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3561中国は見る(2129)在日中国人作家が書く“靖国神社”(下)

一位旅日华人作家笔下的“靖国神社”

2015-07-21 22:35:38  来源:辛子in日本

その後、中国国民党政府から中国共産党政府は,戦争賠償を相次いで放棄しました。 戦後40年間、日本の首相の靖国神社参拝に,中国は異議を言いませんでした。 しかし1985年8月15日,当時の中曾根弘首相が公式の肩書きで靖国神社を参拝して以降、中国は初めて抗議の申し入れを行いました。 中国が抗議した理由については、靖国神社第六代の松平永芳宮司が、A級戦犯14名を靖国神社に合祀したからです。

“東京裁判を否定しなければ、日本の精神復興は出来ないと思う”松平永芳宮司は《“靖国”奉仕十四年の無念》の中でこう書いている。 松平永芳宮司の文章の観点について、“松平宮司がA級戦犯を靖国神社に合祀したことは、「死者に罪なし」「死者即仏」「怨霊信仰」等の文化的信仰ではなく、強い 政治的倾向と「東京裁判」の歴史観を見直そうとする意志が感じられる”と、張石さんは本の中で指摘している。

「天皇がなぜ靖国神社を参拝しなくなったのか?」 これ以降だと指摘している

“天皇に引き続き参拜してもらうこと,松平宮司の政治的、歴史的動機に満ちた参拜は,当然戦争の評価に対する答えだった。 次いで、政治的論争に巻き込まれることに「日本国と日本国民统一の象徴」としての天皇は参加できないし、参加したくない事情もあった”

“天皇は敏感に松平宮司の企みを察した。 だから断固として松平宮司が仕掛けたわなを避けた”

この本の中で、張石さんは靖国神社の本质问题について、政治が文化を奪った。 政治が文化的衝突”を呼んでしまった---日本人の善悪にかかわらず、“死者即佛”となる生死観と全く違い、中国人の生死観ははっきりしている。 善には善の報いがあり、悪には悪の報いがある。 いい人のことは美名を後世に 残し、悪人のことは悪名を後世まで残す。 しかも悪名は、永久に回復することはない。 だから中国人が靖国神社にA級戦犯が祀られているのを知り、怒り驚くことは推して知るべしだ。 一方、“日本の政治家は更にこのような文化を選挙に利用したり、その行為で侵略されたアジアの国と対抗する武器とし、ますます文化的衝突が深まり広がった。

では、靖国神社がもたらした各種の衝突や関係悪化は、永遠に修復ができないのだろうか? 決してそんなことはない。張石さんは本の中でこう指摘している。 靖国神社の境内に、鎮霊社がある。 靖国神社の第五代目の宮司・築波藤麿が1965年に建立した。 鎮霊社内には、“世界各国すべての戦死者と戦争で死んだ人々”を祀っている。

そのため張石さんは、“もし靖国神社が築波藤麿の遺志を受け継ぎ、鎮霊社に祀っている人々と靖国神社で祀っている人々を平等に祀ることができるなら、日本の神道の原点に戻ることができ、アジアの人々と本当の文化理解と文化和解の道を切り開くことができる”と見る。

張石さんのこの未来図は、とてもすばらしい。 かって学術の自由のため、中国を離れ日本に来たこの友人は、数年来、執筆に没頭したり、また仏教や禅宗の研究に没頭してきた。いかなる政治的色彩や民族の偏見を持たず、人間性を原点に中日関係と文化の本質を探求し続けてきた。 功利と俗世間の紛争から遠く離れているため、この友人は、今なお内心に依然として、年齢と違って無邪気さと単純さを維持している。 そのため、靖国神社について、いろいろなすばらしい分析と豊富な証拠を出した後、張石さんはこのような日本神道文化の原点に回帰する、すばらしい未来図を描いて見せた。

しかしこのようなはすばらしい未来図は、複雑に錯綜する政治の利益の衝突の中では、発言権を持てない。 文化が政治にいったん汚されたら、少女の処女喪失のようなものだ。 靖国神社が、また神道の原点に戻れれば、宗教信仰の神聖に戻れるか? 結果を見ないまでは、私はこれについて、深い疑問を抱いている。

一位旅日华人作家笔下的“靖国神社”

2015-07-21 22:35:38  来源:辛子in日本

这之后,从中国国民党政府到中国共产党政府,都相继放弃了战争赔款,在战后四十年间,对于日本首相参拜靖国神社,中国也从未提出过异议。直到1985年8月15日,当时的首相中曾根康弘以公职身份正式参拜了靖国神社之后,中国才首次提出抗议,而中国抗议的原因,是因为靖国神社第六代宫司松平永芳将十四名甲级战犯在靖国神社合祀。

“如果不否定东京审判,日本的精神就不能复兴”松平永芳在《“靖国”服务14年的遗憾》一文中这样写道。针对松平永芳这篇文章中的观点,张石兄在书中指出:

“松平永芳将甲级战犯在靖国神社合祀,并不是出于‘死者无罪’、‘死者即佛’、‘冤灵信仰’等文化信仰,而是具有强烈的政治倾向和重新评价‘东京审判’的历史观的意志的。”

并因此指出日本天皇为什么不再参拜靖国神社:

“如果天皇继续参拜,就是在松平永芳充满了政治与历史动机上的参拜,必然要面对回答对战争评价的问题,第二就是要卷入政治的争论之中,这都是作为‘日本国和日本国民统一象征’的天皇不可参与,也不愿参与的事情。”

“天皇敏感地体会到了松平的用意,因此他坚决地回避了松平给他设下的圈套。”

因此,在此书中,张石兄指出靖国神社的本质问题,是因为“政治绑架了文化,政治触发了文化的冲突”---与日本人不管善恶,都能“死者即佛”的生死观截然不同,中国人的生死观是极为黑白分明的:善有善报,恶有恶报。好人流芳百世,坏人遗臭万年,并且死后也万劫不复。因此,当中国人知道靖国神社里居然祭祀着甲级战犯,其震惊与愤怒,可想而知。而“日本某些政治家进一步利用这种被绑架了的文化拉选票并将其作为与被侵略的亚洲国家对抗的武器的做法,进一步使文化的冲突弥深弥广”。

那么,因为靖国神社所带来的各种冲突与关系劣化,是否永难修复?也并非如此。张石兄在书中指出:靖国神社境内,还有一座镇灵社,由靖国神社第五代宫司筑波藤麿建于1965年,镇灵社内供奉着“世界各国的所有战死者和在战争中死去的人们”。

张石兄因此认为:“如果靖国神社能够继承并发展筑波藤麿的遗志,将在镇灵社里供奉的人们和靖国神社里供奉的人们进行平等供奉,那么就可以回到日本神道的原点,开拓出与亚洲人民进行真正的文化理解与文化和解之路。”

张石兄的这一愿景是非常美好的。这位当年为了学术自由而远离家乡来到日本的仁兄,多年来除了埋头写稿,还潜心研究佛教与禅宗,是一个不带任何政治色彩与民族偏见、坚持以人性为原点探讨中日关系及其文化本质的人。因为远离功利与世俗纷争,这位仁兄至今内心里依旧保持着与其年龄不相称的天真与单纯。因此在对于靖国神社的种种精彩分析和丰富的佐证之后,张石兄提出了这样一个回归日本神道文化原点的美好愿景。

但这样的美好愿景,在错综复杂的政治利益冲突中,是难以占有话语权的。文化一旦被政治玷污,就像少女失去了童贞。靖国神社,它还能再回到神道的原点,还原宗教信仰的神圣吗?在没有看到结果之前,我对此抱有深深的疑问。

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