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3208中国は見る(1816)娘の入院で感じたこと(下)

 

女儿在日本住院的非常感悟

2010-07-24 07:05:19  来源:新浪博客

 

 

4.看護士見習い

 

入院した翌日、看護婦が私のところに来て、“看護士学校から

来た実習生に 小亜ちゃんの体温や血圧、心音などを見てもら

がいいでしょうか?”と聞きにきた。   私は、“構いません”

答えた。  暫くして、看護士が50歳くらいの太った女性を連れ

てきて、“先程、お話した実習生です”と紹介した。 私は、自分

が聞き違ったのではないかと思った。 彼女が仕事をすませた

ところで彼女と あれこれ 話をしているうちに、このおばさんは、

この年で、突然看護士になりたいと思うようになり、そこで勇気

を出して看護士学校に入ったのだという。  スタートが 他の人

より数十年遅くなり、もう少し早かったら 良かったのにと、おば

さんは嘆いていた。 “人生ってそういうものです。 ある段階に

ならないと、そういうことわからないものです” と、 私は彼女を

慰めた。

 

おばさんの目は パッと明るくなり、私達は 引き続きおしゃべり

を続けた。 看護士学校には彼女のような年齢の人は珍しくな

く、若い女の子からこのような年齢の 違うおばさん達が いっし

ょに混じって、互いに励まし、学び合うことは、とても いい事

という。  病院実習のほか、保育園にも実習に行くという。 

うして保育園に行くのだろう? 私は分からなかった。 そこに

行って 健康で活発な子供と接触し、今度は病院に戻り、病

にかかって健全でない子供達を見ると、一層 彼らの病気のこ

とが理解できるようになるのだという。    なるほどそうなのか

思った。 数日間、このおばさんが、ずっと小亜の面倒を見てく

れた。 写真で小亜の入浴を手助けしている人が彼女です。

 

でも、これら実習生は勉強の最も良い時機を逸してしまい、頭

や手足が最上の状態とは言えません。 しかし、若い人達より

確固たる信念とガンバリがあるため、卒業後は、自分の職場で

きっと優秀な看護士になることでしょう。 

 

5. “初心”に戻る

 

小亜と病棟で過ごした最初の夜、私は ほとんど寝つけません

した。 小亜は点滴しているので夜、7回ほどトイレに行きま

す。   毎回、行く前に、と電線を抜き、またつけなければな

りません。   看護士が、夜、何回か音もなく入って来て、点滴

薬を交換します。 私も6,7年前、自分が入院した時のこと

少しづつ思い出しました。    小亜を妊娠して8ヶ月くらいの時、

入院し、そして子供を出産しました。 病院で都合20日余り過

ごしました。  その頃は、まだほとんど日本語が話せず、産婦

人科が私の学校のようなものでした。

 

日本の 産婦さんは、初めて子供と会う時、最初に言う言葉は、

今日は はじめまして”でした。   当時、私にはそのような

慣はなく、自分と小亜と初めて向かい合った時、言った言葉は、

“あなたは小亜よ。    本当に女の子なのね” 当時、こんなに

元気な子供は間違いなく男の子だと思っていました。  今、

えると本当におかしいことです。   この小さい子が看護士さ

から私の部屋に移されてから、私の生活は てんてこ舞いの忙

しさに変り、彼女が24時間眠りつづけてほしいと願うほどで

た。

 

今、長い椅子に横になりながら、熟睡している小亜を見ている

と、彼女がまた6,7年前の生まれた頃の小さな赤ん坊に戻っ

たような気になりました。    揺りかごに静かに寝ていても、目

が覚めると泣いて、お乳を飲ましたり、オムツをかえたり、ま

彼女をあやして寝させます。   病院にいた時は、彼女のため

に睡眠不足になりました。 家に戻ってからは、日中と夜が逆

転したよにめちゃくちゃになり大変でした。 当時は、お母さ

大きいベッドに寝て、小亜は揺りかごに寝ていました。   今

は、小亜が大きい ベッドに寝て、お母さんは 長い椅子に寝て

ます。  小亜はすやすやと眠り、目が覚めたら、私は彼女に

《一寸法師》を読んで上げます。 この数日、一日3食、私がス

ーンで食べさせています。 私は子供達を小さい時から独立

せるように注意してきました。   子供達もそうやってきました。 

それなのに 今の状況は、まるで昔、彼女が 何もできない頃に

ってしまったようです。   神様は私ににぎやかな家庭を下さ

ました。 今はまた私に、2人の静かに付き合う時間を戻して

くれたようです。

 

 

育児の過程で私達は、よく自己反省と自己批判をします。 時

には、自分に 少しもいいところがな母親失格ではないか

感じました。 でも、自分に卑下することはないのです。   私達

も子供と一緒にゆっくりと成長するのです。   気持が落ちこん

には、私達の心を点に戻せばいい。  子供と最初に

時を 思い出せば、私達は余計な いなどしていなかった

ではないか。 小亜と一緒に病院で過ごした日間に感謝する

と共、この5日間は、私の心を出発時点に戻してくれた。 

“初心”に戻れば、私達が回復し、また新たにスタ

ートできると思った。

 

 

 

女儿在日本住院的非常感悟

2010-07-24 07:05:19  来源:新浪博客

 

4 未来的护士

 

住院第二天有护士来问百合,可否让从护士学校来的实习生来给小亚量体温和血压以及听心音之类,百合说没问题。过了一会儿,护士带进来一位看起来有50岁的胖女士,介绍说这就是刚才说的实习生。百合怀疑自己的耳朵听错了。等她做完了工作和她聊起来才知道,这位阿姨到了不小的年龄才突然发现自己想做护士,于是鼓起勇气进了护士学校。起点比别人晚了几十年,要是再早一点就好了,阿姨叹气道。人生就是这样的,不走到一个特定的阶段有些东西永远也不会明白的,百合安慰她道。

 

阿姨的眼睛一下子亮了起来,于是我们又接着聊。原来护士学校里像她这样年龄的人并不算稀有,从年轻的女孩到这样的阿姨不同年龄段的人混在一起,互相鼓励互相学习其实是一件挺好的事情。除了到医院实习以外,他们还去过保育所实习。为什么要去保育所呢?百合不解。去那里和正常的健康活泼的孩子接触,再到医院接触生病甚至不健全的孩子可以更深切的理解他们的病痛。原来如此。几天里这位阿姨就一直帮助照顾着小亚,照片里给小亚洗澡的人就是她了。

 

虽然这些学生错过了学习的最好时机,头脑和手脚都算不上最佳状态了,但是因为有比年轻人更坚定的信念和努力,毕业以后将来在自己的职场上一定也会是非常优秀的。 

 

5 回归“初心”

 

和小亚在病房度过的第一个夜里,百合几乎就没怎么睡着。小亚由于输液夜里要去约7次厕所,每次去之前先要拔掉好几根管子和电线,回来后要再安上,护士夜里数次轻手轻脚的进来查房、加药和换点滴,百合一点点的回想起六、七年前自己住院的那段相似的时光来了。怀小亚八个月的时候百合不得不住院休养了半个多月,再加上生孩子,百合一共在医院里度过了20多天的时光。那时候还几乎不会说日语,妇产科医院曾经是百合的第一所学校。

 

本的产妇在第一次与孩子见面的时候通常说的第一句话就是“请多关照”。那时候百合还没有这样的习惯,记得自己和小亚初对面的时候说的第一句话就是“你就是小亚啊,原来还真是女孩。”当时总觉得命这么硬的孩子肯定是男孩,现在想想真可笑。自从这个小东西被护士推到百合房间以后百合的生活就变得手忙脚乱,就巴不得她24小时睡觉。

 

现在蜷在长椅上的百合盯着熟睡的小亚看,仿佛她又变回了六、七年前出生的那个小婴儿。乖的时候躺在小摇篮里静静的睡觉,醒来就要哭,要给她喂奶和换尿布,再试着哄她睡下。在医院的时候就被她搞得睡眠不足,回家以后更是白天黑夜颠三倒四痛苦不堪。那时候妈妈睡大床,小亚睡摇篮,现在是小亚睡大床,妈妈睡长椅。小亚美美的睡了一觉醒来,百合给她读《一寸法师》,这几天的一日三餐也都是百合一勺勺地喂。百合很注意让孩子们从小就独立,他们都做到了,现在的情形却又仿佛返回到很久很久以前她什么都不会的时光。上帝赐给百合热热闹闹的一个家庭,现在又还给我一段两个人静静相处的时光。

 

在育儿的过程中我们常常会反省和批判自己,甚至会觉得自己一无是处,是个很失败的父母。其实不必对自己太苛刻,我们也在和孩子一起慢慢长大。在负面的情绪占上风的时候,不妨让我们的心返回原点,重温第一次和孩子见面的时刻,回想起我们许下的第一个没有贪欲的愿望。感谢和小亚一同在医院度过的五天时光,它让百合的心灵回到曾经出发的地方。在迷惘的时候不忘了回归“初心”,让我们充满力量再重新开始。

 

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