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3069中国は見る(1712)どうして子供を日本の幼稚園に入れたのか?

 

我为什么将孩子重新送回日本的幼儿园?

2014-01-14 20:09:16 来源:辛子IN日本

 

私の娘 miiが2くらいの時、私の回りには、教育に熱心な在日中

国人の先輩が何人もいて、私に中国国内に戻すべきだと提案

していた。  理由は日本の私立学校費用が高く、しかも公立

学校では、子供達が学校に行っても、ほとんど毎日遊んでばかり

て、まったくなにも学んでいないないからだという。  子供を中国

内に戻すなら、日本の高賃金で、子供達をいい学校に上げることが

できるだけでなく、その上中国 国内の子供の学習内容、日本より

沢山いいことが多い。      例えば日本の子供が、裸足でまたは、

に連れられて公園場でんでいる時、中国の子供は 親と

先生の 教育のもと、唐詩を 暗記したり、数学オリンピックに 出たり、

勉強することができる。

 

これは10年前の事です。 (10年前,子どもの教育費用は、現在と

じようには言えない。  これはまた別の話題で、別の機会に話す

ことにします) 現在、私の娘miiもう12歳になりました。    10

親となって間もなく、少しも経験がありませんでした。  

剣に“教育”とはなんなのか考えることもありませんでした。    です

から、そのは、中国人の先輩達が日本の公立学校は あまりにの

んびりしており、教育はいかに のろいか、聞かされていたので、

の中に不安を感じないわけにはいきませんでした。     の上、中国

の両親からも電話で、供を 中国に戻したらと 勧められ、退職して

にいるから、子供面倒見られるというのです。  そうしたら、

が安心して日本で仕事できるし、稼いだお金で、子どもは 故郷の

番いい学校や 幼稚園に入れられ、いい教育を 受させることができ、

一挙両得だ、云々というので

 

その頃、私は仕事のため、ちょうど 満になった子供を、日本の公

幼稚園に入れていました。    両親の勧めもあり、それに日本

立学のゆとり教育心配もあり、また子どもの 言語能力が最も発

する頃でもあり、中国語に 接触した方が、々、中国語基礎

ためいいのではないかと考え、それで、mii 歳の年に、私は 彼

女を連れて郷里の長沙戻り、長沙とても 人気のある、 幼稚園に

入れました。

 

しかしmiiは長沙幼稚園に5ヶ月いただけで、私は彼女を連れて

戻り、日本の幼稚園に入れることにしました。 理由はもちろ

ろいあります。  子供と別れられないというのが、一番の理由

ですが、終的mii 日本に連れて帰る決断をしたのには、

mii 起きたいくつか小さがあったからです。

 

miiは長沙の寄宿制の幼稚園に入れて4ヶ月あまり経った頃、中国

相当うまくなりました。(ふだん私達日本にいた時毎日中

国語を話ようにしていました ある時私達は彼女を幼稚園から

連れて戻り mii のおばあさんで、一家揃って 夕ご飯を食べ

いました。 時は、しばらくぶりの夕食の団欒でした。 は4ヶ

あまり国の幼稚園生活で、miiいくつか変化があるのに気

がつきました。

 

まず、私はmii食事が早いのに気が付きました。 まるで彼女

誰か奪い取るかのような感じです。  一生懸命になって口の

ご飯をかきこみ、小さい口はいっぱいになっているのに、ひたす

らご飯詰め込もうとしています。  自分の娘が、一体ど

してこんなふうになったのか?  これびっくりしてしまいまし

た。  どうして食べ方が、こんなに乱暴になったのか?   その後、中

国の幼稚園の先生は子供達に食事を早く食べるよう指導しているこ

とがわかりました。  早く食べる のが、良い子供と  いうので

す。   miiは自分が食事“良子供” になれない。 “良い

子供”なれないと、紅花をもらえない、こで 一生懸命にご飯

かきこんでいるのだ。

 

日本にいた時mii食事をする時は、ゆっくりと 細かく 噛んでおり、

食事はきちんとしていた。 食事をする時はナプキンで口を拭いたり、

口もとを拭くなどしていた。  それから、きちんと折りたたんだ上で

てていた。

 

の上、日本の子供達は食事の前に、両手を合わせ、“いただきま

す”言い、食後は両手を合わせて、“ごちそうさま” と言う。  日本

独自の食事の挨拶である。 

 

この二つの言葉は日本語の敬語である。  “いただきます”は “得

る”“受ける”の敬語で、“ごちそうさま”  は “大変おもてなしをい

ただいたの敬語です。中国語の中で、この言葉は簡単に“食事

を始め“満腹しました”します。  しかし日本語の本来

の意味には、もっと深い意味含まれています。   この言葉

の意味は、“動植物が自分の生命を犠牲にして、 私の生命を助

けてくれたことに 対する感謝”という意で、自然恵み、自分

べる動植物に対する敬虔な感謝の気持ちを表わしている。

 

また、日本で幼稚園から“食”教育の中で、メニューの栄養バラ

ンスを強調するだけでなく、子供達に食事ゆっくりと味わって食べ

よう求ている。     ゆっくりと味わうことは、食卓のマナーであり、

教養を表わすもので、それにはよいところがある。     食物の栄養

吸収しやすくさせるのだ。 食べるのが早すぎると胃腸に負担をかけ

る。  ゆっくり食べると消化不良になることはない。

 

miiが突然、がっつくようにご飯を食べるのを発見した外、miiのもう一

の動きも、私を驚かせた。

 

いこと会わなかったため、miiのおばあさんは、私にたくさん話し

ことががあったようだった。 だから私達は食事をしながら、話を

していた。 楽しいおしゃべりをしていた時、当時、やっと歳のmii

突然立ち上がって、大人のまねをして、彼女の 小さい手テーブル

の上くと、私と祖母に向って“食事の時は、話をしてはダメ!”

大声出した。

 

miiこの乱暴な行為に、その時は驚いてしまい、しばらく言葉が

なかった。  miiは、これまで穏やかで礼儀正しい女の子だった

からだ。 母として、私初めて自分の子供のこんな大声聞いた。 

礼儀どまったくなかった。 それだけでなく、テーブルをたたくのまで

学んでいたのです。

 

驚きながらも、私はすぐ理解した。 きっと幼稚園の先生がテーブル

をこのようにたたいてぴいちく ぱあちくと しゃべる 子供達を叱って

いるのでしょう。 だからmiiそれを見ていて真似たんでしょう。

 

 

この二つのが、私に子供を日本に連れ戻させることにした。 女の

の母として、私は自分の娘が小さいときから、常識や儀をわ

まえ、やさしい性格教養を持ってもらいたいのだ。    私は彼女

を早食いするようになり、食べ方が品のない女性になって ほしくな

いし、テーブルをたたいて大声で話をし、将来、トラのように 凶暴にな

らないでもらいたい。   人した後、直せない悪習、すべて小さい

ときから成長する過程で、知らず知らずのうちにいつの間にか身につ

いたものです。 子どもの時から身につけた生活習慣は、いかな

る 幼児教育より重要です。   良い習慣は人の一生の基です。 これ

家を建てるようなもので、基礎は必ずしっかりしないといけません。 

基礎がしっかりしていないと、を高く建てても、危険な住宅です。

 

 

少し説明したいと思います。 私は、決してここであの幼稚園の先生

を非難しようと思っているわけでありません。   あの幼稚園とて

も人気のある 幼稚園で、若くてきれいな女性の 先生達は みな歌も

踊りも上手で、多芸多才の人たちです。   多くの家長達が、を絞

って子供を入れたいと思っています。   その結果幼稚園のどのク

ラスすべて 定員を 超えいま 私は mii が入っていたクラスが、

miiを含めて全部で70人の子供で、先生は2人で代していたこ

とを思い出しました。 子供達が走回り、事故が起きるのを防ぐた

め、先生大部分時間を、すべて子供達を教室めて勉強し

ます。   こうなると子供達の屋外活動時間は、とても少なくなり

ます。 これは子供の健康にとって、とてもよくありません。   これも

国の幼稚園に不満を持ったもう一つの理由です。

 

 

一方、日本の幼稚園、日本の“児童施設最低基準”の規定

により、人の先生が 面倒を 見る子供、最大で、0歳(3人) に

つき1名、1ー2歳(6人)につき1名、320人)につき1名、

(30人)につき 1名となっている。  子供人数が、この数字を上

回った時は、必ずクラスを分けなければならない。    私達は当時、

名古屋郊外んでいた。   込み合ている市の中心から遠く離

ているため、miiは公立幼稚園に入った。 

1つのクラスは15にも満たなかった。 2人の先生同時に世話

見ていた。  子供達が先生について手作業をしている時、教室に

いる以外、その他の時間は幼稚園の 運動場で遊んでいるか、先生

子供達を連れて付近の公園に遊びに行っていた。  日本の先生

は、子供の戸外活動を重要視している。   というのは、日本の伝統

育児観では、子供“風の子”見ている。   子供は戸外で活動す

べきだ。   風に当たり、太陽に照らされれば、丈夫健康に育つと

思われている。

 

1MIIが通う日本の幼稚園――とても普通な公立幼稚園

1

 

2:幼稚園の夏の運動会

2

 

3:跳馬

3

 

4戸外活動が多いため、他の子供と同様、娘miiはほとんど

   日焼けして真っ黒だ

4


 

5:冬幼稚園の先生の指導で、縄跳び練習

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6:幼稚園の冬の運動会、子供たちが運動場で体操をしてい

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7:先生のピアノ伴奏でいっしょに歌を歌う――――

    “ちょっとだらしない格好をしているのが、娘mii~

7

 

8:みんないっしょにお話作り

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9お話を作っているうちに、2人の女の子お下げを編み始めた。

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10mii年少組の時の作品 : 長~~~まつげの犬~~

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我为什么将孩子重新送回日本的幼儿园?

2014-01-14 20:09:16 来源:辛子IN日本

 

在我的女儿mii大约才2岁左右的时候,我周围好几位热衷于教育的在日华人前辈都建议我将她送回国内。理由是:日本的私立学校费用不菲,而在公立学校,孩子们上课几乎天天就是在玩,完全学不到什么东西。但如果将孩子送回国内的话,有日本的高工资,不仅足够孩子在国内上个好学校,而且国内孩子学习的内容,也比日本多的多。比如说:当日本孩子还在光着双脚由父母或老师领着在公园玩沙子时,中国孩子早在父母和老师的教育下,背唐诗、做奥数、学英文了。

 

这是十年前的事(十年前国内的一个养育孩子的费用,与现在不可同日而语了。这又是另一个话题,另外写文章再谈)。现在我的女儿mii已经12岁了。十年前,刚做母亲不久,毫无经验,还没来得及认真思考“教育”究竟是什么?所以,那时候听到华人前辈们说日本的公立学校如何宽松、教育如何缓慢,情不自禁心里也有些担心。加上国内的父母一直在电话里劝我将孩子送回国内去,说他们退休在家正好照顾孩子,这样我不仅可以安心在日本工作,賺的钱也足够孩子在家乡上最好的学校和幼儿园,受最好的教育,可谓一举两得。云云。

 

那时候我因为工作,早已经将刚满2岁的孩子送进了日本的公立幼儿园。听了父母的劝说,加上对日本公立学校宽松教育的担心,另外也希望孩子在语言能力最发达的时候,多接触中文,为将来掌握好中文打下基础。所以,在mii3岁那年,我领着她回到了家乡长沙,送进了在长沙很人气的一家幼儿园。

 

mii在长沙的幼儿园仅仅只呆了5个月,我就决定还是带她回日本,重新回到日本的幼儿园去。理由当然有多种。舍不得跟孩子分开是最主要的一条理由,但促成我最终下决心将mii带回日本的,是发生在mii身上的一些小事。

 

mii在长沙的那家寄宿制的幼儿园呆了4个多月后,中文已经说得非常好了(平时我们在日本的家也坚持每天说中文),有一次我们将她从幼儿园接回到mii外婆家,一家人难得地坐在一起吃晚饭。那次一家人时隔良久的共进晚餐,让我注意到4个多月的国内幼儿园生活,带给mii的一些变化:

 

首先,我发现mii突然吃饭变得飞快,就好像身边有人跟她抢饭似的,埋头苦干地拼命朝嘴里大口扒饭,小嘴鼓鼓囊囊还在一个劲将饭朝嘴里塞。这让我很吃惊,不知道自己的女儿这是怎么了?怎么吃相变得这么粗鲁呢?后来我才知道:国内幼儿园老师鼓励孩子们吃饭要快。“谁吃得快谁就是好孩子。”mii很害怕自己吃饭太慢而无法成为“好孩子”,不是“好孩子”就没有小红花,于是拼命抢着扒饭。

 

但在日本时,mii吃饭一直都是慢嚼细咽,吃饭吃得有条不紊。就是吃饭时用餐巾纸擦嘴,也只轻轻擦拭嘴角,然后还要整整齐齐折叠起来才扔掉。

 

而且,日本孩子们从会说话开始,就开始学习日本独有的用餐礼仪:用餐前要双手合什,说“いただきます”。用餐后也要双手合什,说“ごちそうさま”。

 

这是两句日文敬语。“いただきます”是“得到”“领受”的敬语,而“ごちそうさま”则是表示“承蒙款待”的敬语。尽管在中文里,这两句话被简单地翻译成“我开始吃饭了”“我吃饱了”。但在日文原意中,这两句敬语含有更为深层次的意义。这两句敬语所真正表达的,是“感谢动植物牺牲自己生命,来延续我的生命”,是对自然的恩赐、对成为自己食物的动植物们的一份虔诚的感恩之心。

 

除此之外,在日本从幼儿园开始就有的“食育”教育中,不仅强调菜单的营养搭配,还特别要求孩子们吃饭一定要慢嚼细咽。慢嚼细咽不仅仅是一种文明的餐桌礼仪和教养,它还有一个好处是:令食物的营养更容易吸收,不会因为吃得太快而给肠胃带来负担,造成消化不良。

 

那次,除了发现mii突然变得跟抢似的飞快扒饭外,mii的另一个举动,也令我大吃一惊。

 

因为很久不见,mii外婆自然有许多话要对我说。所以我们一边吃饭一边聊天。正聊得开心时,当时才3岁多一点的mii,突然站起身来,模仿着大人的样子,用她的小手朝桌子上“狠狠地”一拍,冲着我和她外婆大声喝道:“吃饭不许说话!”

 

mii这个粗暴的举动,当时就将我给震住了,半天没有吭声。因为mii一直是个说话温和有礼的女孩子。作为母亲,这是我第一次看到自己的孩子这么大声,这么没有礼貌。不仅如此,甚至还学会了拍桌子。

 

吃惊之余,我马上意识到:一定是幼儿园老师这样拍着桌子大吼过喜欢叽叽喳喳的孩子们,所以mii看在眼里,跟着有样学样了。

 

这两件事促成我仍然将孩子领回了日本。因为作为一个小女孩的母亲,我希望自己的女儿能从小有常识、懂礼仪,拥有恬静的性格和温柔的教养。我不希望她飞快扒饭,将来变成吃相恶劣的女生,也不希望她学会拍着桌子大声说话,将来变得跟母老虎一样凶悍。所有成年之后的无法纠正的恶习,都是从小开始在成长过程中不知不觉中养成的。从童年开始培养良好生活习惯,远远比任何儿童早教都重要。好习惯是一个人一辈子的根基。这就跟建房子一样,地基必须打好打牢。地基没打好没打牢,房子建得再高,也是幢危房。

 

当然,要说明一下的是:我并不想在此指责那家幼儿园的老师。那是一家很人气的幼儿园,年轻漂亮的女老师们个个能歌善舞,多才多艺。许多家长挤破脑袋想将孩子送进去。其结果是导致幼儿园每个班都超编。我记得mii呆过的那个班,加上mii一起共有70个孩子,而老师只有2个人分别轮班。为了防止孩子们乱跑出事,老师大部分时间都将孩子们集中在教室里学习。如此一来导致孩子们的户外活动时间变得很少。这对孩子的健康是非常不利的。这也是我对国内幼儿园不满意的另一个原因。

 

而日本的幼儿园,按日本的“儿童福利设施最低基准”规定,一位老师所照看的儿童,最大比例是:0岁最多3名,1-2岁最多6名,3岁最多20名,4岁最多30人。儿童人数超过这个数字就必须分班。我们当时居住在名古屋的郊外,因为远离拥挤的市中心,所以mii在日本进的那家公立幼儿园,一个班15个孩子都不到,由两个老师同时负责照看着。孩子们除了跟老师学做手工时,会乖乖呆在教室里外,其余时间要么在幼儿园的大操场上玩,要么由老师领着去附近公园玩。日本老师对孩子的户外活动很重视,因为在日本传统的育儿观中,将孩子称为“风的孩子”,认为小孩子就应该多在户外活动,多吹风多晒太阳,才会成长得结实健康。

 

1:小朋友MII在日本的幼儿园--很普通的一家公立幼儿园

 

2:幼儿园的夏季运动会

 

3:跳马

 

4:因为户外活动多,和其他孩子一样,小朋友mii大部分时候都晒得黑黑的

 

5:冬天由幼儿园老师领着练跳绳

 

6:幼儿园的冬季运动会,小朋友们在做操场上做体操。

 

7:跟着老师的琴声一起唱歌----站得最“自由”的那位就是中国小朋友mii,哈哈~

 

8:大家一起接龙编故事

 

9:故事编着编着两个小女孩就编起了辫子。

 

10:小朋友mii在幼儿园小班时的作品:一条长着很长很长很长很长~~~睫毛的狗狗~~

 

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