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3809中国は見る(2358)熊本城の“一本石垣”、踏ん張る 被災者“私たちも”

熊本城一列石墙屹立不倒 激励灾民全力坚持
April 29, 2016  来源:朝日新闻中文网
 
熊本県などを襲った一連の地震で大きな被害を受けた熊本城(熊本市中央区)に、かろうじて櫓を支えている石垣がある。
 
二度の大きな揺れに耐えた“一本石垣”は、まるで被災者を励ますかのように踏ん張っている。
 
天守閣の南西隅に立つ“飯田丸五階櫓” 市熊本城総合事務所によると、14日の“前震”で石垣の一部が崩れ、16日未明の“本震”後、南東側の角を細い石垣で支える状態になったという。 22日に文化庁が現地調査をした際、同行した同事務所の職員が櫓と石垣の様子を撮影した。
 
 
石垣は高さ約17・7メートル。 慶長時代(1596~1615年)に造られ、補修が繰り返されてきた。 直方体を交互にかませながら築いていく“算木積み”という手法は、加藤清正が築城した当時の技術という。 櫓は延べ床面積約500平方メートル、高さ14メートルで、2005年に復元された。
 
 
熊本城の公式フェイスブックには、“がんばれ! ふんばれー!”“この一本石垣のように私たち自身が踏ん張らなければ”といったコメントが数多く寄せられている。
 
熊本城一列石墙屹立不倒 激励灾民全力坚持
April 29, 2016  来源:朝日新闻中文网
 
位于熊本市中央区的熊本城,在袭击了熊本县等地的一系列地震中,遭到了严重破坏。然而,城内一处石墙正顽强地支撑着箭楼。
 
承受住2度剧烈摇晃的“一列石墙”(日文为:一本石垣),仿佛激励着灾民一般,屹立不倒。
 
 
石墙支撑着坐落于天守阁西南角的“饭田丸五阶橹”(日文为:飯田丸五階櫓)。据市熊本城综合事务所介绍,石墙的一部分在发生于14日的“前震”中崩塌,而在16日凌晨的“主震”过后,只剩下位于东南侧一角的细窄石墙支撑起整个建筑。22日,文化厅进行现场调查时,同行的该事务所职员拍下了箭楼与石墙的情形。
 
 
石墙高约17.7米,修建于庆长时代(1596~1615),并经历了反复修缮。据悉,该石墙采用的将长方体石砖交错堆砌的“算筹堆叠”(日文为:算木積み)筑造方法,正是加藤清正修筑熊本城当时的技术。箭楼的占地面积总和约为500平方米、高14米,在2005年完成了还原修复。
 
 
此外,熊本城的官方脸书(Facebook)收到了例如“加油!坚持挺住!”、“我们也得像这列石墙一样,加把劲才行啊”等诸多留言。

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