと。 見たところサラリーマンみたい。 何も訊かないことにしよう。 終わったら連絡も取らず、二度と会うこともすまい” このような“彼”が、尚美さんにとってホッとできるものだった。 それからは、尚美さんのレストランに食事に来た客が、何度もアタックしてきたので、ベッドを共にしたことがあった。 そして尚美さんは、第三、第四と次々と知り合った“彼”が現れた。 多分、“X”番の男性も尚美さんの好みの男ではないだろう。

今、尚美さんは、実はこのことで悩んでいる。 このようなセックスは、結局、何の負担もないけれど、危険と隣り合わせでもある。 “私はやっぱり信頼できる男の人を見つけたい。 でも---------

でも何? あるいは“X+1”の男性が、尚美さんに答えをくれるかもしれない。

“私、自分に自信がない”―― 智子さん

ファッション会社でデザインの仕事をしている智子さんは、どこから見ても美人である。 着ているものも並とは違うファッション感覚に溢れている。 性格は明るく、上品で、28歳の年齢は、彼女を更に成熟した女性に見せている。 こんな魅力的な智子さんが、自分に自信を持てないとは信じられないことである。 “自分の好きな人の前では、私、緊張してしまうんです。 話も支離滅裂になったりして。 私、自分の性格にも、身体にも自信が持てませんでした” 

智子さんの話は意外に思えた。 智子さんの初体験は友達の結婚式で知り合ったサーファー好きの青年だった。 二度目にあった時ホテルへ行った。 一つには相手がタイプだったし、もう一つは智子さんも早く“女”になりたいと思っていたからだ。 しかし、その時、“サーファー”は積極的に求めてこず、智子さんも自分の方から求める勇気もなく、なんということなくその場は終わった。 その後、電話しても彼はそっけない態度で、智子さんはショックを受けた。 そして、自分に魅力がないからではないかという思いにとらわれた。 智子さんをこのように卑下させたのは、アイドル写真集やポルノ雑誌の影響だった。 “彼女達の胸はあんなに豊かで、腰は細いし、私とは大違い。 比べてみると本当にガッカリしちゃう” 智子さんは次第にあの“魅惑的な身体、ボインの胸”は、普通の女性がみな持っているものだと思い込み、“自分のこの身体がいけないから嫌われるんだ。 仕方がないんだわ” 今もってこのマイナスの考えから抜け出せないでいる。

智子さんは、やはり酒に酔った時、アルコールの力を借りて魅力を感じない男と“初体験”をした。 現在、智子さんには“男友達”と言える“彼”がいるが、“彼”に少しも愛を感じない。 ただ自分を受け入れてくれるから付き合っているだけだ。 あの“サーファー”に自分の方からもっと積極的にすればよかったと、ずっと後悔している。

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550中国の三面記事を読む(146)中国語版《下流社会》売れ行き好調(下)

《下流社会》 その概念と該当する人々

《下流社会》 一个概念和一代人 2007-02-07 

文章来源: 青年周末

Photo_880 作者:(日本)三浦展 著、陸求実 戴錚 訳

出版時期:200711

定価:18元(約270円)

◎あなたは家を買うのに躊躇したり、家を買っても多額のローンに悩んだりしませんか? 

◎あなたは結婚をしたくないと思ったり、たとえ結婚しても年齢のことで子供を作りたくないと思ったりしませんか? 

  あなたは仕事のことを考えると憂鬱になり、明日が休みだったらいいなと思ったりしませんか? 

もし、以上のどれかに該当していたら、あなたは遺憾ながら、もう“下流社会”の一員になっています。 これは決して、あなたの“誤り”ではなく、社会のプレッシャーがあなたを“下流”の列に押し込んだのかもしれません。 でも、もしあなたがそれでも構わないというなら、日本のベストセラー《下流社会》の中に書かれている内容を読んで、自分自身をチェックしてみて下さい!

下流社会”の住人:

“下流界の女”

干物女:日本の漫画《ホタルノヒカル》の女主人公雨宮蛍は20代にして恋愛を放棄し、平日は会社から直帰して漫画に読みふけり、休日はフトンの中でうだうだ過ごすのが幸せという女性。 青春時代をまるで干物にした老人みたいだ、ということで干物女という。

かまやつ女:かまやつ女(かまやつひろしのような風貌が特徴)は、作者三浦展氏が名付けた言葉で、近年増えたタイプである。 ファッションは古着屋などで買う、自分に合う自由なスタイルで、常識にはとらわれない、年配の男性がかぶるような帽子をのっけているのが特徴。 物事の価値判断はすべて自分らしさを求め、一般に「手に職系志向」が強く、「専業主婦志向」はない。

ギャル系女:外見はけばけば系だが、専業主婦傾向は強く、普通22-23歳でお嫁に行ったり、出来ちゃった婚で結婚する。 学歴は高くない。 仕事をしてもすぐ辞めてしまい、人生に対する計画性はない。

“下流界の男”

SPA族:特に男性雑誌《SPA!》の主要読者層。 彼等はあまり勤勉な方ではない。 仕方なく仕事をしているタイプ。 安売り店で服をよく買う。 ブランド品は買わない。 趣味は多い方だが、仕事の要領がよい方ではないので、しょっちゅう残業で楽しむ暇がない。 週50時間以上働いている。

LOHAS族:比較的高学歴で高収入だが出世志向が弱い。 地球環境や自然環境、社会貢献に熱心である。

フリーター:正社員になろうとせず、あっちこっちバイトを探し、自由な生活を送りたいとするタイプ。 中国語訳《飛特族》の“飛”にも、自由気ままな意味がある。

“下流社会”は日本の著名な社会学者三浦展氏が、2005年発表した概念で、その著書“下流社会”は、日本に強い振動を与えた。 その中の“下流社会はいずれ中産階級に取って代わる”という見方は、日本人に衝撃をもたらした。 その後、韓国、インドネシア、タイ、台湾、香港などにも広がり、とうとう2007年1月、中国国内にもやって来た。

もちろん、三浦展氏が論じている“下流”は、我々中国の辞書の解釈にある“下品、下劣”といったものではない。 それは人柄を指すものではなく、最低生活を送っている人達を指すものでもない。 ここでいう“下流”の意味は、生きていく上での状況を説明するもので、作者三浦展氏の説明によると、“下流社会の人達は、単に所得が低いということだけではなく、コミュニケーション能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲などの意欲が低い。 つまり「総じて人生への意欲が低い」のである”

“下流社会”の人達にも変化が起こっている。 かって私達がよく取り上げた

BOBO族、ボヘミアン、ヤッピー、ブルジョアに取って代わって、干物女、かまやつ女、ギャル系女、SPA族、LOHAS族が登場した。 名前は“格好よく”聞こえるけれど、みんな“下流社会”の典型の住人だ。 三浦展氏は本の説明の中で、“下流社会”を作っているのは、現在の若い世代が就職難という困難にぶち当たり、やっと仕事を見つけても、残業が当たり前、とてもたまらないと音を上げている。 仕事での競争や結婚の圧力にも大黒柱として立ち向かう気力をなくし、自分を“下流社会”の列に入っても構わないと思っているからだとしている。

それぞれの意見

青年周末編集 劉迪

普通の中国人同様、私も日本にあまりよい印象は持っていない。 しかし、日本は我国に対し多くの参考になる事例を見せてくれたことを認めないわけにはいかない。 たとえば経済復興、産業調整、ヒット商品の創意工夫、また社会各層の変化など、たとえば“下流社会”だ。

今、左右を見回しても中国に“下流社会”という新現象を云々する状況にはない。 少数のエリ-ト階級の上昇は見える。  中産階級については、その声はよく耳にしますが、その形は見えません。 ただ一番多い若者達は現実の激烈な競争の中で、知らず知らず“下に向かって流されて” いるようだ。 “下流社会”なんて見たくないという人がいます。 もちろんです。 その本は文学作品と比較するわけにはいきません。 ただ新世代の若者達の生態を理解する入門篇として読めばいいと思います。 LOHAS,DINK,NEET,SPA!----などの新しい代名詞に頭がクラクラする時、繁殖したこれら血筋がみな

“下流社会”の中から出たものだということがわかるはずです。 “世の中の仕組みで俺達を縛るな”これは若者達、何も大志のない怠け者の言い訳に過ぎない。 青春と成功を夢見、若さだけが力と盲信する若者達に、この“下流社会”の言葉を冷静に耳を傾けてもらいたいと思う。

コラムニスト 令狐磊

三浦展氏は、人生を登山に譬えている------なんで人間は山へ登るのか? 山の上に何か素晴らしい景色があるのを期待するからで、すでに7合目くらいにいて、しかも山の上に欲しいものなどなく、7合目にも高山植物が咲き、景色がよかったら、誰ももう山の上まで苦労して登ろうとしなくなる。 

“下流社会”の向上心のなさと登山の話は、一つの道理である。 彼等にとっては、小さくても日産CUBEで十分なのであって、なにもベンツなんて必要ない。 生活の変化は、人生に対する熱情にも多様な影響を与えた。 上流志向の強い人は、その境界を飛び越え上へ向かう。 大多数の人、また“才能があるのに埋もれてしまってる人”(現在は基本的にもういない)、或いは困難にあってしまったり、性格的にまた環境になじめない人は上に行くのをあきらめるのだ。

三浦展が記した

“下流社会”チェック・リスト

1.          年収が年齢の10倍未満だ

2.その日その日を気楽に生きたいと思う

3.自分らしく生きるのがよいと思う

4.好きなことだけして生きたい

5.面倒くさがり、だらしない、出不精

6.一人でいるのが好きだ

7.地味で目立たない性格だ

8.ファッションは自分流である

9.食べることが面倒くさいと思うことがある

10.お菓子やファーストフードをよく食べる

11.一日中家でテレビゲームやインターネットをして過ごすことがよくある

12.未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)

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549中国の三面記事を読む(145)中国語版《下流社会》売れ行き好調(中)

《下流社会》は人間性が問題で、制度には関係ない?

《下流社会》:只因人性、无关制度? 2007-02-07 09:56:00 

来源: (北京) 网友评论 0 论坛

Photo_879 20059月、三浦展氏の「下流社会」が書店に並んだ途端、たちまちその年のベストセラーになった。 1980年代に始まるバブル経済時代の日本社会の貧富の差の拡大は、90年代末には社会階層の分化問題として表面化しており、学術テーマと論争を引き起こしていた。

“中流”から“下流”へ

三浦氏の「下流社会」は「上流社会」の反対語であるが、いわゆる“下流化”とは単に所得が低いということだけでなく、“コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲つまり総じて人生への意欲が低いことである” 彼が下流社会で言及し分析しているのは、主に1970年代に生まれた“団塊二世”(団塊ジュニア世代)を対象としている。 彼等の父親達“団塊世代”は、戦後生まれの人々で、高度経済成長の6070年代に大量に大都市へ集団就職した。(いわゆる“団塊”とは人数が多いことから名付けられた) 大量に“中間階層”が増えた。 高度経済成長時代はやる気のない人間でも中流階級へ上がるチャンスがあった。 そこで、このラッキーな世代は“日本一億総中流化”という見せ掛けの現象を作り上げた。 団塊ジュニアは、この中流社会といわれた社会の中で育った世代である。 だから著しい貧富の差を見ないまま育った。 大部分は郊外の新興住宅地に住み、みな豊かな中流生活を送っていた。 それが当たり前であり、いつしか上昇志向を失くした。 しかし彼等には、父親世代の幸運はなく、80年代の終りバブル破綻後の10年に及ぶ経済停滞に出会う。 90年代後半、団塊ジュニアの所得収入には二極化が生じ、貧富の差はどんどん拡大した。 これから“下流社会”が生まれることになった。

《下流社会》の欠陥

この本は好評を博したと同時に、書評の中ではさまざまな批判にもあった。 最も多かった批判は、二つに集約される。 一つは、作者が依拠するデータの信頼性の問題。 調査内容には主観的指標が多い。 作者は「あとがき」の中で、社会学的研究としては統計学的有意性に乏しいことは認めざるを得ないと言っている。 また、本書に書かれていることに仮説が多いことも認めている。 二つ目は、本の中で問題を分析してはいるが、なんら解決策を提示していないこと。これは作者が“下流化”の発生と変りつつある時代背景が関係していることを捉えていないからである。 本書の最大の問題点は“下流化の原因”を団塊ジュニア達の無気力さ、意欲のなさ、コミュ二ケーション不足といった人間性に原因を求めようとしており、格差社会といった制度上の問題には目を向けていない。 こうしたことは、大きく言えば、貧富の差の拡大という社会問題を、社会体制の埒外とすることでは、更なる社会問題の矛盾をはらんでいくことになる。 

90年代以降、日本の各分野の学者達から、社会の貧富の差拡大や社会の階層の流動停滞といったテーマの研究や呼びかけが出されており、それは決してムダではなかった。 世論や野党からの圧力により、最近、安倍首相は国会の場で、“格差拡大”問題解決を美しい国作りの目標の一つに掲げ、“下流社会”に有効な政策を打ち出そうとしており、日本国民は今それを見守っている。 

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548中国の三面記事を読む(144)中国語版《下流社会》売れ行き好調(上)

専門家:我国は“下流”時代には入っていない

日本《下流社会》热销 :我国未到"下流"代 2007-02-17 09:41:47 

来源: 新民网 网友评论 94  论坛

1.一人でいるのが好きですか?

2.食べるのが面倒くさいと思うことがありますか?

3.お菓子やファーストフードをよく食べますか?

4.一日中家でテレビゲームやインターネットをして過ごすことがよくありますか?

5.未婚ですか?(30歳以上の方)

Photo_877 新民ネット217日の報道によると、上記問題を含む12項目は「下流社会」の「はじめ」に載せられている「下流度」チェックで、作者の分析では、あなたがこれら問題で半分以上あてはまるものがあれば、あなたはかなり「下流的」である。 この本が中国で出版されるや、サラリーマン向け雑誌やネット上で、このチェック項目が転載されたり、書き直されている。 自己チェックしたらビックリするほど、あてはまり、“中国社会”も“下流”に突入しているんではないかといった論議を呼んでいる。

Photo_878 カルチャースタディーズ研究所の主宰者で、日本社会のマーケティング・アナリストである三浦展氏が書いた「下流社会」は、日本で出版されて今までに100万冊を突破するベストセラーになっている。 今年、文出版社がこの本の中国語版を出版した。 発売1ヶ月あまりで、中国国内の各界各層から中国社会に対する議論が巻き起こり、同書は初版1万部を完売した。 

214日、新民ネットは「下流社会」の責任編集者、出版社版権部季元主任と上海社会科学院社会学所の研究員・田暁虹さんを新民ネットに特別招待し、一緒に「下流社会」が与えた教訓について討論してもらった。

出版社六社で版権争奪戦

日本の「下流社会」の本は、社会調査と文化研究を通じて、日本社会が現在「中流社会」から「下流社会」へ向かう二極化に進んでおり、若い世代の中に「コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲」などが総じて下がっている」「社会の下降趨勢はますます広がっている」ことを紹介している。 中国語版出版以前、一部専門家の間では、「下流社会」の概念に注目が集まっていたし、ネット上でもこの社会現象について論議する人達が結構いた。

季元主任はこう語る。“去年、私は偶然台湾の「天下雑誌」の中で「下流社会」を紹介しているのを見たんです。 タイトルはなんと「台湾はもう下流社会になってしまったのか?」 そこで興味を持ち、すぐ版権を取ろうと思った。 当時、中国国内では全部で六つの出版社が、この本の版権を巡り壮烈な争奪戦を演じていました。 結局、文新集団の総力を上げた働きにより、出版社が最終的に他の出版社を抑え版権を獲得できた。 版権取得後、すぐ二人の翻訳者に共訳を依頼し、1ヶ月で訳を仕上げてもらった。 なんとしてもこの本を早く出版したかったからです。 出版して1ヶ月あまり、中国語版「下流社会」は売れ行き好調です。 季元主任によると、同書は初版1万部刷ったがすべて完売。 多くの書店で売り切れとなり、今、増刷中だそうです。

日本社会の「下流」状況

上海社会科学院社会学所の研究員・田暁虹さんは、“この本が日本でベストセラーになったのは、日本人の生活が本で書かれている内容とあまりにもピッタリしていたので、みんな本の内容に関心を持ったわけです。 1980年代の終り、バブル経済崩壊後、経済のグローバル化で日本の社会は大揺れの状況、社会階層、雇用形態は明らかに変化し、日本人の生活様式、意識も変わってしまった。 会社の中にも変化が起こり、沢山の中高年がリストラされ、安定していた体制がぶち壊され、それに生活のストレスが加わり、日本の中高年の自殺率が急上昇し、連続7年、毎年3万人もの自殺者が出ている。 これは交通事故死亡者の3倍の数字です。

日本の若い世代は、比較的裕福な家庭で育った人が多いのですが、大学を卒業しても就職状況が悪く、低収入、無保障、いつ首切りにあうかわからないといった状況で、生活に対して希望をなくし、努力してもしょうがないと思っている。 作者は、調査資料とデータを使って、この現象を証明したのです。 正にこの十年来の日本社会の変動にピッタリでした。 

中国社会は同日に論ずることはできない

「下流社会」の一書が、中国国内でも“中国は下流社会に踏み込んだのだろうか?”の論議を巻き起こした。 田暁虹さんは“日本の「下流社会」現象と我国のサラリーマン意識には、それぞれの国の発展段階の違いがあり、同日に論ずることはできない”と語った。 彼女の説明によれば、“日本の「下流社会」は、高度経済成長後、富裕社会に入り、経済のグローバル化、バブル経済崩壊、年功序列制度崩壊など雇用制度の一連の改革の変化がもたらした結果である。 一方、我国は今、経済の高度成長の時期にあり、多くのサラリ-マンの間にも、これに似た現象(下流社会)があるけれど、基本的なところが違うし、根本原因はまったく違う。 日本の「下流社会」は、社会がみな共通して豊かになった後現れた。 でも、我国はまだその段階に到達していない。 しかし社会の階層の二極化の現象は、我国でも深刻だ。 ある調査によると、我国では都市生活者の平均収入を下回っているのが人口の60%を占めている。

中国学者の関心を招く

我国は、本の中で書かれているような「下流社会」には突入していないが、「下流社会」が出版された後、社会各層から中国社会階層問題の討論が巻き起こり、中国の学者に研究テーマを提供することとなった。 季元主任は、“この本の著者は、社会問題を投げかけたが、問題解決の方法は示していない。 原作者三浦展氏は、この本のほかにも多くの本を書いている。 我々は、引き続き紹介したいと思う”

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