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4128中国の三面記事を読む(1328)日本に言論の自由はあるか?

日本是否有言论自由?
2017/03/14  来源:等身大的日本
 
中国について、日本人がよく私に質問する問題の一つが、“中国では、中国人の言論は規制されてるんでしょうか?”である。 質問するというより、もっと一方的に断定的に近い口調で、よく聞くのが、“中国で、もし政府の悪口を言ったら、逮捕されるんでしょう? だから、日本や海外で生活する場合しか、言論の自由はないんじゃない? 自分の国に戻ったら、言論の自由がなく、苦痛じゃないかな” これが多くの日本人が中国人に対し抱いている代表的な中国に対するイメージの一つだと言える。
 
言論の自由について話す場合、どの段階、どのレベルのことを指すのかは、あいまいなままだが、多くの場合、話し手の意味としては、言論の自由がない=政治への批判ができない(深い考えでこの問題を言っているわけではなく、雑談の中でよく話される)政治を批判することについては、いろんなレベルと段階がある。 小は不平不満から、大は辛辣な政治批判がある。 私に質問する人に、“あなたが聞きたいのは、どの段階の情況でしょう?”って訊いても、大抵の人は答えることができません。
 
これは質問者本人もあまりはっきりしない、ただ中国に対する印象というだけです。 多くの日本人は一方的な判断で、中国人はとにかく言論が統制されている。 だから中国国内で生活している人は、海外の人が知っている情況を知らないと思っている。
 
多くの人は、中国では基本的に、ツイッターやフェイスブックに登録できないことを知っている。 これが日本人が日増しに“これは言論統制を受けているからだ”という認識を持つに至った理由である。 毎回(問題のレベル如何に関わらず)質問された時、私は、“基本的に、そのような情況はありません。 中国にはツイッターやフェイスブックに似たものがあり、決して自由がないわけではありません。 また、ふだん中国人は自由に言いたいことを言っています。 非常に敏感な政治問題や政治的テロを行おうとするものでないかぎり、政治について、ありのまま、しゃべることができます(もちろん日本人と比べて、中国人はもっと政治の話が好きです)。 私達日本人が酒場のテーブルの上で安倍首相の悪口を言ったり、現在の政府の問題を勝手に言ったりするのと、同じくらいの話題を、中国人もよくしゃべっています”と答えています。
 
このような事(中国だけでなく、どの国も同様です)は、簡単に考えられるんですが、私がこのように答えると、多くの日本人はそれでも不思議な顔をします。 “そんなことあり得ないんじゃないですか?”と思っています。 言論の自由という意味については、日本人の印象の中では、中国は北朝鮮と同じレベルの人がたくさんいると思っているようです。
 
このような質問を聞いた後、私はよく相手に対し、逆にこのように質問します。 “では、日本に言論の自由がありますか? 憲法は確かに「言論の自由」を保障していますが、日本人は本当に何を言っても大丈夫でしょうか? 何を書いても大丈夫でしょうか? 多分、そうではないでしょう?”
 
このように言っても、あまりわからない人がいる。 そのため私が更に、“日本人には、タブーと見られる話題がいろいろとある。 日本人が意識するかどうかに関わらず、公開の場で、言えない話題が少くない。 これは逆に中国より多い”と話す。
 
タブーには「天皇制に賛成かどうか」や、「部落差別問題」、「宗教の信仰問題」などがある。 日常会話の中で、日本人の間ではこれらの話題が上ることはない。 また、タブーとは言えないけれど、相手の両親の職業、出身大学の名称、子供の有無などは、関係が親密になる前には質問してはいけない(個人情報問題がある)。 自分から自発的に自分の家庭や宗教の話題を出す分には問題ないが、日本人は相手の収入や個人の情況などを訊ねることは失礼なことと思っている。
 
そのため、今、住んでいる街について話したり、今日の天気など大した事でない話題をよく話すが、これは相手の気持ちを忖度しているからである。
 
また現在、日本で大きな問題となっている森友学園事件を見てみましょう。 日本には言論の自由がありますが、しかし幼稚園の子供に“安倍首相頑張って”などと言わせるのは、明らかに問題があります。 もし言論の自由の意味を誤まって解釈したら、いかなる状況下でもブレーキの効かない恐怖社会が現れることになります。
 
日本是否有言论自由?
2017/03/14  来源:等身大的日本
 
日经中文网特约撰稿人 中岛惠:针对中国,日本人经常问我的问题之一是,“在中国,中国人的言论是否受到控制?”。与其说是提问题,更接近于片面作出断定,经常有日本人问,“在中国,如果说政府的坏话,会遭到逮捕吧?因此,只有在日本和海外生活的时候,才有言论自由吧?回到自己的祖国,就没有言论自由,会感到痛苦吧”。或许可以说,这是很多日本人对中国人抱有的代表性中国形象之一。
 
谈到言论自由时指的是哪个阶段、哪种水平,仍模糊不清,但在很多时候,说话者的意思是,没有言论自由=无法批评政治(但是,并非在深入思考之后提出这个问题,而是作为闲聊之一经常提到)。提到批评政治,具有各种不同的水平和阶段,既有微小的不平不满,也有辛辣的政治批评,但即使询问向我提问的人,“你问的是哪个阶段的情况?”,大部分人也无法回答。
 
这是因为提问者本人也不十分清楚,只是对中国的一种印象。很多日本人作出片面判断,认为总之中国人应该被控制言论→因此,在中国国内生活的人不了解海外的人所知的情况。
 
很多人都知道,在中国基本上无法登陆推特(Twitter)和Facebook,这成为日本人日趋坚持“这是因为言论受到控制”这一认识的原因之一。每次被问到(不管问题的水平如何)我都回答称,“基本上没有那种情况。中国也有类似推特和Facebook的东西,并非不自由。此外,平时中国人都能自由地说想说的话。只要不是非常敏感的政治问题和试图实施政治性恐怖行动,关于政治,可以直言不讳地聊(当然,与日本人相比,中国人更喜欢政治话题),我们日本人会在酒桌上讲安倍首相的坏话和随意说目前政府的问题,相同程度的话题中国人经常说”。
 
这种事情(不仅是中国,哪个国家都一样)能毫不费力地想像到,但我这样回答之后,很多日本人仍会面带奇怪表情。认为“不可能这样”。在言论自由这个意义上,在日本人的印象中,认为中国和朝鲜处于相同水平的人很多。
 
在听到这种提问之后,我经常这样反问对方。“那么,日本具有言论自由吗?宪法的确保障‘言论自由’,但日本人果真说什么话都可以吗?写什么都没关系吗?大概并非如此吧?”。
 
即使这么说,也有人不太理解,因此我进一步说,日本人视为禁忌的话题多种多样,不管日本人是否意识到,在公开场合不能说的话题不在少数,反而比中国还多”。
 
禁忌包括是否赞成天皇制、被歧视部落的问题、宗教信仰的问题等。在日常会话中,日本人之间不会聊这些话题。此外,虽然称不上禁忌,但对方父母的职业、出身大学的名称、孩子有无等,在关系变得亲密之前都是不能问的(当然,存在个人差异)。虽然自己主动说出自己家庭和宗教话题的情况没问题,但日本人认为询问对方的收入和个人情况有些不礼貌。
 
因此,经常聊现在居住的城市、以及今天天气等无关紧要的话题。这是因为经常顾及到对方的感受。
 
再看看目前在日本成为大问题的森友学园事件。虽说日本具有言论自由,但让幼儿园儿童说“安倍首相加油”等,仍明显存在问题。如果弄错言论自由的含义的解释,将出现在任何情况下都不踩刹车的恐怖社会。

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