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3560中国は見る(2128)在日中国人作家が書く“靖国神社”(中)

一位旅日华人作家笔下的“靖国神社”

2015-07-21 22:35:38  来源:辛子in日本

そのため、張石さんは本の中でこう書いています。

“日本の歴史上、中国の秦檜のような「悪名を後世に残した」人物は見当たりません」”

“日本では、「泰山より重い死とか、鴻毛より軽い死とかはありません」、死ぬとすべて が肯定されます。 

“善人、悪人に関わらず、死んだらすべて“仏”になるのです。

日本人が作った“死者即仏”思想のほか、日本人は仏教の“怨親平等”を受け入れています―――“怨親平等”思想と日本の王朝社会の“御霊信仰”が期せずして一致し、平安時 代の朱雀上皇以降、日本人は戦争で命を落とした敵・味方双方の死者を平等に見、墓を建て祀るようになりました。 例えば有名な鎌倉の円覚寺は、元軍に2回に亘り侵略された 1274年-1278年に戦死した、日本、モンゴル、中国や高麗の戦死者を祀るため創立された寺院である。 中国の8年に亘る抗日戦争中、日本軍人も日本軍の侵入に勇敢に抵 抗した民国兵士のため死者に弔いをしていた。 当時の《朝日新聞》が戦況報道の際、命を落とした日本兵士と中国兵士を一様に、“英霊”と呼んでいる。

このような死生観があるため、2013年12月26日、中国と韓国が安倍首相の靖国神社参拝に抗議した際、日本のヤフーネットの世論調査によると、13万人の投票結果では、 安倍首相の靖国神社参拝を「妥当だ」と思う人が84.1%に上った。 理由は“死者即仏”というだけでなく、“どの国も国のために命を捧げる人を弔うのは当然”というもの だった。

それでは、日本人の“死者即仏”の死生観を理解した上で、靖国神社参拝を許せるかどうか? 張石さんの本の中での回答は「ノー」だった。 “死者即仏”、“怨霊を恐れる” 宗教観から生まれた“敵も弔う”というこの優秀な民族文化の伝統は、侵略戦争という残酷なものに質的変化を遂げたからだという。

“日本独特な死生観と日本軍が敵を祭る活動は、抗日戦争中、武士階級の死生観の延長線上で、極めて悪い質的な変化を起した。 まず、それは王朝文化にあった“怨霊を恐れる”“死者即仏”といった現代人道主義と一脈相通ずる精神的なものを徹底的に捨て去り、“忠のため死ぬ”を極端に推し進めることになり、“忠のため死ぬ”ことなら、すべて残虐行為もすべて“英雄的壮挙”と見なされ、敵国軍人や民衆、日本軍人の命を含め、“忠”が、命より大事と思われた。

“慈悲”や“覚醒”の観念は、仏教の“悟りを開く者”の2大特質を構成している、 もし“慈悲”という、この仏教の基本的な実践精神を捨て去り、“忠”を最高の道徳基準としたなら「死者即仏」の概念は、逆に貴重な生命を軽視させてしまう一方、殺すことに対し、罪悪意識を失くし、一方、自分の生命を軽視することになる。 彼らから見ると、殺しても“仏”になり、殺されても“仏”になる。 だから、人を殺す悪事を働いても、少しも気兼ねしないようになるのだ。

上述以外、張石さんは次のようなことも書いています。 侵略戦争はこのように残酷だったけれど、日本が無条件降伏を発表した後、当時の中国国民政府は、日本兵士の処理政策について“怨みに報いるに徳をもってす”を行った。 ソ連が数十万の関東軍兵士をシベリアに送っていた時、中国人は数百万の日本人を日本に帰国させた―――“互いに怨みを報いあえば、永遠に終わりはない。 仁愛と正義の中国の目的ではない”として、当時の中国国民政府は、“日本人を母の側に戻す”と言った。

一位旅日华人作家笔下的“靖国神社”

  2015-07-21 22:35:38  来源:辛子in日本

因此,张石兄在书中写道:

“在日本的历史上,根本无法找到像中国的秦桧那样‘遗臭万年’的人物。”

“在日本,死是一种全方位的肯定,不会‘或重如泰山,或轻如鸿毛’”。

因为不管善人恶人,死后都成了“佛”。

除了日本人自创的“死者即佛”思想,日本人还接受了佛教中的“怨亲平等”---因为“怨亲平等”思想与日本王朝社会的“御灵信仰”拥有某种不谋而合,所以,从日本平安时代的朱雀上皇开始,日本人便为战争中牺牲的敌我双方死者都一视同仁地建碑祭祀。例如著名的镰仓圆觉寺,就是为祭奠从1274-1278年,元军二次侵袭日本而战死的日本、蒙古、中国以及高丽的战亡者而建立的寺院。甚至在中国八年的抗日战争中,日本军人也为英勇抵抗日军入侵的我民国将士战亡者实施祭奠,连当年的《朝日新闻》在报道战况时,对于牺牲的日本士兵和中国士兵,都一律称为“英灵”。

因为这样的生死观,所以,当2013年12月26日,中国和韩国对日本首相安倍参拜靖国神社提出抗议时,日本雅虎的网络民意调查则显示:超过13万人参加的投票结果表明:有84.1 %的日本人认为日本首相参拜靖国神社的行为妥当。理由不仅因为“死者即佛”,还因为“哪个国家都对为国牺牲的人们进行祭奠。”

那么,在了解到日本人“死者即佛”的生死观之后,是否就可以原谅并包容参拜靖国神社这一行为了呢?张石兄在书中的回答是否定的。因为“死者即佛”、“怨灵恐惧”的宗教观而产生的“祭奠敌人”这一优秀民族文化传统,产生了恶劣的质变,并加剧了侵略战争的残酷:

“日本独特的生死观和日军祭奠敌人的活动,在抗日战争中,在武士阶级的生死观的延长线上,发生了最恶劣的质变。首先,它彻底抛弃了王朝文化中的‘怨灵恐惧’‘死者即佛’的与现代人道主义息息相通的精神内涵,把‘为忠而死’推向极端,只要一心‘为忠而死’,一切残虐行为都被视为‘英雄壮举’,‘忠’凌驾在一切生命之上,包括敌国的军人和民众及日本军人自己的生命。”

“‘慈悲’与‘觉醒’的观念,是构成佛教‘开悟者’的两大特质。如果抛弃了‘慈悲’这一佛教基本的实践精神,而把‘忠’作为最高的道德准则,那么‘死者即佛’的观念反而会使人对最宝贵的生命产生轻视:一方面会对杀戳本身减少罪恶意识,一方面会轻视自己的生命,因为在他们看来,反正杀者也‘成佛’,被杀者也‘成佛’,因此使杀人作恶变得毫无顾忌。”

除上述之外,张石兄还在书中写道:尽管侵略战争如此残酷,在日本宣布无条件投降之后,当时的中国国民政府,对于日本士兵的处理政策却是“以德报怨”,当苏联将几十万关东军士兵俘虏到西伯利亚时,中国人却将几百万日本人送回了日本---“冤冤相报,永无终止,绝不是我们仁义之师的目的”,因此当时的中国国民政府说:“把日本人送回到母亲身边去”。

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