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3185中国は見る(1801)日本の“祭り”の魅力

 

日本“祭”的魅力 

2009-08-04 21:02:53   来源:房丽燕的博客

 

 

 

夏の日本は、北は青森の“ねぶた”から、南は徳島の“阿波踊

り” まで、至る所“祭り”で、暑い季節を更に猛烈な雰囲気に

せる。  長野県の“松本ぼんぼん”は有名とは言えないけれど、

しかし県内では かなりの規模のもので、毎年8月の第一土

日の夜、松本市街は盆踊りでにぎわう。

 

松本ぼんぼん”は松本市の夏祭りで、その踊りは、中国語か

ら 感じられるような 跳躍感はなく、典型的な 日本の踊りです。

松本ぼんぼん” の 歴史は そう古くなく、今年で35回です。 

この祭りは、他の伝統的な “祭り” のように、宗教的意味合い

はなく、お盆の前に、人々に夏祭りと熱狂する場所を提供する

ものです。

 

初めて“ぼんぼん”に参加したのは、1995年で、大学在学

の時でした。 その当時、私達留学生は “市役所連”のメン

ーに招待され、浴衣を着て、“ぼんぼん”の 行列に 加わりまし

た。 真夏の暑さの中、長い道を踊り歩き、疲れと楽しさが入り

混じった記憶が残っています。

 

 

初めて“ぼんぼん”に参加してから 14年 経ちます。  この間、

私は2回、違う団体の連に参加しました。 一回目に参加した

外国語教室のチームで、多く金髪碧眼 の外国人で

外国人は普通“にぎやかでないのが嫌いです”、このよう

なにわい、さらに熱狂さで、たとえ その舞い姿がへんてこで

あろうと、踊りをとても楽しんでました。 もう一回、参加した

は、私の 職場チームで、“食べ物は食い放題、酒は飲み放題

外国人教師も一緒に大騒ぎで、とてもにぎやかでした。 今年、

私は母親として肩書きバレ教室の母娘ダンスチー

ムに参加しました。    これはこのバレ教室の創立10周年の

一連の記念イベントの一つでした。

 

しかしこの日、朝から黒い雲が立ちこめ、が降ったりんだ

りしました。 はしょっちゅう 空を見上げ、夜のお祭りが

ないんではないかと心配し、神さまどうか雨を降らさない

ください。 もう止めてください” と心の中で 祈って した。 

時々、厚いから顔を出した太陽に、はとても大き

安心感感じ、夜のお祭りが 予定どおりに 開かれるのではな

いかと期待ました。 しかし午後になると、暗雲が街を覆い、

もぱらぱらと降りだし、次第に強くなり始めました。  が願

っている一縷の望み無情にも奪うかのようでた。    しかし

旦那がそばで盛んに“見込みがない、見込みがない” と水をさ

していましたが、 私は 気落ちすることなく、の中で 最後まで

祈ってました。

 

雨は降り続いています。 しかし、みんなは事前に集合場所に

集合しました。 装や髪の毛は濡れてしまいました。 しか

熱烈な雰囲気は些かも衰えませんでした。 正に、“用意は

べて整った。 後は天気だけが心配だ” です。

 

人々が天気心配していた時、雨がなんと止み空が だんだ

明るくなりました。  それは、ちょうど踊りの始まる時間

した。 夜のお祭り騒ぎのため、昼間雨らせ、人々のため

暑気払いをしてくれたと、みんなは、正に奇跡だと大喜びです。 

開始時間止んだので人々は思う存分 り出しました。 

火ともしごろの夕方、私達の頭の上にい空が覗かせ、西

夕陽が黄金色を見せていた。 もうなにも心配することはな

い。     神様特に今日ために設けてくれた「天の地の

」(お祭り成功の条件)だ

 

放送からぼんぼんの声が流れるに、音楽鳴り

、人々がうれしそうに踊り始め、歓声があたり一面に湧き

こった。

 

 

私達の隊列バレエ教室の生徒がで、小さいのは幼稚園

子供から、上は 5,60歳のおばさんれと“中堅の力”の

私達お母さん達が、教室の“指導者”静先生の指揮下、西

ダンス要素に、この典型的な 日本りが加わり、一般

ものとは異なる美感があった の踊りは美しいとは言

いけれど、全体的にはまあまあでしょう。

 

私は自分の規定の動作を踊りながら、私のそばを 踊るそれぞ

チームを見てい  一群の青春と活力満載してい

若い達の りは、 奇抜な服装熱狂的な踊り、大声を上

げ、びはねていた。  またの仮を被った2人が、面白い

動作していたのが、とても滑稽だった。    と対照的だっ

が、を着たチームだった。 動作が統一されていて、掛け

雄壮で力強かった また胸はだけ、背中を出した多国

籍の女が、日本の“ぼんぼん踊りバージョン・アップし

いたが、エキゾチック魅力を振り撒いていた。

 

今年の踊りに参加したチームは 305組にも上り、人数は2万

6千500人を上回るという。     上は老人から、子供まで、

りの輪の中に埋没し、みな興奮の中にあった。 ここの人

は、日本人の内気さ と単調さはまったくなく、思いきり歌

いきり踊り、まるでずっと黙っていた火山のように、巨大なマグ

マを噴出したら、止まらないかのようだった。

 

は、これこそ“祭”の魅力だと思う。 お祭りは、その中に没

させ、悩みを忘却させることができます。 また仮面を取らせ、

分に戻すことができます。

 

最後に、初めてこのイベントに参加した私達のチーム願いど

おりに受賞しました――――マナー賞。  踊りの表彰ではない

れど、しかし 300余り隊列の中で抜群に優れていた と

るのでしょう

 

何時間の“ぼんぼん終わりましたが、楽しい余は今な

お胸のうちを揺れ動いています。 目の前の大混乱、明日はま

た整然とした状態に戻るでしょう。    う存分発散した人々も

ふだんの生活に戻るでしょう。    しかしこの偶然の“奇怪”

人々のの期待りました。

 

祭りの隊列

Photo234











 

 

 

日本“祭”的魅力 

2009-08-04 21:02:53   来源:房丽燕的博客

 

夏季的日本,北到青森的“ねぶた”(nebuta),南至德岛的“阿波

踊”,可谓到处开 “祭” (祭:庙会、祭典、节庆、狂欢),令炎热的

季节更充满了热烈的气氛。   而长野县的“松本蹦蹦”( 松本bon

bon)虽算不上日本有名,但在县内也算是具一定规模的。  每年

8月的第一个星期六的晚上,小城松本市街便成了歌舞的海洋。

 

松本蹦蹦”是松本市的一个跳舞节,其舞并非象它的中文发音那样

具有跳跃感,而是一种典型的日本舞。“松本蹦蹦”的历史并不久远,

今年是第35次。据说它并不象其他传统的“祭”那样具有一些宗教的

意义,而仅仅是为了盂兰盆节前夕给人们提供一个夏日聚会、 狂欢

的场所。

 

记得第一次参加“蹦蹦”是95年,我还在大学读书时。那时我们留学

生被邀请作为“市役所连”的成员,身着浴衣,加入到了“蹦蹦”的行

列。 我记得我们跳过了一段漫长的路,留下的是暑热、疲乏与快乐

交织的记忆。

 

离第一次参加“蹦蹦”已有 14年的光景,这期间 我也曾两次参加

不同团体的舞队。一次参加的是一个外语教室的方队,多为金

发碧眼的老外。   老外一般“唯恐天下不乱”,有这样的热闹不凑

白不凑,凑了热闹还得再加上疯狂,所以跳得特别开心,即使 那

舞姿无异于群魔乱舞。    另一次,参加的是我职场的方队,吃喝

“放题”,也有一帮外教跟着起哄,也是热闹非凡。  今年,我则是

以母亲的身份参加了女儿芭蕾教室的母女舞队。  这是这个教室

为了成立 10周年而搞的 一系列纪念活动之一,那架式是要好好

舞一通的。

 

但是这一天,早上开始便是乌云密布,雨时停时降。害得我不断地

看着天,担心晚上的好事儿搞不成,也在心里祈祷着 :雨呀,您老

千万别下大发了,适可而止则以啊! 偶尔从灰黑浓厚的云缝中露

头的 太阳给了我极大的安慰,让我对晚上的活动如期举行有了期

待。   但是到了下午,黑云压城,压得雨开始噼里啪啦地 越下越大,

象是要将我怀有的一丝侥幸也无情地夺去。但是我并不灰心,在心

里祈祷到底,尽管老公在一旁不断地“没戏、没戏”地吹冷风。

 

雨还在下着,可是大家仍然按照事先的安排集合在了预定的地点。

衣服、头发被浇湿了,但热烈的气氛却没有丝毫减少。真是万事俱

备,只差天气了。

 

就在人们为天气担忧的时候,雨竟然停了,天也渐渐地明亮了起

来。而这时正好也到了开跳的时间了。    大家惊呼这简直就是天

长了眼的奇迹,为了晚上的狂欢,白天下雨,为人们消暑;时间一

到立马停雨,以让人们舞个痛快。这不,华灯初上的黄昏,在我们

的头顶已绽出了一抹淡蓝的天,并让西边呈现出了一线金黄。 还

有什么可担心的吗?整个一个老天爷特意为 今天设计出来的天时

地利呀!

 

随着广播里宣布“蹦蹦”开始的声音传来,音乐声响起,人们翩翩起

舞,顿时欢声雀跃,一片沸腾。

 

我们的队伍是以芭蕾教室的学员为主,小到幼儿园的孩子,老到 5

60岁的欧巴桑,加上“中坚力量”的我们这些妈妈,在教室的 “主宰

者” 静老师的带领下,将西洋舞的元素加进了这典型的日本舞,很

有些与众不同的美感。但我可没说我跳得美,我不过是在整体美中

鱼目混珠罢了。

 

我边笔划着自己的规定动作,边看着从我身边走过的 一个个方队。

一群青春与活力满载的年轻人舞了过来,奇装异服,疯狂热烈,又

叫又跳。还有两个人化着鬼面装,配上赖唧唧的动作,真是滑稽无

比。而与此成鲜明对照的是身着“法被”的方队,动作整齐划一,号

子喊得雄浑有力。  又有一群袒胸露背的多国籍少女,将日本舞的

“蹦蹦”跳变了形,但却充满了异国情调的魅力。

 

据说今年参加跳舞的方队有305个,人数超过 26500人。上至

者,下至儿童,人们被舞的浪潮淹没,个个兴高采烈。这里的人

一扫 日本人的矜持与刻板,尽情地歌,尽情地舞,仿佛沉默 已久

的火山,喷射出能量巨大的岩浆,一发而不可止。

 

我想这便是“祭”的魅力,它可以让人忘情地投入其中,而忘却烦

恼;它可以让你摘下面具,回归自我。

 

最后,第一次参加这个活动的我们这个方队如愿以偿得了奖----

礼仪奖。虽不是因舞而奖,但在300多个队伍中也算出类拔萃了。

 

几个小时的“蹦蹦”结束了,但欢乐的余波仍在心头荡漾。虽然眼

前的一片狼籍明天又将 变得秩序井然,尽情 宣泄了的人们也将

恢复平时的模样。但这偶然一露的 “狰狞” 却成了人们一年的期

盼。

 

我们的队伍 

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