« 3809中国は見る(2358)熊本城の“一本石垣”、踏ん張る 被災者“私たちも” | Main | 3811中国は見る(2360)人形町散歩(2) 甘酒横丁、下町情調 »

3810中国は見る(2359)人形町散歩(1) レトロな雰囲気を味わう

【东京】人形町散步(1)品味百年风华
2016/03/23 来源:旅人的形状
ここ数年、東京好きの台湾人が、日本橋人形町というと、大抵の人が、決まって“東野圭吾の《新参者》! 阿部寛!”というと、日本の友達がみな驚いている。 それで頭の中に、あの冒頭のせりふが思わず浮かんでしまった。 “嘘は真実の影だ。 見つけたら踏んで離すな”
 
 
東野圭吾の小説がなかったとしても、人形町自体は歴史的伝奇性のある街だ。 しかし面白みのある小説、登場人物、それに事件が起こった背景があると、その場所の知名度は高まる。 特に外国人にとっては、その間接的な知名度は大きい。 日本人にとっては想像できないかもしれない。
 
 
 
人形町は広くありません。 日本橋で散歩する計画を立てることができます。 日本橋で昼食を食べた後、人形町にやって来て、それから喫茶店に入るもよし、あるいは昼食を、ここ人形町の百年の老舗で食事をするもよし、午後散歩の途中、名物の人形焼や、たい焼きを味わうのもいいでしょう。
 
 
人形町通りの両側に「落語」と「火消し」をテーマにした2種類の時計塔があります。 古めかしいからくり櫓で、人形町の象徴となっています。 時計塔には自動装置が設置されており、決まった時間になると、小人が出てきて演技を行います。  人形町のシンボルと歴史を見せてくれます。
 
 
人形焼きの老舗が有名です。 《新参者》でさらに名が広まりました。 多くの人はここで人形焼きを売っている関係で、人形町の地名の由来がここから出たと誤解しているようですが、実際は徳川家康の時代から、この辺りは江戸の商業の発祥地で、大いに栄え、多くの娯楽の場所が集っていました。 例えば、関東で一番早い歌舞伎公演は、ここ人形町から始まりました。 その後、大衆に人気のあった人形劇が興り、この近くには人形遣いが多く住み、人形店も多くありました。 しばらく、ここは人形の町となり、そのうち口づてに人形町と名付けられたということです。
 
 
今は、人形収集の大家・辻村寿三郎氏の“寿三郎館”で、多くの華麗な人形の展覧を見る以外、人形町ではもう人形の姿は見られません。 みんな、おいしい食べ物の“人形焼き”に取って代わられ、地名も人形焼きから来たと誤解するのも“むべなるかな”です。
Photo しかし、どうかあわてて人形焼きを買って食べないで下さい。 お昼に人形町に来られたなら、まずおいしいお昼を味わって下さい。 それも是非とも“玉ひで”の親子丼を食べて下さい。 今から256年前の1760年(宝暦10年)将軍家の御鷹匠として以来の店で軍鶏専門店です。 この店には、必ず昼ごろでなくてはいけません。 ここの自慢料理“親子丼”は昼しかやってません。 この店の親子丼にどんな特色があるかといえば、言わないとわからないでしょうが、言ったら本当にびっくりします。 ここは、親子丼発祥の店なのです。 そうです。 今、私達が知っていて、たまに日本料理として食べる親子丼は、もともとは19世紀、この店が発明したものなのです。 これだけの特色で十分でしょう! わざわざ人形町に来たからには、どうして聖地を訪れない道理がありましょう?
 
 
毎日お昼になると、ずらっと行列が出来ています。 午後1時になるともう行列は終わりです。 土曜日は避けた方がいいです。 日曜日は休みです。 もしも食べに行くなら、開店11時半前に並ぶことをお勧めします。
 
 
とろ~り卵と鶏肉が、おいしいご飯の上一面に、金色のまばゆい華麗な色を見せている。 口に半熟玉子と炙った軍鶏が入った時、私は懐かしい昔の味を感じた。 百年のレトロな人形町を味わった気がしました。
 
 
【东京】人形町散步(1)品味百年风华
2016/03/23 来源:旅人的形状
 
 
日经中文特约撰稿人  张维中:我的日本朋友们都很惊讶,近年来要是跟喜欢东京的台湾人,一提起日本桥人形町时,大约许多人都会不经脱口而出:“东野圭吾《新参者》!阿部宽!”然后脑海中,就忍不住浮现出那一句冒头的经典台词:“谎言是真相的影子,一旦找到就要踩住不放。”
 
虽然就算没有东野圭吾的小说,人形町本身就够具有历史传奇性了,然而回味无穷的小说、经典的人物,再加上故事发生的背景,对于一个地方的行销,特别是针对外国人,其间接行销的力量之强大,恐怕是让许多日本人都难以想像的。
 
人形町的腹地并不广,可以将散步的行程规划在日本桥之后。在日本桥吃完午餐,来到人形町走走,再挑间茶店坐坐;又或者从午餐就来到这里,选一间百年老铺用餐,午后散步途经人形烧和鲷鱼烧老店时,别忘记买份名物解解馋。
 
在人形町的大马路上,应当会注意到有两座高耸的钟塔,主题分别是江户灭火和单口相声。古色古香的造型,已成人形町的地标。钟塔设有自动装置,每到固定的时间,就会分别启动小人偶播放表演,诉说人形町的象征与过往的历史。
 
由于人形烧老店的出名,再加上《新参者》的推波助澜,让很多人都误以为人形町地名的由来,是因为这里是卖人形烧的关系。其实是因为在德川家康时代,这一带是江户起源的商业地,繁华中凝聚出不少娱乐据点。例如,关东最早的歌舞伎表演,就是从人形町开始的。尔后,发展成更受到普罗大众喜爱的人偶剧(人偶的日文即为人形),这附近便开始聚集许多的人偶技师,开了很多人偶店。一时之间,这里便成为了人偶之镇,故从口耳相传中有了人形町这地名。
 
时至今日,除了在搜集人偶大师辻村寿三郎的“寿三郎馆”里,可以看见多数华丽的人偶展览之外,反而如今在人形町已少见人偶的踪迹了。这也难怪大家会被美味的“人形烧”给喧宾夺主,以为地名是因人形烧而来的吧。
 
但请先别急着立刻就去买人形烧来吃。中午到访人形町的话,不妨先从美味的午餐开始吧。无论如何应该一尝的是“TAMAHIDE”(玉ひで)的亲子丼。军鸡专门店TAMAHIDE由将军家御鹰匠担纲,创业于1760年,是一间迄今竟已超过256年的老铺。来这间店,一定要在中午。因为这里的招牌菜“亲子丼”只有在中午才卖。若要问这间店的亲子丼有何特色?不说不知道,说出来真是吓一跳。原来,这里就是亲子丼的发源店。是的,如今我们所知道并且偶尔会在日本料理中吃到的亲子丼饭,原来就是十九世纪,号称从这间店发明出来的。光是这点特色就足够了吧!特地来到人形町,岂有不来朝圣一番的道理?
 
每天中午都有可观的排队人潮,午后一点就不再接受排队,也最好避免周六(周日休息)。想吃的话,建议早上开店11点半以前就去排队。
 
柔润的半熟蛋液,包裹起鸡肉,起伏在美味的米饭上,好一片金黄耀眼的华丽景致。入口之际,滑顺的蛋汁和弹牙的军鸡,带着我追溯起经典菜色的原味,也品味着百年风华的人形町。

|

« 3809中国は見る(2358)熊本城の“一本石垣”、踏ん張る 被災者“私たちも” | Main | 3811中国は見る(2360)人形町散歩(2) 甘酒横丁、下町情調 »

社会生活」カテゴリの記事