« 3543中国は見る(2115)日本国内は安倍首相をどう批判しているか? | Main | 3545中国は見る(2117)靖国神社 《環球時報》の取材に対し 戦犯の分祀は“まったく可能性はゼロ”と語る(下) »

3544中国は見る(2116)靖国神社 《環球時報》の取材に対し 戦犯の分祀は“まったく可能性はゼロ”と語る(上)

靖国神社接受《环球时报》采访 称分祭战犯“绝无可能”

2015-07-26 12:10:00 来源:环球时报

 

Photo写真説明 : 遊就館内で第二次世界大戦末期の

日本軍の特攻式魚雷艇“回天”見学しているところ。

2写真説明 : 遊就館内に展示されている第二次

世界大戦中使われた日本軍の特攻戦闘機。

3
写真説明 : 靖国神社の拝殿。

 

東京の中心にある九段下には、多くの多国籍企業がここを所在地に選んでいる。  日本は資源が不足している島国で、経済と海外市場に高く依存している。 ここはグローバル・ インターネットの国際的な接続拠点となっている。 九段下のもう一つの顔は国のもう一つの一面が見える。 

地下鉄九段下の駅から歩いて 5分ほどで靖国神社に行くことができる。 日本に8万余りある神社の中で、靖国神社だけが第二次 世界大戦の戦犯を祀っているため、何度も国際紛争の焦点となった。

《環球時報》が最近取材したところ、靖国神社は“戦犯”の存在を徹頭徹尾否定した。 “すべての 死者は国家のために自分の生命を捧げました。 決して貴賤高低の区別はありません。 日本国内の 観点から言って、決して戦犯という方は存在しません。 これは戦後70年の歴史の中で、貴国が戦 犯が靖国神社の中に合祀され続けてきた理由となっています” 日本国内で、ここ数年来、戦犯の“分祀”提案が論議されています。 これに対して靖国神社は、 “政治的、国際関係の理由から、祭祀方法を変えることはあり得ません”と語った。 “戦犯”の存在を否定することは東京裁判を否定するのと同じだ。 それは国際社会が公認した 第二次世界大戦の結果に挑戦するものではないか? 戦犯を否定 身近な

ビジネスの雰囲気と異なり、靖国神社は戦争の記憶と政治的問題があふれている。 入口には各種組織が場所を借りて宣伝している。 たとえば、“幸福実現党”という政治団体は数週間にわたり、慰安婦や南京大虐殺を否定し、政府に圧力を加える目的を実現するため、近くで参拝客を集めて署名活動を行っている。 女性党員は、慰安婦はそもそも存在してない。 日本政府はそれをメディアの間違った報道に誘導されたと認めている。 この政党の設立者は魂界と通じていると語っている。 神社に到達する通路の中間に銅像が建っている。 近代日本陸軍の創始者・大村益次郎を記念したものだ。 靖国神社に入るには、必ず2つの“神門”を通ることになっている。 門の上に大きな16枚の金色の菊 の花が掛けられている。 皇室の徽章である。 この標識は天皇の場所を代表するところにしか使用でき ない。 

第二次世界大戦の時、米国の人類学者ルース・ベネディクトが書いた《菊と刀》は、日本の文化 伝統を探り、そこから驚異的な戦争動員能力を説明しようとしたものだ。 靖国神社は“天皇のために忠 義を尽くした”戦死者を記念する場所となった。 “菊と刀”の現実的なシンボルと言える。

神社は神道祭祀の場所で、神社を説明する上で、神道を切り離すことはできない。 2000年有余の歴 史がある日本の民族的宗教、神道は19世紀後半になって、次第に天皇の権力と結び付けられた。 明治 天皇は1889年、帝国憲法を発布し、“国家神道”を確立し、天皇に宗教権力と政治権力を集中させた。 靖国神社は1869年、明治天皇から天皇のため殉難した人を悼むための“東京招魂社”を創建するよう 命じられ、発展してきた。 殉難者の位牌は、生前の軍の階級・称号などで分けることなく、平等に祀ら れた。 遺族を慰めると共に、戦争に動員する目的があった。 日本は終戦後、極東国際軍事裁判所は第二次世界大戦の重要戦犯に対して“東京裁判”を行った。 

天皇 は起訴を免れたが、米国が主導した日本の新しい憲法で、政教分離の原則が確立し、天皇の神格化が取り 払われ、“国家神道”は歴史となり、すべての神社は宗教法人となった。 靖国神社が今日、困難な局面にあるのは、1978年、靖国神社が密かに東條英機など14人のA級戦犯 を正殿に祀ったことである。 これ以前、すでに多くのB級、C級戦犯の位牌を受け入れていた。 また、 この後、日本の首相が公的肩書きで何人も靖国神社を参拝し、中韓などの国から、重大な政治問題とされ、 強い反対を受けた。 1979年から、毎年、靖国神社を参拝していた天皇が正式参拝を止められた。

靖国神社接受《环球时报》采访 称分祭战犯“绝无可能”

2015-07-26 12:10:00 来源:环球时报

图片说明:游客在游就馆内参观二战末期日军装备的“回天”自杀式鱼雷艇。

图片说明:游就馆内展出的二战期间使用的日军自杀式战机。

图片说明:靖国神社的拜殿。

东京中心区域的九段下,不少跨国公司选址于此。日本作为资源紧缺的岛国,经济与海外市场高度依存,而这里就是全球化的大网与日本的一个连接点。

九段下的另一张名片却代表整个国家的另一面:从九段下地铁站只需步行五分钟,就能到达靖国神社。日本现有的8万多个神社中,只有靖国神社因供奉二战战犯的牌位而屡次成为国际纷争的焦点。

在《环球时报》最近的采访中,靖国神社彻底否认“战犯”的存在:“所有的死难者都是为了国家献出了自己的生命,并无分高低贵贱。在日本国内的角度来看,并不存在战犯一说。这也正是在战后70年的历史中,贵国所谓的战犯一直被合祭在靖国神社中的原因。”

对日本国内近年来讨论的“分祭”战犯的提议,靖国神社表示,“因为要顾虑政治、国际关系因素而改变祭祀方法是不可能的。”

否认存在“战犯”等于否定了东京审判。是什么让它有胆量公然挑战国际社会公认的二战结果呢?

否认战犯

不同于一箭之隔的商务氛围,靖国神社充斥着战争记忆和政治诉求。在入口处,常有各种组织借地宣传。一个名为“幸福实现党”的政治团体几个星期以来在附近收集游客签名,用来向政府施压,达到否认慰安妇和南京大屠杀的目的。一名女党员说,慰安妇从未存在,日本政府承认它是因为受到媒体误导。这个政党的创始人自称与灵界相通。

通往神社的甬道中间树立着一座铜像,纪念近代日本陆军的创始人大村益次郎。进入靖国神社必经两扇“神门”,门上挂着巨大的十六瓣金色菊花,作为日本皇室的家徽,这一标志只有代表天皇的场合才会使用。二战期间,美国人类学家露丝-本尼迪克特所著的《菊与刀》试图探寻日本的文化传统以解释其惊人的战争动员能力。靖国神社作为宣扬“为天皇尽忠”的战殁者纪念场地,可谓“菊与刀”的现实象征。

神社是神道教的祭祀场所,要弄清神社不能不说神道。作为有2000多年历史的日本民族宗教,神道教在19世纪后半叶逐渐与皇权结合,明治天皇在1889年颁布帝国宪法,确立“国家神道”,使天皇集宗教权与政治权于一身。靖国神社由1869年明治天皇下令建立的“东京招魂社”发展而来,只祭祀为天皇尽忠而死的人。通过将死者的灵位不分生前军衔等级平等地供奉起来,达到安抚亲人、动员战争的目的。

日本战败后,远东国际军事法庭对二战首要战犯进行“东京审判”。虽然天皇免于被起诉,根据美国主导的日本新宪法确立的政教分离原则,天皇去神格化,“国家神道”成为历史,所有神社都变为宗教法人。

真正造成靖国神社今日困局的是,1978年靖国神社秘密地将东条英机等14名甲级战犯的牌位移入正殿祭祀,此前业已接纳了大量乙级和丙级战犯牌位。此后多名日本首相以公职身份参拜靖国神社,被中韩等国视作严重的政治事件而强烈反对。自1979年起,每年都参拜靖国神社的天皇再也没有正式参拜。

|

« 3543中国は見る(2115)日本国内は安倍首相をどう批判しているか? | Main | 3545中国は見る(2117)靖国神社 《環球時報》の取材に対し 戦犯の分祀は“まったく可能性はゼロ”と語る(下) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事