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3422中国は見る(2014)東京の公園緑化(下)

 

東京の公園緑化 広場でのダンス禁止 中国 見習うべき

 

日媒:东京公园重绿化拒绝广场舞 值得中国借鉴

2015-03-10 08:44:00 环球网

 

1923年に発生した関東大震災の時、各所にあった公園は

予想外の重要な役割を果たし、避難所や 防火ベルトとして、

多くの人々の命を救った。 日本人は、公園緑地が心をリラ

ックスさせるといったことだけでなく、もっと強力な防災機

能があることに気付いた。 それ以降、日本が作った東京復

興計画の中で、各居住地区には数多くの小公園や安全地帯を

設け、広い道路と公園をリンクさせ、防災型の公園を作って

いった。

 

1932年、大都市の無制限な拡大を抑えるため、“東京緑

地協議会”が正式に発足した。 同協議会は、東京の無制限

の拡張を押さえるため、1万3600ヘクタールの環状緑地

帯を設けることを厳しく設定した。 1933年、各都市計

画と公園計画の基準も相継いで発表された。 公園はその機

能に基づき、スポーツ公園、自然公園、近隣公園、児童公園

などに分けられ、各公園のサービスの範囲、配置計画、設備、

面積などの基準も確定された。

 

第二次大戦後の経済の高度成長に伴い、産業や人口も東京に

集中し、東京の“大都市病”はますます重症となっていった。 

対応する法律で、公園緑地を確保し、建設の混乱局面をコン

トロールし、都市空間をよりよくすることは一刻の猶予も待

てない状況だった。 こうした背景の中、“日本都市公園法”

が、1956年に誕生、公園の管理責任、配置基準が定めら

れた。 1968年、また新たな《都市計画法》が成立した。

 

新法では居住地区に、必ず公園と学校の設置が明確に義務付

けられ、同時に公園緑地は各地区で作り上げることが決めら

れた。 1970年代に入ると、東京の環境汚染問題が悪化

し、人々は苦しんだ。

日本の組織専門家が詳しく研究した結果、都市の緑地が環境

汚染の現象に非常に重要な役割を果たすことがわかった。そ

のため、日本は1972年、《都市公園整備緊急措置法》を

発表した。 同法に基づき、9000億円もの公園建設“5

ヶ年計画”がスタートした。 その後、現在まで、東京の

地面積は、毎年10%づつ増えていき、環境汚染は大幅に改

善した。

 

この成果を確実なものとするため、《都市計画法》、《都市

公園法》、 《都市緑地保全法》、《首都圏近郊緑地保全法》

など一連の関連法規が相継いで発表され、長期に整備された

緑地保護体制ができ上がった。

 

現在、東京には地域の公園、近隣公園、スポーツ公園、広域

公園、総合公園、特殊公園などの公園が、総面積1969ヘ

クタール、数にして2795ヶ所、一人当たりの公園面積は

上海の11倍にもなる。 東京の水はきれいで空は青い。 完

備された避難場所は市民に大いに役立っている。

 

東京が持つ“緑地こそ都市活力のエネルギー”のように、緑

地は街の“オアシス”というだけでなく、街の浄化や安全弁

としての役割も果たし、住民共通の“休息所”となっている。 

“共通”とは、みんながやって来て休める所という意味であ

り、一人勝手に“休む”場所ではない。  後者のような勝

手を許したら、前者の人々の場所はなくなり、“公園”じゃ

なく“私園”となり、“広場”ではなく、“小園”となって

しまう。 このような考えは、現在の中国も見習うべきであ

る。

 

 

日媒:东京公园重绿化拒绝广场舞 值得中国借鉴

2015-03-10 08:44:00 环球网

 

1923年发生关东大地震时,分布于各处的公园发挥了意想不到的重要作用,成为避难所和防火带,保全了不少人的性命。日本人开始认识到,公园绿地不仅仅是放松心灵那么简单,还具有强大的防灾功能。此后,日本制定的东京复兴规划中,各个居住区设置了大量小公园和安全地带,通过宽阔的街道和公园相互连结,构成了防灾型的公园系统。

1932年为了防止大都市的无限制扩张,“东京绿地协议会”正式成立。该会在东京严格划定了13600公顷的环状绿带,以控制东京的无限扩张。1933年,各类城市规划和公园规划的技术标准也纷纷颁布。公园按照其功能分为运动公园、自然公园、近邻公园和儿童公园等,各类公园的服务半径、配置手法、设备、面积等相关的标准都被确定下来

随着二战后经济的高速发展,产业和人口向东京聚集,东京的“大城市病”日益严重。用相应的法律来确保公园绿地、控制建设的混乱局面,引导城市空间良性发展显得刻不容缓。在此背景下,日本《都市公园法》于1956年诞生,确定了公园的管理主体和配置标准等。1968年日本又颁布了新的《都市计划法》。

新法明确规定居住区必须设置公园和学校,同时确定了公园绿地在各个地区的建设标准。进入20世纪70年代,东京的环境污染问题持续恶化,民众苦不堪言。日本组织专家仔细研究后发现,城市绿地对减少环境污染也有着非常重要的作用。为此,日本于1972年颁布了《都市公园整备紧急措施法》。根据该法,投资额达9000亿日元的公园建设“5年计划”正式启动。此后到现在,东京的绿地面积以每年约10%的速度递增,环境污染大幅好转。

为稳固这一成果,《都市计划法》、《都市公园法》、《都市绿地保全法》和《首都圈近郊绿地保全法》等一大批相关法规陆续出台,形成了完整而长期的绿地保护体制。

现在,东京形成了地区公园、近邻公园、街区公园、运动公园、广域公园、综合公园、特殊公园组成的公园系统,总面积达1969公顷,数量达2795处,人均公园面积是上海的11倍。东京的碧水蓝天、有效的避难系统、市民的良好融合度都得益于此。

正如东京坚持的 “绿地是城市活力之源”一样,绿地不仅是点缀城市的“花瓶”,还是城市的净化器与安全阀,是居民共同的“精神休憩地”。所谓“共同”,就是大家都来休息的地方,又不是每一个人可以“任性”休息地方。允许了后者的存续,就会失去前者的存在,“公园”就会变成“私园”。“广场”就会变成“窄园”。这样的理念,值得当今中国借鉴。

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