« 3811中国は見る(2360)人形町散歩(2) 甘酒横丁、下町情調 | Main | 3813中国は見る(2362)怪談① 耳なし芳一 »

3812中国は見る(2361)人形町散歩(3) 向田邦子の忘れ難い味

【东京]人形町散步(3)向田邦子难忘的滋味
2016-04-20 14:49:19  来源:旅人的形状
人形町の地名の由来が、決して人形焼きからきたものではないが、今、ここにやって来る人は老舗の店で、人形焼を買って食べるのが、どうやらスタンダードな散歩ルートに入っているようだ。

この辺りで人形焼きを売っている店は多いが、しかし最も有名なのは1917年(大正6年)創業の“重盛永信堂”だろう。 老舗なので、名を慕ってやってくる観光客も多い。 もしかすると評判で、店自体が高くなったのかもしれない。 他の店と比べて、人形焼きの単価もちょっと高い。 でも来てしまったら、記念に食べるのもいいじゃないですか。 中のあんは大量の粒あん、たまごの風味たっぷりのやさしい味の人形焼き。 確かによい匂いがして美味しいです。 でも私にとっては、あまりに甘過ぎ、ひとつだけで十分です。

 
大勢の人が“重盛永信堂”で、ほとんど人形焼きを指名します。 でも、この店で売る煎餅を愛した女性がいました。 その人は私の好きな作家、向田邦子さんです。
 
向田邦子さんがまだこの世にいた頃、人形町訪問記の短文を書いています。 その後《女の人差し指》という文集に収録されました。 その中で、彼女は、人形町の水天宮に参拝に来た人は、その後、道すがら向かい側の“重盛永信堂”に行き、“ぜいたく煎餅”を買うと書いています。 普通の煎餅は固くてわりに塩味の物が多いですが、しかしここの煎餅は口当りが柔らかで、卵の甘い味がします。 日本語の“贅沢”には高価、奢侈の意味があります。 向田邦子さんは、多分、昔、貴重品だった卵や砂糖を使ったお菓子だったので、当時の人にとって、このような食感はとても贅沢に感じたのでしょうと推測しています。
 
幸福と贅沢、人の満足についてのレベルは、時代によって違うし、刺激も変わったことでしょう。 でも美食の口に入った時の感動は、同じだと思います。
 
重盛永信堂の向かい側にある“水天宮”は、人形町の一番重要なシンボルとして、その名に恥じないものです。 多くの人は、小説かドラマの《新参者》の中から、この神社が安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集めていることを知っています。 自身の妊娠が順調であることを願ったり、あるいは妊娠した友達のため安産を願ったり、ここに出入りする人々は、言葉を出さなくても、みな新しく生まれる赤ちゃんの泣き声が聞こえているようです。
 
水天宮はここ数年、社殿の建て替え(2013年3月1日~2016年4月7日)のため臨時の仮宮に移り、ついに今月(2016年4月8日)から元の場所で落成、改めて新社殿での参拝者の受け入れを開始した。 以前の小豆色の色調から、檜造りでこげ茶色の新しい社殿は、視覚的に明るく、新しい時代の設計だと感じます。 ちょっと意外なのは、安産の神社ですが、水天宮は一階の平地に建っておらず、社殿までの一階から二階まではちょっと長く、妊婦さん特に注意しないといけません。 あるいは安産の運動と理解すべきなのでしょうか?
 
人形町散歩の終点の最後は喫茶店“快生軒”で完結としましょう。 1919年(大正8年)創業の快生軒は、店内の装飾から出入りする客の質まで、高尚な雰囲気があります。 今はやりの言葉で言えば、レトロな古い喫茶店です。 歴史は古いので、内部は装飾をきれいにすべきです。 普通の喫茶店と比べても、採光をもっと明るくすべきです。
3 快生軒も向田邦子さん愛用の店でした。 昔、一時期、彼女はよくここに籠もって本を読んだり、脚本を書いていたということです。 まろやかなコーヒー以外に、彼女はここのマーマレードが塗られたトーストが好きでした。 ですから私が、ここを訪れた時、もちろんマーマレード・トーストを味わいました。 トーストはどのくらいおいしかったか? 率直に言えば、決して大きな期待は持っていませんでした。 しかし私が一口食べた時、美食愛好家の向田邦子さんが、どうしてこれを忘れ難かったかがわかりました。 トーストは浅草のパンの老舗ペリカンのもので、外はさくさく、中は柔らかい。 それに薄くバターを塗って、その上にマーマレードを塗る。 口当りはとても優雅だ。 疲れた心身でも、このトーストを食べたら、また創作の霊感がわき起こるということ、私も信じられる。
 
 
歴史に彩られた人形町の物語を、私達は文字や口から耳と伝え聞いてきたが、ますます遠くなった感じがする。 幸いなことに老舗が残してくれたおいしい食べ物が、この両者を同じ時空で合わせてくれている。
 
【东京]人形町散步(3)向田邦子难忘的滋味
2016-04-20 14:49:19  来源:旅人的形状
 
 
日经中文特约撰稿人 张维中:虽然人形町地名的由来,并非来自于人形烧,不过如今来到这里,到访老铺买盒人形烧尝尝,仿佛已在标准散步路线之中。
 
这一带卖人形烧的店家不少,然而最知名的仍属创业于1917年(大正6年)的“重盛永信堂”。因为是老铺,慕名而来的游客众多,或许名声遂水涨船高,比起其他店家来说,每一块人形烧的单价也贵了不少。但抱着既然都已来到,纪念性一般的买来吃吃也无妨吧。内馅使用大量的红豆泥、饼皮打进蛋黄烘烤而成的人形烧,确实香浓可口。不过对我来说,饱满过度的甜味,吃一个就已感上限。
 
大多数人到重盛永信堂都是指名买人形烧。不过,有一个女人却更偏爱这家店卖的煎饼。那个人是我喜欢的日本作家,向田邦子。
 
向田邦子在世时,曾写过一篇走访人形町的短文,后来收录在《女人的食指》这本散文集中。她写道,都说来到人形町的水天宫参拜以后的下一站,就是顺路会到对面的重盛永信堂买一种“赘沢煎饼”。一般的煎饼都是硬度较高的盐味饼干,但这里的煎饼则是口感较软,带着鸡蛋甜味的滋味。日文中的“赘沢”就是奢华之意,向田邦子推测,大概是过去少有巧克力和生奶油之类的零嘴,所以对当时的人来说,这样的口感就足以让人感觉奢华了吧。
 
幸福与奢华,人对于满足感的标准,随着时代的不同,刺激的迥异,也是会改变的吧。不过只要是美食,相信入口时的感动,仍会是一致的。
 
重盛永信堂对面的“水天宫”,作为人形町最重要的地标象征,该是当之无愧的。很多人也是从小说?日剧《新参者》中得知这座神社是祈求怀孕、安胎的能量之地。无论是祈求自身的怀孕顺利,或者为怀孕的友人求得护身符,这里进进出出的人们,即使一脸无语,也都仿佛能听见每个人对于唤起新生的悠长呐喊。
 
水天宫在过去数年因进行重建工程而搬到临时地址,终于在这个月(2015年4月)初于原址落成,重新开放参拜。新宫屏弃过去旧殿的红黑色调,改以桧木色与深褐色调而成,视觉明亮,也更具新时代的设计感。比较有趣的是,虽然是间安胎的神社,但水天宫不是建在一楼平地,爬上社殿的阶梯有点抖长,怀孕的人可得特别小心。或者也可解释为一种安产的运动?
 
人形町散步的终点,最后就以吃茶店“快生轩”作为完美的句点吧。1919年(大正8年)创业的快生轩,从装潢到进出的客人气质,都散发出一股高雅的气氛。换作今日时兴的语言来说,就是一间怀旧的老派咖啡馆了。虽然历史悠久,但内部应该重新装潢过,比起一般吃茶店来说,采光更为明亮。
 
快生轩也是向田邦子的爱店。据说过去有段时间,她经常窝在这里阅读或者撰写剧本。除香醇的咖啡外,她最爱吃这里的橘皮果酱烤吐司。所以当我来到这里朝圣时,当然也没有错过点一份来尝尝了。烤吐司会有多好吃呢?老实说,本来并不抱太大期望的。但是,当我咬下第一口之后,就终于明白爱好美食的向田邦子何以对此难以忘怀了。吐司用的是自于浅草面包老店Pelican(ペリカン),软硬适中,烤得酥脆的外皮,抹上薄薄一层奶油,再淋上提味的橘皮果酱,口感十足优雅。若说原本疲惫的身心,被此再度激起创作的灵感,我也是相信的。
 
岁月累积了人形町的故事,我们在文字或口耳相传中聆听,仿佛觉得愈来愈遥远了,所幸这些老铺存留的美味,让彼此又活在了同一个时空。

|

« 3811中国は見る(2360)人形町散歩(2) 甘酒横丁、下町情調 | Main | 3813中国は見る(2362)怪談① 耳なし芳一 »

社会生活」カテゴリの記事