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3976中国は見る(2517)日本人は私が会った 最も信用を大事にする民族です(下)


日本人是我见过的最讲信用的族群
2016/10/10  来源:日经中文网特约撰稿人张石
時間(定刻)を守るということについて、日本人は私が接触した中で最も時間を守る民族です。 中国大陸、台湾、香港の同胞も時間を守るという点では、日本人に遠く及びません。 思い起こせば80年代、私が中国に中国語を学ぶ代表団に付き添った時、その中の日本人が、“中国人はみんな腕時計を持っているが、でも時間は守りません”と言った。 
 
この話を聞いた時、私はとても恥ずかしく思いました。 でも、彼が言ったことは正しいと認めざるを得ませんでした。 現在、大陸の中国人は時間や約束を守るという点については、大進歩を遂げています。 しかし、日本人と比べると、私の感覚では、“中国人は口で約束した事の変更率がとても高いです。 でも日本人は、約束したる事は、手帳の時間表にメモしますので、変更はめったにありません。 私は仕事でフランス人と付き合ったことがあります。 彼らも時間を守らないことがあり、泣かされました。
 
 
日本人のこの約束・時間を守るという感覚については、私個人の感覚だけでなくても、実証することができます。 日本の鉄道問題などの専門研究作家の三戸祐子氏の説明によると、“JR東日本(日本最大の鉄道会社)のデータ(1999年)によると、日本の列車一台の延着率は、新幹線は平均的に0.3分、普通列車は平均1.0分。 新幹線の定時到着は95%。 普通列車の定時到着は87%(延着1分未満)、年によって大雪、大雨などがあります。 そのため統計上にも若干の違いがあります。 しかしここ10数年、毎年各列車の平均的延着時間はいずれも1分以下になっています。
 
 
ヨーロッパにも同様な数字があります。 イギリスの鉄道雑誌RaiwayGazetteInternational上に掲載された数字(1992年)によると、イギリス、フランス、イタリアの列車定刻到着率は大体90%前後となっています。 これらの国と日本では大した違いはないとみなさん感じるでしょう。 でも実は、日本の統計と外国の統計にはとても大きな違いがあるのです。 日本の統計では延着1分以上の場合、すべて「延着」統計としています。 しかし、外国では、10分や15分遅れても、延着にはされていません。
 
 
例えば、フランスの超高速鉄道TGV東南線の定刻到着率は統計上“91.8%”となっています。 しかし、この中には延着14分以下の列車も含まれています。 たとえ13分遅れたとしても、統計上はすべて“定刻到着”となっています。 “延着”の統計は作成していません。 またイタリアの普通列車は、15分以上延期したら、“延着”とされます。 イギリスの“都市間鉄道(Intercity)”は、10分以上で“延着”となります。 ですから、約90%の定刻到着率といっても、日本とこれらの国家では統計の出発点と考え方で大きな違いがあることがわかります”
 
 
日本の鉄道こそ、日本人が厳格に時間を守り、約束を守る習慣の最も代表的なシンボルです。
 
 
ヨーロッパ商工業管理学院(INSEAD)組織行動学のアイリーン・メイヤー教授が先日、The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of GlobalBusiness,という本を出版した。 彼は本の中で、ドイツ、日本、オランダなどの国民は比較的時間を守る。 サウジアラビア、中国、ブラジルなどの国民はあまり時間を守らない。 しかしドイツ鉄道は、5分以内の延着を“定刻到着”としており、日本に遠く及ばないと見ている。
 
 
私は、日本が信用を大事にするのは、一つには国土が狭く、エネルギーが乏しく、現代化の過程で勝ち抜くため、効率を優先しなければならない、人と人が構成するグループの中では、約束を守り、時間を守るグループが。高い効率を上げることができる。 もう一つには、日本の日常倫理の中に浸透している儒家の伝統から、この習慣は来ているのではないかとも考えられます。 歴史上の武士階級は、儒教の“五徳”を重視しています。 
“仁”、“義”、“礼”、“智”、“信”です。 しかし、“五徳”の配列とその軽重の評価は、中国の儒学とは違う所があります。 中国が“仁”を“五徳”の最初としているのと違い、日本は“忠”を“五徳”の“義”に貫き、“武士に二言はなし”の“誠”を道徳の中心としている。 恐らくこのような伝統が現代の日本人に影響しているのだろう。 三戸祐子氏は、“儒教倫理の普及も日本の経済発展に推進作用を果たした”と見る。
 
 
ある時、私は友達の家を訪れた。 日本政界の有力者・小沢一郎氏が友達に書いた“百術不如一誠”(百術は一誠に如かず)の色紙を見た。 この言葉に私はとても驚くとともに、“誠”の日本の日常倫理の中での重みを感じました。 日本の常用熟語の“綸言如汗”(綸言汗のごとし)は、私はよく本の中で見たことがありました。 でも、わかりませんでした。 字典を調べて、この言葉は中国の典籍《礼記:緇衣篇》にあることがわかりました。“王言如絲,其出如綸;王言如綸,其出如綍”【王のちょっとした言葉(絲=細い糸)が重い意味(綸=太い糸)を持つ) 鄭玄の注によると、“言葉を出したらますます大きくなる”とあり、“皇帝の言葉は、一度口から出されると、汗が元に戻らないのと同じ様に、取り消しは出来ない”ということがわかりました。 しかし日本では、この言葉は、一般の人がやるべき准則として自分に枠を設けていることを知り、私は驚くとともに、私自身、少しは文化的と思っていたのに、これまで自分がこの言葉を聞いたことがなかったのを恥ずかしいと感じました。
 
 
日本人是我见过的最讲信用的族群
2016/10/10  来源:日经中文网特约撰稿人张石
 
在遵守时间,准时正点这一点上,日本人是我接触过的最守时的族群。我们中国的大陆、台湾、香港的同胞在守时这一点上,远不如日本人。记得80年代,我曾陪同一个来中国学汉语的代表团,其中有一位日本人说:中国人每个人都带一块手表,但是就是不守时。听到这话后我很羞愧,但是也不得不承认他说得对。现在大陆的中国人在守时守约这一点上已经取得了很大的进步,但是和日本人相比较,我的感觉是:中国人口头上约好的事,变更率相当高,而日本人和你约好的事,是记入手帐的时间表里的,变更率非常低。我也在工作中接触过法国人,有时他们的不守时等令我哭笑不得。
对于日本人这种守约、守时的感觉,我想不只是我个人的感觉,也是可以实证的。据日本专门研究铁路问题等的作家三户祐子介绍:“据JR东日本(日本最大的铁道公司)的数据(1999年),日本一辆列车的晚点率,新干线平均为0.3分;普通列车平均1.0分,新干线95%正点;普通列车87%(延迟不满1分钟),有的年份有大雪、大雨等,因此在统计上也有若干的不同,但是在这十几年里,每年每列车的平均晚点时间都在1分钟以下。
欧洲也有同种数字,据英国的铁道杂志Raiway Gazette International上所登载的数字(1992年),英国、法国、意大利的列车正点率大致都在90%前后。人们会觉得,这些国家和日本没有什么大的不同嘛,其实日本的统计和外国的统计是有很大不同的。在日本的统计中,延迟1分钟以上的,都作为‘晚点’统计,而在外国,延迟10分或15分,都不被作为‘晚点’。
如法国的超高速铁路TGV东南线,其正点率被统计为‘91.8%’,而这里面包括延迟14分以下的列车,即使是延迟13分钟的列车,在统计上也都被作为‘正点’,不作为‘晚点’统计,而意大利的普通列车,15分钟以上延迟,才被作为‘晚点’,英国的‘城际铁路(Inter city)’10分以上才算‘晚点’,因此统计出了90%左右的正点率,可见日本和这些其他国家在统计的出发点和想法上就有很大的不同。”
日本的铁路,就是日本人严格守时、守约习惯最有代表性的象征。
欧洲工商管理学院(INSEAD)组织行为学教授艾琳-梅耶尔(Erin Meyer)日前出版了一本The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business,他在书中认为:德国、日本、荷兰等国民比较守时,而沙特阿拉伯、中国、巴西等国民不太守时。但是就是德国的铁路,也是将延迟5分钟之内都算“正点”,还远不及日本。
我想,日本的守信用,一方面是因为国土狭小,能源贫乏,在现代化的过程中如想胜出,必须强调效率,而在人与人构成的集团中,只有守约、守时的集团才能有高效率;另一方面,这种习惯也可能来自渗透到日本日常伦理中的儒家传统。历史上武士阶层,很重视儒教的“五德”,即“仁”、“义”、“礼”、“智”、“信”,但是在排列“五德”的顺序和评价其轻重时与中国的儒学有所不同,与中国把“仁”作为“五德”之首不同,他们把“忠”作为贯穿“五德”之“义”,将“武士说一不二”的“诚”作为道德的核心。可能这种传统也影响到了现代的日本人,三户祐子认为:“儒教伦理的普及也对日后日本经济的发展起到了推动作用。”
有一次,我去一位朋友家,看见了日本政界大佬小泽一郎为他写下的手书:“百计不如一诚”,这句话使我很震撼,也使我深深的感到了“诚”在日本日常伦理中的份量。日本有一句常用的成语,就是“纶言如汗”(綸言汗のごとし),我常在书上看到这句话,但是不懂,经过查字典我才知道,这句话出自中国典籍《礼记.缁衣》:“王言如丝,其出如纶;王言如纶,其出如綍。”郑玄注:“言言出弥大也。”这里是说皇帝的话,一说出来就像汗流出后不能收回,而日本把这句话是当做普通人应该做到的准则来约束自己的,令我感叹,也使我为自己这个自以为有点文化的人从来也没有听说过这句话而感到羞愧。

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