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3964中国は見る(2505)中国から日本に伝わって実を結んだ“文武両道”

由中国传到日本并开花结果的“文武两道”
2015/11/10  来源:等身大的日本
 
この文章は私の故郷の話題について述べます。 ちょっと恐縮です。 私の故郷は山梨県でも有名な甲府第一高校といいます。 1880年の創立で、135年の歴史のある伝統校で、進学率の高い学校でもあります。 有名人というと、石橋湛山(元首相)、辻信太郎(ハローキティで有名なサンリオの社長)がこの学校を卒業しています。
 
この高校にはすごい特徴があります。 それは毎年10月に行われる“強行遠足”という行事です。 この行事は普通は長距離競争とかマラソンというのですが、この高校は独自の名称を付けています。
 
これは遠足とか強歩を目的としたスポーツです。 この学校の“強行遠足”は1924年(大正13年)に始められ、以来ずっと今日まで続いています。 最初は政府の要求で開催されました――“11月3日は明治天皇の誕生日で体育など記念行事を実施せよ”ということで、この学校の校長が、“歩くにまさる身体の訓練はない”と言って始まりました。
 
最初、男子学生全員が一昼夜22時間かけ、山梨県甲府市から隣りの長野県小諸市まで、103キロ~105キロのコースを完走した。 ある時期、短縮したこともあったが、2013年から、また105キロまで延長した。 女子生徒も30キロ走った。 今も全校700名あまりの生徒が参加するこの学校最大規模の行事となっています。
 
日本全国の高校の中で、多くの学校が毎年1回のマラソンや長距離競争を開催していますが、100キロを超す長距離走を行っている学校は多くありません。 この学校は山梨県では“文武両道のモデル校”と言われています。
 
文武両道というのは、勉強と運動の両方を積極的に頑張ることを言います。 日本の多くの中学と高校は、このスローガンで生徒に発破をかけます。 ただ勉強やスポーツだけでは一人前の人間になれない。 この考え方は、もともとは中国から伝えられたものです。
 
“文事ある者は必ず武備あり”という言葉が中国の古典『史記』に記されています。 “文武は一方に偏ってはならない”という意味です。 この思想が日本に伝わり、江戸時代の前から、人々はずっと、学問と武芸、文事と武事の両方に努力すべきと考えていたのです。
 
そのため、学校の中では、たとえ勉強ができても、賞賛されないのです。 運動や社会活動に参加したり、両親の手助けをすることが優れた人と見られてきました。 そのため運動が苦手でも、必ず運動会に参加し、一番でなくても、必死に頑張ることこそ意義があると、日本人は見ているのです。
 
実際に、残念なのは、私が勉強した高校も長距離競走を行っていました。 私の高校は毎年42.195キロの全行程を歩くか走るかしないといけませんでした。 この距離はマラソンと全く同じです。 
 
私は運動(勉強も得意ではありませんが)が苦手で、長距離競走はとても頭が痛かったです。 毎年秋の長距離競走の前に、夏前後から必ず練習があります。 しかし心中、たいへん嫌でした。でも、これまでサボったことはありません。 3年間ずっと参加しました。 その上3年とも42.195キロを完走しました。途中いくつかの地点で到着制限時間が設けらていて、時間を過ぎると、試合は中止となります。 ゴールインの制限時間は9時間以内でした。 しかし私は8時間かけて、ほぼ後ろの順番でしたがゴールインしました。
 
私がまだ途中の山道を通りすぎる時、近くの家の人がおにぎり、お茶、おやつを持って来てくれ、私は食べながら、歩きました。最初は友達といっしょでしたが、しかし私のスピードが遅いため、15キロを過ぎたところで、一人になりました。 長距離競走の翌日から、2日くらいは足が痛かったです。 でも、今はすばらしい思いでとなって、苦しい事に出会っても、長距離競走で必死に頑張った自分のことを思い出します。
 
長距離競走のいいところは順番がないことです。 最後まで頑張ることが重要で、私も完走した時、トップの人と全くと同じ紀念品をもらいました。 勉強で一番、スポーツで一番でなくても、自分に自信が持てます。 これが長距離競走です。 私は自分が学んだところはいい学校だと思います。
 
由中国传到日本并开花结果的“文武两道”
2015/11/10  来源:等身大的日本
 
 
日经中文网特约撰稿人 中岛惠:本文还要聊我的故乡的话题,感觉有点不好意思,在我的故乡山梨县,最为有名的高中名为甲府第一高中。1880年创立,是具有135年历史的传统学校,同时也是升学率很高的学校。从名人来说,石桥湛山(前首相)、辻信太郎(因hello kitty而闻名的三丽鸥公司社长)毕业于这所学校。
 
这所高中具有显著的特点。那就是每年10月举行的“强行远足”活动。这项活动一般称为长途步行比赛或长跑比赛,但这所高中起了自己的名称。
 
这是以长途奔跑或行走为目的的体育运动。该校的“强行远足”开始于1924年(大正13年),一直延续至如今。最初举行是根据政府的要求——“在11月3日明治天皇生日开展体育运动等纪念活动”,该校校长表示“没有比行走更好的身体锻炼方式了”。
 
最初,全部男学生都要利用一昼夜22个小时,从山梨县甲府市行前往相邻的长野县小诸市,或走或跑完成103公里至105公里行程。在一段时期内,距离曾经缩短,但自2013年起,再次延长至105公里。与此同时,女生也要跑30公里。现在成为全校700多名学生参加的该校最大规模活动。
 
在日本全国的高中里,很多学校都每年举行1次马拉松比赛或长途步行,但进行超过100公里的长途跋涉的学校并不多见,该校在山梨县被称为“文武两道的榜样”。
 
文武两道指的是在学习和运动两方面都要积极努力,日本的很多初中和高中都以此为口号激励学生。这种做法源自于,认为仅凭学习或运动难以成为一个够格的人,这种观点原本是从中国传过来的。
 
中国古典《史记》里有一句话叫做,“有文事者必有武备”,意思是人们不能偏重一方面。这些思想传到日本,在日本自从江户时代之前起,人们就一直认为,应在学问和武艺、文事和武事两方面付出努力。
 
因此,就算在学校里学习好,在日本也难以获得赞誉。人们一直认为,能参加运动和社会活动、并能帮助父母才是杰出的人。因此,即使不擅长运动,也必须参加运动会,即使不能跑第一,努力拼搏本身就有意义,日本人如此认为。
 
实际上,令人遗憾的是,我就读的高中也举行长跑比赛。我的高中每年都必须或走或跑42.195公里,这一距离与全程马拉松完全相同。
 
我不擅长运动(虽然也不擅长学习),对长跑非常头疼。为迎接每年秋季的长跑比赛,自夏季前后起就必须练习,但心里非常厌烦。不过,也从来没有偷懒,3年一直参加,而且3年都跑完了42.195公里。途中几个地点设有到达的限制时间,如果超过时间,就必须退出比赛。跑到终点的限制时间大概在9小时以内,但我花了8小时,基本上以倒数的名次跑到终点。
 
我还记得在途中经过山道的时候,附近的家里人会拿来饭团子、茶水和点心,我会一边吃一边行走。最开始还与朋友在一起,但由于我跑的速度很慢,在经过15公里之后,就变成一个人了。从长跑比赛的第二天起,会有2天时间出现腿疼,但现在却成为美好的回忆,一旦遇到痛苦的事情,就回想起长跑比赛上拼搏过的自己。
 
长跑比赛的积极之处在于不排名次。坚持跑到最后非常重要,我跑完的时候也获得了与第1名的人完全相同的纪念品。即使不是在学习上第1、在体育运动上第1的人,也能对自己产生自信,这就是长跑比赛。我认为自己就读的是一所好学校。

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