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4180中国は見る(2632)日本人はなぜ、中国人のように自由に接吻しないのか?(下)

为何日本人不像有些中国人那样随处接吻?
2017/02/24  来源:张石
 
別の人も彼を批判しました。 “あなたは仮想世界と現実世界をはっきり区別できない人(非現実的なネットと文芸の世界にはまりすぎている――筆者注)だ。 子供を連れた人が怒るのは当然だ。 このような“世間の常識を知らない”行為は、人を怒らせる。 もちろん誰も恋愛自体を止めるような権利はない。 しかし、公共の場所でキスすることは常識に欠ける。 私もこのような行為を見た時には、怒り心頭に発する”と書いていた。
 
恐らくこれらの批判が、現代中日文化のキス問題で表現される最大の相違点だ。 それはつまり日本人にとって、“どこで何をするか”という意識が中国より強烈なことです。 日本の“間違い”という言葉、漢字では“間違”うと書きます。 私は、この“間”とは、一方では時間を指し、一方では空間を指すと理解しています。 つまり、正確には、時間、場所が誤っていることを、間違いといいます。 電車の中で異性の体に触れたら、“痴漢”と呼ばれ、犯罪となります。 しかし日本には“痴漢電車”という店があり、お金を払って中に入れば、そこで雇われた異性を触ることができます。 日本人は電車、公園など公共の場所では礼儀正しくしています。 でも若い男女の同僚などがカラオケに行く時は、時には非常に“ざっくばらん”となり、時にはズボンを脱いだとしてもやり過ぎとは言えないこともあります。 日本人は一般的には公共の場所で大声で騒ぐことはしません。 でも、居酒屋ではよく大騒ぎとなります。 日本の電車、地下鉄、図書館などの公共の場所では自由に電話をかけることはできません。 電車と地下鉄は下車後に電話をかけることになります。 長距離電車、新幹線、図書館、美術館などの公共施設の中には、電話をかける場所が用意されています。 日本人は、勝手に電話をかけると、周囲の人に迷惑をかける。 特に心臓など臓器に医療器具を装着してる人に電磁波は健康に影響があると考えています。
 
日本人から見ると、多くの事で、「いい」「悪い」はその行為自体ではなく、どのような「時間」、「場所」かを見ること、“間”を間違えてはいけないのです。 
 
日本人はよく、このような時間と場所を、非常に入念に区分します。 時間と場所、周囲の雰囲気を分からない人は“KY”と呼ばれます。 日本語でそれぞれ“空気”と“読む”と読まれるこの2つの言葉の頭の発音を取ったもので、つまり“周囲の空気を読めない人”という意味です。
 
日本では、「どこで、どんな時間に、どんな事をする」ということが、比較的細かく決まっていて、すべて“一般化”されています。 日本人はこの事と事との時間的な“間”を感じ、意識することを“間の美学”という。 時には、どんなところに行くには、どんな服を着、どんな話をするかも、すべて“一般化”されている。 街を歩いていて、服装から日本の男が、結婚式か葬式に行ったことがわかるのである。 なぜかというと、そういう時、日本の男は黒い服装をするからである。 結婚式に出席する時は必ず白いネクタイをし、葬式に行く時は、黒いネクタイを結んでいる。
 
どんな場合、どんな時間に、どんな事をするかがわかれば、日本人が一般的に、やたらとごみを捨てないこと、公共の場所や夜、大声で騒がないこと、交通ルールを守り、信号無視をしないこと、日本人は周囲の人を不愉快にさせてはいけない行動にとても注意する。 キスも同様なのだ。 日本人はこのような“プライベート”に属することは、周囲の人に不快感を与えるかもしれない。 また未成年の子供が悪い刺激を受ける恐れがあると考える。 そのため日本人は公共の場所では欲望を抑え、美学を求めるのだ。
 
私は一部中国人が自由に接吻することを批判するつもりはない。このような現象は歴史的に短いかもしれない。 しかしもう、中国の“風俗習慣”となっているから、非難することはない。 しかし、日本人のこのような日常生活の中の“間の美学”は、日本の美しい社会環境と素晴らしい社会的秩序から出てきたもので、紺碧の空、静寂な夜、清潔な通り、整然とした社会、淀みない交通の重要な保証となっている。 一方の中国人は、日常生活の“間の美学”で、日本人と比べると大きな差があり、日本人に学ぶべきだ。
 
 
为何日本人不像有些中国人那样随处接吻?
2017/02/24  来源:张石
 
 
另一位读者批评他说:你是一个分不清虚拟与现实世界的人(过于沉溺于非现实的网络与文艺的世界--笔者注),带小孩的人当然要生气,仅仅这种“拎不清”的行为,就非常令人生气,当然谁都没有权利限制恋爱本身,但是在公共场所接吻却是没有常识,我看到这种行为时会非常生气。
 
可能这些评论也切中现代中日文化在接吻问题中所表现出的一个最大的不同点,那就是在日本人那里,“在什么地方干什么事”这种意识比中国强烈。日本的“搞错”这个词,用汉字表示就是“间违”,我理解,这个“间”,一方面是指时间,一方面是指空间,就是说,再正确的事,时间场所不对,也是错误的。如在电车上触摸异性的身体,被称为“痴汉”,是一种犯罪,但是日本却有一种店叫“痴汉电车”,交一点钱可以去里面随便摸那里雇用的异性;日本人在电车、公园等公共场所都彬彬有礼,但是当年轻的男女同事等去卡拉OK时,有时却十分“放荡”,甚至裤子脱下来也不算过分;日本人在一般的公共场所不能大声喧哗,但是在居酒屋却经常吵成一片。在日本的电车、地铁或图书馆等公共场所里,都是不可以随便打电话的,在电车和地铁里要下车以后才能打电话,在长途电车、新干线和图书馆、美术馆等公共设施里,提供专门用来打电话的空间。日本人认为:随便打电话,会给周围的人添麻烦,特别是对于心脏等脏器里安装了医疗器械的人,电波会对健康产生影响。
 
在日本人看来,有很多事情,对与错不在行为本身,要看在什么样的时间、地点,不能把“间”搞错了,而日本人往往十分细致地区分这种时间与地点,不明白区分时间地点及周围气氛的人,被人称为“KY”,在日语中分别是“空气”和“读”的这两个词的第一个字母的发音,也就是“读不懂周围空气的人”的意思。
 
在日本,什么地方、什么时间做什么事,都有比较精细的规定或曰“约定俗成”,日本人把这种对“间”的细致的区别与把握叫“间的美学”,甚至到什么地方去穿什么样的衣服,说什么话,都有比较精细的规定或曰“约定俗成”,走到街上,仅从服装就可以断定某个日本男人是去参加婚礼或葬礼,因为只有这时,日本男人才一套纯黑的服装,而参加婚礼时一定要系白领带,参加葬礼时要系黑领带。
 
因为了解在什么空间和什么时间该做什么事情,日本人一般不会随便乱扔垃圾,不会在公共场所和夜晚大声喧哗,不会不守交通规则闯红灯,他们十分注意不要做出让周围的人产生不愉快的感觉的行为,接吻也是如此,他们会觉得这种属于“私密”的事情,也许会使周围的人产生不快感,也许会使未成年的孩子受到不良的刺激,因此他们经常选择在公共场所抑制欲望,追求美学。
 
我无意批评有些中国人随处接吻,也许这种现象虽然历史很短,但是已成为了一种中国的“民俗”,无需指责,但是,日本人这种日常生活中“间的美学”,正是日本优美的社会环境和良好的社会秩序的一个重要的来源,是湛蓝的天空、肃静的夜晚、清洁的街道、严整的秩序、流畅的通行的重要保证,而中国人在日常生活中的“间的美学”上,和日本人相比还有很大的差距,应该向日本人学习。

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