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2571 中国は見る(1381) “右翼” と “憤れる青年”



右翼”与“愤青”

2012-09-25 23:18:45 辛子IN日本 



少し前(8月30日)に《右翼とはどんなもの》という文章を書きました。 

日本の友達がネット上で読んで私に 電話をかけてきて、“唐さん

あなたの理解は私たち日本人よりすごいわ。    今まで、右翼って、

私は暴力団連想してしまい、印象とてもよくなかったのと言った。



本当のことえば、右翼に対する印象、実はこの日本の友達と

同じだったんです。 街宣車、暴力団、高音スピーカー等々。 

どちらかというと印象は恐いというもので、ずっと敬遠してきました。

 これまで、彼らを理解しようなんて一度も思ったことがありません。 

でも、の後、なんとはなしに“新右翼”の代表人物・鈴木邦男氏

本を読んで、右翼に対する好奇心が沸いてきました。 

 

若い時積極的に右翼活動に参加し、日本だけでなく世界“第一の

愛国者” と自認する 急進分子、 晩年になって、 なんと本の中で、

こういていました。



国心国民各自が心の中にしまって置けばいい。 いったん口

出したら、それはウソになり、他人を批判する道具、他人を誹謗す

凶器となる。 だから、心にそっとしまって置きましょう。 どうして

言わなければならない時には、できるだけ小さな声で言うことで



鈴木邦男氏のこの話、私に、“誰も、若い時どんなに急進的であ

ろうと、年齢と経験に従って、だんだんと理知的になる。 たとえ右

が嫌いな「憤れ青年達」も、例外ではない。  当然、新右翼

は伝統右翼近いようだ。 しかし暴力団右翼は違うし、更に

、流行している “ネット右翼” とは、同列に論じられない。  同じ

右翼”ながら、“こっちの右翼”は“あっちの右翼”とは違う。 双方

の間には、共通するものがあるはずだが、イコールではない。 区

別して見る必要がある” と感じた。



同じ“愛国者”として、日本の“右翼”をしたら、どうしても中国の

れる青年たち”を連想してしまう 普通日本人が“右翼”とい

うと、暴力団連想し、思わず 反感を抱いてしまうように、中国国内

のウェブサイトでよくネット利用者達が、憤れる青年たちのこと

を、彼ら“脳なだとか“脳障害といったレッテルを貼り、嫌って

いる。 でも、同じ“憤れる青年たち”ながら、あの悪口を浴びせ

るだけのデモ隊たちとべると、の憤れる青年たち“あの憤れ

る青年たち違うと思う。



例えば鳳凰ネットに一人の憤れる青年がいる。 自称、“XX氏は、

極め付きの愛者で、よく私のブログに、 非難批判の書き込みをす

る。   いつも、長い文章を書いてくる。 ある時また書き込みを

してきた。  内容は、批判の文章を書いたから、私によく読んで、

してほしい。  そして私に中国人しての根本を忘れてはいけ

いと警告も書かれていた。 

 

決していたずらや悪口といったものではなかったので、私は彼の文

章を読み、そして彼のところに返事を書いた。



さん:ありがとうございます。 あなたの文章を拝読しました。 

なたは誠実な方です。     あなたの文章を否定する気はありません。 

あなたのような同胞がいるからこそ、 日本に生活している私のような

中国人がいつも 歴史 を忘れてはいけないと反省できるのです。 

ありがとうございます”


それ以降、このの兄貴の態度が変わりました。 次の書き込み

からは、いつも“辛子さん!”と言うようになりました――ちょっと落ち

着かない気分です。


その後、この兄貴は、しばらく音信不通でした。 数日前、突然また

私のブログ書き込みがありました。 辛子、俺、あなたのだ~



それからこういうことがありました。 北京ことです。 潘家園の骨

董市場に行った時、毛沢東時代の懐かし物を専売している店があ

りました。 店主はもちろん愛の人です。  私の様子を見て、最

日本人かとったみたいでした。  あまり友好的でなく、態度

かったです。 でもが、毛おじいさんの郷の人だとわかったら、

ほころばせ、親切に対応してくれました。  最後には、私が

彼の店出て行く時まで、ずっと 階段口まで見送ってくれ、そして大

声でこう言いました。

美人歓迎するよ でも鬼子(日本人)はよしてくれ。 私のこの

、日本人と犬は入店禁止だから



この“の兄貴も前に紹介したの鷹兄貴”と同様、まったく

なんと言ったらいいか、困った人たちだ。 しかし彼らは人はいい

し、感情豊かで、しかもごまかしがない。  この点だけは、彼ら

はかわらしい

 

 

右翼”与“愤青”

2012-09-25 23:18:45 辛子IN日本 



不久前写了篇名为《右翼是个什么东东》的文章,有日本朋友在网

上读到之后,给我打来电话,说:“唐,你了解的东西比我这个日本

人还多啊,一直以来,一提起右翼,我就会联想到暴力团,印象非

常不好。”



说实话,我对日本右翼的印象,其实和这位日本朋友是一样的:黑

色街宣车、暴力团、高音喇叭,等等,等等。总之印象蛮恐怖的。为

此一直敬而远之,以前也从未想过要去了解他们。 后来无意中读

到“新右翼”代表人物玲木邦男的书,才引起我对日本右翼的好奇。

因为这位年轻时积极参加日本右翼运动、并自认是全日本、乃至全

世界“第一爱国者”的激进分子,晚年时居然会在书里写:



爱国心放在每一个国民内心中就好,一旦说出了口,它就成了一

句谎言,成了批判他人的道具,诽谤他人的凶器。所以,悄悄放在

心里吧,即使非说不可的时候,也要尽可能说得小声点。”



玲木邦男这段话,让我感到:任何一个人,无论年轻时多么激进,

都会随着年龄与阅历,慢慢地回归于理智。即使讨厌如右翼之类

的“分子”们,也毫无例外。当然,“新右翼”似乎与传统右翼更加

相近,但与暴力团系右翼的却有区别,更与现在突然间风行起来

的、缺乏信仰的“网络右翼”也完全不可相提并论。   同为“右翼”,

此右翼”非“彼右翼”,彼此之间,虽有一定共通,却是不能划等

号的,有必要区别看待。



同为“爱国者”,说到日本“右翼”,难免会联想到中国“愤青”。就

像普通日本人一提起“右翼”就会联想到暴力团,就 会不由自主

反感一样, 在国内网站上,也常常看到许多网民们, 一提到“愤

青”,就会给他们贴上“无脑”或“脑残”之类的标签,很不招待见。

不过,同为“愤青”,我也认为与那种只会谩骂的无聊者相比,“此

愤青”与“彼愤青”是不一样的。



例如在凤凰网上有一名愤青,自称“XX鹰”,特爱国,曾经常来我

博客后面留言批判指责。每次留言都是大段大段的。 有一次他又

来留言,说他写了篇批判文章,让我去看,希望我好好学习一下,

并警告我作为中国人不可忘本。 因为并非无聊的谩骂,所以我就

去看了他的文章,并留言给他,说:



鹰兄:谢谢您。我拜读了您的文章。您是位有赤诚之心的人,我怎

么可能反感您的文章呢,不会的。正因为有您这样的同胞,像我这

样生活在日本的华人才会时刻在内心自醒不可忘记历史。 我应该

谢谢您才是。”



从此之后,这位爱国仁兄的态度就转变了,再来留言时,就口口声

声喊“辛子妹!”---让人肉麻到找不着牙。


之后,很久不见此兄。有几天,突然又出现了,跑到我博客后留言

道:辛子,我是你鹰哥啊~~



还有一次,在北京的时候,去潘家园的古玩市场,有一家店专卖毛

泽东时代的怀旧物品,店主是个超级爱国的仁兄。看我的样子,最

开始怀疑我是日本人,不甚友好,态度恶劣。后来听说我是毛爷爷

的家乡人,马上喜笑颜开,热情相待。   最后我走出他店门的时候,

还一直送到楼梯口,并大声吆喝说:



欢迎美女MM再来哈!但别带鬼子来,我这店,日本人与狗不得

入内。”



这位“爱国仁兄”与上面那位“爱国鹰兄”一样,都让人有些哭笑不

得,但他们 有血有肉, 情感丰富, 且不掩饰不虚伪,就这点而言,

他们是可爱的。

(日本新华侨报·辛子IN日本专栏)

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