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3212中国は見る(1820)父母 最大の責任

 

 

父母最大的责任  

2014-06-17 09:16:53 来源:辛子IN日本

 

ちょっと生活2つ出来事。

 

 

その一 土曜日の午後私はいつものように中国語授業がある

娘の mii いつも通り、午前学校に行った――彼女の学校は土

の午前授業があり、午後には家に戻ってくる。  お腹を空

かさないように、は出かける前彼女が 家に戻ってすぐ食べら

れるように、お昼を用意する。

 

 

は学校の 茶道部に 入っており、茶道用具 を 購入したいという。

私は時に授業が終わるので、夕方5時半に梅田で会約束

まず先に、一緒に阪急百貨行き 茶道用を買い、その後、

夕食を済ませ、家に帰る予定だった

 

 

しかし午後過ぎ、娘から突然、電話が掛かってきた。 重要な

事がなければ、娘は私に電話を掛けてくることはない。 やはり娘

家の鍵を忘れて、に入れず、にいるのだという

 

 

私は娘に、私の授業を行っている場所に来るよう言った。 一人で

かしてにいるのは、よい事ではない。 定期以外、彼女

はお金を持っていない

 

 

私の中国語教室に来ることを頑として拒否した。 理由は

一つ。  娘は制服を着ている。  学校の決まりで 授業が終わっ

ら、寄り道せず、必ず、まっすぐ家に帰らなければいけない。

 

は電話の中で“もしも私が制服のまま、学校以外の場所に行っ

のを、学校の同級生先生に見つかったら、校則に違反したこと

になり、私はみんなから信用されなくなる と言います

 

 

私はを説得できませんでした。 というのは、“誠実”がにとって

は、よりも重要だからです。  彼女の考えの中で、人この世

界できていく上で、“みんなが決まりを守るから、自由が守られる” 

と考えているのです。 ですから 最後に私はの決定を尊重する

ことにしまた。 午後家に戻ってから、ずっと夕方6時半の

終了後、戻るまで、娘をへらしたまま 庭の中で私を待

つことになりました。  幸い私は彼女のためにムギ茶を入れた

水筒用意していたので、飲り、最悪は避けられたと言えま

す。

 

 

その: 日曜日にと一緒に外出した。 何気なしに、数ヶ月前に

買った小学生の乗車券、680残っているのが分りました―

―数ヶ月前、彼女小学校六年生、小学生半額料金でいいので

す。

 

 

しかし4月9、娘は中学の入学式を終え、中学生りました。 

なのに、まだ小学生の半額乗車券を使っていたのです。  娘

って、恥ずかしい事です。 しかし680円の乗車使えなくなる

は、娘は、もったいないと思ったのでしょう。   この13歳の中

は、を使っていました。     彼女は の半額券で駅に入

駅を出る時、自から駅員を探し、理由を説明して、改めて切符を

算したいといいまし

 

しかし、駅員は娘の話をいた後、娘の精算をせず、娘を半額乗車券

まましたというのです。

 

 

どうしてこうなるのか、不思議に思いましたが、しかし駅員の話

駅を出ました。  駅を出た後、私達が 約50メートルほど歩いた

時、駅員走って追いかけて 来て、 “小学生乗車券残っ金額

使いきりましょう。    また電車に乗っても精算する必要はありません。 

使い切ったらそれで終わりでいいです” 駅員は微笑みながら、う話し

た。 やさしい笑顔だった。 私はと一緒に頭を下げ、“本当にすみま

せん” と駅員さんに、お礼をた。

 

2つの小さな出来事だが、私は記録すべきだと思った。 これら些細な

出来事が、人の親として、自分の子供に対して、最大の責任は一体何

なのか? を、私に考えさせた。 これは教育ではない。 なぜなら、

は子供を教育する資格なんかないからです。 

 

子供の心はきれいで、質朴で純真です。 汚染されていない自然のよ

うです。 彼ら成長するに従い、清潔さはだんだん消えます。 

共に成長するに従い、世間の汚れにまみれるようになります。 

考えます。 として子供の最大の責任は、彼らの生来清らかな

心・身体守り、その上の汚れをできるだけ染まらないようにさせ、彼

大人”になった時、できるかぎり下品にならぬよう、人に感じ悪い

われないようにしなければと思う。

 

 

 

父母最大的责任  

2014-06-17 09:16:53 来源:辛子IN日本

 

不久前生活中的二件小事。

 

其一:周六下午我照例有一个下午的中文课,mii也照例上午去学校上课--她的学校每周六是必须上半天课的,要下午2点才能到家。我出门前给她准备好了午饭,好让她到家就能吃到,不至于饿得太厉害。

 

mii参加了学校的茶道部,需要买一套茶道用具。我5点才能下课,所以我们约好傍晚530在梅田见面。先一起去阪急百货买茶道用品,然后再一起在梅田吃晚餐,之后回家。

 

但结果下午2点多的时候,mii突然打电话给我。没有重要的事,这个孩子是不会随便给我电话的。原来她忘记带家里的钥匙了,进不了屋子,只能呆院子里。

 

我要mii来我上课的地方。因为一个人饿着肚子呆在室外,实在不是件舒服的事。除了乘车券,她身上也没有带钱。

 

mii居然说什么也不肯到我的中文教室来。理由只有一个:她穿着校服,必须按学校规定下课后直接回家,不能在外绕道。

 

mii在电话里对我说“如果我穿着校服去学校以外的地方,不小心被学校的同学和老师看到,违反了校规,我会失去大家的信任的”。

 

我无法说服mii,因为“诚实”对她而言,比什么都重要。在她的概念中,人活在这个世界,是“因为大家都守规矩,才能拥有自由”的。所以,最后我选择尊重mii的决定:从下午2点到家,一直到傍晚630我下课赶回家,她一直饿着肚子一个人在院子里等着我。好在早晨我为她准备了一个装有大麦茶的水壶,有水可喝,所以,还不算太糟。

 

其二:周日和mii一起出门,无意中发现几个月前她购买的一张小学生乘车券,还剩下680日元没有使用完--几个月前,她还是小学六年级学生,可以享受小学生的半价待遇。

 

49日她参加完中学的入学式之后,已经是中学生了。作为一名中学生,还使用小学生的半价乘车券,对mii而言,是件羞耻的事。但680日元的乘车券就此报废,mii觉得太可惜了。这个13岁的中一学生对此事的处理方法,最后是这样的:她用那张半价乘车券进了电车站,然后在出站时,自己找到车站役员,说明原由,要求补票。

 

但车站役员听完mii的话之后,并没有帮mii补票,而是要她就使用半价乘车票出站了。

 

mii觉得非常的不可思议,不明白为什么可以这样~但还是听从车站役员的话出了站。出站之后,我们走了大约50米远左右时,那位车站役员又跑过来追上我们,说“那张小学生乘车券,还剩下的金额,就这么用掉吧。再乘电车时,也不必补票,用完为止就好”。车站役员在说这几句话时,眼睛里全是笑意。笑容非常温暖。我和mii一起鞠躬谢谢了他,并满怀歉意地对他说“实在是很对不起”。

 

两件很小的事。但我觉得有必要记录下来,因为这些生活的细微,令我再次思考:为人父母,对于自己的孩子,最大的责任究竟是什么?我想并不是教育。因为我始终觉得:任何大人其实都是没有资格教育孩子的。这就像一片被污染的叶子,不能去指导一朵洁净的花蕾该如何保持干净纯粹一样。孩子的心灵是洁净的,质朴纯真,如同未遭污染的自然。直到他们长大,洁净渐失,伴随年岁成长而沾染尘埃,俗不可堪。我想:父母对孩子最大的责任,应该是呵护好他们与生俱来最为洁净的品质,令那上面的尘埃尽可能沾染得少一点,令他们在不得不变成一种叫“大人”的俗物的时候,能俗得少许可爱一点,不至于让人感觉太恶劣。

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