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3545中国は見る(2117)靖国神社 《環球時報》の取材に対し 戦犯の分祀は“まったく可能性はゼロ”と語る(下)

靖国神社接受《环球时报》采访 称分祭战犯“绝无可能”
2015-07-26 12:10:00 来源:环球时报   

第二次世界大戦の死者約250万近くが祀られている。 刑を受けた戦犯の数は、わずかである。 

靖国神社は“国のために命を投げ出した人を祀る”ということを旗印に、自分で作り出した“愛国主義”と“民族精神”のシンボルとなっている。 伝統のお祭りの日には、いろいろの形の祭祀活動を催すため、多くの人々が見物にやってくる。 靖国神社が発表する数字によると、毎年、およそ延べ500万人が靖国神社を参拝に訪れるという。 参拝者は拝殿前から賽銭箱に小銭を投げ入れた後、両手を合わせお祈りする。

靖国神社をめぐっては2大論争がある。 その一つは、政府の高官の戦犯参拝について。 もう一つは、侵略戦争への美化問題である。 参拝をしに来る日本の人々は、靖国神社が宣伝する民族精神と軍国主義をどう見ているのだろうか?

戦争記念館

遊就館は靖国神社の中で戦争の遺物を収蔵し、展示している記念館である。 名称は《荀子》の有名な詩、“君子は居るに必ず郷を撰び、遊ぶには必ず士に就く”から選んだ。 館内の展示物と内容は、どれも全部、日本軍国主義が始めた侵略戦争を美化し、右翼の歴史観を宣伝するものとなっている。 展示館に入ってすぐに2つの映画館があり、順繰りに第二次世界大戦の記録映画を映している。 抑揚のない説明と感動的な画面で、日本兵が国のために戦っていたことを述べ、被害者のイメージを強調している。

遊就館が苦心して展覧しているのが“武士道”の発展を振りかえるものだ。 しかし日本の近代以降の対外拡張戦争が主で、日清戦争、日露戦争、そして重点的に紹介しているのが“大東亜戦争”である。

展示で紹介された戦争は、正義感と合法性に溢れた“国家防衛”である。 日本のアジア国家への侵略を西洋植民地からの“救出”とし、彼らのために文明をもたらすとしている。 展示は、具体的な事件の説明についても、日本軍の罪の責任をぼかしている。 例えば、“南京事件”(南京大虐殺)の紹介についても、日本軍が、“敗れた中国軍人が一般民に偽装している”を一掃しただけといい、その上、松井石根司令官は南京で“厳正な軍紀”を命じ、日本兵の不法行為を禁止したと強調していた。

専門の展示室には、兵士が戦場から家族へ出した手紙を展示していた。 戦後70周年の特別ブロックには、数百通の戦争遺児や親族が、戦死した兵士に書いた手紙が展示され、これらの悲しい気持、人情味に溢れた文字は、見るものを感動させていた。

しかし、日本が戦争の傷に耐えることを紹介していたが、同時に、館内全体からは、戦争に対する責任への反省の文字は見当たらなかった。 風刺的だったのは、これら一家離散、肉親を失った悲劇をもたらした戦争責任者が、数百メートル離れた、霊璽簿奉安殿で祀られていることだ。

靖国神社が戦犯を祀っていることについて、日本中国友好協会の宇都宮徳一郎副会長は、"死者の遺族が祭祀の場を望むことは理解できる。 しかし、閣僚や政治家が参拝することが問題だ”と言う。 戦犯祀ること自体、不適切な行為だ。 だから宇都宮氏は、靖国神社に足を踏み入れたことはなく、他の神社に行ってお祈りしているという。

靖国神社内に祀られる戦犯をどう処理するかの問題は、日本国内ですでに長年討論されてきた。 一つの方策としては、戦犯を移すという、分祀案だ。 しかし靖国神社は、戦後、すでに一般宗教法人団体となっているため、政府が具体的な事務処理に手を出すことは出来ず、神社の方に決定する権利がある。

《環球時報》の取材中、靖国神社は、“私達としては、政治上や国際関係上の要因から祭祀の方法を変えるというのは不可能だ。 その上一般的に、神道の考えで、すでに合祀された戦争殉難者の英霊をまた分祀することは絶対にありえないし、不可能なことだ”と語った。

中国政府系シンクタンク・道紀忠華の庚欣首席研究員は、“靖国神社問題はますます日本の政治家の「交渉カード」となりつつある。 出すか出さないか、このカードをどう出すか、主動権を握るための駆け引きのカードとなっている。 だから放っておくことが、取りうる対抗方法かもしれない”と論じた。

靖国神社接受《环球时报》采访 称分祭战犯“绝无可能”
2015-07-26 12:10:00 来源:环球时报   

二战死者在近250万个被供奉的灵位中占绝大多数,但被判刑的战犯在数量上是很小一部分。

靖国神社打着“纪念为国捐躯者”的旗号,把自己塑造成“爱国主义”和民族精神的象征。通过在传统节日举办多种形式的祭祀活动,吸引大批国民前来。根据靖国神社提供的数字,每年约有500万人次“参拜”靖国神社。参拜者在拜殿前的善款箱扔点零钱,双手合十祈祷。

围绕靖国神社有两大争议,其一是政府官员参拜战犯,其二是其对侵略战争的美化。前来参拜的日本民众能否将靖国神社所渲染的民族精神和夹带其中的军国主义区分对待呢?

战争纪念馆

游就馆是靖国神社内收藏和展示遗物的战争纪念馆,名称取自《荀子》的名句“居必择乡,游必就士”。馆内 展品的陈列方式和内容介绍无不在美化日本军国主义发动的侵略战争,宣扬右翼的历史观。进入展馆首先来到两个放映厅,循环播放着二战纪录片,充满悲情的解说和感人画面极力渲染日本士兵的为国尽忠,强调受害者形象。
游就馆精心设计的展览回顾了“武士道”的发展,但以日本近代以来的对外扩张战争为主,包括日清战争(甲午战争)、日俄战争,以及重点介绍的“大东亚战争”。
展览所呈现的战争是充满正义感及合法性的“保家卫国”,将日本对亚洲国家的侵略描绘成“解救”西方殖民地并为他们带来文明。展览对具体事件的描述也极力淡化日军罪责,如对“南京事件”(南京大屠杀)的介绍,仅仅说日军消灭了“失利的中国军人伪装成的平民”,而且强调松井石根司令在南京“严正军规”禁止日本兵进行不法行为。
专门有间展室展出士兵从战场上写来的家书;作为战后七十周年的特别板块,展馆策划展出了数百封战争遗孤和亲属写给阵亡士兵的信,这些寄托哀思、充满人情味的文字令观者动容。

然而,在渲染日本承受战争创伤的同时,整个馆内却找不到任何对战争责任的反思。讽刺的是,造成这些妻离子散家破人亡悲剧的,正是几百米外供奉在灵玺簿奉安殿的战争发动者。

对于靖国神社供奉的战犯牌位,日本中国友好协会副会长宇都宫德一郎表示,可以理解死者家属希望能有一个祭祀的场所,但内阁成员和其他政客参拜是造成问题的原因。祭祀战犯本身就是不合适的行为,因此他从未踏进靖国神社,而选择去其他神社祈祷。
如何处理靖国神社内的战犯牌位问题,在日本国内已讨论多年。一个方案是将战犯牌位迁出,分开祭祀。但由于靖国神社在战后已成为一般宗教法人团体,官方并无权利插手具体事务管理,神社有自行决定的权利。

在《环球时报》的采访中,靖国神社表示,“对我们来说,因为要顾虑政治、国际关系因素而改变祭祀方法是不可能的。而且在一般神道教理念中,把已经合祭的战争死难者的英灵再分出祭祀是绝对不合理也是不可能做到的。”

日本道纪忠华智库首席研究员庚欣认为,靖国神社问题已经越来越成为日本政客的一张牌,出与不出、如何出这张牌都是为了获得主动权和讨价还价的筹码。所以置之不理或许是可以采用的应对方法。

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