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2396 中国は見る(1276) 日本人の“アヒル的同調主義”と中国人の“ニワトリ的生存方式”

 

日本人的“鸭性同调主义”与中国人的“鸡性生存法则” 

2012-04-05 15:57:39    辛子IN日本



3.11東日本大震災で、日本人が大きな災難に際して見せ

沈着冷静な対応は、全世界を驚嘆させた。  特に西側のメ

ィアは、 日本人が史上最大の震災に遭っても、整然と混乱

ることなく生活用品を買ってる姿を見て驚き、このことをしきり

にほめたたえた。



しかし、在日朝鮮人で東京経済大学現代法学部の徐京植教

は、先頃、韓国メディアに、日本人の“まじめさと冷静さ”

ついて、非常に鋭い批判記事を書いた。 徐教授は、“日本人

のこのいわゆる “沈着冷静”は、正に日本人の最も致命的な

欠点を暴露しているものだ。 日本人はみな「会社人間」であ

る。 震災等のどんどん広がる厳しい事態より、彼らは会社と

の関係断絶の方をもっと不安に感じている”



徐教授はこれについてこう分析している。 “生命に関わる

であっても、 避難するかどうか、 日本人は自分で決断する

とができず、会社あるいは上司の判断を待っている。 このよ

うな行動方式は、3.11 のような巨大震災に際し、速かに緊

急避難しなければならない時、大きな障害となった。   西側

メディアが称賛した日本人の沈着冷静さは、決して “道徳性”

を伴ったものではない。  ただ決断できない姿を見せている

けだ。 日本人のこの姿は、「同調主義」というものである。 

すなわち、何事も自分では判断できず、周囲の人、職場の上

司など、 回りの顔色を見て、 自分の態度を決めようとするも

のだ。 日本人のこの “同調主義”は、日本の政治思想史の

権威者・丸山真男氏 がずっと主張している 典型的な日本人

のタイプである。 そしてかっての戦争を例にとれば、当時の

日本軍のトップの指揮官 の中には、明らかに米国とイギリス

に勝てないと知っていながら、日本人の典型的な「同調主義」

の考え方で、負けることをはっきり知りながら戦争を続けてい

き、広島長崎で二つの原子爆弾が落とされ、やっと白旗を挙

げた”と述べている。



徐京植教授が日本人の“道徳性”を否定したことに、決して

賛成はしない。 私は日本人が示した「自制と冷静」には、

日本的道徳が含まれているように思う。 しかし、特に周囲

の人を気にするという見方については、“空気を読む”を宗

教のように信奉し実行している日本人について、徐京植教

が言う“同調主義”は、もっともな意見だと思える。 過去

の軍国主義時代を持ち出さなくても、去年の3.11の大震

災の事例を見ても、日本人の “同調主義”の影は、今なお

っていないことが垣間見える。



3.11大震災で、被害が深刻だった地区の一つ、 宮城県南

三陸町の防災対策庁舎では、41人の職員が津波のため亡

なった。 つい最近、この41人の遭難者の家族が、警察に

業務上過失致死容疑”  で南三陸町町長を告訴状を提出し

た。 訴状理由は、“町長が高台へ逃げる避難命令を出さな

かったため、41人の職員が亡くなった”としている。 この遺

が提出した訴状理由からは、日本人の“同調主義”の影を

っきり見ることができる。  町長の避難命令がないと、10

数メートルの高い津波が襲い、生命の危険が迫ろうと、職員

達は勝手に職場を離れることはできないのだ。 また福島の

50人の勇士も、間違いなく日本の“同調主義”として説明

きる。 これは会社の命令なのだ。  だから、命の保証は

いとわかっていても、勇 士達の家族は涙を浮かべ彼らを見

送り、しかも、それを誇りに思っている。



数年前、私の同郷の古い友人でノルウェー籍のバイオリン製

作者・ダニエル・陳 が書いた、日中の国民性を比べた文章の

ことをふと思い出した。 題は、“日本のアヒル性と中国のニワ

トリ性”というものだった。 この文章は、日本の“同調主義”の

服従性について論じた時、このような例を挙げている。

 

その当時、私の家の近くに農産品直販店がありました。 夏に

なり、 毎日授業が終る頃、 農民が大群のアヒルをその農産品

直販店に追い立てていきます。 そのアヒルはみんなおとなしく

前のアヒルについていき、決して一人だけ逃げるようなことはあ

りません。  たまに、 先頭のアヒルが突然逃げようものなら、そ

れはとんでもないことになります。 アヒル達は頭のないハエの

ように、至る所で列を乱します。 でも、ほとんどはもとの場所で

ぎゃあぎゃあ鳴き騒ぐだけです。 農民が竹ざおで追い立てよう

としても、彼らは微動だにしません。 このような状況下では、農

民はアヒルの群を追い立てることはやめ、 首に赤いひもをつけ

ている先頭のアヒルを追いかけます。   先頭のアヒルを取り押

さえ、 それを列に戻せば、その他のアヒルは自然とまたつき従

って行きます”   日本人の“同調主義”はなんと“アヒル”のこれ

と一致するのです。  両者を統合すれば、 日本人的“アヒル性

同調主義”ということができます。



またついでに、ここにダニエル・陳の原文を引用し、中国人

“ニワトリ性生存方式”とはどういうものかご紹介しましょう。



一方、ニワトリを運ぶ光景は違います。 私はこれまで、農民

がたくさんの ニワトリ を路上で歩かせているのを見たことがあ

りません。 私は彼らにどうしてアヒルのような方法で ニワトリ

を歩かせないのかと聞いたことがあります。    農民の答えは、

“ニワトリは群れで歩かせるのはダメだという。  なぜかという

と、先頭になるものがいない。  だから、一旦放すと、あちこち

に飛んでいってしまい、面倒なことになる”というのだ。 だから、

ニワトリを運ぶ方法はただ一つ、大量のニワトリを狭いかごの

中に押し込め、そのかごを何重にも大八車 (荷物運搬用の二

輪車)の上に積み重ねるのだという。 太陽で卵が焼けてしま

わんばかりの夏、かごの中はひしめき合い、風も通さない、そ

のにぎやかさは、推して知るべしです。  そのニワトリの中の

何頭かは、生き延びようとして「頭を出します」、そのため、大

きいニワトリは雛を踏みつけ、雛は卵を踏みます。   直販店

に着いた頃には、一番下で踏まれていたニワトリは、 電子レ

ンジから取り出した時の温度になっています。 それらのニワ

トリの残骸は、直販店の入り口で待っている人々に、あっとい

う間に5角の紙幣と交換され、極上の栄養となります。  それ

が、私が少年時代、 ニワトリを食べても、アヒルはめったに食

べられなかった理由です。”


 

日本人的“鸭性同调主义”与中国人的“鸡性生存法则” 

2012-04-05 15:57:39    辛子IN日本



3.11
东日本大地震,日本人面对巨大灾难时所表现出的沉着冷

静,令全世界惊叹不已,特别是西方媒体,看到日本人即使遭

遇史上最大震灾,依旧规规矩矩排队购买生活用品,所表现出

来的井然有序,十分令西方媒体震惊,并为此赞不绝口。


可是,在日朝鲜人、东京经济大学现代法学部徐京植不久前却

在韩文媒体上,撰文对日本人的“规矩与冷静”进行了十分锋

利的批判。这位徐教授认为:日本人的这种所谓“沉着冷静”,

恰恰正好彻底暴露了日本人最致命的短处:“因为日本人都是

公司人类’,比起震灾等等之类正在不断扩展的严峻事态来

说,他们对与断绝与公司的关系更为不安。”



徐教授为此分析说:即时在生命攸关的时刻,是不是要避难,

日本人是不会个体单独地做出决定的,而是等待公司或者上司

的判断。这样的行动方式,在遭遇3.11这样的巨大震灾,需要

迅速紧急避难时,就成了一种巨大障碍。徐教授因此认为:备

受西方媒体称赞的日本人的沉着冷静,并不具备所谓的“道德

性”,而只不过是无法做出决断的一种姿态而已。徐京植教授

将日本人的这一姿态,称为“同调主义”,即:凡事不是按个

人的自我判断,而是根据周围的人、职场的上司等大家的脸色,

来调整自我的迎合态度。徐教授强调说:日本人的这种“同调

主义”,是日本政治思想史上的权威文物丸山真男所一直主张

的典型日本人类型。并还以当年的战争为例:当年日军的一些

高层指挥官,明明知道完全没有战胜美国和英国的可能性,但

因为日本人典型的“同调主义”思维方式,明知会输也咬牙将

战争继续下去,一直到广岛长崎被扔下两颗原子弹,才终于举

起了白旗。



并不赞成徐京植教授对日本人“道德性”的否认,因为我认为

日本人所表现出来的克制与冷静,其中是包含有日本式道德的。

但对于特别在意周围人的看法,将“阅读空气”当成宗教一般

信仰并执行的日本人,徐京植教授所言的日本人的“同调主义”,

十分有道理。还不说过去的军国主义时期,看看下面发生在去

年的3.11大震灾中的一个事例,就可以窥见日本人“同调主义”

的身影,至今从未改变。



3.11大地震中,重灾区之一的宫城县南三陆町防灾对策厅舍,

41名职员因为海啸而不幸遇难。前不久,这41名遇难者的

家属,向警察署提交了诉状,以“业务过失至死嫌疑”状告南

三陆町的町长,诉状理由是:因为町长没有下达往高台逃跑的

避难命令,导致了41名职员不幸遇难---从这个遇难家属提交的

诉状理由中,可以十分透彻地看清楚日本人“同调主义”的身

影:因为没有得到町长的避难命令,即时面对十多米高的巨大

海啸,生死存亡之际,职员们也不会擅自离开岗位。而日本的

福岛50勇士,无疑也同样很好地诠释了日本的“同调主义”:

因为这是公司的命令,所以,明知命将不保,勇士们的家属依

旧含泪为他们送行,并为此深感骄傲。



不由想起多年前,我的同乡老友、挪威籍小提琴制作家丹尼尔?

陈写过的一篇关于中日国民性对比的文章,叫“日本鸭性与中

国鸡性”。这篇文章在谈到日本的“同调主义”服从性时,举

了个这样的例子:


那时我家附近是一个农货收购站,一到夏天,每天下课都要

看见农民赶着大群的鸭子走向那个农货收购站。那些鸭子都会

乖乖的跟着前面的鸭子走,决不会独自跑散。偶尔,头鸭会突

然逃命,那便是天大的灾难。鸭子们会有个别的像没头苍蝇一

样,到处乱串,但大多数的会在原地呱呱乱叫,任凭农民用竹

竿催赶,它们就是一动不动。在这种情况下,赶鸭子的农民往

往会丢开鸭群,直追那只脖子上系了红带子的头鸭。只要制服

了头鸭,让它回到路上,其他鸭子便自然会赶紧跟上。”

日本人的“同调主义”居然与“鸭性”如此高度一致。两者整

合为一,可称为日本人的“鸭性同调主义”。

另外: 这儿顺便再引用一段丹尼尔?陈的原文,来看看什么是

中国人的“鸡性生存法则”:

而运鸡的光景就不然了。 我从来没有看到过有农民赶着成群

的鸡在路上走。记得我也问过他们为什么不用赶鸭的方法赶鸡?

农民说 “鸡不能成群地赶着走,因为它们没有谁能为头,所以

一放出来就会四处乱串,到处惹麻烦。” 因此,运送鸡的办法

只有一个, 那就是把大量的鸡塞进狭小的笼子里,再把笼子一

层层叠起来放在板车(用人力拉的两轮车)上。 在那些太阳可

以烤熟鸡蛋的夏天, 在笼子里又拥挤又不透风的热闹,就可想

而知。 那些鸡中的一些为了“出‘鸡’头地”求生存,就不得

不大鸡踩小鸡,小鸡踩鸡蛋。等来到收购站,被踩在底下的鸡,

应该有如今从微波炉里拿出来的温度。 那些鸡的残骸很快会变

成一张五毛钱的钞票, 成为在收购站门口急切等待的人们上好

的营养。那便是我童年时而吃鸡却很少吃鸭的原故。”

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