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3057中国は見る(1700)現代人はおしん時代より、もっと不幸?

 


おしんより もっと不幸? 

 

比阿信更不幸 

2014-01-12 21:47:31  来源:辛子IN日本

 

Photo私は12歳になる娘と映画「おしん」を見に行った。 

新聞で上映中の広告を見て、娘が自分からこの映

画を見たいと言ったからだ。  私も見たいと思って

いた。  私の少女時代、ドラマ「おしん」は、武士道

のように、じっとこらえ、強靱な意志を持って生き抜

くことに、強い印象を受けた。   将来、私も「おしん」

のように不撓不屈の人生を歩めたらなど考えたこと

もあった。  2012年、中国で流行した言葉で言えば、「おしん」は

全身からエネルギーがほとばしっているじの人だ。   私は、こ

の “エネルギー” が、 時空を超えて、私の12歳の娘の心に根を

下ろし、彼女が 21世紀で、も一人の輝かしい「おしん」となるよ

う願った。

 

新しく撮られた映画「おしん」は、主におしんの少女時代を描いた

ものである。  映画は 2つのテーマを強調するため、同じ場面を

繰り返し使っていた。

 

一つ目のテーマは反戦である。 映画の中で小さいおしんが、

性詩人・与謝野晶子の有名な反戦詩《あー、弟よ君死にたまうこ

となかれ》を口ずさむシーンが何度も出てくる。 この詩は、脱走

兵の俊作がおしんに教えたものである。 時代背景は、日露戦争

の頃で、相対的に 弱小だった 日本が、最に、強大なロシアに

った。 しかし、普通の人々の生活は苦しいことが続いていた。 

おしんは、このような貧しい家庭の子供だった。

 

 俊作はおしんに、自分がどうして脱走兵となったかを話した。 “戦

争は大量に相手を殺すのです。沢山殺した方が勝ちです。   戦争

で死んだり、ケガした 人には、敵だろうと味方だろうと、父親、母親、

兄弟、子供がおり、彼らに苦しい思い出を残すことになります ……

だから、私は兵隊を辞めようと思ったのです”

 

 俊作は最後に、脱走兵を捕まえにきた 将校に射殺されました。 

さいおしんに愛用していたハーモニカと反戦の詩と思想を残しました。 

 

 二つ目のテーマは、生活の苦しみに対する忍耐、我慢、そして一生

懸命に生きていく精神です。映画は、いじめを受けた時の我慢のシ

ーンや おしんが ご飯を 食べる時、顔中うれしそうにしている様子を

何度もクローズ・アップしました。 おしんのおばあさんが臨終になる

前、白米のかゆを一口食べて、この上なく喜んで、“本当においしい!”

という。

 

昔の貧しかった時代を強調することで、現在の物質社会を改めて

考えようとするかのようです。 物質過剰の時代にあって、若い世

代の日本人は昔の人が懸命に頑張って生き抜いてきた精神を失

ってしまったようです。   “朝日新聞”は、「おしん」の原作者、88

歳の女流作家・橋田寿賀子さんに対する取材の中で、特にこの点

を聞いています。 

 

橋田寿賀子さんは、“おしんの時代と比べて、今の子供は物が沢

山あって、生活も良くなりました。昔の人は、しばしば 苦難を経験

し、苦しみや辛さを堪え忍んできました。 このような我慢するとい

う心が、今の子供達に根を下ろしてくれればいいんですが”という。

 

私は橋田寿賀子さんのこの話を、12歳の娘に読んで上げました。 

しかし、娘は違う意見を言いました。12歳の娘は、映画の中の反

戦思想には賛成し、困難にあっても負けないおしんは すごいと思

っているが、しかし今の子供が、昔の“おしん達”より幸せで、我慢

精神に欠けているとは思っていません。

 

娘は、“どうして大人達はいつも、今の私たちが、大人たちの小さ

時より幸福だと言うの? 大人は、私達とは違うんです。 どうし

て、私達が大人たちに比べて、よくなってるとわかるんですか? 

私達が食事を十分食べることができるから、昔の彼らより幸福だ

って言うんですか? 昔の人も小さい時、試験がありましたか? 

こんな厳しい受験戦争ありましたか? 彼らの時代に、今の空気

汚染なんてありましたか? 今、核汚染問題はこんなに深刻です。 

いつか、うっかり汚染水を飲んで髪の毛が抜け落ちるなんてこと

があるかも知れません……” 

 

娘が、この話をしゃべっていた時、ちょっと顔を 上気させ、怒って

いるように見えました。 私は娘をなだめるしかありませんでした。 

“そうよね! どの時代の人にも、違う苦しみがあるのよね。 昔の

子供の苦しみはお腹一杯食べられなかったこと。   でも、今の子

供の苦しみは食べるのが一杯ありすぎて、それでプレッシャーが

多く、精神的負担も大きいのよね……” 

 

私がそう言ったので、娘は笑いだしました。 実際のところ、私の答

えには多少からかいの 気持があったのですが、しかし心の中では

娘の言うことにも道理がないこともないと思っていました。

 

 確かに、昔の人は、今の人に比べて満足することが多いと思いま

す。 だって、彼らには何もなかったからです。  だから、ちょっとし

た成功でも、大きな達成感を感じたはずです。  そして、その達成

感から更にやるぞという意欲や自信を持ったのです。   意欲や自

信は、雪だるまのように大きくなる課程で、我慢や ねばり強さとい

う 精神と共に、時機が来れば、自然に成就していったのです。 ま

た同様に、昔の年代の人は、彼らがご飯を食べた時は、現代人よ

りもっとおいしかったことでしょう。 なぜなら、昔の人は満足しやす

いし、感謝の気持が強く、そのため彼らは、生活の中での様々な不

の中から、自分の幸運を探そうとするからです。 

 

一方、今の人は、このような 不幸からもたらされた“幸運”など、な

いと同じだと思うに違いありません。 小さい成功ど、人々の達成

感を刺激しないのです。   百万の大金を持った人には、 1元のお

金など、その人の意欲向上に役立たないようなものです。 百万よ

り大きい金額でなければ、新しい刺激とはなりにくく、新しい吸引力

にはならないのです。

 

しかし、百万より大きい金額は、そんなに簡単にてくるもので

ない。 それは 元のお金が出る頻度に比べて、はるかに少ない

―― これは間違いなく現代人、或いは現代の子達の不幸であ

る。 私達の欲望は、まるで巨人の子供みたいだ。  時代の発展

伴いますます大きくなり、大きくなりすぎて、この 地球では 入り

きらなくなり、大きく なりすぎて、別の 新しい 宇宙を探さなければ

ならなくなり、私達はいずれ、この “巨人の子供” に飲み込まれて

しまうだろう。  これ私達の不幸であり、私達の子供達の不幸

である

 

だから、私はこう思っています。 娘の話には、なるほどそのとおり

だというところがある。 昔と比べるとおしんが受けたのは物質

貧困だが、一方、現代人、あるいは現代子供達受けてい

るのは精神貧困である この点から言うと、私達未来のある

彼らおしんよりもっと不幸ある

 

 

 

比阿信更不幸 

2014-01-12 21:47:31  来源:辛子IN日本

 

我和我家12岁的小朋友去看电影《阿信》。因为在看到报纸上

的公演广告之后,小朋友就主动提出说她想看这部电影。这当

然正中我的下怀:在我的少女时代,电视剧《阿信》武士道般

的隐忍和坚韧,给我留下了深刻的印象,令我一度幻想自己的

未来也将拥有阿信般不屈的人生。  用当下的中文流行语来说,

《阿信》浑身上下洋溢着绝对的“正能量”。我当然希望这份

“正能量”可以穿越时空,在我12岁的女儿、最心爱的小朋友

的内心生根,令她成为二十一世纪另一个熠熠生辉的“阿信”。

 

比阿信更不幸 - 唐辛子 - 辛子IN日本

 

 

 

最新翻拍的电影《阿信》主要讲述了阿信的童年时代。电影使

用了几组反复出现的镜头,来强调如下的两个主题:

 

 

 

第一个主题是反战。电影中反复出现小阿信朗读或背诵日本女

诗人与谢野晶子那首著名的反战诗歌《啊,弟弟你不能这样死

去》的镜头。这首诗歌是逃兵俊作教会阿信的。当时的时代背

景,正是日俄战争时期,虽然相对弱小的日本,最终打败了强

大的俄国,但普通百姓的生活却困苦交集。而阿信,正是这样

一个困苦贫穷家庭的孩子。

 

 

 

俊作告诉阿信自己为什么当逃兵:“战争就是大量摧毁对方的

东西,哪一方杀更多的人哪一方就赢。而因为战争而死去或受

伤的人,无论敌方我方,都有父亲母亲兄弟孩子,都会给他们

留下痛苦的回忆……所以我自己辞去了士兵的身份。”

 

 

 

俊作最后被追捕逃兵的军官枪杀了。留给小阿信最心爱的口琴,

还有俊作教会阿信认的字,以及反战的诗歌与思想。

 

 

 

第二个主题,则是面对 困苦的坚忍,以及拼命 活下去的精神。

电影反复出现了小阿信在受到欺凌时的忍耐、并好几次出现小

阿信在吃到米饭时,满脸欣喜的特写镜头。还有阿信的奶奶在

临终前,因为喝到一口白米粥,而无比欣慰的感叹:“真好吃

啊!”

 

 

 

从对过去的物质贫困的强调,折射出的是对当今物质社会的反

思。在物质过剩的时代,年轻一代的日本人失去了过去拼着命

也要好好活下去的精神。  在“朝日新闻”对《阿信》原作者、

88岁的女作家桥田寿贺子的采访中,也特别提到这一点。

 

 

 

桥田寿贺子认为:跟阿信那个时代相比,现在的孩子物质丰富,

生活得太好,而过去的人历经苦难,吃苦耐劳。希望这样的忍

耐之心,也能在现在的孩子身上生根。

 

 

 

我将桥田寿贺子这段话,念给12岁的小朋友听。但小朋友却有

不同的意见。这个12岁的孩子,她赞成电影里的反战思想,也

认为面对困境绝不逃避的阿信非常了不起,但却不认为现在的

孩子,就一定比过去的“阿信们”更加幸福,并因此缺乏忍耐

精神。

 

 

 

小朋友说:

 

为什么大人们总说我们现在比他们小时候幸福呢?他们不是

我们,怎么就知道我们现在就一定比他们过得好? 难道就因

为我们能吃饱饭,所以就比过去的他们幸福了? 他们小时候

有考试吗?有这么激烈的受验战争吗? 他们那时候有现在的

空气污染吗? 现在核污染这么严重,还不知道什么时候不小

心喝了污染水就掉头发呢……”

 

 

 

小朋友说这话的时候,显得有些生气,小脸都涨红了。我只好

安慰她:“是啊是啊!每一代人都有每一代人不同的艰辛,过

去的小孩子的艰辛是吃不饱,而现在的小孩子的艰辛是吃得太

饱,因此压力很重,精神负担也很严重……”

 

 

 

听我这么说,小朋友忍不住笑了起来。而实际上,虽然我的回

答有些调侃,但心里却认为小朋友说得不无道理呢。

 

 

 

的确,过去的人,比现在的人容易满足。  因为他们一无所有,

因此哪怕一小点点的成功,都能收获巨大的成就感,并从这份

成就感中收获进一步的动力和自信。在动力与自信如同滚雪球

一般跟随成就感 一起成长的过程中,忍耐与 执着的生活精神,

也随之一起水到渠成。也因此,过往那些年代的人,他们吃起

米饭来都的确要比现代人更香甜些,因为他们容易满足,也容

易心怀感恩,也为此他们反而能从生活的种种不幸之中,寻找

到属于自己的幸运。

 

 

 

而现在的人,无疑是缺乏这种因为不幸而孕育出的“幸运”的。

小小的成功已经无法刺激人们的成就感。这就像一个已经拥有

百万大钞的人,一元钱的小面额,会很难再成为他的动力一样。

除非有比百万大钞更大面额的东西,否则就会难以形成新的刺

激,产生新的吸引力。

 

 

 

但比百万大钞更大面额的东西,并不是那么容易出现的,它比

一元钱出现的频率,远远要少很多很多---这无疑形成了现代人、

或是现代孩子们的不幸。我们的欲望,像是巨人的孩子,已经

随着时代的发展而越长越大,大到这个地球快要装不下,大到

如果不另外寻找一个新宇宙,我们就很快将被这个“巨人的孩

子”给侵吞了。这便是我们的不幸,我们的孩子们的不幸。

 

 

 

所以,我想:小朋友的话,是有道理的。与过去相比,阿信们

所承受的是物质贫困,而现代人、或现代的孩子们,要承受的

是精神贫困。从这一点来说,我们、还有未来的他们,都比阿

信更不幸。

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