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2921 中国は見る(1603) 来日して 日本を知る

 

认识日本

2008-10-28 21:24:35  来源:房丽燕的博客

私より1年前に日本で働いていた主人と再会するため、15

前の、のどかな春の日、私はこの島国 日本の地に 足を踏み

入れました。  15年なんて、あっという間に 過ぎ去りました! 

を 重ねただけでなく、 私の認識も 以前とは 変わりました。 

私は主人と結婚してから、語学学校の生徒、大学院の研究生、

学院生時代に、娘を生み 母となり、その後、の 地方の県

庁部門の仕事をするまで、いろいろな仕事をやりました。   日

本レストランで大きな皿を運んだり、食品加工工場で働いたり、

中華料理店の皿洗いや雑用をしたり、“大手企業”で通訳する

など、沢山の職業を経験しました。  ほかに化粧品販売や、中

国語を教えた事もあります …… これらのいろいろな 経験を通

社会勉強をしたことにより、異郷の人情の機微に 触れたり、

異国季節の移り変わりを体験しした。   自分は通りすがり

旅人で、ただ日本を放浪していだけだと 感じていましたが、

でも、いつの間にか日本のように感じ、この安ら

かに暮らすようになりました。

この15年の生活を振りかえると、くて遠い隣国について、

まるで何も知らなかった初めの頃から、いろいろ経験し 理解で

きるようになりました。 私は自分が中国と日本とい私の生命

の中で重要な 地位を占めている 2つの 国の間にいることをう

れしく思っています。    政治、文化社会のイデオロギーの影

響を受け、客観的にこの 2つの 国のいいところ悪いところを

対比観察し、思考することができます。  は、この私の体験

から得た思いを、日本の みなさんとも共有できたらと 思ってい

ます。

日本の初めの印象

1992年4月3朝、私は、間もなく主人と再会できる期待と

来に 対する生活への 夢抱きながら、20年あまり 暮らした

北京に別れを告げ、東京へ向かう 国際航空の飛行機に搭乗し

た。  の飛行機の上で生まれて初めて和食食べたのを覚

えています。  食べたものがどんなものだったかよく覚えてい

ん。 ただあまりおいしいと思わなかった 「そば」 が、私の

本料理印象になりました。  その後私は そば

ずいものではないことがわかりましたが、その食べ方がわかり

ませんでした。 その時は、ない「そば」を口の中に押し込

そして「つゆ」を飲み物して飲みこみ。   このような

食べ方で、良い味が出てきたのが奇妙でした。 その時は

ずれにしろ、むかむかした“和食”が、その後、私の一番の「

食」にるなんて考えもしませんでした。

時間ほどで、見知異国に到着しました。    主人が空港

出迎えてくれました。 私達は新宿行きの「成田エクスプレス」

乗りました。  広い褐色の車窓から青空や満開のが見え、異

国に来たという実感がしました。  どのような生活がち受けて

いるのかわかりませんでしたが、その恐れよりも、未知の世界

の好奇心が取って代わり、私は間もなく 訪れる日の到来に心が

ときめいていました

新宿から高速バスに乗り、主人の会社のある長野県に向か

ました バスステーションでバスを待っている時、肌きれ

性に引きつけられました。 彼女はそこり、ゆっくり

優雅にたばこを吸っていました たばこをうことが珍しいわけ

ではありません。 友達集まったなど、私も格好付けや最先

端を気取って、吸ったことがあます。 でも、このように人前

少しもせずにたばこをふかすことができるのは、不良

農婦しかいないとっていました   平然と人の目を気にしない

目の前の 彼女はもの静かな 外見とあまりにも 対照的で、私に

特異な美しさを感じさせ、私の記憶の中深くまれました。   

かもから 私の印象にあった、唯々諾々という 日本女

のイメージに疑問符が立ちました。

長野県

私のような年齢中国で受けた教育で、日本資源の少な

国でエネルギー輸入する外、ほとんど農業副産物もすべて

輸入に依存している。 日本が輸出しているのは業製品だけ

だと教えられた。 日本の環境については、地理の教科書による

と、“日本経済の急速な発展で、環境汚染深刻にな、人々は

外出する時、マスクをしなければならな……”とあった。 私は

このような認識長野県にやって来た。  でも、そこは私の想像

は違っていた。  長野県は日本の中部にあり、昔、信と呼

ばれた。 囲まれた 山地で、日本の 屋根とも言われている。 

県内に高山が、地形ヨーロッパのアルプスにとても

似てるので、日本アルプスとの名前が付けられている。  北部

白馬を中心とする周辺部日本の有名なスキーで、1998

年の長野冬季オリンピックの主要な競技場となった になると、

日本世界各地から冬の運動愛好者ここに集り、氷雪を楽し

む格好の場所になっている。   中部は安曇野の自然な風景と松

本城という遺跡が観光客を引きつけてい。 南部の諏訪湖沿岸

、東洋のスイスと言われている。 優美な自然環境は“セイコ

----エプソン”グループを代表とする精密機械と電子製品

生産企業を沢山育てている

長野県に住、ここが風景が美しく、空気は新鮮で、その上四季

の景色がすばらしいことがわかった。  が咲き誇り、夏は

緑の樹が生い茂り、木々が色づ、冬は雪っ白となる

…私は月の初夏の頃、くのアルプス山頂った雪を眺

ながら、絵のような景色に 感嘆すると共に、 それぞれの季節

が、このように調和共存することがでることは、大自然の

恩恵と言わざるを得ないと思いました 

その外、長野県くの温泉があることで有名です。 北部

の野沢温泉から、上高地の骨温泉まで国に前が知られて

いる。 こんなに多くの温泉に囲まれているので、も機会があっ

たら温泉の楽しみを体験したいと思っています。 私は長野県の

すべての温泉に入ると共に、その後、全日本制覇を誓いました。

自然環境が、このよう美しいだけでなく、農業副産物ぐれて

おり、私にご馳走を味あわせてくれました。 たとえば透き通ってき

れいで、真珠のような光沢のあるおは、ばらしい口当りがあ

世界一おいしい食べ物と言える。 長野県だけでなく、日本のどこ

の産地で作られるお米もべて世界に恥じない米です。 長野

県産のリンゴは、そ酸い味は、リンゴの 最高級品一度食

べたら“口”からないものだ。 日本の適な気候環境と農

業技術の発が、農業副産物の品質絶えず向上させた。 ここ

数年、長野県は中国大陸、香港台湾などの地域で、これら優良

質の農業副産物宣伝を始め、これら特産物世界にも広ま

こと期待している。    私は小さいときから都市で成長し、田舎

生活文学作品を通して想像するだけだった。   しかし日本に来

て、このような田舎に10数年暮らし、このまま引き続き根を下ろ

ことになりそうだ。   理由の一つはここの自然環境の美さのた

 その上、都市と農村の違いはほとんどなく、生活上の不便

もないことも私達が長期にここに滞在したい理由す。

長野に滞在するのが長くなり、大都市の騒がしいところはだけ

でしり込みします。 たまに東京のような大都市に行くと、自分が

真正銘の“田舎者”だと感じ、きょろきょろ見回し、どうしたらよいか

分からなくなりす。

Photo_3
高遠の桜


Photo_4

本城の夏 


Photo_5上高地の河童橋  

上高地から北アルプスの高連峰 

 

Photo_6
上高地の澄
んだ清 

Photo_7
上高地
明神池 


Photo_8
紅葉
それとも黄葉? 

Photo_9
色とりどりの花が咲き乱れ
 

 

Photo_10
秋の景
 


Photo_11
安曇野の風景

Photo_12

の野花 

Photo_13
豊科の
白鳥湖畔 

Photo_14
骨温泉

Photo_15
諏訪湖
旅館の温泉から見下ろす諏訪湖

认识日本

2008-10-28 21:24:35  来源:房丽燕的博客



(此文为参加去年《中文导报》征文而作,故时间上有差异。

再贴此文只为在博客上留记录,已看过的各位对不住了!)

十五年前那个阳光和煦的春日,为了与先我一年来日本就职的

老公团聚,我踏上了这块岛国的土地。十五年的岁月,弹指一

挥间!时光的飞逝,不仅增长了我的年龄,也使我的认识有了

不同以往的变化。我从陪老公就职的家属到语言学校的学生、

大学院生(研究生),之后为人之母(上大学院时生了女儿),

直至今天在地方政府部门供职,变换着不同的身份和角色。体

验了在日本餐馆端盘子,在食品加工厂做工,在中华料理店刷

碗打杂,在“大手”(大型)企业当翻译等多种职业,还卖过

化妆品,又教过中文……这些不同的经历使我有机会接触了社

会的各个层面,体味着他乡的人情冷暖,感受着异国的季节变

幻。曾觉得自己不过是匆匆过客,在此漂泊流浪,但不知不觉

中竟将他乡作故乡,于此安居乐业。


回顾这十五年的生活轨迹,对于这个近在咫尺又似乎远在天涯

的邻国,我从一无所知到有所了解,经历了一个认识的过程。

我十分庆幸自己能够站在中国和日本这两个在我的生命中占居

重要地位的国家之间,不受任何政治、文化及社会意识形态的

影响,客观地观察、思考、对比这两个国家的是与非,功与过。

我也十分想将我的体会、感受与希望了解这个岛国的各位分享。

日本初印象


1992
43日早晨,我登上了飞往东京的国航,带着即将与

老公见面的期待及对未来生活的憧憬,离开了生活了二十多年

的北京。


我记得我有生以来的第一顿日餐是在这次飞机上吃的。吃的什

么东西多已不记得了,只有那味如嚼蜡的荞麦面条成为了我对

日本料理的第一印象。后来我才知道不怪荞麦面难吃,只怪我

不知道它的吃法。我那时将那无味的面条先塞进嘴里,又把调

味汁当做饮料喝下。可以想见,这种吃法能吃出好味儿来倒怪

了。那时候我是无论如何不会想到这个令我几乎作呕的一品

和食”,日后会成为我的最爱。


仅仅三个多小时的航程便将我带到了陌生的异国。老公来机场

接我。我们坐上了开往新宿的特快列车。我透过宽大的车窗,

看着那被褐色玻璃过滤了的蓝天及竞相绽放的樱花,感到了一

些异国情调。我不知道等待着我的是一种什么样的生活,但那

种对未知世界的好奇取代了对它的恐惧,我兴奋地期待着即将

到来的每一天。


从新宿我们将坐高速巴士前往老公公司的所在地长野县。在巴

士站等车的时候,一个极其白皙秀丽的年轻女子吸引了我的视

线。她坐在那儿,慢慢地而又十分优雅地抽着烟。其实抽烟倒

不希奇,与朋友聚会时为了显示自己的前卫与豪迈,我也曾抽

过。但像这样在人前毫无顾及的吞云吐雾,我以为只有不良女

子或农妇才做得出来。而眼前的她却是那么地坦然自如、旁若

无人,与她那文静外表所形成的鲜明反差,竟让我觉得有一种

异样的美,也因此深深地刻进了我的记忆。并且由此对我印象

中唯唯喏喏的日本女人形象打了一个问号。

长野县


以我这个年龄在中国所受的教育,我只知道日本是一个资源贫

瘠的国家,除了能源需进口之外,几乎所有的农副产品也都依

赖进口,而日本输出的只有他们的工业产品。关于日本的环境,

我的地理课本告诉我,日本因为经济的迅速发展而使环境污染

严重,人们出门不得不戴口罩……


我就是带着这样的认识来到了长野县。然而我发现这里与我想

象的竟是那么不同。


长野县位于日本的中部,旧称信州,是群山环绕的山地,号称

日本的屋脊。因为纵贯县内南北的山体,地形地貌酷似欧洲的

阿尔卑斯,故得名日本阿尔卑斯山脉。北部(北信)以白马为

中心的周边地区是日本著名的 滑雪胜地,也是 1998年长野冬

奥会的主要赛场。每到冬季,来自日本及世界各地的冬季运动

爱好者云集这里,享受着冰雪带给他们的快乐。 中部(中信)

则以安昙野的自然风光及小城松本的艺术特色吸引着各路游客。

南部(南信)的诹访湖沿岸,则堪称东方瑞士。优美的自然环

境孕育了以 “精工----爱普生”集团为代表的众多精密仪器及

电子产品的生产企业。


住在长野县,发现这里山清水秀,空气清新,而且四季风景美

不胜收。春季鲜花盛开,夏季绿树成荫,秋季层林尽染,冬季

白雪皑皑……我曾经在5月初夏的日子里,眺望远处阿尔卑斯

山顶残存的积雪,感叹这如诗如画的景色描述的竟是完全不同

的季节,而且它们却能如此地和谐共存,这不能不说是大自然

的恩惠。除此之外,长野县还以拥有众多的温泉著称。从北部

的野泽温泉到上高地的白骨温泉无不闻名遐尔。因为被这样多

的温泉环绕,也让我有了很多机会体验温泉的舒适与快乐。我

发誓要泡遍长野县的所有温泉,之后再“制霸”全日本。


不仅自然环境是这样的秀丽,而且农副产品的精良也令我享尽

口福。比如那晶莹剔透,泛着珍珠般光泽的大米具有绝佳的口

感,堪称世界第一美味。不仅是长野县,日本各大米产地生产

的大米都当之无愧为世界大米之最。而长野县产的苹果,那香

脆酸甜的味道实在是苹果中的极品,绝对令人爱不释“口”。

也许日本适宜的气候环境及农业技术的发展使得农副产品的质

量得到了不断地提高。近年来,长野县开始在中国大陆、港台

等地区宣传其优质的农副产品,以期将这些特产推向世界。


我从小生长在城市,对乡间生活停留在通过文学作品的想象。

然而来到了日本,竟在这样的乡村一待就是十几年,也许还要

继续扎根于此,原因之一就是因为这里自然环境的优美。而且,

城乡之间的几乎无差别,不会让人产生任何生活上的不便,这

也是我们能够长期滞留于此的原因。


在长野待久了,已对大城市的嘈杂望而却步,偶尔去一趟东京

这样的大都市,感觉到自己象一个地道“田舍者”(乡巴佬),

东张西望,不知所措。
(待续)

高远的樱花名景(网上引用)

松本城之夏(引用) 


从上高地看到的北阿尔卑斯山脉中的穗高连峰(引用) 


上高地的河童桥(网上引用) 


上高地清澈的溪流 


上高地明神池(网上引用) 


红叶,还是黄叶? 


姹紫嫣红 


秋景 


安昙野风光(网上引用) 


路边的野花 


丰科的天鹅湖畔

白骨温泉(网上引用)

从诹访湖畔的温泉旅馆可以俯视诹访湖(网上引用)



 

 

 

 

 

 



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