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2388 中国は見る(1269) 日本の桜 について

 

游”在日本:来自樱花的消息 

2010-04-07 21:24:30   辛子IN日本




桜について書いたいろんな文章を読んだことがあるが、その

中で一番印象に残っているのは、安妮宝貝(作家)の次の言

葉だった。  桜は波のように次々と花を咲かせていく”



安妮宝貝の桜の描写には、その美しさには触れられていない。 

しかし、桜の満開の姿を的確に描写している。 波のように

やってきて、また波のように去っていく。 自然界のいろい

ろな花の中で、桜は常にマスゲームを演じている。 年々歳

々花は変らないけれど、桜は天地を覆い隠すようにし、春の

到来を感じさせてくれる。 しかし、その桜の一輪一輪はと

ても弱々しい花である。

1:大阪万博公園で撮った桜。 

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3:桜の木の下で遊ぶ父と娘。

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6芝生が緑になる頃、桜の木もつぼみが綻び始める。
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7:昨日の日光はとてもまぶしく、目を開けていられないほど

だった。  幸い桜はカメラ映りのいい花で、桜の木の下に行

きカメラを高く挙げ、レンズを空に向け、シャッターを押す

だけで、このような写真が撮れた。 

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8写真マニアが、制服姿の女の子を囲んで写真を撮っていた。

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9:記念写真を撮ってい恋人たち。 
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10:先週、何日間か降り続いた雨が、週末には上がり、桜が

約束したかのように満開となり、花見をする人が期せずして

集ってきた。これだけ大きな公園が、“人でいっぱい”にな

った。 日本には椅子があまりなく、疲れたら地面に座り、

お腹がすいたら、シャケのおにぎりを食べるのだ。 現代文

明の洗礼を受けていながら、生活習慣は依然として“素朴”

そのものだった。 

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13:満開の桜が波のように次々と咲いていくように、日本人

の“花見の行動”も波のように“押し寄せていく” 桜の満

開の日曜日となると、ほとんどの家も“家族総出”で、老人

から子供まで全員が、桜の木の下に“移動”する。 大きな

ビニール・シーツを敷き、特別に用意した“花見弁当”を開

ける。 

気が合う友達といっしょに酒を飲み、酔ったら桜の木の下で

桜の夢を見ればいい。 夢が覚めた頃には、夕方となり、夜

の闇の中のぼんやりとした桜もまた違う風情がある。 なん

となく昔を思い出しながら、夜桜の中、また酒を酌み交わし、

酔いに任せて歌ったり踊ったりする-------このような日は、ふ

だん真面目に働きづめの日本人にとって、まさに“最高の日”

と言える。 

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14:大阪の桜を見ながら、心の中で思った。 五条川の桜は、

今きっと満開だろうな。 名古屋に10年住んでいた時、毎

年、名古屋郊外の五条川の桜を見に行った。 五条川は日本

の桜の百名所の一つに入る場所だった。 長く澄んだ五条川

の両側に植えられた沢山の桜の木が、満開になると、燦然と

光り輝き、なんともいえぬ味わいを見せる。 まさに典型的

な日本の美というものである。 大阪の喧騒の中の桜と比べ

ると、五条川の桜の静かさがとても懐かしく思われる。

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游”在日本:来自樱花的消息 

2010-04-07 21:24:30   辛子IN日本

 

阅读过无数对于樱花的描绘,印象最深的,居然是安妮宝贝

所写的一句话:

樱花开得像潮水一样。”

安妮宝贝对樱花的这句描绘,其实写得毫无姿色。但却形象

地描绘出了樱花的盛开姿势:潮水一般地来,又潮水一般地

去。在自然界的百花丛中,樱花永远只表演一种团体操。尽

管年年岁岁花相同,但樱花铺天盖地席卷春天的气势,足够

人们忘记它其实是多么单调而柔弱的花朵。

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:在大阪万博公园拍到的樱花。 

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:正在樱花树下游戏的父女俩。 

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:草地刚刚开始泛绿,一树一树的樱花初绽花苞。 

7
:昨天的阳光十分耀眼,晃到眼睛都睁不开。好在樱花是最

配合镜头的花朵,走在一树一树的樱花下,根本无须瞄准镜头,

只管将相机高高举起,朝着天空乱按快门,也可以得到这样的

画面。 

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:一群日本发烧友们正围着身穿学生装的女孩拍照。 

9
:一对正在拍照留念的恋人。 

10
:上星期连续下了几天的雨,周末放晴,樱花相约开放,赏

花的人也不约而来,诺大一座公园,居然有了“人满为患”的

感觉。好在日本人根本不需要椅子,累了便可席地而坐,饿了

也只须生鱼冷饭团。虽然历经现代文明的洗礼,但生活习惯中

仍是饱含着“野趣”。 

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:如同樱花象潮水一般开放那样,日本人的“赏樱行动”也

如同潮水一般“汹涌”。樱花盛开的周日,几乎都是全家“倾

巢而出”,老老少少全都“移民”到了樱花树下。铺上一大块

野餐布,打开特意准备的“赏樱便当”,若还有谈得投缘的亲

友一起喝上一杯,喝得醉了便倒头在樱花树下做个樱花梦,梦

醒时分,华灯初上,夜色朦胧中的樱花别样的娇美,隐隐约约

中令人遐思,在夜樱中再度举杯,借着微醉载歌载舞-------这样

的日子,对于平时小心谨慎做人,埋头苦干忙活的日本人而言,

实在算得上“神仙日子”的一种了。 

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:看着大阪的樱花,心里却在想:五条川的樱花想必也正在

盛开吧。在名古屋住了十年,每年都去名古屋郊外的五条川赏

樱,五条川是日本百所赏樱名所之一,上万棵樱花树生长在清

澈瘦长的五条川二侧,樱花开放时,灿烂而静谧,大胆却含蓄,

是典型的和风之美。与大阪的樱花和喧哗的人群相比,五条川

的樱花安静得令人想念。 

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