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3982中国は見る(2521)日本と中国の30年の差(2)


日本和中国30年的差异(2)
2016/01/19  来源:等身大的日本
前回に続き、“日本と中国の30年の差”を詳しく述べたいと思います。 私は取材の過程で、日本人と中国人の“爆買い”について、いくつかの共通点を発見しました。
 
共通点の第一は、為替レートに有利な変化があったという点です。 現在、円は人民元に対し価値が下がっており、中国人の日本旅行に春風となっている。 1970年代後半から80年代にかけては、日本は安定的な経済成長を実現し、円はドル高が長期にわたり続き、日本人の海外旅行を推進していた。
 
人民元と円の為替レートは、2012年2月では平均1元人民元は約12円と交換できた。 それが2013年2月には、1元が15円となり、2015年9月には、1元が19円交換となった。 3年のうちに、円の為替レートは35%下落したことになった。 日本の物価は、ほとんど変化がなかったため、中国人側から見ると、日本の物価が約30%下ったことに相当する。 日本に来た後、“本当に安い、本当に安い”と言えるものだった。
 
1970年代後半の日本人にとっても情況は同じで、当時、円が急速に価値が上昇していた。 1985年のプラザ合意も推進役を果たし、日本人は次々と海外旅行へ飛び出し、“なんでも安い”と叫んでいた。 当時の雑誌は扇動的な内容にあふれていた。 例えば、海外の贅沢品の売値は日本の3分の1だとし、“今すぐ、海外旅行に行こう。 このブームを逃してはいけない”
 
第2の共通点は、団体旅行が好き。
 
中国人の日本旅行を見ると、ビザ発給条件が厳格な個人ビザと比べ、団体ビザがもっと多かった。 最近なってそれぞれが半分を占めるようになった。 個人ビザで日本へ行く情況が、今年は増えると私は思っている。 しかし、日本人にとっては、今も団体観光は、依然として一定程度、歓迎されている。
 
日本人の出国制限が解除されたのは、東京オリンピックが開催された1964年だった。 翌年、最初の海外団体旅行が始まった。
 
一方、中国人の海外旅行は、一部の特権階級を除いて、長期にわたり厳格に制限されてきた。 団体旅行が解禁されたのは、日本の33年後の1997年だった。 また個人観光は12年後の2009年から始まった。
 
第3の共通点は、中国人にしろ日本人にしろ、母国語で海外旅行することだ。 1985年の日本の週刊誌に面白い記事が載っていた。 日本人のハワイでの新年の状況を詳しく紹介している。 書いている情況は、まったく今の中国人と全く同じである。
 
記事は、ハワイの日本人を、“すべて日本人や日本語がわかる従業員がいる店に行き、1日3食、すべて日本料理、英語を話す機会はまったくありません”と書いている。
 
これは多少極限な例ですが、英語が苦手なため、日本人は海外でも日本語が使えるのは、とても便利なことだと思っています。
 
今の中国人は、団体旅行(ツアー)に参加すれば、中国語だけで日本旅行ができます。 ラオックスの店員はすべて中国人です。 その上、百貨店にも中国語ができる販売員が増えてきました。
 
しかし、日本の中国語サービスは完璧ではありません。 最も素晴らしいと感じるのは韓国の対応です。 ソウルインチョン空港と金浦空港免税店の従業員は、すべて中国語が話せます。 以前はほとんどすべての従業員が日本語を話せました。 しかし今は中国語に変わりました。
 
かっての日本人は世界のどんな場所であろうと、日本語でショッピングすることができました。 今、中国人も中国語で買い物をすることができるようになりました。
 
30年の時間差がありますが、私は日本人と中国人には多くの共通点があると感じます。
私がこのように感じた時、偶然、内閣府が出した“国民生活に関する世論調査”を目にする機会がありました。
 
その中に、“これからは心の豊かさか,または物の豊かさか?”という項目がありました。
この調査を見たとき、1070年代前半までは、日本人はずっと“物の豊かさ”を重視していましたが、1981年には、“心の豊かさ”が逆転したことがわかりました。 これは今から34年前の事です。
 
中国人の間でも、「心の豊かさ」を重視する人が増えてきています。 今後、日中30年の時間差はどんどん縮小していくことでしょう。
 
 
日本和中国30年的差异(2)
2016/01/19  来源:等身大的日本
 
 
日经中文网特约撰稿人 中岛惠: 继上周之后,继续阐述“横在日中之间的30年的差异”。我在进行采访的过程中,发现了有关日本人和中国人“爆买”的一些共同点。
 
第一个共同点是汇率发生了有利变化这一点。目前,日元对人民币贬值对中国人赴日本旅游构成了东风,而在上世纪70年代后半期至80年代,日本稳定实现经济增长,日元对美元升值长期持续,也推动了日本人赴海外旅游。
 
人民币兑日元汇率2012年2月平均为1元人民币兑约12日元,到2013年2月,变为1元兑15日元,而2015年9月则变为1元兑19日元,在3年时间里,日元汇率贬值了35%。由于日本物价几乎没有变化,从中国人的角度来看,相当于日本物价下降了约30%。来到日本之后,肯定都想说“真便宜,真便宜”。
 
对于70年代后半期的日本人来说,情况也是相同的,当时出现了日元迅速升值。1985年的广场协议也构成推动,日本人纷纷到海外旅游,不断喊着“什么东西都便宜”。当时的杂志报道充斥着煽动性的内容,例如海外奢侈品售价只有日本的3分之1,“现在要马上去海外旅行。不要错过这股热潮”。
 
第2个共同点是,都喜欢团体旅游。
 
从中国人赴日旅游来看,与签证发放条件严格的个人签证相比,此前团体签证更多。最近开始变为各占半壁江山,我认为今年以个人签证赴日本的情况将增加,但对于日本人来说,如今团体旅游仍然受到一定程度的欢迎。
 
日本人出境限制得到解除,是在举行东京奥运会的1964年。第二年,出现了最早的海外团体旅游。
 
另一方面,中国人的海外旅游除了一部分特权阶层之外,曾长期受到严格限制。团体旅游得到解禁是在日本的33年后、即1997年。而个人旅游则开始于12年后的2009年。
 
第3个共同点是,不管是中国人还是日本人,都以母语进行海外旅游。1985年的日本周刊杂志刊登了有趣的报道。报道详细描绘了日本人在夏威夷过新年的情形,描写的情况简直与如今的中国人如出一辙。
 
报道针对夏威夷的日本人描绘称,“都去有日本人或员工懂日语的店,1日3餐都吃日本菜,没机会说英语”。
 
虽然这是有些极端的例子,但由于不擅长英语,日本人对于在海外能使用日语感到非常便利。
 
如今的中国人只要参加团体旅游,就能只用中文即可到日本旅游。乐购仕(Laox)的店员全都是中国人,而且百货店里懂中文的销售人员也出现增加。
 
但是,日本的中文服务仍不完善,感觉最为突出的是韩国的应对措施。首尔仁川机场和金浦机场免税店的工作人员全都会说中文。过去曾几乎全都会说日语,但现在变成了中文。
 
过去的日本人不管去世界的任何地方,都能借助日语进行购物,如今中国人也能用中文买东西。
 
虽然存在30年的时间差,但我感觉日本人和中国人具有很多共同点。
 
在我产生这种感觉的时候,偶然有机会目睹了日本内阁府的“有关国民生活的舆论调查”。
 
其中有一个项目是,“在今后的生活中,将重视内心的丰富还是物质的丰富?”
看到这个调查才知道,在1970年代前半期之前,日本人一直重视“物质的丰富”,但1981年“重视内心的丰富”实现了反超。这是距今34年前的事情。
 
在中国人之间,重视内心丰富的人也正在不断增加。今后,日中30年的时间差或将不断缩小。

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