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3793中国は見る(2342)かわいい大阪と大阪人

可爱的大阪和大阪人
March 18, 2016  来源:辛子IN日本
8年前の3月、私は日本の中部・愛知県から、西部の大阪へ引っ越しました。 愛知県の住まいは、名古屋から近く、JRの電車で19分くらいのところでした。 実際の話、私は今でも愛知県が好きで、名古屋は私の人生で第2の故郷と言えるほどです。 というのも、私は愛知県に10年も暮らしたため、私の日本での第一印象は、すべて愛知県の人が教えてくれました―――それはとてもすばらしい日本の印象でした。 正月前のもちつき大会、一年に一度の国府宮神社のはだか祭りや、夏の夜の郊外の川べりで見た、頭の上に豪快に開いた大きな花火……等々。 愛知県のいろんなこと、すべてなつかしい思い出です。
 
ですから、私は大阪に引っ越した当初、いろいろと戸惑いました。 難波と梅田はひっきりなしに人が往来し、歩いているところをバイクが“ブーン”と、通り過ぎます。 名古屋郊外では、車を運転する人は、通行人を先にどうぞと、運転席からきちんと手で挨拶します。 しかし大阪に来た後は、もうこのような君子の礼遇はなくなりました―――大阪人は運転も乱暴で、まるで時間に追われているようです。 愛知県で暮らしていた10年間、私は、日本人は公共の場では決して喧嘩はしないし、絶対に信号無視はしない、またタバコのポイ捨ても絶対ないと思っていました……しかし、大阪へ来て1ヶ月もしないうちに、私のこの認識を徹底的に改めさせられました。 大阪に来たばかりの最初の一ヶ月に、私は心斎橋で関西弁のおじさん2人が、通りの真ん中で大声で喧嘩しているのを見ました。 また大阪の交差点で、10分間に7人もの人が信号無視するのを見ました。 その上、毎週、私は自分の家の前の道や排水溝の掃除をしていますが、吸い殻やペットボトル、その他のごみを捨てる人がいます。
 
大阪へ来て間もなくの頃、私は中国語で、“大阪人は日本の中国人か?”と題する文章を書いたことがある。  でも、私のこの文章を鳳凰ネットに発表しようとした時、鳳凰ネットの編集者に見出しを“乱雑な大阪は、日本の中国か?”に変えられてしまった――――そうしたら、面倒なことになってしまった。 私のこの文章は一夜の内にアクセス回数が20万以上を上回り、書き込みが千件もあり、圧倒的内容は、私を誹謗するものだった。 売国奴、漢奸、現代版川島芳子……等々。 中国の愛国壮士達が怒ったのである。 “なんで「乱雑な大阪」を日本の中国というのか?” “なんでもよくないことを中国とする、お前は売国奴だ。 お前はそれでも中国人か?” 中には、“お前の個人情報を流すぞ”と書き込みを繰り返す人もいました。 これらの書き込みに私は、驚きました。 その後、私は鳳凰ネットの編集者に、私の文章が愛国烈士の激怒を受けたので、文章を削除するようメールを出しました。
 
これは私が大阪に来たばかりの頃起こったことです。 その後、私は大阪の市民交流センターで中国語教師となり、中国語を学びに来た大阪人に中国語を教えるようになりました。 私が自己紹介した後、2人の人が、なんと私の“大阪人は日本の中国人か?”の文章を見たというのです―――私は自分のブログ上の文章を削除したにもかかわらず、この文章は日本のメディアにより日本語に翻訳され、それが2ちゃんねるなどを含む日本語のフォーラムに流されていたのです。
 
本当のこと言って、中国語を学びに来た2人の人が私の“大阪人は日本の中国人か?”の文章を読んだことがあると言った時、私は本当にきまりが悪く、顔が赤くなりました―――だって、私は文章の中で大阪の様々な悪いことを書き、大阪の悪口を言ったのです。 大阪の人なら、きっと面白くないでしょう―――と私は思いました。 でも、この大阪人は不機嫌な発言はなく、逆に、うれしそうな様子でした。 理由は、“中国語の先生が文章を発表したから”ということで、彼らの寛容な笑顔を見て、私はどう言ったらいいか本当にばつが悪かった思いをしました。
 
現在、私はすでに大阪で8年も暮らしています。 このまま住み続ければ、愛知県の生活年数を上回ります。 愛知県での10年間の生活は、私の人生の中でもとても貴重な思い出がありますが、大阪というこの街についても、最初の知らない日々から、だんだん馴染んでいきました。 隣近所の人は毎年、私の家の前の大きな松の木の剪伐の際など手伝ってくれたり、私が帰国する時には、庭の花に水を撒いてくれたり、毎日郵便受けに入る郵便物を取り出して、大きな袋に取っておいてくれ、私が大阪に戻った時、まとめて私に返してくれます。 私はいろんな中国語や日本語の新聞雑誌を購読しており、小さな郵便受けでは、毎日いっぱい詰め込められ、一目で家の中に人がいないことがわかってしまいます。 親切な大阪のお隣さんのおかげで、たとえ大阪を一ヶ月やそれ以上、離れる場合も、私の家の郵便受けはあふれることはないし、庭の花も枯れることはありません。
8年前、私が大阪に引っ越してきたばかりの頃、ある在日中国人の大先輩が私に対して“大阪ってところ、あなたが暮らしているうちに、きっと好きになるわよ”と言った。 8年が経ち、大先輩が言ってたことが「そのとおり」だと思う。 大阪は活気のある街であり、また歴史の古い街です。 世の中の有為転変が、大阪人に独特な生活の知恵や独特のユーモアを与えました。 大阪出身の国民的作家・司馬遼太郎先生は、“大阪という街は、喧騒とドブ川の臭さと空気の悪さ”と言っています。  正にこれらすべてが、“住めば都”を感じさせる。
 
可爱的大阪和大阪人
March 18, 2016  来源:辛子IN日本
 
8年前的3月,我从日本中部的爱知县,搬到了日本西部的大阪。在爱知县的住处,离名古屋很近,JR电车只要19分钟。说实话,我至今喜欢爱知县,喜欢名古屋,并认为那是我人生中的第二故乡。因为我在爱知县生活了十年,我所有关于日本的第一印象,都是爱知县民教给我的---那都是些很美好的日本印象:正月之前的年糕大会、一年一度的国府神宫裸祭、以及夏夜在郊外的大片宽阔的田埂路边,看大朵大朵的烟花就在自己的头顶,毫无顾忌地满天开放……。爱知县的一切,都令我怀念。
 
因此,当我们刚刚搬家到大阪时,感到种种的不习惯:难波和梅田的人太多了,无止境地永远在川流不息;走在路上,会遇到摩托车“轰~”的一声,从你身边飞驰而过;在名古屋的郊外,驾车的人甚至会在驾驶座位上礼貌的打手势,请行人先行,但来大阪之后,我再没有得到过这样的君子礼遇了---大阪人开车急冲冲地好像总是在赶时间。在爱知县生活的十年,让我以为:日本人是绝对不会在公共场所吵架的,日本人是绝对不会闯红灯的,日本人是从来不会乱扔烟头的……,但到了大阪不到一个月,我的这种认识就被彻底刷新了一遍:刚到大阪的头一个月,我就在心斋桥目睹两位说着关西方言的大叔在街头大声口角,并且目睹了大阪街头的十字路口,在10分钟之内居然有7个人闯红灯。而且,直到现在,每周我都仍然必须打扫自家大门前临街的道路与排水沟:不仅有人扔烟头,还有人扔喝空了的饮料瓶或是其他垃圾。
 
刚来大阪不久的时候,我曾经写过一篇中文文章,标题叫“大阪人是日本的中国人吗?”,不过我这篇文章在发表到凤凰网时,却被凤凰网的编辑将标题改为“脏乱差的大阪是日本的中国”----于是,麻烦来了:我这篇文章在一夜之间点击率就超过了20万以上,留言上千条,绝大部分是来骂我的:卖国贼、汉奸、现代版的川岛芳子……,中国的爱国壮士们非常愤怒:凭什么说脏乱差的大阪是日本的中国?凡是不好的都像中国,你个卖国贼,你还是中国人吗?甚至其中有人反复留言,说要人肉搜索我。这些留言还真将我吓坏了,我后来给凤凰网编辑写了邮件,并将这篇引发出了爱国愤怒的文章给删除了。
 
这是我刚来大阪时发生的事。后来我在大阪的一个市民交流中心做中文教师,教来学习的大阪人说中文,当我自我介绍之后,有两位大阪人居然表示看过我的那篇关于“大阪人是日本的中国人”的文章---原来,尽管我已经删除了自己博客上的文章,但这篇文章早就被日本媒体翻译成了日文,并被张贴到包括2CH等在内的日文论坛。
说实话,当两位来学中文的大阪人表示看过我那篇“大阪人是日本的中国人”的文章时,我当时真是极度的脸红,非常难堪---毕竟我在文章里写了大阪的种种不是,说了大阪的坏话,作为大阪人,一定会非常不高兴吧?我想。但是,那两位大阪人没有表示任何的不高兴,反而很兴高采烈的样子。理由是:他们的中文老师居然发表过文章呢!看到他们宽和的笑容,我真是尴尬到不知道该说什么好。
 
如今,我已经在大阪又生活了8年,再继续居住下去,很快就会超过在爱知县生活的年头了。爱知县十年的生活,是我人生中极为宝贵的回忆部分,而对于大阪这个城市,我也从陌生开始变成日渐熟悉:我的大阪邻居会每年来帮我修剪家门前高大的松树,我回国时,大阪邻居也会主动帮忙浇灌院子里的花朵,清理大门前的邮箱,并将每天邮箱里的邮件全收集在一个大口袋里,等我返回大阪的家时,一起提过来交还给我。我订阅了各种中文日文的报刊杂志,家门前小小的邮箱,几乎每天都被塞得满满的,无法想象家中一日无人。多亏了热心的大阪邻居,即使我离开大阪一个月或者更久,我家门前的邮箱也不会爆棚,我家院子里的花朵也从不会枯萎。
 
8年前我刚刚搬来大阪时,一位在日华人前辈对我说“大阪这个地方,你若呆久了,会爱上它的。”现在8年的时间过去,真切地感觉到前辈所言极是。大阪是个拥有浓厚生活气息的城市,丰富的历史底蕴、世事的易变与无常,赋予了大阪人独特的生活智慧,和与生俱来的幽默乐观。就像大阪出身的国民作家司马辽太郎先生说过的那样:大阪这个城市,拥有“适当的喧哗和适当的污水沟的臭味,甚至还有适当的空气污染”,但正是这一切,令人感觉“住得舒畅”。

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