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3092 中国は見る(1730) 中国の“成金”と日本料理

 

 

中国土豪与日本料理 

2014-01-06 20:07:27  来源:辛子IN日本

 

 

日本の「和食」が世界遺産の登録に決まったその日、日本の友

達がちょうど米国ボストンから日本に戻ってきたので、帰国祝

として、 私達は 一緒に “文化遺産” を食べに 行くことにした。

文化遺産”―――は、日本料理が世界遺産登録に決定した日

から、私がそれに別名をつけたのである。  “文化の遺産” を

べる。 こういうだけで、私にはもうとても達成感を感じるのです。

 

 

定食―――日本式コース

 

文化遺産”、いえ、日本料理についての 最初の記憶は、19

90年代初期の頃です。 その当時、私は上海の浦東の外資

ホテルで働いていました。 ちょうど浦東開発区ができて間

ない頃で、外資を盛んに引きつけていて、地価は どんどん

し、各種加工制造業も 発展し、浦東は ほ一晩で大

儲けした金持ちが溢れていた。   当節 流行している言い方を

使えば、で金持ちになった成金”達のことだ

 

成金”達私達のホテルの常連(私達彼らを「老板

〉と呼んでいた、私達のホテルが開業して以来、ホテ

の宴会は“成金”達の大食堂なった。 通常彼らはいつ

も連れ立ってた。 時には3、4人、時には8、9でやって

、いつも四角いテーブル或いは丸テーブルを揃えていた

 

成金”達が遠出する時は大騒動だった―――というのは彼ら

1人1台運転するので、まるで車列のようでした。 

の成金達は リンカーン、クライスラー、キャディラック など

国の長い大型の車が好きでした。 このような米国の大型車

面もよく、豪華に見えたからです。 唯一の欠点は長くて

大きい米国車、ガソリン消費が多く、いつも 込んでいる

では、ノロノロ進むしかありませんでした。 そのため、

米国大型車以外一般の“成金” 達は、もう一本の

トヨタの“オートバイ”を用意していました。

 

その時はもちろんまだ iPhone などありませんでした。

上海の中産階級の市民の中で、流行っているたのBB(ポ

ケットベル)した 中小資産階級 以上の富有層は

使用してました―――それ携帯電話が初めて中国った

の呼び方当時の層の身分の象徴でした。“成金”達は

人一台の米国車を持っていたほか、それぞれ米国モトロー

“携帯電話”を持っていました 

 

時の携帯電話、それは本当に“でした――――大

くて重いもので、手に持つと「れんが持っているようした。

”達が“大”持って、いつも食卓テーブルで大声出して

電話を かけているのを見て、私の心は 一杯 でした。

もしこのような電話を一年使わしてくれたら、私はきっと優秀な重

量挙げ選手になって、オリンピック出場して国のために栄誉を

たらすことができるのに” と思っていました。

 

米国の車を運転し、米国の電話を使“成金”達は、米国のハ

ーガーやポテトチップは嫌いでしたが、日本料理は大好きでし 

―― ホテル額を出して招聘し香港コックが、寿司上手

に作っただけでなく、日本式茶碗蒸しも口に合うよううまく作ってい

ました。 また伊勢えびアワビ などの いろいろな 海鮮姿盛りやき

れいに揚げた天婦羅どが並べられていた。

 

当然、正統の日本料理の目かられば、当“成金”達

で食べたこれらの料理決して 正統な 日本料理と 言えな

で、せいぜい改良された“香港式日料理”である。     しかし

外国人西洋風のギョーザ を食べたり、東洋の マーボ豆腐を

べて、自分中国料理を食べていると 思っているように、中国

は改良された香港式寿司を食べたり、広東料理系統の刺

食べて、同様に自分が食べているのが “日本料理”だと思ってい

るのだ。 

 

成金”達は、しょっちゅうホテルにきて“日本料理”を食べた統の日

本料理がテーブル一杯に小さい小皿並べられるのと違っていた。

 “成金”達はあーいうのは、とてもけちくさくてじゃない―――

彼ら大きいのが好きで、特にいろいろな刺身の船盛りが好き

した。 そのため、いつも“成金”達“日本料理”を頼む時、テー

ブルの上に、いつも2ー3艘の大な刺盛りが並べられた。 

の大な刺の船、“”達手元大哥大” がテーブル

の上に重々しく置かれていた。 テーブルの上でお互い見つめあ

い、対照の妙をみせていた。

 

これは1990年代の中国成金”達である 80年代の改

放から 数えると、彼らは中国の 第世代の“成金”である改革

開放の春風の中で、中国の最初の金を稼いだ。 彼らの子供、

在の成金”である 父の世代築いた財力

、“成金の2代目大部分は、若くして欧米にき、し勉強

した。 たくさん学んだ成果があがり、現在海外で安に暮らし

おり、自分の会社工場を持、世界各地、中国国内を 往

ます。 

 

彼らの両親世代と比べると、成金の2代目”はもう成金は呼

べません。 彼ら高等教育を受けており、金銭についても 父の

“古い成金世代”達よりも詳しいです。 風格やメンツも古い世代が

求めものではなく、話しぶりや 人柄に 移行しつつります。

金 の 2代目である 彼ら成金” の上着ぎ捨て、貴族式

紳士という平和的向に変わろうとしている。

 

古い“成金”達20年近い時間は とうに過ぎ去り、彼ら人生

の中壮年から白髪の年代に入りました。  3年前、私上海に戻り、

一年に一度の上海の書籍展覧会に参加した時ったホテル

つての“成金”の年寄り2人会いました。    昔、大哥大”を手

刺身の船盛りを豪快にていた話をすると、彼らは淡々と

笑いながら、できるだけ携帯電話を使わないようにしている。 

放射能を防ぐた、耳をさっぱりさせたいためだ と話した。

 

 

日本料理となると、中国国内の日本料理はもう選択範囲内

食べたい時は、直接飛行機で日本に行く――― 上海から日本

へは、時間あまりで行く。 彼らはみな米国の パスポーを持ち

便利だ。

 

でも、日本に着いて、彼らは、もう豪華な刺身の盛りはみま

せん。 小さい小鉢の日本風情のものを頼みます。   の美食

経験から、老成金”達は、“大”が決してよいものではなく、“小さい”

ものこそいいものだという道理が分かっているのです。    彼らは

取って、あまり食べられくなった。    そんなに沢山の小皿

いらない。 一杯のお茶漬けに、漬け物があれば十分だ。

 

京野菜漬け物寿司

 

飽食の時代を経験した旧世代の中国成金”達、“日本理”

求めたのは、一杯の お茶漬けと 漬け物だけだった。 して

本料理が本世界遺産の登録に成功したことはらく文明社会

の発展周期と関係があるのかもしれないと思いました。

 

15世紀、欧州人初めて日本に来て日本料理を 食べた後

本料理は見たところきれいだが、食べたら まったく まずい

同音に酷評しました。 米国の有名な日本研究家のドナルド・キー

ン氏は、食の迷信について文の中でこういている。  第二

次世界戦後、ロンドンは日本レストランはまったくありませんで

した。 美食有名なパリ、日本レストランは一軒しかありませ

でした   当時、東方の美食というと、中国料理だけがもてはや

され、日本料理というと、人気ランキング外にりました。 

 

しかし今、日本料理は昔の比ではなく、高級料理の象徴とって

ます。 この変遷は本当に感慨深いものがあります。 もしかすると、

肉食時代の飽食を経験し現代人は脂っこい胃腸に変わったが、

知らず知らずのうちに肉類の食物外の、草食料理の天然と純

――――あっさりして淡泊な日本料理正にタイミングよく

つかったといえる。

 

このような感覚、百花の群の中いていて、色とりどりの花

美しく咲き乱れるのを見て疲れた後ふと 振りかえた時、ひっそ

りとたたずみ、自然の緑色を放っている小さい草を見たよう

なものだ。 思わずほっとうれしくなってしまう。  なぐさめがほしい

のは、こういうものだ

 

 

 

中国土豪与日本料理 

2014-01-06 20:07:27  来源:辛子IN日本

 

日本和食申遗成功的那一天,正遇到一位日本朋友从美国波士顿

回日本,于是作为庆祝,我们决定一起去吃“文化遗产”。“文化遗

产”---这是从日本料理决定申遗那天开始,我为它取的另一个别

名。吃一份“文化遗产”,只要想想这个说法,内心就已经超有成就

感。 

 

定食---日式套餐

 

对“文化遗产”,哦不,对日本料理最早的记忆,是在上世纪90年代

初的时候。那时候我在上海浦东的一家外资酒店工作。刚刚成立不

久的浦东开发区正在不断吸引外资,突然高腾的地价、加上各种加

工制造业的发达,令浦东几乎是 在一夜之间 涌现出一群爆发起来

的有钱人。用当下流行的说法,也就是一夜暴富的“土豪”们。

 

土豪”们是我们酒店的常客(在当时我们通称他们为“老板”),

从我们酒店开张,酒店的宴会厅就成了“土豪”们的大食堂。 通常

他们总是结伴而来,有时候三、四人,有时候八、九人,每次 总是

凑齐一个方桌或是一个圆桌。

 

土豪”们出行总是引起轰动---因为他们每人一台“坐驾”,宛若一

个车队一样。那时候的“土豪”们喜欢林肯、克莱斯勒、凯迪拉克等

美国的加长房车,因为这样的 美国房车给 人感觉比较有面子、够

威风。唯一的缺点是 : 那样又长又大的美国车,不仅耗油,在总是

显得拥挤的中国街头,还常常只能缓缓爬行。 因此,除了美国房车

之外,一般“土豪”们还会另配一辆日本丰田作为日常“轻骑”。

 

那时候当然还没有iPhone。当时在中产阶层的上海市民中,普遍

行的是BB机。 而超越中产小资阶层的富有人群,则使用“大哥大”

---那是手机最开始进入中国时的称呼,也是当时富有阶层的一种

身份象征。“土豪”们除了一人一台美国车,还人手一个美国摩托罗

拉的“大哥大”。 

 

当时的手机,那可真是“大哥大”----又大又重,拧在手上,就像

着一块窑砖一样。 每次看到“土豪”们举着“大哥大”坐在餐桌边大

声打电话,我心里就敬仰不已。 因为我想:这样的电话若给我使用

上一年,我一定可以成为一名优秀的举重运动员,去参加奥运为国

增光了。 

 

开美国车、用美国电话的“土豪”们,却并不喜欢美国的汉堡与

条,而是热衷于吃日本菜 --- 酒店高价聘请 来的香港 厨师团队,

不仅寿司做得地道,日式蛋羹也做得润滑入口。 此外,还有被切

成薄翼一般的整只的龙虾、整只的象鼻蚌等各色海鲜刺身船、以

及油炸成淡菊色的日式天妇罗...当然,以正宗日本料理的眼光来

看,当时 “土豪”们喜欢的这些,其实并算不上 正统的 日本料理,

充其量只能算是被改良过的“港式日系料理”。但就像外国人吃了

一个西洋风情的饺子或是尝了一勺东洋口味的麻婆豆腐,就认为

自己吃过了中国菜一样,人吃了一个被改良的港式寿司或是

尝过若干枚粤菜系的刺身,一样地认为自己吃过“日本料理”了。 

 

因此,“土豪”们总是隔三差五就来酒店吃“日本料理”。与传统日本

料理摆满一桌子的小碟小盏不同,“土豪”们不喜欢那些玩意儿,认

为太小家子气---他们喜欢大份的,尤其喜欢各色刺身船。因此,每

次“土豪”们点 “日本料理”,桌子上总是会摆上2-3只体积庞大的刺

身船。 那些巨大的刺身船,与“土豪”们摆放在手边的、厚重的“大

大”们,也就常常各自盘踞于餐桌一端,彼此瞪眼对望,还真是

相映趣、相得益彰。 

 

这是上世纪90年代的中国“土豪”们。从80年代改革开放来算,他们

应该是中国的第一代“土豪”,在改革开放的春风中,赚取了中国的

第一桶金。而他们的孩子,则是当下富足殷实的“土豪二代”。  因为

父辈所打下的财力根基,“土豪二代”大都年纪轻轻就赴欧美留学深

造,不少学有所成的,目前都在海外 安居乐业,拥有 自己的公司或

工厂,穿梭于世界各地,往来于中外之间。 

 

与他们的父母辈相比,“土豪二代”似乎不能再被称为“土豪”,因为

他们接受过高等教育,对于金钱的感受也较之父辈“老土豪”们更含

蓄。气派和面子不再是他们所追求的东西,腔调和品质才是另一种

向往。“土豪二代”的他们,正在蜕下“土豪”的外衣,朝着贵族式“绅

士”和平演变。

 

而老“土豪”们呢,近20年的时间过去,他们已经从人生的中壮年步

入白发苍苍。三年前,我回上海参加一年一度的上海书展时,在居

住的酒店见到了二位曾经的“土豪”大佬。 说起当年手提大哥大”

的风光,和大啖刺身船的豪迈,他们淡然一笑,说他们现在尽量少

用手机,为了防辐射,也为了耳根清凉。 

 

而至于日本料理,中国国内的日式料理已经不在选择范围内,想

的话直接乘飞机去日本 --- 上海到日本,二个多小时的 行程而已,

而且他们现在都是美国护照,不要太方便了噢~

 

不过,到了日本,他们也不再点豪华的刺身船了。而是青睐于小

小碟的日式风韵。  多年的美食经验,让老“土豪”们明白了一个道

理:“大”原来并非一种气派,而“小”却有别样的精致。    不过,他

们说:年纪大了,吃不了多少。不需要那么多碗和碟,一小碗泡饭,

外加一小碟日式腌咸菜,够了。

 

京都的腌咸菜寿司

 

在经历过生猛的饱食时代之后,老一代的中国“土豪”们,对于

本料理”的要求,只剩下一碗泡饭与一碟腌咸菜而已。如此的纯真

单一,带着繁华过后回归本色的倦意。   这不由得令我想:日本料

理之所以能在今天申遗成功,恐怕也与文明社会的发展周期相关

吧。 

 

15世纪左右,欧洲人第一次到日本吃到日本料理之后,都异口

同声地对日本料理恶评有加,认为 日本料理 “看起来很美,但吃

起来却绝对不美味”。    美国著名的日本研 究家唐纳德·金,也在

《关于和食的迷信》一文中写 :二战之后,伦敦甚至都没有一家

本餐厅,就是 以美食 闻名的巴黎,日本餐厅也 仅仅只有一家。

那时候说起东方美食,惟中国菜 独领风骚,至于日本料理,是远

在人气排行榜之外的。 

 

但现在,日本料理早已今非昔比,甚至成为高级料理的象征。  这

其中的变迁真是令人感概。 或许,正是因为经历过了肉食时代的

饱食繁荣,现代人变得累赘油腻的 肠胃,才会开始不由自主地寻

求肉食系之外的、草食系料理的天然与纯粹----清秀淡泊的日本

理,便适时正撞上了这样的时机。 

 

这种感觉,就像漫步百花丛中,历经了种种姹紫嫣红的审美疲惫

之后,蓦然回首,却发现一株 柔软的小草,正不动声色地悄然伫

立,缓缓释放纯净自然的绿色。    于是人们禁不住地欢喜了起来:

原来,最渴望的那一抹抚慰,却是在这里的!

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