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日本人は「いじめ」が好きか?

日本人喜欢欺负谁?   
2016-03-02 10:15:12  来源:辛子IN日本

いわゆる“村八分”とは、日本の農村の伝統的懲罰制度です。 農村で生活する場合、十の重大事項があります。 成人式、結婚式、出産、病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要、旅行などです。 通常、この十の重大事項については、全村の人が共同分担し、お互が助け合います。 しかし村の決まりや秩序を破った人について、村民達が団結して、その人と絶交します。 その人に対する“村八分”の制裁を行います。 前述の十の重大事項のうち、葬式と火災を除く、ほかの8件が行われます。 全村の人が決まりを破った者に対して相手にせず、集団でボイコットするのです。 当然、葬式と火災の時には協力しますが、決して同情心からではなく、万やむを得ないためです。 火災が広がらないようにするため、亡くなった人を放置したままにすると伝染病となるため、手伝わないわけにはいかないからです。
“村八分”について、代表的な真実の物語があります。
 
1952年5月6日、朝日新聞の静岡支局が読者からの投書を受け取りました。 手紙を書いたのは石川皐月さんという名前の女子高生でした。 石川皐月さんは、“朝日新聞”への手紙の中で、彼女の郷里――静岡県上野村の選挙で、公然と不正行為が行われ、他人の名前をかたって投票を行うという、不正選挙を告発するものでした。
 
 
手紙を受け取った朝日新聞社は驚き、翌日、すぐさま記者を現場に派遣、取材を行い、上野村の選挙スキャンダルは新聞紙上に報じられました。 ほどなく、上野村の不正選挙に関わった数十人が、警察に連行されました。
 
 
同村の数十人が警察に連行された後、石川皐月さん一家の“村八分”の悪夢が始まりました。
 
 
まずは村中が石川家と絶交を始めました。 みんなは石川家の人を見かけると、遠回りして避けます。 石川さんの父親が投機に失敗したことを、スキャンダウとして地方の新聞に掲載したり、石川さんの小学校の妹は、学校でクラスの生徒のいじめや非難を浴びました。 更に一部の村人が、あちこちで行動を起こし、なんとかして石川皐月さんの高校に申請している奨学金をストップさせ、彼女の勉強が続けられないようにしようとしました……石川さん一家は、村民達から徹底的に孤立させられました。
 
 
間もなく、《朝日新聞》をはじめとして、日本全国のメディアが次々と上野村の不正選挙と石川さん一家が“村八分”の制裁にあっていることを再び報道したため、上野村は日本全国から関心を集めました。 《朝日新聞》は報道の中で公然と質問しました。 “不正な手段を見ながら依然として沈黙を守っている。 これが村を愛する道なのか?” メディアの質問に対し、一部の村民も目覚め始め、“村八分”を止め、石川一家を支持するようになった。 石川皐月さんが通う学校の全教師と生徒たち、静岡県の教職員組合などが声明を発表するなどして、石川皐月さんの勇気ある告発に支持を表明した。
 
 
しかしメディアや学校の教師、生徒の支持があるにも関わらず、石川皐月さんの“村八分”の悪運は減らなかった。 間もなく、石川皐月さんが日本共産党に入党したと言うデマが飛び始めた。 “日本共産党”は当時、一般の日本人の心の中では、左翼の急進主義の代表で、徹底した危険分子と見られていた。 一例を挙げれば、有名な北野武監督が、子供の頃、母親がよく勉強するようにと、彼を脅して“ちゃんと勉強しないと、大きくなったら共産主義者になりますよ”と言ったという。――これからも分かるように、“共産主義”は、日本人の心の中での殺傷力は大きかった。
 
 
この事件の最後については、デマを飛ばされ“女性党員”にさせられた石川皐月さんは、様々な精神的プレッシャーに耐えられず、とうとう東京に避難せざるを得なかったが、事件が次第に収まった後、やっとまた郷里に戻ってきた……この“村八分”事件は、日本社会にとても大きな震撼を引き起こした。 この事件は、新藤兼人監督が脚本を書き、映画にしてスクリーンで上映されることになった。 映画の題名は《村八分》だった。
 
 
“村八分”は非常に消極的な制裁方法だが、それは無視、沈黙、冷淡、侮辱や、更にデマを飛ばすなどといった各種の手段を使って、制裁される人々に対して精神的苦痛を与えるものだった。 この精神的苦痛は体罰より粉砕の力が強かった。 そのため、もし制裁される者が、プレッシャーに弱い人だったら、最後には自殺という死出の道に行く人もないとはいえない。
 
 
当然、日本は法治社会として、誰もが法律の保護を受けられる。 法律に訴える勇気さえあれば、通常は正義を取り戻すことができ、尊厳を守ることができる。 そのため、現在の日本の農村では、“村八分”ということは、めったになくなっているが、しかし徹底的に消えてなくなったわけではない。 ここ2年ばかりの日本のメディアでも、“村八分”に関する報道があった。
 
 
また、大都市の暮らしの中や、或いはキャンパスで中でも、“村八分”的いじめ事件がある――このいじめのやり方は、通常、グループのトップが、グループの中で、気に入らない奴をいじめる。 グループのほかのメンバーは、いざこざを恐れ、トップに睨まれるのを恐れ、大抵は沈黙を守る。
 
 
このようないじめ事件にぶつかった時、どうすか? 私は我が家の子供と真剣に討論したことがある。 当時、小学5年生だった子供は私にこう答えた。 “一番重要なことは、傍観者が沈黙を守ってはいけないことです”
 
 
私は考えた。 子供が言うことは正しい。 社会のそういう各種の“悪”を制止するには、一番重要な第一歩は、沈黙しないことである。

日本人喜欢欺负谁?   
2016-03-02 10:15:12  来源:辛子IN日本
 
 
所谓“村八分”,是日本农村传统的惩罚制度。生活在农村,有十件大事:成人式、结婚式、照顾产妇、照顾病人、建新房或房屋翻修、水灾抢险、火灾灭火、年忌法事、葬礼、旅行。通常,这十件大事是全村人共同分担,互相帮助的。但对于破坏村落规矩和秩序的人,村民们会团结起来与其绝交,对其进行“村八分”的制裁:也就是上述的十件大事中,除了葬礼和火灾,余下八件事,全村人都对坏规矩者不闻不问,实行集体抵制。当然,葬礼和火灾时出手相助,也并非出于同情心底线,而是因为迫不得已:因为火灾会蔓延,去世的人放置过久怕带来疾病。不帮忙不行。
关于“村八分”,有一个很有代表性的真实故事。
1952年5月6日,日本朝日新闻静冈分局收到一封读者来信,写信者是一位名叫石川皐月的高中女生。石川皐月写信向“朝日新闻”告发她的家乡——静冈县上野村在进行选举时,公然舞弊,采取冒名投票方式,进行不正当选举。
收到来信的朝日新闻社大为吃惊,第二天就派遣记者迅速赶往现场采访,并很快将上野村的选举丑闻诉诸报端。不久之后,上野村涉嫌不正选举的数十人,全被警察带走了。
同村数十人被警察带走之后,石川皐月一家的“村八分”噩梦便开始了。
首先是全村人开始集体与石川家绝交。大家看到石川家的人都远远绕道,石川父亲做投机生意失败的丑事,开始被地方小报揭露出来;石川上小学的妹妹,在学校遭到同村学生的欺负和辱骂;更有一部分村民开始四处活动,想方设法要中止石川皐月为念高中而申请的奖学金,让她无钱读书……石川一家被村民们彻底孤立起来。
不久,以《朝日新闻》为首,日本的全国媒体都纷纷对上野村的不正选举以及石川一家遭遇“村八分”制裁的消息再次进行报道,上野村开始受到日本全国的关注,《朝日新闻》在报道中公开质问:“看到不正当手段依旧保持沉默,难道就是爱村之道吗?”面对媒体的质疑,有一部分村民开始觉醒,放弃“村八分”转而支持石川一家。石川皐月在读学校的全体师生以及静冈县教职员组合等,也开始发表声明,对石川皐月的勇敢揭发表示支持。
但媒体和学校师生的支持,并没有减轻石川皐月被“村八分”的噩运。不久,有人开始造谣,说石川皐月已经加入了日本共产党。“日本共产党”在当时普通日本人心目中,代表左翼激进主义,属于彻底的危险分子。举一个题外的小例子:日本著名导演北野武,回忆起小时候母亲为了想他要好好读书,会威胁他说“你不好好学习,将来长大就变成共产主义者”!——由此可见“共产主义”在日本人心目中的杀伤力。
此事的最后结果,是被造谣变成了“女党员”的石川皐月,因为难以承受种种精神压力,最后不得不出走东京进行回避,直到事件逐渐平息之后,才敢重回家乡……这次“村八分”事件,在日本社会引起了很大的震撼,以致日本导演新藤兼人甚至将此事改编成电影搬上了银幕,电影名就叫《村八分》。
“村八分”是一种十分消极的制裁方式,它通过无视、沉默、冷淡、侮辱甚至造谣等各种手段,来实现对被制裁者的种种精神伤害。这种精神伤害比体罚更具摧毁性,因此,若被制裁者属于承受能力差的人,最终很可能不得不走上自杀这条不归路。
当然,日本作为一个法治社会,人人都受到法律的保护,只要有勇气诉求于法律,通常能讨回公道,维护尊严。因此,现在的日本农村,“村八分”现象已经十分少见,但也并未彻底消失。就是近两年的日本媒体,也有过关于“村八分”的报道。
此外,即使在大都市生活中,或是在校园中,也一样会存在近似于“村八分”的欺凌事件——这种欺凌手法,通常是一个群体里当头的人,欺凌群体中自己看不顺眼的某一个人,而群体里的其他人,因为怕惹事、怕得罪当头者,大都会保持沉默。
面对这样的欺凌事件,该怎么办呢?我曾经就此和我家的小朋友进行过认真讨论。当时还是小学生五年级的小朋友回答我说:“最重要的是旁观者不能保持沉默。”
我想:孩子说的是对的。要制止社会现象中的各种“恶”,最重要的第一步,就是必须打破沉默。

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