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2360 中国は見る(1255) 思い出の “雷鋒日記”

 

 

亲爱的“雷锋日记”
2012-03-01 17:06:39
辛子IN日本

 

(注:雷鋒精神 : 雷鋒とは1960年代に殉職した中国人兵士。 苦し

い生活の中でも勉学に励み、人々に奉仕する心を忘れなかったとし

て表彰され、「雷鋒に学ぼう」という国民運動が行われた。    雷鋒は

社会主義と共産主義の思想と道徳を実践した手本であり、雷鋒精神

は中華民族の精神と讃えられている)



一日中バタバタ慌しく、やっと一息ついている。 中国のサイト

ていたら、網易ニュースになんとなつかしい雷鋒おじさんのニュース

が出ていた――イヤー、本当になつかしい、なつかしい!



私は、雷鋒おじさんに小さいときからなつかしさと尊敬の気持ちを

持っています。懐かしいというのは、私と雷鋒おじさんは同郷だから

です。 私たちは湖南出身です。雷鋒おじさん故郷望城

望城隣なんです。 私の心の中に溢れる中華民族の伝統の心

この点について、雷鋒おじさんが大いに輝く時、 私も自分が異

っていると感じたものです。 尊敬というと、雷鋒おじさんは私のお

父さんの偶像でした。  私のお父さんはコチコチの“壮士”で、

一生沢東を心から愛し、雷鋒おじさんを崇拝していました。 

は命の恩人で、雷おじさんは実の兄弟のようです。 当時、ある部

隊にいた時、毛主席の呼びかけに応えて、雷鋒同志をんで」いた

時、 のお父さんは毎日雷鋒おじさんと同じように毛沢東選集を深

夜まで暗唱したほか、仕事上でも苦労をいとわず働き、その上、毎月

元の給料の生活を切り詰め貯蓄して、 助けを求める知らぬ人に

郵送してあげたたそうです。  ただのお父さんは、雷鋒び方が

徹底しておらず、 よい事をしても名を残さずは学んだものの、日記を

書く良い習慣身につかなかったようです。  当然、その後、私も雷

鋒を学ました。  私も父と同様、び方が徹底していません。  私

よい事をすることはできませんでしたが、ただ日記を書くことだけ

学びました!



日記と言えば、《雷鋒日記》は、私の子供時代、読んで深く心に残っ

本です。  ある冬休み、先生宿題として、本を読み、その読後感

を書くよう命じたのです。 当時、こういう言葉がありました。  “数学・

物理・化学をマスターすれば、天下どこだろうといことなし  私の

から見ると、数学・物理・化学といった教科書以外の残りのはす

べて“ごみ”で、絶対禁止なのです。 そのため、私が冬休みの宿題

課外のを読む聞い後、 お父さんはずっとタカのようなするど

をしやさしい鳩のような笑顔を見せませんでした。 そして、

ちょっと破れた古本を持ってきて、私に渡して、こう言いました。

これはお父さんが、昔、部隊で読んだものだ。  、これをお前に

上げる。 お前これをよく勉強して、ちゃんと読後感を書け。 書き

終わったら、お父さんが点検する!”



私が喜んでお父さんの本を見てみると、 表紙には名高い 《雷鋒日

記》という題名が大きな字で印刷されていた。



この懐かしい“雷鋒日記”は、私の生涯忘れることができない本で

す。 その年の冬はとてもかったです。 私は《雷鋒日記》を読む

一方、毎日朝、お父さんから怒鳴られながら、ほかほか布団の中

から歯を食いしばって飛び起き、身を切るよう寒風に向かって早

朝ジョギング 走り終わって家に戻ると、冷たい指でペン

握り、冬休みの作文をぶるぶる震えながら書きました。



私は雷鋒おじさんに学、先生学友に対して春のように接し、

自分の欠点や間違いついては、強く非情に対応します......”



懐かしい“雷鋒日記”がに教えてくれたのは、これらの深い道理

だけに止まりません。 更に私にうしたら正しい自覚を持てるかを

教えてくれ、先生の最も満足した日記を書き上げました。 私は今

まだ、小学2年か3年の時のことを覚えています。 先生夏休み

宿題で、よいことをしたことを日記くよう命じました。 あなたはわ

かるでしょう。 家はしつけが厳しく、気軽に外出できません。 毎日、

家にいるしかできない子供にとっては、よいことをするなんて機会は、

難しいです 私は、やむなく子供の想像力を発揮するしかありませ

んでした。 自分がどんなによい事をしたかをことを想像して書きまし

た。  して、よいこと日記” の毎回の文章の終わりには、すべて

このように書きました。


おじいさん(或いはおばあさん、おばさん)は私にこう言いました。


ありがとう! お嬢ちゃん あなたの名前は何言う?’

私は、「おじいさん(或いはおばあさん、おばさん)、なんて結構

です これは当然のことをしたまでです! 私の名前は赤いネッカ

チーフです!」 と言いました。

話し終わると、私は飛ぶようにその場を離れました”

 

亲爱的“雷锋日记”
2012-03-01 17:06:39
辛子IN日本


   
忙碌了一天,终于可以放松休息。上国内网站一看,在网易新闻

里居然出现了久违的雷锋叔叔的消息---~~ 真是好亲切、好亲切

地说!

俺对雷锋叔叔是从小充满亲切与敬仰之情的。说亲切,因为俺跟雷

锋叔叔是老乡,都是来自湖南的,雷锋叔叔老家望城,而俺老家就

在望城隔壁,以俺内心中澎湃着的中华民族传统心理,就这一点,

在雷锋叔叔大放光芒的时候,俺也觉得自己小放异彩了。说敬仰,

因为雷锋叔叔是俺爸的偶像。俺爸是一坚定的“爱国老壮士”,一辈

子热爱泽东爷爷,崇拜雷锋叔叔,毛爷爷就是再生父母,雷叔叔就

是亲生兄弟。 当年在部队,响应毛爷爷的号召,向雷叔叔学习时,

俺爸除了每天跟雷锋叔叔一样阅读背诵毛选到深夜,工作上也很

任劳任怨,甚至还将每个月6元钱的军饷补贴省吃俭用存下来,邮

寄给需要帮助的陌生人。只是俺爸学雷锋学得很不彻底,虽然学会

了做好事不留名,却没有养成写日记的好习惯。 当然,后来俺也学

雷锋, 也跟俺爸一样学得很不彻底:俺没学会做好事,居然只学会

了写日记!

说起日记,《雷锋日记》算得上是我童年时代看过的最刻骨铭心的一

本书。有一年寒假,老师布置作业说要求阅读课外书籍,并写读后感。

当时有句口号叫“学好数理化,走遍天下都不怕”。在俺爸眼里,除了

数理化类教科书,其余所有的课外书籍都是“垃圾”,绝对禁止。因此,

听说了俺有关课外阅读书籍的寒假作业后,俺爸一贯鹰一般严肃的

脸, 露出少有的和平鸽式笑容,拿出来薄薄一本被翻得有些破了的

旧书,递给俺,说:

这是爸爸以前在部队看的,现在送给你,你好好学习,认真写好读

后感,写完给爸爸检查!”

俺兴高采烈接过俺爸递过来的书一看,封面上印着几个如雷灌耳

的大字:《雷锋日记》。

亲爱的“雷锋日记”是俺这一辈子终身无法忘记的一本书。那年整

个冬天异常寒冷,俺边阅读《雷锋日记》,边在每天清晨在俺爸的

怒吼声中,抖抖瑟瑟地从热呼呼的被子里咬牙钻出来,迎着凛冽

的寒风去晨跑,跑完回家,用冰冷的手指抓住钢笔, 在寒假作文

本中颤抖地写下:

我要向雷锋叔叔学习,对待老师和同学象春天般的温暖,对待自

己的缺点错误象秋风扫落叶一样无情。......”

亲爱的“雷锋日记”教会我的还不止这些深刻道理。它还教会我如

何用最正确的觉悟,写出老师最满意的日记。我现在还记得大概

是小学二年级还是三年级的时候,老师布置暑假作业,要求必须

写做好人好事的日记。你知道:对于一个家教极严,绝不允许随便

外出、 天天只能呆在家的小P孩而言,要寻找做点好人好事的机

会,是很难的。 没有实际操作“好人好事”的机会,俺就只好发挥

孩子的想象力, 想象自己做了N件好事, 然后在每篇“好人好事

日记”结尾处,通通这么写:

老伯伯(或是老奶奶、阿姨)对我说:

谢谢你!小朋友!你叫什么名字?’

我回答说:‘老伯伯(或是老奶奶、阿姨),不用谢!这是我应该做

的!我的名字叫做红领巾!’

说完,我便一蹦一跳地跑开了。”

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