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3125 中国は見る(1755) 日本人の“平和 ボケ”

 

日本人的“和平痴呆症” 

2013-11-21 20:38:41 来源:辛子IN日本 

 

 

 

少し前に、信孚教育集団理事長の信力建先生と作家の 楊恒

均先生など 一行10人が 日本を訪れ、関西大学や 日本の大

生達と交流した際、ある大学生が、“今の日本は「平和ボケ」

と発言した。 この発言に、会場から笑い声が起こった。 交

が終わった後、楊恒均先生が 私に、“学生が「平和ボケ」

なんて言うとは思いませんでした。  彼はどうしてこんなこと言

たのでしょう?”

 

 

私はその時、楊恒均先生に、“それは、日本というこの国が安

全だからです。   日本人だけでなく、私達のように日本に長く

暮している中国人も、「平和ボケ」に罹っています”と話した。

 

 

中国で流行っている“中国の夢”のように、日本人の“平和ボケ”

は、たぶん“日本の夢”と言えるものです。 この“日本の夢”に

浸っているボケ患者達の 基本的な症状は、反応が鈍く、警戒

意識に欠けていて、安全も平和も当然のことと思っている こと

です。このような “当然”意識のため、戦争や 安全保障などに

全く関心をもたず、そんなことは一切自分とは関係ない遠い問

題と思っています。 

 

 

平和ボケ”という この言葉の出所は しばらく措いておきます。 

でも“平和”に“ボケ”がくっ付くのは、世界で恐らく日本人だけ

でしょう。 日本の寿司や歌舞伎と同じように、“日本の特産品”

と言えるものです。 日本の街頭に立って注意して見ると、この

“ボケ患者”が街中一杯いることがわかります。例えば、財布を

無造作にズボンのポケットに突っ込んでいるサラリーマン。 自

転車に鍵をかけずにコンビニの表に置いておく人。 コンビニで

こっそり漫画を読む学生。多くの商品を、店の表に並べ、まった

く放りっぱなしの店主……等々。   また日本の農村では、農民

が外出する時、基本的にはドアに鍵をかけません。   また農

家の女性は道端に自分の家で作った野菜を販売する時、“野菜

どれも一個100円” と書いた紙を 箱の上に貼り付け、お金を入

れる箱だけを置き、店番の人はいません。 夕方になって、お金

を受けとりに来るだけです。 日本社会は安全で“他人の物を持

ち去る”という事はめったにありません。   込み合う駅や地下鉄

でも、こそ泥やスリは、めったに会いません。  ですから、日本

人はこういった面でも、全く“警戒心”がありません。     多分に

“おっとりしすぎ” と言えます。

 

 

日本人の寄付についても、このような“平和ボケ”の傾向があ

ます。 例えばある人が、東日本大震災で被害を受けた宮城

石巻市に寄付をしました。      2回に分けて6本の金の延べ棒

(2000万円相当)を郵送しました。 封筒には長野市内の郵便

局の消印が押されていた外には、寄付人を特定することはでき

ませんでした。 こんな高額の寄付を、なん匿名で郵送する

でしょう、まったく頭がおかしいというしかありません! どこかの

国を考えてごらんなさい。 実名で寄付したら、着服や使い込み

と疑われます。 まして匿名となったら、なおさらです。  匿名だ

ったら証明することなんて不可能で でも日本人はこれに

ついてなんの心配もしていません。  寄付を受け取った石巻市

庁は、メディアを通じて“発表”するという形式で、匿名の寄付者

に、「寄付金は 間違いなく 受け取りました。 ありがとうございま

す」 と伝えました。 

 

日本社会の平和と 真面目さが、“平和ボケ” 患者の安心さを

助長している。 でも、よいことは長続きしない。 ここ数年、“平

和ボケ”患者が増えてくるに従い、日本に“利口な人”が現れた。 

彼らは、簡単に 人を信じ、警戒措置を講じない “ボケ患者”  達

を利用して、だましたり ペテンにかけたりしているので、 日本の

メディアも各番組を 通じて、人々に警戒心を 強めるよう 呼びか

けた。     また、3.11大震災後の原発事故が“幸せボケ”で

ぼけていた日本人をやっと目覚めさせた。 彼らは、自国のメ

ディアに疑問を抱き始め、自国の政府を信用しなくなり、周辺の

隣国の飛躍といろんな軋轢に対し、日本人特有の 敏感さと  臆

病さを見せた。  本人の “平和ボケを直す 出て来た! 

これは本当 喜ばしいことでもあり、悲しいことでもある

 

 

日本人的“和平痴呆症” 

2013-11-21 20:38:41 来源:辛子IN日本 

 

 

不久前,信孚教育集团董事长信力建先生、以及作家杨恒均先

等一行 10人来日本访问,在关西大学与日本大学生们 进行

交流时,一位日本大学生随口说了句“现在的日本,得了‘和平

痴呆症’”。此话一出口,在场的人都笑了起来。 交流会结束之

后,杨恒均先生对我说:“没想到日本学生会说出‘和平痴呆症’

样的话,他怎么会这么说呢?”

 

 

我当时回答杨恒均先生说:“主要是日本这个国家太安全了。不

仅日本人,就是我们这些在日本居久了的中国人,都有点‘和平

痴呆症’”。

 

 

和平痴呆症”写成日文,叫“平和ボケ”。 就像中国正在流行

“中国梦”一样,日本人的“和平痴呆症”,大概算得上是一种“日

本梦”。躺在这个“日本梦”上的痴呆症患者们的基本症状是:反

应迟钝、缺乏防范意识,认为安全是一种顺理成章,和平是一种

理所当然。    并因为这种“顺理成章”和“理所当然”,而对战争、

安全保障等漠不关心,以为那一切离自己太遥远。 

 

 

和平痴呆症”这个词的出处暂时无法考证,但对于 “和平”也

拥有“痴呆症”的,全世界恐怕只有日本人。  跟日本的寿司、

本的歌舞伎一样,都算得上是一种“日本特产”。  走上日本街

稍微留意一下,就会发现这一 “痴呆症患者” 简直满街都是:

如将钱包随意插在裤兜里露出来一大半截的职员 ;自行车锁也

不锁随意停在便利店门外,而人却躲进了便利店里看漫画的学

生;将商品琳琅满目地 一直堆放到店铺大门外且根本无暇照看

的店主……。  还有:在日本的农村,农民们出门基本不锁门,而

农妇在路边贩卖 自家种的蔬菜时,只摆出个盛钱的盒子, 盒子

上贴上一张纸,写“每把蔬菜 100日元”,然后人就走掉了。等到

傍晚只管来收钱就是。   日本社会安全,也很少发生“顺手牵羊”

的事,即使在拥挤的车站和地铁,也几乎遇见不到 小偷与 扒手,

因此日本人在这些方面也就完全没什么高度的“警惕性”,表现

得也就有些“呆头呆脑”。 

 

 

甚至连日本人捐款,也带有这种严重的“和平痴呆症”倾向:例

曾有人给在东日本大地震中 受灾的宫城县石卷市捐款,分 两次

寄出的6根金条(价值2000万日元,约合人民币133万元),除信封

上盖有 长野市内邮局的 邮戳外,再也无法 查找 捐款者的 出处。

如此高额的捐款,居然全部匿名寄出,简直是脑子里少了根弦啊!

想想在某些国家,实名捐款还会被贪污侵吞呢,更何况匿名?岂

不是死无对证么?但日本人似乎对此并不担心。  因为收到捐款

石卷市政府,会通过媒体“曝光”的形式,来公告给那位隐名埋

姓的捐款者:捐款如数收到了,谢谢您,请放心。 

 

 

日本社会的平和与诚信,滋润着“和平痴呆症”患者的各种心安

得。不过,好景不长。 近年来,随着“和平痴呆症”患者的增多,日

本也开始出现一批 “聪明人”, 他们利用 “痴呆症患者”们的轻信

与不设防,进行各种诈骗与欺骗,以至于 日本媒体不得不通过各

种节目,来呼吁人们提高警惕。此外,3.11大震灾之后的核泄漏事

件,也让一直懵懵懂懂“幸福地痴呆着”的日本人开始惊醒 : 他们

开始质疑本国的媒体,开始不再那么信任 自己的政府,并对于周

边邻国的崛起与各种摩拳擦掌,表现出日本人特有的敏感与心惊。

日本人“和平痴呆症”的解药来了!这真是让人欢喜也让人忧伤。

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