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3386中国は見る(1981) トイレで飯を食べるってどういうこと!?

 

1.学生が便所に隠れて食事をするって、一体どういうことか?

2.トイレで食事する日本の若い人

 

1.日媒:日本学生躲进厕所吃饭究竟为哪般?

 2015-02-12 14:33:57  来源:中国新闻网

2.在厕所吃饭的日本年轻人

 2013-07-03 09:44 来源:新浪微博

 

 

1.学生が便所に隠れて食事をするって、一体どういうことか?

 

中新ネット2月12日電:日本新華僑新聞12日の記事によると、

日本のドラマやアニメ・漫画が好きな人は、このような面白い事

に気づいているはずだ。 ドラマの中で、学校で同級生達からい

じめを受けている子が、昼休みトイレに隠れて昼飯を食べている

ということだ。 日本のトイレのきれいなことは世界周知のこと

だが、たとえ清潔だろうと、トイレの中で食事をするなんて、聞

いただけでも反吐が出そうな話だ。 では、日本人はどうしてト

イレに隠れて昼食を食べるのか?

 

記事の要約:

 

日本の有名な精神科医・町沢静夫氏は、このような現象を“ラ

ンチメイト症候群”と命名した。 このような人は、食堂など

人数の多い場所で食事を一人でするような自分は人間として価

値がないのではないかという不安を抱き、他人に見られたくな

いという理由から,トイレを食事の場所に選ぶのだという。

 

この人付き合いがうまくできないというのは、少数の人だけの

奇行だと思ってはいけない。 2013年、日本のメディアが、

便所飯”調査をしたけっかによると、取材を受けた約12%

の人が、トイレで食事をした経験があり、そのうち20歳ぐら

いの若い人が多数を占めていた。

 

他人の目を意識し、つらいと思う。 これはしょっちゅうテー

ブルの上で食事をする中国の若い者からはとても理解できない。

それでは日本人は、どうしてこのように“苦しみを受けるのか?”

主な理由としては、次の2つの理由が考えられる。

 

まず第一番に上げられるのは、日本人の集団意識である。 古

代の日本、武士道が最も重視したのは主従の戒律だった。“君、

君たらずとも”、“臣、臣たらざる”べからず。 武士として

判定する場合、国に対して貢献したかどうかではなく、自分の

所属する集団に対して忠誠を尽くしたかどうかが見られた。

 

また昔の日本は“村八部”という掟があった。 江戸時代《御

定め書百条》という規定があり、村人の間の付合いには「10

種類」の定めがあった。 つまり:冠、婚、葬、建築、火災、

病気、水害、旅行、出産、年忌である。 もしもある村人が、

決まりに違反した場合、“村八部”が行われた。 村全体の

秩序を維持するため、上述の「10分」の付き合いの掟のう

ち、「八分」を断つという意味である。

 

「葬式」と「火災」の「2分」だけの付き合いということだ。

村全体から、このように対応された村人が、村の中で生活し

ていくことは、とても苦しいことだった。 当然、時代の進

展と共に、“村八分”の掟は、大部分が消えてなくなった。 

だがこれからも、集団の日本人の生活に対する重要性が見て

とれる。

 

もう一つは、日本人の「他我」意識です。 社会心理学者の

南博先生は、人の意識は2つの部分に分けることができると

いう。 ひとつは自分であると理解する自分。 つまり“自

我”意識である。 もう一つは、他人を通して理解する自分。

他我”意識というもの。

 

日本人の「他我」意識は、他の国民と比べて遥かに強い。日

本人は、とても他人の目を意識し、なおかつ高い“自覚性”

を持っている。 たとえば、日本人の話はとても“あいまい”

である。 明確に判断させようとする時、答えに窮し、問題

を回避しようとして、別なことを言ったり、単刀直入に“ノ

ー”といったり、明確に拒絶することが少ない。 日本の若

い人の間で流行った言葉 ―― “KY”(空気が読めない)は、

空気を読む”はとても重要なことで、言葉や態度から人の

心がわからない人は、しばしばボイコットされる。

 

一人ぼっちの学生がトイレの中で昼食を食べないよう、多く

の大学では、食堂に“一人用”の席を設けた。 6人用テー

ブルの間に50センチほどの半透明のプラスチック板を置き、

本来の大テーブルを一人一人の席とした。 こうすれば、た

とえ知らない人と一緒に座っても、きまり悪さを感じないで

すむ。 “一人用”の登場は好評だった。 一人ぼっちの学

生はほっとしただけでなく、先生達も、この方法はとても人

間的だとほめたたえた。

 

私の感じでは、“一人用”を作ったのは、確かに一人ぼっち

の人をトイレから“救い出す”ことはできたかもしれない。 

でも肝心な問題は、やはり人間関係に問題があるかどうかじ

ゃないだろうか。 ダチョウのように頭を砂に突っ込むより、

自分に一体どんな問題があるかを見たほうがいい。 いずれ

にしろ、テーブルの上の“プラスチック板”は、今後の生活

上の“保護傘”とすることはできない。

 

2.トイレで食事する日本の若い人

 

改革開放を始めた頃の中国で、家にトイレを作ると聞いた農村

の人が、次のようなことを言った。

 

家の中にトイレを作るなんて、なんと臭いことだろう!”

 

村の指導者が、村の人々に対してこう指導して言った。 “ト

イレをきれいに掃除すればいい。 そうすればトイレはにおは

ない。 欧米人は、トイレの中でお茶を飲むそうだ”

 

ところで、今の日本人は、トイレの中でお茶を飲むだけでなく、

トイレで食事をするという。 特に若い人に、このような傾向

があるという。 理由は、“自分一人で食事をしてるのを、人

に見られたくない”からだという。  日本語で“トイレ”は

便所”とも言う。 だから、この現象を“便所飯”と言われ

ている。

 

これは数年前からホットな話題となっていたけれど、最近私は

ある企業に取材に行った時、途中で、この会社のトイレに入っ

た。 その時、トイレの中で、コンビニで売っていたおにぎり

の包装紙を見つけた。 “アレ、まさかこれは伝説の便所飯じ

ゃないか?”

 

私が小さい頃、一度トイレでアイスクリームを食べたことがあ

った。 お母さんに見つかり、私はさんざん叱られた。 “ト

イレの中は汚いのよ! ばい菌がお腹に入ったらどうするの?”

あれ以降、私はトイレの中では水も飲みたくありません。

 

便所飯”が生まれた理由については、実際には裏に、日本社

会の“排他性”問題が隠れていると思います。 どうして一人

で食事をするということに、ストレスを感じるのか? これは

人々が内心に、食事を一人でするような自分は人間として価値

がないのではないかという不安を抱き、他人に見られたくない

という理由からだ。 トイレで食事をしようとする人々はみん

なこう考えている。

 

便所の中で食事をする人は、一般的にこう考えています。

 

学校や職場の中で一人で食事をしているということは、この

人には友達がいないということです。 ですから、もし一人で

食事をしているなら、周囲の人から自分には魅力がない、価値

がない人と思われている”

 

もともと日本は 仲間内でのプレッシャー( Peer pres

sure )のとても大きい社会です。 例えば、会社の中では

社交”の習慣があります。 職場の同僚が、退社後、もしあ

なたに飲みに行こうと誘ったら、普通、拒否しにくいものです。

もし、“日本でこいつつきあいにくい”と思われたら、今後の

昇進にも影響します。 同時にそれは、人と一緒に食事をする

ことができる人、社会人として合格した人という ―― 価値観

を反映したものです。 日本語の中には“村八分”という言葉

があります。 仲間はずれ、孤立を意味します。 

 

ですから、このような社会価値観の中では、職場あるいは学校

で中で、一人で食事をするのが恥ずかしいと思い、トイレの中

で食事をするのです。 このような日本人がだんだん多くなっ

たのです。 世論調査によると、調査を受けた3%の人が“ト

イレの中でご飯を食べたことがある”と答えています。 最近

日本では、私達のような40,50代に比べもっと内向的な若

い人がどんどん増え、他人と交流できない人が多くなっていま

す。 本来、学校の中で、先生が生徒に、トイレの中で食事を

しないように、正しい指導をすべきですが、実際には先生の中

にも、自分がトイレの中で食事をする人もいます。 この病気

の重大さがわかります。

 

もとより、日本人がトイレの中で食事をする理由の一つに、各

企業、学校、機関、駅など、すべて公共の場所には、高機能イ

ンテリジェント付きトイレが設置されています。 これらのト

イレは、私が知る限り、恐らく世界で最も清潔なトイレです。

あの臭気がものすごいトイレの中では、人は食べたいと思う気

もおきないでしょう。

 

それはともかく、私は“便所飯”を楽しむことはできません。

もし自分がトイレにしゃがんで用を足している時、隣で誰か

が楽しそうに食事をしている……これらの情景を考えたら本来

出るものも出なくなってしまいます。 遠からず、日本のトイ

レの壁の上に“トイレは清潔に”の張り紙の側に、“食事禁止”

の張り紙がでるに違いない。

 

1.日媒:日本学生躲进厕所吃饭究竟为哪般?

 2015-02-12 14:33:57  来源:中国新闻网

 

中新网212日电 日本新华侨报12日刊文说,想必很多喜欢日剧和动漫的人都会注意到这样一件有趣的事,剧中在学校被同学们用各种方式排挤的人,在午休时间会选择躲在厕所里吃午饭。说起来,日本厕所的干净程度是全球公认的,但即便是一尘不染,在厕所里吃饭也是一件让人听起来就觉得倒胃口的事情。那么,日本人为什么会躲进厕所吃午饭呢?

 

文章摘编如下:

 

日本著名精神科医生町泽静夫把这种现象命名为“午饭同伴综合征”,这一类人如果是独自一个人在食堂等人数众多的环境就餐,便会产生诸如“我是一个毫无价值的人啊”之类的不安想法,为了逃避他人的目光,这类人选择了躲进厕所里吃饭。

 

可不要以为这只是少数人因不合群而产生的怪癖。2013年,日本媒体曾就“厕所饭”做出调查,结果显示大约受访者中12%的人有过在厕所里吃饭的经历,其中以20岁左右的年轻人居多。

 

因为在意别人的目光而选择委屈自己,这在经常拼桌吃饭的中国小伙伴看来似乎有些不能理解,那么日本人为何这样“死要面子活受罪”呢?主要有这样两点原因。

 

首先是日本人的集团意识。在古代日本,武士道最为重视的就是君臣戒律,可以“君不君”但绝不可“臣不臣”。评判一个武士是否合格,并不是看他是否对国家有何贡献,而是看他是否忠诚于自己所属的集团。

 

旧时的日本有一种文化叫做“村八分”,按照江户时代《御定书百条》的规定,村民之间的交往有十“分”,即:冠、婚、丧、盖房、火灾、疾病、水灾、旅行、生育、忌辰。如果某个村民因违反规矩而被实施了 “村八分”,就意味着全体村民要在上述的十“分”的交往中与他断绝八“分”。

 

只剩下葬礼和火灾的两“分”交往。而被全体如此对待的村民再继续在村中生活下去是非常艰难的。当然,随着时代的进步,“村八分”的文化已经大部分消失,不过由此也真的可以看出来,集团对与日本人生活的重要性。

 

另外是日本人的“他我”意识。日本社会心理学家南博先生认为人的意识可以分为两个部分,一个是自己认识到的自己,也就是“自我”意识;一个是通过他人认识到的自己,被称为“他我”意识。

 

日本人的“他我”意识较其他国人而言更加强烈,他们非常在意他人的目光,并且会表现出高度的“自觉性”。比如日本人的说话方式非常“暧昧”,让其作出明确判断时,往往会顾左右而言他,很少直截了当的说“不”或明确的拒绝别人。日本年轻人中流行这样一个词—— “KY”(空気が読めない),他们认为懂得“阅读空气”非常重要,而不懂得察言观色的人则往往不受欢迎。

 

为了不让落单的学生躲在厕所里吃午餐,不少大学都在食堂推出了“单人座”,即在可容纳6人的餐桌中间放置50厘米左右的半透明塑料板,将原本的大桌隔断成一个个单人座位。这样即使不认识的人坐在一起也不会感觉到尴尬。“单人座”的出现受到了不少好评,不光是落单的学生觉得松了一口气,就连很多老师也表示这一做法很人性化。

 

其实在我看来,“单人坐”的设立确实将一部分落单的人“解救”出了厕所,不过关键的问题还是在于人际关系是否有问题。一味的选择像鸵鸟一样将头埋进沙土里,不如跳出来看看自己究竟存在什么问题。毕竟餐桌上的“塑料板”不能成为今后生活交际中的“保护伞”。(蒋丰)

 

 

2.在厕所吃饭的日本年轻人

 2013-07-03 09:44 来源:新浪微博

 

在刚刚开始进行改革开放的中国,有个农村人听说家里还可以建厕所后,讲了这样一句话。

 

在家里面建厕所,那多臭啊!”

 

村领导对着乡亲们这样说道:“把厕所打扫得干净一点就行。这样厕所就不臭了。听说欧美人还在厕所里喝茶呢。”

 

然而,现在的日本人何止在厕所里喝茶,甚至还在厕所里吃饭呢。据说特别是年轻人尤其有这种倾向。原因是“自己一个人吃饭的时候不想被别人看见”。日语中“厕所”也叫“便所”,所以这种现象就被称为“便所饭”。

 

尽管这早在几年前就成为一个热议的话题。最近我去某企业采访,中途去了一趟该公司的厕所。发现厕所地上有个便利店卖的饭团的包装纸,啊,难道这就是传说中的便所饭?

 

我小时候有一次在厕所里吃冰激凌,妈妈发现后把我狠狠地教训了一顿:“厕所里多脏啊!细菌从嘴巴进到肚子里怎么办?”从那以后,我在厕所里连水都不想喝了。

 

说到“便所饭”产生的原因,实际上背后隐藏着日本社会的“排他性”问题。为什么会对一个人吃饭这件事感到恐惧呢?这是因为人们内心抱有某种不安,担心一个人吃饭被看到的话,会让周围人觉得自己作为一个人似乎失去了价值。

 

在厕所里吃饭的人一般会这样想:

 

在学校或者职场中一个人吃饭,意味着这个人没有朋友。没朋友的话就没有魅力。所以,一个人吃饭的话,会让周围人以为自己是一个没有魅力、没有价值的人吧。”

 

本来日本就是一个同辈压力(Peerpressure)很大的社会。比如说,公司里有“社交”的习惯。职场同事如果在下班之后约你一起去吃饭,一般情况下很难拒绝。如果一个人被认为“在日本这家伙不好打交道”的话,那很可能会影响他今后的升迁。在日语里有一个词叫做“村八分”,意思是被排斥和孤立。同时它似乎也反映了一种价值观——能与别人一起吃饭的人,被认为是一个合格的社会人。

 

所以,在这种社会价值观的驱使下,在职场或学校里害怕一个人吃饭的人就独自躲在厕所里吃饭,这样的日本人似乎越来越多。有一项舆论调查显示,3%的受访者回答“曾在厕所里吃过饭”。最近在日本,比我们这种4050岁的人还内向的年轻人正在逐渐增加,很多人都不擅长与他人交流。本来在学校里,老师应该给学生以正确的指导,劝阻有这种倾向的孩子们不要在厕所里吃饭。但实际上有些老师自己就在厕所里吃饭。也许这个病已经很严重了吧。

 

当然,日本人在厕所里吃饭的原因之一,是各企业、学校、机关、车站等所有的公共场所都设有高度智能化的厕所。而这些厕所据我所知恐怕是全世界最干净的厕所了。想必在那种臭气熏天的厕所里,人们也还是不会有食欲想吃任何东西吧。

 

尽管如此,我还是没法享用“便所饭”。假设自己蹲在厕所里方便时,旁边隔间里有人正在津津有味地吃饭……一想到这些情景,恐怕原本能出来的东西也都出不来了。说不定在不久的将来,日本厕所墙上贴着“请清洁如厕”的标语旁,还会同时写着“禁止吃东西”的标语吧。

 

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