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3639中国は見る(2196)保護された姉妹、1カ月ぶり入浴 親子が月4万円で生活

貧困母子家庭 真実の生活 毎日同じ服を着る

贫困单亲家庭真实生活 每天穿着同一套衣服
October 31, 2015  来源:朝日网

6畳ほどの面談室に、すえた臭いが広がった。

2年前の9月、関東地方にあるDV被害者のシェルターの職員は、39歳の母親と7歳の長女、4歳の次女を迎えた。 姉妹が着ていた白とピンクの長袖シャツは垢で灰色に変わり、頭にはシラミがいた。

一家の手荷物は、ランドセルとポリ袋二つ。 穴の開いた靴下や下着が、汚れたまま詰め込まれていた。

風呂は約1ヶ月入浴していないという。 施設に来た翌日、職員が姉妹を風呂に連れて行き、二人の髪を梳かし、頭のシラミを取り除いた。 その時、職員は、“お姉ちゃん、もうこれでいじめられなくなるね”と次女が言うのを何度も聞いた。

いま、3人は母子生活支援施設で暮らしている。

保護されるまでの暮しぶりを、母親は振り返って語る。

彼女の夫はしょっちゅう転職した。 年収は200万円前後。 家賃や光熱費以外は酒やタバコに消え、自分の事務職の給料などでやりくりしていた。 

9年前に長女が生まれてから、“頭が悪い”などと毎日なじられた。 夫は酒が入るとすぐ暴力を振るった。 彼女はご飯を作りながら、子供に気を配れない。 後でわかったことだが、母親には二つのことが同時にできない“広範性発達障害”などの病気があった。

6年前に次女が生まれた後、“能力不足”との理由で解雇された。 夫も失業したため、約2年間は“生活保護”も受けたが、夫が再就職すると打ち切られた。 夫は給料を家計に入れず、月約4万円で生活した。 長女が小1になったころから電気、ガス、水道のどれかが止まるようになった。

その頃、一家の朝食は一切れのパンしかなかった。 夕食もご飯に冷凍ギョーザか納豆で食べた。 夏休みの“集団登校”では、娘の持つ弁当はおにぎり一つだった。 長女はだんだん学校へ行くのを嫌がるようになった。 理由を聞くと、同級生から“くさい、毎日同じ服って言われた”と泣かれた。

長女が小2になった夏、“シラミがいるみたいよ。 駆除してあげて” 同級生の母親から指摘され、薬局に走った。 薬は2千円。 手が出なかった。

夫の叱責は続き、うつ状態になった。 警察署に通報したのは夫だった。 “子どもの前で妻にDVしてしまう。 彼女たちを保護してください” そうして、夫とは別れた。

“つらいことなんてなかったよ。 学校もおうちも楽しかったんだよ” そんな長女の言葉を、母は自分への気遣いだと推し量る。

母は母子生活支援施設の職員から勧められ、精神障害者保健福祉手帳を取得した。 自分を責める気持ちがやっと薄らいだ。 長女からいろいろ要求されても、“一つずつ言ってね”と言えるようになった。

夜、職員がやってきて一緒に夕食を作り、一家3人で食卓を囲むようになった。“ここはいい”と長女はうれしそうに言う。

子どもが18歳まで施設にいられるのが原則だが、利用者の約6割が2年未満で退所する。 

母親も生活保護を受けながら、障害者の作業所で働く。 施設に来て2年。退所後の生活は描けていない……

贫困单亲家庭真实生活 每天穿着同一套衣服
October 31, 2015  来源:朝日网

大约10平米的面谈室内,一股酸臭味扑鼻而来。

2年前的9月,关东地区某家暴受害者庇护所迎来了1位39岁的母亲和她7岁的大女儿及4岁的小女儿。姐妹身上穿的白色和粉色的长袖杉因污垢而变成了灰色,头上还长了虱子。

一家人手里拿着的行李只有书包和两个塑料袋,里面装着没洗的破洞袜子和内衣。
据说她们已经差不多1个月没有洗过澡了。来到庇护所的第2天,工作人员便带她们去洗澡,帮姐妹俩梳洗头发,去除头上的虱子。那时,工作人员听到妹妹说了好几次“姐姐,这样我们就不会再被欺负了吧”。

如今,母女3人住在生活援助设施中。

这位母亲回忆讲述了母女3人在得到救助前的生活。

她的丈夫不停地换工作,年收入仅维持在200万日元(约合人民币10.6万元)左右。这些钱除了交房租和水电费以外,都被丈夫花在了烟酒上。她只能靠着自己做文职工作的工资等收入来维持生计。

9年前生下大女儿后,她每天都被丈夫骂“脑子笨”什么的。丈夫一旦喝了酒还会动手施暴。而她在做饭的时候也顾不上照顾孩子。直到后来才知道,这位母亲患有无法同时兼顾两件事情的“广泛性发育障碍”等疾病。

6年前她生下二女儿后,就被公司以“能力不足”为由解雇了。因为丈夫也失业了,一家人曾接受过约2年的“生活保护”(类似低保),但当丈夫重新找到工作后,政府的生活保护也就停了。然而丈夫并不会将工资交给家里,母女3人每个月仅靠4万日元(约合人民币2100元)左右维持生活。大女儿上小学1年级的时候,家里不是被断电,就是被断水断煤气。

那时,一家人的早饭只有1片面包,晚饭也只能吃米饭配速冻饺子或纳豆。暑假的“学童托管”期间,给女儿带的便当也只有1个饭团。大女儿变得越来越不愿意去上学,她哭着表示是因为“被同学说自己臭,而且每天都穿一样的衣服”。

大女儿上小学2年级时的夏天,同学的母亲告诉她“(你女儿头上)好像长虱子了,你给她弄干净”。于是她便跑到药店想买药,但她却付不起2千日元(约合人民币105元)的药费。
因为丈夫不断恶语相加,这位母亲也陷入了抑郁状态。最后,报警的人竟然是她的丈夫,他跟警察说“我在孩子面前对妻子实施家暴了,请将她们保护起来”。随后,她便和丈夫离婚了。

大女儿表示,“没有什么难过的事情,在学校和家里都很开心”。而母亲认为这是女儿体谅自己才这么说的。

在援助设施工作人员的劝说下,这位母亲领到了“精神障害者保健福祉手帐”(类似中国的残疾人证)。她自责的情绪也终于有所缓解。面对大女儿的诸多要求,现在的她也能够慢慢告诉女儿“你一个一个地说”。晚上工作人员会过来和她一起做饭,一家人终于能够围坐在一起吃饭了。大女儿说道“这里真好”,感到很知足。

原则上,小孩子可在庇护所等机构生活到18岁,但其中约有6成都会在进来之后不到2年便离开。

母亲也一边接受生活保护,一边在专为残疾人提供工作的地方上班。母女3人来到这里已经2年了,然而离开这里之后的生活却充满了未知……

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