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2585 中国は見る(1385) 日本の運動会: 一人も欠けることなく全員参加

 

一个都不能少

2012-10-15 08:32:11 辛子IN日本


毎年初秋の10月、日本の小学校は運動会の季節です。 我が

家の子供は今、小学校5年生です。 私は1年生の時から5年

生まで、連続して5年間、日本の小学生の運動会を見てきまし

た。 



1日本の小学生の運動会は個人競技がありません。 

団体競争だけです。1年生から6年生まで、人数

を半分に分けます。帽子の色によって、半分は赤

組、半分は白組です。  子供全員が選手であり、

応援団です。  紅白両チーム、誰が勝とうが、負ようがそれは

問題ではありません。 大事なことは各チームの子供達の共同努

力と協力精神なのです。



2毎年の運動会で、車椅子の子供の姿を目にする

とができます。先生が車椅子を押していっしょに

運動会に参加しています。 これまでの2年間の

運動会では、両足を 金属の支柱で 固定した 太っ

た男の子が、100メートルリレー競技に学友と一緒に参加し一

歩一歩走っいるのを見ました。 もちろん、100メトルリレー

ですから、太った男の子は一番遅かったですが、み言を言っ

たり、催促する人はおらず、運動会を見ている親も含め、他

の 子供達と同じように、みんな “頑張れ” と応援するとともに、

男の子が一人で“ゴール”に入るのを気長に待っいました。



3今年の運動会では、運動場に、車椅子 に乗った

供が出場しました。 とてもスマートな1年生の

女の子で、先生が 列の先頭まで押して行き、他

1年生と一緒に並ばせ、色のついた手まりを

持ってマスゲーに参加した。   ただ違っていたのは、他の子

供が立って演技ていたが、その女の子は坐ったまま演技

ていたことだ。    の子供達がその場で、跳び回っていた時、

女の子は先生が車椅子を押して、その場所をくるりと回ってい

た。  車椅子の上座っていたけれど、女の子は少しも いい

減なことなく、子っぽい笑顔を見せ、他の子供と同じように

輝いていた。 



4この2人の子供を見て、張芸謀監督が以前作った

映画の題名―「あの子を探して:一个都不能少」

を思い出した。 



この2人の子供は、学校の“特別支援教育学級”に属している。

日本の学校には“特別支援教育学級”が設けられている。 軽

度の 知的障害、身体虚弱者、肢体不自由者のために 特別に

設置されている。 文部科学省は“特別支援教育理念”の定義

を次の通りとしている。



特別支援教育は、単に障害児をどう教えるか、どう学ばせるか

ではなく、障害をひとつの 個性としてもった子、つまり 「特別

ニーズをもつ子ども」として取り組むとしている。

文部科学省の2006年の統計データによると、日本の公立学

校の““特別支援学級”の定員は8人である。  現在平均する

と、一クラス3人くらいである。  専門の先生が一人で、これ

の子供の学習指導の責任を負っています。  また同時に、彼

らの学習進度によっては、毎週不定期であるが普通クラスの

供と一緒に授業を受けたりゲームをすることもある。 



5現在、日本の身体障害児童は大体 8万5千人で、

全児童生徒数に対する割合は0.8%を占めてい

る。 そのうちの約6万5000人は“特別支援学校”

で勉強し、約2万人は普通学校の“学習支援ク

ス”で勉強しています。 


日本政府は、このデータに満足していません。 長年の経済の

低迷により国家財政も悪化 に直面しており、更に“3.11大

震”後の被災地域への再建のための高額投資もあり、財政状

況は少しも楽観的状況にない中で、 今年9月初め、 文部科学

はまた「新教育法令」を施行した。 この新しい法令は、来年

から、普通学校で身体障害児童のために“学習支援クラス”の

数と 教職員の人数を増やすほか、また 普通学校に身体障害

のためのバリアフリー施設を増設することにした。  換言

すれば、新しい法令は、身体障害児童が普通の中・小学校で

勉強するのに便利になるということである。 そしてこれは、身

体障害児童が 成長した後、自力で生活し、もっと 社会に溶け

込み、有利な条件を作れるようにするためである。 



日本は自然資源が少ないだけでなく、高齢少子化が、この国

人口資源を、同様に少なくさせている。 このことは日本政

を、深刻に悩んでいることは間違いない。  子供はみな大

切である。 このため、日本政府は身体障害児童に対する人

々の認識を糾そうとしている。   みんなが欠陥を持つ子供を

その子の個性” であり、“ほかの人と違う” と認め、できるだ

けこれらの子供を手助けし、“全員”がそうするよう求めている。

 

 

一个都不能少

2012-10-15 08:32:11 辛子IN日本



每年的初秋十月,是日本的小学举办运动会的季节。家中小朋友

现在上小学五年级,我也就从一年级到五年级,连续观看了5

日本的小学生运动会。 



日本的小学生运动会没有个人比赛,只有团体竞争。从一年级到

六年级,按人数对半分,根据帽子的颜色,一半为红队,一半为

白队。每个孩子都是运动员,每个孩子也都是啦啦队。红白两队

谁输谁赢,靠的是各队孩子们的共同努力和协作精神。



每年的运动会,都会看到有坐在轮椅上的孩子,由老师推着一起

参加运动会。前两年的运动会,看到的是一个胖男孩,双腿绑着

金属支架,一步一挪地跟班上同学一起,在参加接力赛和100

跑。当然,无论接力赛还是100米跑,胖男孩无疑是最慢的那位,

但没有人埋怨也没有人催促,包括围观运动会的家长们在内,就

像对待其他孩子一样,大家一边喊“加油”,一边耐心等着他一

个人独自“跑”到终点。



今年的运动会,操场上又多出了另一个坐轮椅的孩子。是个瘦瘦

的一年级小女孩,由老师推着排在队列的第一排,和其他的一年

级孩子一起,手持彩球表演团体操。唯一不同的是:其他孩子站

着表演,只有小女孩坐着表演,其他孩子蹦来蹦去原地转圈的时

候,小女孩就由老师推着轮椅原地转圈。尽管是坐在轮椅上,但

小女孩舞得毫不怠慢,满脸稚气的笑容和其他孩子一样灿烂。 



看到这两个孩子,想起导演张艺谋曾经拍过的一部电影的名字---

《一个都不能少》。 



这两个孩子都属于学校的“特别支援教育学级”。日本普通学校

里的“特别支援教育学级”,是为轻度智力障碍、病弱、肢体不

自由者而特别设置的。日本文部科学省赋予“特别支援教育理念”

如下定义:



所谓特别支援教育,并不是单纯地教育智碍儿,告诉他们该如

何学习,而是将他们的障碍看成一种个性,将他们看作‘有特别

需求的孩子’”。



根据日本文部科学省2006年的一份统计数据显示:日本公立学校

里的“特别支援学级”,按规定每班最多8人,目前平均为每班3

人。由专职老师负责照顾并单独指导这些孩子学习,同时根据他

们各自的学习进度,每周不定期地到普通班级与其它孩子一起上

课和游戏。 



目前,日本的残障儿童大约为85千人,占全体儿童人数的0.8

%。其中约65000人就读“特别支援学校”,约2万人就读于

普通学校的“学习支援班级”。 



但日本政府对于这个数据并不满意。尽管面临多年经济不景气带

来的国家财政虚弱,还有“3.11大地震”后灾区重建的高额投资

费用,在财政状况毫不乐观的状态下,今年9月初,日本文部科

学省仍然再次修正并通过了一项新教育法令。这项新法令规定:

明年开始,日本政府除将在普通学校为残障儿童追加“学习支援

班级”数量和教职员人数以外,还将在普通学校增设残障儿童专

用的无障碍设施。也就是说:新的法令将为严重残障儿童也能就

读于普通中小学提供更大便利。这将为残障儿童长大之后自食其

力、更好地融入社会创造诸多有利条件。 



日本不仅自然资源贫乏,高龄少子化也令这个国家的人口资源同

样趋于贫乏化,这无疑令日本政府深感焦虑。所有的孩子都无比

宝贵。为此,日本政府不惜纠正民众对于残障儿童的认识,希望

大家将拥有某些缺陷的孩子视作“个性”或“与众不同”,并努

力为这些孩子创造条件,力求做到“一个都不能少”。

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