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4117中国は見る(2591)「人生は一本の線」(下)

人生就是一根线   
2017-01-05 21:24:37  来源:辛子IN日本
 
 
桃紅さんはこの悪評に納得できなかった。 “才気煥発だったら根がなくなるのはあたりまえ、根があったら才気煥発になれっこない”と思ったという。 桃紅さんは、“根”とは決まりごと、規則だと見た。 彼女は決まりごとには従わず、どんな規則にも捕らわれなかった。 彼女は“根”――――という思考方式は気にしなかった。 桃紅さんは自分の書道家としての肩書を飛び抜け、最終的に抽象美術家の第一人者となった。 書道や書法は、興に乗って、自由闊達に書きまくったとしても、やはり文字の制約を受ける。
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孫悟空が永遠に釈迦如来の手のひらから逃げられないようなものだ。 例えば“川”という字を書いたとき、いかに変えようと、永遠に3本線の制約から逃れることは出来ない。 桃紅さんはこのような制約さえ取っ払おうとした。 彼女の“川”は瞑想の内、ある種の導きにより、作り出された。 字体から離れ、書道の限界に挑戦し、“川”は一本の線となり、千万本の線となった。 3本の線は、具体的な“川”の字だが、1本の線も“川”であり、千万本の線も“川”となった―――それは“川”の抽象字であり、“川”の別次元の字となった。 桃紅さんの毛筆で紙を書く時は、もう一幅の字ではなく、絵のようだ。 この書道を離れた水墨抽象画こそ、前衛書道の“墨象”と呼ばれるものである。
 
4 1956年、43歳の桃紅さんは単身、米国ニューヨークに渡った。 水墨抽象画が持つ東方の美感は、西方画壇を震撼させた。桃紅さんの抽象画の作品は、米国画壇の高い評価を得た。 米国の美術収集家が次々と彼女の作品を購入し、各地の美術館での個展展示も相次いで公開された。 最初は米国に2ヶ月逗留の予定だった桃紅さんは、最終的にビザを2年間まで延長することになった。 桃紅さんが最終的にニューヨークを離れた理由は、乾燥した気候が彼女の水墨に適しないからだった。 桃紅さんにとって、彼女の墨は、生命があり、呼吸しているものだった。 墨は、潤いがある空気が必要で、それがあってこそ美しい濃淡が展開できるものである。
 
5_2 東京青山の住居。 富士山の見える山中湖の別荘。 桃紅さんは彼女と水墨に適し、共に清新で思う存分呼吸できる空気を探し求めた。 特に山中湖の別荘は、桃紅さんが毎年、数ヶ月滞在する場所だった。 別荘の書斎の窓を開けると、目の前に美しい富士山が見えた。 それは桃紅さんが一番のお気に入りの山だった。 103歳の桃紅さんは今も、毎日創作をしている。 長くて大きい筆を手に握っているところは、まるで魔法の杖を握っているようだ。 桃紅さんは力を入れなくとも、魔法の杖を軽く握っているだけで、自然に紙の上を濃淡一様でない線を描き上げることができる。 交差したり、平行したり、濃淡いろいろな線は、人生の出会いや離別のようです。 窓の外の富士山は―――他の山と決して繋がらず、永久に独立した山です。 富士山の山頂は一年中雪が積もり、雲が巻き、霧が覆っています。 死んで行った人は、富士山の雲の端に住んでることでしょう。 103歳の桃紅さんはそう思っています。
 
人生就是一根线   
2017-01-05 21:24:37  来源:辛子IN日本
 
 
桃红对这样的恶评不以为然。认为“才气焕发者,无根才是理所当然。有根,又如何能焕发出才气呢。”桃红认为“根”是一种规矩、一种局限。她不要遵循规矩,也不想受任何局限。她不在乎“根”----这种思维方式,是桃红突破自己作为书道家的身份,最终成为一名抽象派美术家的起点。书道或书法,虽然可以兴之所至,放任潇洒,但无论如何放任潇洒,都依旧在文字的约束之内。好比孙悟空永远逃不出如来佛的掌心。例如书写一个“川”字,无论如何千变万化,都永远在三根线的约束之内。而桃红连这样的约束也不想要。她的“川”是冥冥之中的某种指引,是无常之间的各种骤变。脱离字体对于书道的局限,“川”可以是一根线,也可以是千万根线。三根线,是一个具体的“川”字,而一根线是“川”,千万根线也是“川”---那是“川”的抽象,是“川”的另一次元。桃红的毛笔从纸张划过,已经不再是一幅幅的字,而是一张张的画,这种脱离书道轨迹的水墨抽象画,便是被称为前卫书道的“墨象”。
 
1956年,43岁的桃红只身前往美国纽约。水墨抽象画所蕴含的东方美感,震撼了西方画坛。桃红的抽象画作品,得到美国画坛的高度评价。美国的美术收藏家纷纷收购她的作品,各地美术馆的个展邀请也接连不断。原本只准备在美国停留二个月的桃红,最后不得不将在美签证延长到二年。而桃红最终离开纽约的原因,是因为干燥的气候不适合她的水墨养生。对桃红而言,她的墨是有生命、有呼吸的,它们需要滋润的空气,才能展现最美的浓与淡。
 
在东京青山的住处,在富士山的山中湖别墅,桃红寻找到了最适合她与她的水墨一起呼吸的清新而饱满的空气。尤其是山中湖的别墅,是桃红每年都要去住上几个月的地方。从别墅的书斋打开窗,眼前就是美丽的富士山。那是桃红最爱的山。103岁的桃红至今依旧每天创作,长而大的毛笔握在手里,就像握住一根魔杖。无须她用力,她的魔杖就会在她的轻握之中,自动在画纸上绘下深浅不一的线条,完成浓与淡的邂逅。各种或交叉或平行的浓淡不一的线条,就像人生的相遇与离别一样。而窗外是富士山---那是决不与其他山相互连绵、永远独立于世的一座山。富士山顶终年积雪,云缠雾绕。那些逝去的人,就居住在富士山的云端吧。103岁的桃红在心里想。

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