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3209中国は見る(1817)日本憲法浅説

 

日本宪法浅浅说 

2014-07-02 22:24:40   来源:房丽燕的博客

 

憲法改正”、“集団的自衛権容認” について、安倍政権発足

以来、国内外論争の焦点となっている。 たとえ私のように政

治に関心がない人でも、このような 話題が毎日のように頭に

入されます。   毎日、“憲法改正”、 “憲法維持”といった

語を聞かないと、何か物足りなさを感じます。  しかし、もしも

“憲法とは一体何か?” “法律とは何か?” “憲法と法律には

どんな違いがあるのか?” といった 問題を 私に 聞かれたら、

はきっと答えることができません。  私のつたない知識でム

ヤリ答えるとしたら、私の答えはこうです。

 

憲法は法の思想的枠組みであって、実施すべき法的効力は

えていません。 法律はこのような枠組みの下、制定された

体的な条例で、実施すべき法的効力を備えています。  法

律は憲法より生まれているため、憲法は法律より上です” 私

は私の認識はとても論理性を備えると思っていますし、私と同

じように法律概念が疎い人、一般にこのような認識だと思い

ます。

 

しかし先日、私は子供が現在勉強している法律学塾“伊藤

塾”の父兄説明会に出席した。 そこでひとしきり憲法の基本

知識について、教えられ、上述の認識が相当いい加減だとい

うことがわかりました。

 

私達に講議をしてくれたのはこの私塾の塾長――日本の法曹

で権威のある伊藤弁護士です。  先生の話は、日本憲法の

三つの原則から始まりました。 子供の教科書から、憲法の国

民主権、平和主義と基本的人権の尊重という 3原則は 知って

いました。 しかし、更に深い意味については、私は知ることは

ありませんでした。

 

 Photo伊藤先生の説明を聞いて、憲法と法律の関係は

いに制約され、母子の関係では ないということ

知りました。 の図の通り、国民の主権は“憲

法は国民が制定した” ことを意味し、国民の 自由・

権益を保し、国家政府の 権力機構に対して制

できる法規を設けているのです。  法律はまた国家が国民の

益、自由に対して制限を設ける法規なのです。   ここまで話

て、伊藤先生は、 “でから、日本の 国民が国家の行方を決

める権力を持っているのです”と強調しました。

 

日本憲法のもう一つの基本原則――――平和主義を説明する

時、伊藤先生は、国が平和から戦争に向かう過程では、民族主

義が盛んに吹聴されます。  例えば、当時のドイツのヒトラーが

ったようなものです。 初めに大いに経済を取り上げます。  基

本的なものを 発展させ、失業などの社会問題を解決し、それに

よって自分の威信を高め、国民の支持を高めることによって 民

意を操縦する目的を実現します。   そして膨張した民族意識で、

他国を批判し、他国の脅威を誇張します。   民族の誇りを高め

るため、彼は1936年にベルリン・オリンピックを開催すると言い

ました。  ドイツ人はこれに大喜びし、愛国主義の気持ちが高ま

り、結集力はいやが上にも燃え上がりました。   ここで、伊藤先

生は 特に一言、“これはどこかの国の状態ととてもよく似ていま

す。(暗に日本を指す)  このような状況下では、国民の独自判

断、思考能力は喪失してしまいます。   取って代わるのは指導

者の指図に従う盲目的行動です” と話した。

 

 伊藤先生は、“今、日本政府はしきりに憲法解釈の見直しを叫

んでいます。   理由は領土が 周辺国の脅威を受けているから

と言います。  政府がこのように言い、メディアも一緒になって

騒ぎ立てるため、日本人はみな中国が戦争に くるみたいに思っ

ています。     これはその実、政府がある目的を達成したいがた

の策略です。   9.11以降のイラク戦争は、イラクが 大量殺

傷化学兵器を隠し持っていると言って、米国政府が 情勢判断を

誤り始めたものです。   その結果、長いこと戦争を行ったものの、

殺傷兵器は見当たらず、数千名もの米国の青年が異国の戦場

亡くなりました。 もしも平和憲法が見直されたら、日本の青年

もこのように戦場に駆けつけ、貴い生命を 異郷の土地で落とす

ことになるでしょう。  国民として、政府の勝手な意志に振り

されるべきではありません。 自分の冷静な思考と判断をしっ

り持つべきです。   安倍首相は、自分の理念で事を推し進めて

いるように思います。 安倍首相のやり方には反対です。 政府

の独断、あるいは 官民一致して  しまったら、 とても 危険です。 

国家は独裁状態に陥ってしまいます。

 

この話に私は深く考えさせられました。  小さい時から大きく

るまで、“党中央と一致”、“皆が心を一つにしよう”などといった

一致団結して 権力者の話を聞くよう 呼びかける言葉に聞き慣

ていたからです。  経済が急速に発展した現在も、違う意見

の声は依然として抑えられ、権力者は 一般の人々が対立する

ことを許さないばかりか、たとえ歩調の不一致でさえ許しません。

 

しかし、日本では、このよう有識者が、公然と政府に反対を

え、違う意見を言い、権力者の独断専行を抑えることができます。 

民主主義は こうあるべきで、民衆の思想、言語、行動の力で統

治者の権力を制限できます。

 

ここまで書いた時、7月1日、日本政府が集団的自衛権容認

憲法解釈変更を認めるとのニュースが伝わってきた。 政府の

この決定について、日本社会の反発く、それを“暴挙”と

い、 国民は 次々と 街頭に出て、政府の 独断専行に 抗議した。

7月1の一日だけで、デモ参加者は 数万人にも上り、その上

これに対して反対態度を表明する地方自治体も多かった。

ったからと言って法律の 制定はまだで、 終的

本で唯一の立法部門――――国会で審議する必要がある。 

から抗議者は“政府に反対の声を届けよ!”“徹底的に反対

!”などと言っている

 

 

 

 

日本宪法浅浅说 

2014-07-02 22:24:40   来源:房丽燕的博客

 

关于“修宪”、关于“集团自卫权”的解禁,是安倍自当政以来引起国内外争议的焦点,即使如我这般不很关心政治的人,也被这样的话题日复一日地灌输着。以至于每天听不到诸如“修宪”、“维宪”这样的词儿,似乎就觉得缺了点儿什么。但如果将“宪法到底是什么?”“法律又是什么?”“宪法与法律有什么不同?”这样的问题提给我,我一准答不出。一定要以我的贫乏知识牵强作答的话,我的答案会是这样:“宪法是法的思想框架,不具可实施的法的效力。而法律则是在这样框架下制定出来的具体条例,是需要实施,并具法的效力的。因法律生于宪法,所以宪法高于法律。”我自认为我的认识很具逻辑性,也相信与我一样法律概念模糊的人大凡会有这样的认识。

 

 但是,前几天我参加了孩子正在就读的法学私塾“伊藤塾”的家长说明会,在那儿被普及了一通关于宪法的基本知识,才知道我的上述认识是相当地不靠谱。

 

 为我们主讲的是这个私塾塾长------日本法律界颇具权威的伊藤律师,他的话题从日本宪法的三原则开始。关于日本宪法的国民主权、和平主义及基本人权的尊重这三条原则我是知道的,从孩子的课本上。但更深更多的意义我却不得而知。

 

 通过伊藤先生的讲解我才知道,宪法和法律的关系是相互制约,而不是母体与子体的关系。如下图所示,国民主权,它意味着宪法由国民制定,是为保障国民的自由、权益而对国家政府的权力机构进行限制的法规。而法律又是国家对国民权益、自由进行限制的法规。讲到这儿,伊藤先生特意指出,所以说日本的国民拥有决定国家走向的权力。

 

 

 

 (此图荡自网上)

 

 在解释日本宪法另一个基本原则----和平主义的部分时,伊藤先生说一个国家由和平走向战争过程是从大肆鼓吹民族主义开始的,像当年的德国,希特勒所作的那样。先是大搞经济,通过增加基本建设而解决失业等社会问题,以此提高自己的威望,实现被民众崇拜,直至达到操纵民意的目的。并以膨胀的民族意识诋毁外族,渲染外族的威胁。在提高民族自豪感这一点上,他提到了1936年举办的柏林奥运会,德国人为此欢欣鼓舞,爱国主义情怀高昂,凝聚力大增。这时,伊藤先生特意说了一句,这好像跟什么地方的某国的状态很相似嘛(他是指日本)。这种情况下,国民的独自判断思考力便会很容易地丧失,取而代之的是跟随领袖的旨意盲目行动。

 

 他说现在日本政府一个劲儿地叫嚣要修宪,理由是领土受到周边国家的威胁。政府如此鼓噪,媒体也跟着起哄,弄得日本人都认为中国要打过来了似的。这其实是政府为达到其某种目的的策略。他说9.11后的伊拉克战争就是美国政府错判了形势而发动的,说什么伊拉克藏有大量杀伤性化学武器,结果仗打了半天,杀伤性武器无影无踪,却让数千名美国青年葬身异国疆场。如果和平宪法被改,日本青年也将会这样奔赴战场,将宝贵的生命抛洒在他乡的土地。作为国民,不应被政府的意志牵着鼻子走,要有自己冷静的思考和判断。他个人认为安倍按照自己的理念去努力做事,他不反对,但却要批判他的做法。他说如果政府一言堂,乃至官民一致的话,是很危险的,因为国家会陷入独裁状态。

 

 这些话令我感触很深,因为我从小到大,听惯了类似“与党中央保持一致”、“万众一心”等等等等这样号召人们团结一致听权力者指挥的话。即使经济高速发展的现在,异见者的声音依然被压制着,当权者也绝对不会允许百姓别说对抗,即使有一点步调不一致也是不允许发生的。

 

 但是在日本,这样的有识之士却公然在倡导着必须有人与政府唱反调,必须有人持有不同的意见看法,以遏制权力者的一意孤行。大概民主主义就应该是这样的,用民众的思想、语言、行为的力量去限制统治者的权力。

 

 文字写到这儿,传来了71日日本政府通过了为解禁集团自卫权而变更宪法解释决议的消息。对于政府的这一决定,日本社会的反弹强烈,民众纷纷走上街头,抗议政府的独断行事,将其称之为“暴举”。仅71日一天便有数万人参加了游行,而且日本各地方自治体议会也对此多持反对态度。当然即使内阁决议通过了,也并没有被立法,最终还要在日本唯一的立法部门----国会上通过。所以抗议者称:“要让政府听到反对的声音!”“要将反对进行到底!”等等等等。

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