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2412 中国は見る(1292) 日本女性の愛情武士道 ⑤ 加藤登紀子編(Ⅳ) “肉食時代”の日本式愛(下)

 

新书《日本女人的爱情武士道》试读:“肉食时代”的日本式爱情

2012-04-15 23:54:07   辛子IN日本 

 

【参考】

1.2398 中国は見る(1278) 日本女性の愛情武士道 ②

加藤登紀子編(Ⅰ) 日本の“文化大革命”時代 (上)(2012.04.13)

2.2399 中国は見る(1279) 日本女性の愛情武士道 ③

加藤登紀子編(Ⅱ) 日本の“文化大革命”時代 (下)(2012.04.14)

3.2402 中国は見る(1282) 日本女性の愛情武士道 ④

加藤登紀子編(Ⅲ) “肉食時代”の日本式愛(上)(2012.04.17)

 

 

登紀子より遅れた藤本は、実は、喫茶店の一階で登紀子をず

と待っていたのである。 二人は、一人は二階で、一人は一

で待ち、お互い4時間も待ちぼうけを食ってた。

 

藤本は登紀子の喜びの表情を見て、 平静さを装い、何もなか

たように、一言も言わず、身を返して喫茶店の外に出て行こ

とした。 藤本の後を追って、登紀子もうれしそうに付いて行

き、二人はそれぞれ喫茶店を出た。

 

喫茶店を出た後、  道端の屋台に入り、 焼酎を飲んだ。 

初の時の沈黙と静けさとは違い、その日の本は饒舌だった。

 

藤本は登紀子さんに自分の過去を語った。 小さい頃、生まれ

たばかりで実の親が遠い親戚の大工の家に預けられ、学校に

がる頃に両親のところに戻った。  ずっと両親のそばにいな

ったことから、両親とはなかなかうまくいかず、特に父親とは、

ほとんど共通の会話ができなかった。 赤ん坊の時から育てて

くれた大工の家とは仲がよく、大工ののお母さんを“おかん”

と呼び、藤本の心の中では “おかん”の方が、実の母よりよっ

ぽど親しく感じた。



私はずっとわからないことがあります。 それは、両親

して私を他人の家預けたのか ということです”藤本は

紀子語った。 登紀子さんは、藤本に答えることなく、だ静

かに聞いていた。  目の前のこの人の話 声のなんといい声か、

またそののなんと澄んでいることそれなのに彼の内心

なんと寂しいことか …… 紀子さんは“藤本敏夫という

若い男性に深く引き付けられました。 2度目の出会いでしたが、

人の間、 学生運動の “同志” の関係ではなく、  同世代の

学友”の関係なく、自分のすべてを相手に らすことを、

少しも気にすることもなく、“心をさらけだし本心を言う” 若い男

女の関係だった。  縁、そのすばらしさは、言葉で言い表せ

ないものである



その夜、藤本はずっとしゃべり続け、登紀子さんは話をずっと

聞いていた。が明かるみ始めた頃、酒に酔った2人の

は、紀子さんのマンションの屋上に上がった。 遠方の

もなく夜が開け、消える前の街灯を眺めながら、 藤本は声を

はりあげ歌を歌い始めた。



知床の岬に はまなすの咲くころ


思い出しておくれ 俺たちのことを


飲んで騒いで 丘にのぼれば


遥かくなしりに 白夜は明ける



旅のなさけか 酔うほどに さまよい


浜に出てみれば 月は照る波の上

君を今宵こそ 抱きしめんと

岩かげに寄れば ピリカが笑う


これは紀子さん初めて《知床旅情》を聞いた時だった。 

しんみりと憂いに満ち、とても感傷的になった。 プロの歌

として、 紀子は多くの公演に参加したことあっても、

これまで定のに、自分の心の声を歌ったことはなかっ

た。   は、ただ歌手として、舞台の上に立ち、うだけ

だった。   舞台の下で、初めて若い男が、自分のために

明け方の朝日の中で高らかに歌ってくれてる。 登紀子は

藤本の歌声に深く感動した。   歌声人の気持ちを更に

近付けた。 

とうとう夜が明けると共に朝日勢いよく出てきた。  太陽

昇る感動的な瞬間、登紀子は藤本が彼女の耳ささ

やいたのを聞いた。 俺、どうしたらいいかな?” すぐ続

いて、本の唇紀子にぴったりと合わせられた。 

登紀子身体は、藤本に力強く抱きしめられた...... 



学生運動の指導者藤本敏夫は、 3の学生運動の

生活すべてを、 学生運動に費やし、 よく逮捕・勾留され

た。  となっても、   登紀子藤本と会いたいと思って

も、 ヶ月前に予約をしないと、 自由な時間をとることがで

きなかった。  とえ会えたとしても、藤本典型的な亭主

関白主義で、いつも紀子泣かされた。。。。



女心思いやることができない男、いつも人泣かせる男、

始一貫して紀子に対し “愛” の字を言うことができず、

まして一言のやさしい言葉も言えない男、 最後は学生運

失敗し、囚人なった後、なんと大スター歌手の加藤

紀子が、自分か刑務所に行き、彼の妻となることを求

め、刑務所で人の婚式行った......藤本敏夫とは一体

どんな男なのか? かくも放っておけないものがあっ

たのだろうか? 



1加藤登紀子と藤本敏夫ラブストーリーは

以上である。 “肉食時代”の典型的な日本

式愛情でる。 ものごとに動ぜず粘り強い、

これはの草食男子”達が持っていない

ものであり、伝統にあこがれる

求めているものである......                               

2晩年の藤本敏夫は、 川自然王国”を設立

農的幸福論を提唱、自ら体験実行して世

間の人に新しい時代の田園生活を呼びか

いた。

3
加藤
登紀子と藤本敏夫は川自然王国”

に住んでいた。

日本女の“愛情武士道”の第編:加藤紀子の“自由武士

道”目録



-造反有理:日本“文化大革命”時代

-1968赤い糸

-一人子守歌

-の獄中結婚式

-高いの内ー二重生活  

-“実体”と“現象”  

-百万のバラあなたに贈る

8-あなたは“風”、私は“

  添付:加藤紀子略歴
               

 

 

新书《日本女人的爱情武士道》试读:“肉食时代”的日本式爱情

2012-04-15 23:54:07   辛子IN日本 

 

原来,比登纪子晚到一步的藤本,一直坐在喫茶店的一楼等着登纪

子,两个人一个在二楼等,一个在一楼等,结果彼此空等了对方四

个多小时。

藤本抬头看了看登纪子万分惊喜的表情,居然满脸的平静,好像什

么事也没发生过一样,一言不发便转过身带头朝喫茶店门外走去,

看到藤本在前面走,登纪子也马上乖乖地紧跟在后,两人一前一后

地走出了喫茶店。

两个人走出喫茶店之后,另找了一家露天酒吧坐了下来,在喝下不

少威士忌之后,和第一次见面时的沉默与安静不同,那天的藤本,

话变得特别多。

藤本对登纪子说起自己的过去,说他小时候一生下来就被亲生父母

寄养到一个做木匠的远亲家里,一直到上学时,才回到父母身边,

因为从小不在父母身边生活,藤本一直很难与父母沟通,特别是和

父亲之间,几乎没有任何共同语言,反而与从小养大他的木匠一家

特别亲。藤本唤木匠家的养母为“婆婆”,在藤本心里,婆婆远比

自己的亲生母亲还要亲。

我一直不明白一件事,就是父母为什么要将我寄养在别人家?”

藤本对登纪子说。登纪子

没有回答滕本的话,只是安静地聆听。眼前这个人,他说话的声音

那么好听,他看人的眼神那么透明,而他的内心那么寂寞……登纪

子被这个叫“藤本敏夫”的年轻人深深吸引住了,虽然才第二次见

面,但两个人之间,不是学生运动中的“同志”关系,也不是同辈

之间的“学友”关系,而是可以毫不提防地将自己整个儿“扔”给

对方也丝毫不用担心害怕的、 可以“掏心掏肺” 的一对年轻男女。

~~,缘分,有时候真是个妙不可言的东西。

那天一整个晚上,都是藤本在说话,而登纪子在聆听,天色黎明的

时候,两个喝得醉醺醺的年轻人,登上了登纪子家公寓的顶楼,眺

望着远方在微暗的晨曦中将要落幕的街灯,藤本开始放声歌唱:

在美丽的知床半岛,

越橘花朵朵迎风含笑,

在这鲜花盛开的时节,

往事请你不要忘掉。

一起在欢饮歌唱,

爬上了山坡远眺,

远远地望见国后岛,

白夜过去天将晓。


不是因为风光好,

漫步海滨醉意难消,

看这里四处多寂静,

月儿照海面银波闪耀。

那一天月色多美妙,

想把你轻轻拥抱,

当我悄然靠近岩礁,

你已在那里微笑。”


这是登纪子第一次听到《知床旅情》这首歌,惆怅、温情,却又淡

淡地感伤。身为一名职业歌手,登纪子参加过许多演出,但至今从

来没有为了某一个特别的人,而歌唱过自己的心声,她只是一名大

众歌手,站在舞台之上,为了歌唱而歌唱而已。而在舞台之下,第

一次有一位年轻的男子,为了自己在黎明的晨曦中高歌。登纪子被

藤本的歌声深深打动了。歌声中,有一股情感在两个人心中越积越

强,并最终跟随着晨曦中的阳光一起喷薄而出,在这份喷薄而出的

情感之中,登纪子听到藤本在她的耳边轻叹说:“我可该怎么办?”

紧接着,藤本的嘴唇,紧紧地贴住了登纪子的唇,连着登纪子的整

个人,都被藤本强而有力地拥入怀里......

作为学生运动领袖藤本敏夫,在三年的学生运动期间,全部的生活

内容,就是不断组织学生运动,和不断被捕关押。即使作为恋人,

登纪子想要跟藤本见上一面,也要提前一个月进行预约才能腾出自

由时间。而即使难得一见,藤本典型的大男子作风,还常常将登纪

子弄哭。。。 

一个并不懂得体贴女人心的男人,一个常常将人弄哭的男人,一个

自始自终都无法对登纪子说出一个“爱”字,甚至连一句温柔句子

都说不出口的男人,最后在学生运动失败,成为阶下囚之后,居然

可以让红透日本的大歌星加藤登纪子主动找到监狱去,要求成为他

的妻子,并在监狱中举行两个人的婚礼...... 藤本敏夫到底是个怎样

的男人,可以令一个女人如此无法放下他呢? 

加藤登纪子和藤本敏夫的爱情故事,是“肉食时代”典型的日本式

爱情。那份不动声色的执着,正是现代“草食男子”们所遗失,而

向往传统爱情的女子们所寻求的......                               

晚年的藤本敏夫,创建“鸭川自然王国”,倡议“幸福农业论”,

身体力行地向世人倡议新时代的田园生活方式

加藤登纪子和藤本敏夫在“鸭川自然王国”内 

日本女人的“爱情武士道”之第四篇:加藤登纪子的“自由武士道”

目录:

 1-造反有理:发生在日本的“文化大革命”
 2-1968年是一根红线
 3-一个人睡的摇篮曲
 4-五分钟的狱中婚礼
 5-高墙内外的二元生活
 6-实体女人”与“现象男人”
 7-一百万朵玫瑰送给你
 8-你是“风”,我是“土”

 附:加藤登纪子简介

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