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3332中国は見る(1929) 右翼 愛国心を語る

 

愛国を強制することは、大きな間違い――――

日本の右翼 愛国を談ず

 

 

强制爱国是被玷污的义务----日本右翼谈爱国心 

2014-06-29 14:09:32    来源:房丽燕的博客

 

 

 

右翼というと、私は民族主義をがなり立て、戦争をカモフラー

ジュする政治家や、街頭を大音量でまくし立てる黒の宣伝カー、

またネット上で、出まかせの暴言や、差別的な発言を絶えず流

し続ける「怒れる青年」などを思い出す。 

 

しかし先日、日本の新右翼の代表 鈴木邦男氏を取材した記事

を見て、私の右翼に対するこれまでの認識が覆された感じがし

ました。 内容は次のようなものでした。

 

鈴木邦男氏は早稲田大学在学中、右翼運動を始めました。 彼

は学生時代に、一生懸命に思想家の全集を通読しました。  自

分は右翼であるが、しかし 左翼の本も読み、相手の立場を理解

しようとしました。 しかし、最近の多くの学生は一ヶ月に一

本も読まないと聞いて、びっくりしました。  彼は、現代人の対

話は、立ち止まってゆっくりと思考したり沈黙することは許され

ず、接点を探すということではなく、瞬間の反応能力が求められ、

手を打ち負かせようとしていると見ている。 

 

防衛問題について、彼は 非武装中立の自由を 提唱していたが、

今はそうではないという。 多くの人が、“中国、韓国にばかにさ

れてはいけない。やっつけろ”といった強い論調を主張し

いる。 まるで、憲法を改正し、防衛を強化するなど自分を強化

しろと言ってるようです。   このような言論は実に低いレベルの

国と同じです。   自分の暗い過去に触れようとせず、国家の暗

い過去を否定するようなものです。

 

憲法改正という問題を歓迎するのかについて、鈴木氏の回答は

こうでした。“今の日本は、子供のような論議をしていて心配です。 

自分に秘密があるように、国家にもちろん秘密があります。 です

から、特定秘密保護法は必要です。 けんかしている友達を助け

るのは当然です。     ですから、集団的自衛権行使は必要です。 

ちゃんとまじめに調査して、結論を出さないと、違いますか?!

 

従軍慰安婦問題もそうです。 他国もやっているのに、どうして日

本だけが厳しく非難されるんですか? これは盗んだ少年が、“み

んなやってるのに、なんで俺だけ捕まえるんだ?”というのと同じ

です。このように幼稚なことでは、海外派兵、徴兵制、戦争といっ

た流れを。阻止できません。 もし米国のように軍隊に入れば、進

学や就職に有利となるような制度を導入すれば、日本も多くの若

い人が兵隊に入るようになるでしょう?

 

たとえば、日本のこんな熱狂的なスローガンの下で 憲法を改正

するのは危険です。国家のため、表現の自由、結社の自由、言

論の自由を 制限することは、強い 国家主義的色彩になります。 

いわゆる集団的自衛権は、結果的に米国の従属国になり、自衛

隊は米国の傭兵になるでしょう。 イラクのような侵略戦争で、

本は反対することができず、出兵することになります。 自由はな

くなります。 自由がない自主憲法より、自由があって強制された

憲法の方がいいです。

 

昔の戦争について、鈴木氏は、戦争というと軍部が国民に強要

したと言われます。 それはでたらめです。 当時の国民の一

の人は、とても戦争をしたがっていました。

 

現在、戦争を題材とした映画が、とても人気があります。 映

の中では、戦争は 悪い事だとし、国民は勇気があり、愛があ

たとしています。 でもその実、愛も勇気もなく、飢餓の中で死ん

でいてしまった人が圧倒的多数でした。 戦争を体験したことが

ない人が、無責任に、生命を惜しまず、領土のために戦えなど

と扇動しているのです。

 

現在の憲法が描いている理想国家が日本で実現しました。 世

界で見習うべき価値のあるものです。 もしも憲法が改正され

ら、その夢と理想をきっと飛び超えるでしょう。 でも、ありま

せん。もしもかつての帝国憲法に戻るとしたら“日本はまた戦

争を始めたのではないか?”と世界不安に陥入れるでしょう。

 

鈴木氏は、“私達は日本戦争を始めることはない。 自衛

は他の国出兵することはない。  だから世界で戦争を二度

しないために共に努力する」 というような宣言を出すことができ

 日本は核兵器の製造技術を持っているが、しかし核兵器

たない。 これら憲法の中に書くべきだ。  しかし、現在、

れらの討論に関しては全くされていない”  自衛隊はどうある

かについて、鈴木氏は、“今後国と国の戦争なくなり、テロ

活動、台風、津波、飢餓など人類の恐ろしい敵となる。  日本

自衛隊は 海外で 戦わず、侵略され相手を 撃退したり、

災害時救助にだけ使われる。 れら本当義で自衛隊

行動世界から称賛されるもの

 

靖国神社参拝問題について、鈴木氏は、“8月15日、多くの政治

参拝に行、外国メディア取材に来て、この様子見て“日

戦争する国だ”と報道す 政治家は国外からの非難を

けているのを自覚し、“私達愛国者だ”と誇ればいい。  この人

たちは自己顕示だが、外部からは 戦争を 起こ思われて

る。  この点は容認することできない

 

鈴木氏は、“日中国交正常化の時、中国には、“どうして侵略者と

友好するのか?”という反対の声が沢山上がった。 中国当局は

日本軍部始め戦争であって、人民も被害者った”  と一

般の人々に説明を行った。 これは日本にとっては、非常に感謝

すべきことだった。 しかし靖国神社にA級戦犯を置、政治家

参拝したら、これらの説明をひっくり返すことになる

 

国心はどういうかについて、鈴木氏は、“戦後長い間、

は戦争と関連づけられ否定された。 みんな「愛国者」

うが、 しかし、いわゆる 国心とは、私国を 愛しているので

国もを愛すべきだというように言ったり、君たちも国を愛せとい

うように他人強制するような性質も持つ。 国をさないと誹謗

される材料にもされる。    しかしもしも強制されたら、

それはムリヤリやらせるお務めのようなもで、公的なわい

なります。 しかし、人の心は強制することはできないのです。

 

日本人は日本に四季、富士山があり美しいことを知っています。

しかしどの国の 人であろうと、自分の国すばらしいと って

います。   中国、ロシア、米国、韓国嫌いで、日本けを愛す

るという愛は、本当に国心を持っているとはません。

日本人はもともととても謙虚で、寛容ですが、自ら国心を言う

のは偽りです”

 

愛について、私は、人にしろ、にしろ、にしろ、

きではないと思います。 愛することは、個人の自由ですし、愛さ

ないことも、個人の自由です。 強制された愛、すばらしくない

けでなく、とてもぶざまなものでもあります。

 

 

 

强制爱国是被玷污的义务----日本右翼谈爱国心 

2014-06-29 14:09:32    来源:房丽燕的博客

 

提起右翼,我会想到肆无忌惮鼓吹民族主义、粉饰战争的政治家;我会想到那些走街串巷、大放厥词的黑色宣传车;我会想到在网上口无遮拦、暴言吐槽、歧视性言论不断的愤青。但是,日前看到了一篇采访日本新右翼代表铃木邦男的文章,可以说有些颠覆了以往我对右翼的认识。内容摘要如下。

 

铃木邦男早在早稻田大学读书时便开始了右翼运动。他说他在学生时代,拼命通读了思想家全集。自己是右翼,但左翼的书也读,为了了解对手的立场。但是听说最近有很多学生一个月连一本书都不读,令他感到很吃惊。他认为现在人的对话不是为了寻找接点,而是想击败对方。被要求瞬间的反应能力,而不允许停下好好地思考或沉默。

 

关于防卫问题,他认为曾经是有倡导非武力保持中立的自由的,而现在则不是这样。很多是主张“不能被中国、韩国小看,跟他们干”的强势论调,好像说宪法改正、防卫加强等就是强化了自己。这样的言论其实是与低内涵国家的水平等同了。就像不想触及自己阴暗的过去那样,否定国家的阴暗过去。

 

关于是否对修改宪法持欢迎态度这个问题,铃木的回答是这样的。

 

非常担心今天的日本就像小孩子那样通过各种争议。因为自己有秘密,国家就当然要有秘密,所以特定秘密保护法是必要的;帮助正在跟人打架的朋友是应该的,所以必须行使集团自卫权。根本没有通过认真的调查就下结论,不是吗?!

 

从军慰安妇的问题也是,说是他国也做了,可为什么偏偏谴责日本?这就像偷东西的少年,说‘大家都干了,为什么只抓我?’一样。这种幼稚无法制止海外派兵、征兵制、战争这样的流程。如果像美国那样导入参军对升学就职有利的话,日本也会有很多年轻人当兵吧?

 

在诸如再振日本这样狂热的口号下修正宪法是危险的。为了国家,限制表现自由、结社自由、言论自由,有强烈的国家主义色彩。所谓集团自卫权,结果就是成为美国的附属国,自卫队将成为佣兵。像伊拉克那样的侵略战争,日本就不能反对,而要出兵。将没有自由。比起没有自由的自主宪法来,还是有自由的被强制的宪法更好。”

 

说起当年的战争,铃木认为,说战争是军部强加给国民的,那是胡说。当时的国民的相当一部分人是很想打仗的。

 

现在战争题材的电影很卖座。那里面都归纳说战争是坏事,而人民是有勇气、有爱的。其实呢,没有勇气、没有爱、在饥饿中死去的人为压倒的多数。那些都是没有体验过战争的人,在不负责任地煽动为领土而战,不惜牺牲生命的浪漫。

 

现在的宪法中描述的理想国家在日本实现了,是值得世界效仿的。如果宪法修改了,就必须有超越它的梦想与理想,但是什么也没有。如果再回到曾经的帝国宪法的话,会让世界感到不安,觉得是不是日本又要发动战争了?

 

铃木说,“我们可以做出‘日本不会发动战争,自卫队不会出兵到其他国家,所以为了世界上也不再有战争而共同努力’这样的宣言。日本拥有核武器的制造技术,但不拥有核武器。这些应该在宪法中写出,但是现在却完全没有关于这些的讨论。”

 

关于自卫队应该摆在什么位置,铃木认为,“今后国与国之间的战争没有了,恐怖活动、台风、海啸、饥饿等是人类更加可怕的敌人。日本自卫队不在海外作战,只用于在来犯时击退对方,及灾害时的救助。在这些真正意义上的部分,自卫队的所作所为得到了世界范围的称赞。”

 

说到参拜靖国神社的问题,铃木说,815日,很多政治家都去参拜,外国媒体也来采访。看到这个样子,就会报道说“日本是战争的国家”。而政治家觉得沐浴着来自国外的责难,可以自诩“我们是爱国者”。这些人利用自己,而被外界认为是制造战争的国家,这一点令人不能容忍。

 

铃木说,“日中邦交正常化的时候,中国有很多反对的声音,说为什么要和侵略者友好?中国当局这样向百姓作了解释:是日本军部发动的战争,人民也是被害者。这对日本来说是非常值得感激的事情。但如果靖国神社安放A级战犯,政治家去参拜,就会将这些解释推翻。”

 

关于爱国心为何物,铃木是这样的:“战后长时间以来,爱国心都因为是和战争联系在一起的而被否定。现在大家称为‘爱国者’。但是,所谓爱国心,拥有我爱国,所以国也应该爱我这样的回应,含有你们也要爱国这样的对他人的强制性质。不爱国会成为被诽谤的材料。但是如果爱国心被强制的话,它将成为一种被玷污的义务,成为一种官方的味道。可是,人心是不能强制的。

 

日本人认为日本有四季、有富士山,所以很美丽。但无论哪个国家的人都会认为自己的国家很棒。讨厌中国、俄罗斯、美国、韩国,只爱日本这样的爱国可以说不是真正地拥有爱国心。日本人本来很谦虚、宽容,自我声张的爱国心是虚伪的。”

 

关于爱,我也觉得无论是爱人、爱物,还是爱国家,都是不能强加于人的。爱,是个人的自由;不爱,也是个人的自由。被强制的爱,不仅不美好,还十分地丑陋。

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