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【东京】世田谷线小旅(3)从若林闲晃到松阴神社
2015/12/09 来源:旅人的形状
2015/12/09 来源:旅人的形状
路面電車東急世田谷線は三軒茶屋駅を出発した後、次の一番の観光スポットは“松陰神社前”駅です。 この沿線の紹介については、大体が決まりきったルートです。 でも私にとって松陰神社は、実は必ず訪れたいと思っていた場所でした。 またもしかすると路面電車の旅人にとっては、見逃せない東京の風景です。 その場所は“若林踏切”といいます。
日本語の“踏切”は電車と道路が平面上で交差するところです。 若林踏切の場所は、三軒茶屋の次の西太子堂と若林駅の間にあります。 “環七通り”と交差する踏切です。
特別なところは、普通の鉄道の踏切には柵があり、電車が来る時には、柵が下がります。 でも、若林踏切りには柵がありません。 電車が通る時、道路は赤信号に変わります。 四車線の車はすべて止まって待たなければなりません。
多分、柵がない踏切だからでしょう、遠くから見ると、この道路を通る世田谷線の電車は、レールの上を走っているのではなく、人と一緒に横断歩道を通っているようです。 こんな風景は、都電荒川線や江の島電鉄でも見られますが、しかし世田谷線ではここで見られるだけです。 そのため日本の鉄道ファンにとっては世田谷線を撮影する際の絶好の撮影スポットとなっています。
“松陰神社前”で下車した後、生活感に溢れている商店街を通って、ずっと行くと、10分ほどで、松陰神社に着きます。
松陰神社が祀っているのは吉田松陰です。 吉田松陰は1830年生まれで、幕末の際の重要な思想家、教育家で、多くの重要な子弟を育て、彼らが明治維新の基礎を固めたと見なされ、幕府時代の精神的指導者とされています。 後世の人は松陰を学問の神と見、受験の学生はここに参拝に来ます。
2015年NHK大河ドラマ《花燃ゆ》は幕末を時代背景とし、物語の主役の一人が吉田松陰でした。 ドラマの放送中、神社近くでは、街のあちこちに《花燃ゆ》のポスターが貼られていました。 本来はすごく静かなこの町が、突然ドラマのファンが押しかけ、週末にはものすごい人出となりました。
吉田松陰は山口県の萩市に生まれ、そこにも松陰神社があります。私は数年前に萩市を訪れたことがあり、吉田松陰が昔そこで教えていた家を見学したことがあります。 2015年には、世界遺産に“松下村塾”が正式に登録が認められました。 あんな小さな木造家屋の中で、わずか30歳の吉田松陰が、ここからたくさんの指導者を輩出し、その後の日本の歴史を書き変えたとは到底信じられませんでした。 目立たない原点に、壮大な世界が隠されているのです。
松下村塾の松陰墓地に祀られているのは遺髪です。 吉田松陰の永眠の地は、この東京の松陰神社で、ここに埋葬されました。 墓地は神社のそばにひっそりとあり、目立たない道を抜けていくとお墓に着きます。
正殿の前でお祈りし、墓地を参拝した後、松陰神社を出ようとした時、突然私に向かっておばあさんが、顔中焦った様子で、私に、“お墓を見に行きましたか?”と聞きます。 私が、“見に行きました”というと、彼女はやっとほっとした様子で、“それなら結構です。 多くの人は、正殿の前で拝むだけです。 本当にお参りに行くのは、後ろに隠れている墓地なのにわからないんです!”
おばあさんは地元の人で、80数年来ずっとこの辺りに住んでいて、松陰神社は彼女の日常生活の風景の一つとなっているということです。 彼女と別れた後、よろよろと歩いていましたが、突然また振り返り、私にこう言いました。 “ここの『松下村塾』は偽物です。 知ってるでしょう? 本当のは山口県萩市にあります。 機会があったら、必ずそこに行って下さい”
私はまたうなずいて、“そこも行きました”というと、おばあさんは、やっと満足そうな笑顔を見せました。 自分が深く愛する生活の地が、ただ表面的な観光地になることを望まず、ここに来る人がみな深く知ってほしいというのが、このおばあさんの願いなのでしょう。
太陽の下、おばあさんの顔はしわだらけでしたが、この歴史の聖地の中で、まるで歳月の光を放っているようでした。
【东京】世田谷线小旅(3)从若林闲晃到松阴神社
2015/12/09 来源:旅人的形状
2015/12/09 来源:旅人的形状
日经中文特约撰稿人 张维中:路面电车东急世田谷线从三轩茶屋站出发后,下一个最主要的景点是“松阴神社前”站。大部分关于此沿线风光的介绍,多半都是这样规划的行程。不过,对我来说,在抵达松阴神社前,其实还有个私心必访之处。那或许也是对喜欢路面电车之旅的人来说,不可错过的东京一景。这地方叫做“若林踏切”。
日文“踏切”为平交道之意,若林踏切的所在地,是在三轩茶屋之后的西太子堂和若林两站之间,与“环七通”道路交叉的铁路平交道。
特别之处在于一般的铁路平交道都会有栅栏,电车来的时候,栅栏就会降下。不过,若林踏切却是一个没有栅栏的平交道。电车通过时,马路的红灯亮起,四线道上的车子就得全部停下等候。
大概因为没有平交道栅栏之故,远远看起来,行驶过这一路段的世田谷线电车不像是跑在铁轨上,更像是跟着路人一起走在斑马线上。如此的光景,虽然在都电荒川线与江之岛电铁的沿线几乎都能见到,但想要在世田谷线上看见的话,却只能在这里。因此便成为了日本铁道迷,拍摄世田谷线时的热爱据点。
在“松阴神社前”下车后,有一条盈满着生活感的纯朴商店街,一直往下走,不到十分钟,就会抵达松阴神社。
松阴神社祭祀的是吉田松阴。吉田松阴生于1830年,是日本幕府末年重要的思想家、教育家,带出了一批重要的子弟,被视为奠定了他们发起明治维新的基础,终结幕府时代的精神领袖。后人视松阴先生为学问之神,求学考试的人都会来此参拜。
2015年NHK大河剧《花燃》以江户幕末作为故事背景,故事中的主角人物之一便是吉田松阴。电视剧播放的期间,走在神社附近,随处可见街头巷尾张贴着《花燃》的海报。原本宁静至极的下町小镇,忽然间因为戏迷的探访而在周末时分汇聚人潮。
吉田松阴生于山口县萩市,在那里也有一座松阴神社。我曾经在多年前拜访过萩市,参观了吉田松阴从前在当地讲学的屋舍,2015年正式被认定为世界遗产的“松下村塾”。很难想像在那样一幢小小的木屋中,生命不过三十年载的吉田松阴,就从这里孕育出许多的学者,日后改写了日本的历史。每一个不起眼的原点,都有可能走出一片壮大的世界。
松下村塾的松阴墓地供奉的是遗发冢,而吉田松阴真正的长眠之地,则是下葬于东京的这座松阴神社内。墓园位置隐在神社旁边,得穿越一条不起眼的小径才会抵达。
在正殿前祈祷完,也拐到墓园参拜完成后的我,准备离开松阴神社前时,突然有个老奶奶走向我,一脸心急的表情,问我:“去参观墓园了吗?”我说有,她才松开眉头,说:“那就好。很多游客都只是在正殿前随便拜拜,不知道真正应该去拜的是藏在后面的墓园哪!”
老奶奶是在地人,八十多年来都住在这一带。松阴神社早就成为她日常生活的风景之一。我和她道别,她蹒跚地走了几步,忽然又回首,像是提醒我似的说道:“这里的『松下村塾』是仿造的,知道吧?真正的是在山口县萩市,有机会一定也要去那里朝圣才行噢。”
我再次点点头说,那里也去过了呢。老奶奶这一刻才总算是非常满意的展开了笑颜。不希望自己挚爱生活之地,只沦为表面的观光地,而是希望每一个来到这里的人都能深入认识,应该是老奶奶最希望的事吧。
太阳底下,看着老奶奶脸上满布的皱纹,在这历史的圣地中,仿佛都跟着闪起了岁月的光。
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