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2358 中国は見る(1253) 日本 “愛国教育”での悩み (上)

 


日本“爱国教育”之烦恼 

2012-02-19 17:23:42   辛子IN日本

日本“愛国教育”での悩み――国歌は歌わせるべきか? 

国旗掲揚は必要か? 

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1日本の国歌・国旗が嫌われる歴史的理由

朝、ニュースを見てたら、大阪府門真市の58歳の中学教師

が大阪市長を訴えていた裁判が棄却になったという。  この

中学教師は、2008年3月の卒業式で、別の8人の先生と

に、国歌斉唱の時、起立して国歌を歌うことを拒否し、しかも、

この先生は生徒達に、“君達の心は自由だ。  もし君が代を

歌いたくなければ、歌わなくてもいい”と言った。  そのため、

全校160人の卒業生のうち、 1人が立った外、残りの159

人はみな起立しなかった。



同市の教育委員会はこのことが判明した後、これは、“学習

指導要領”の条分に違反するものとして、この9人の先生に

対し、それぞれ書面での処分や口頭での厳重警告処分を行

た。 この58歳の中学の先生は納得せず、市長に処分の

回を求める訴えを起したが、結局、大阪地裁で却下され受

されなかったのである。



国歌を歌うべきか? 国旗を掲揚すべきか? こんなことは

他の国では当たり前のことなのに、日本ではこれがずっと教

育界での大論争となり、日本での“愛国教育”の最大の悩み

となっている。


俗に“日の丸”と呼ばれる日本の 国旗・日章旗は、明治3年

(1870年)に、貿易通商に関する“商船規則”の中で、識別

しやすいからとして日本の国旗として使用されるようになった。 

しかし今まで、日本には国旗に関する関連法令はない。



1945年、日本は戦争に負け、日本は連合軍司令部にを接

収管理され、一時、日本はいかなる場所であろうと国旗を掲

げることを禁止された。 1949年に、連合軍のマッカーサー

総司令官が日本の国旗を自由に使ってもよいと声明を発

したことで、禁じられていた日章旗はまた“日の目”を見るこ

とになった。


君が代”はもともとは平安時代の歌で、 明治になって曲が

作られ国歌として歌われるようになったが、日の丸同様、明

文規定がない。 そのため、長い間、日本の国旗・国歌、は

ずっと “事実婚” のような形で、 黙認されてきたが、 しかし

律上の規定はない。 その上、日本は敗戦後、国民全体

猛反省して、もう“神聖天皇”を信ぜず、“自由・民主”を

め始め、“君が代”や“日の丸”は多くの日本人、特に改革派

の日本人の心の中では、軍国主義或いは民族主義のシン

ルと見なされ、特に嫌われるようになった。 



またその外、戦後の日本が作り出した経済神話は、日本人に

プライドと自信を与え、たとえ“愛国教育”などなくても、日本人

はみな誇りを持っていた。 だからそれまでの長い間、日本の

国歌と国旗は、スポーツ大会の表彰の時、ちょっと顔を見せる

以外、後は、空気のように、あってもなきがごとしだった。



2   “
抑える”べきか“反対”すべきか悩んだ校長 自殺する 

1990年代以降、日本経済は下り坂となった。国民の士気を

高めるためと、 かつての軍国主義の影が日本人の心の中

次第に薄れてきたことから、再び“正常な国家”回帰を目指す

日本政府は、“愛国教育”を考え始めた。 



1996年初め、文部省は、日本の公立学校は必ず国旗掲揚、

国歌斉唱を実施することを決めた。 そしてこの義務を確実

実行するため、各学校の“校長責任制”を実行した。 しかし長

い間、日本の国旗・国歌はただの“事実婚”で“合法的な地位”

がなく、しかも軍国主義時代の不名誉な歴史があった。  文

部省のこの決定は、 多くの学校の教師や学生達の強烈な反

対と抵抗に遭った。 

 

この国旗と国歌に反対し抵抗する勢力は、主に日本の教職員

の最大の労働組合―――日本教職員組合だった。 反対の主

な理由は:文部省のこの決定は、日本の憲法第19条の“思

と良心の自由”という、この憲法が認めている自由な精神に違

反しているというものだ。

 

一方では、文部省の“義務”化要求、 一方では、学校の教師

学生の強烈な抵抗があり、国歌斉唱と国旗掲揚の文部省決

事項は、社会事件へと発展することになった。 

 

 

日本“爱国教育”之烦恼 

2012-02-19 17:23:42   辛子IN日本

日本“爱国教育”之烦恼--要不要唱国歌?要不要升国旗? 



1
日本国歌国旗不遭待见的历史原因



早起看日本新闻,介绍了大阪府门真市的一位58岁的中学老师,

状告市政府而被驳回的消息。这位中学老师在20083月的毕

业典礼上, 与另8名老师一起,在要求国歌齐唱的时候,拒绝

起立唱国歌,并且,老师还对学生们说: “你们的内心是自由

的,若不想唱君之代,自然可以不唱。” 为此,全校160名毕

业生,除一人以外,其他159人都没有起立。

该市教育委员会在得知此事之后, 认为这一做法违反了“学习

指导要领” 的相关条例,分别对这9名老师进行了书面处分和

口头严重警告处分。这位58岁的中学老师不服,状告市政府要

求收回处分,但最终被大阪地方裁判所驳回,不予受理。

要不要唱国歌?要不要升国旗? 这些在其他国家似乎是天经地

义的事,在日本却一直是教育界争论不休的话题,算得上日本

爱国教育”之一大烦恼。

被俗称为“太阳旗”的日本国旗日章旗, 是在1870年的明治年

间,在贸易通商的“商船规则”中, 为便于识别而作为日本国

旗开始使用的。但一直以来,日本都没有关于国旗的相关法令。

1945
年, 日本战败,接管日本的联军司令部,曾一度禁止日本

在任何场合悬挂国旗,一直到1949年,联军指挥官麦克阿瑟发

表了日本国旗使用自由的声明之后, 一度被禁的日章旗才总算

重新得见“光明”。 

而“君之代” 最开始是日本平安时代的一首和歌,在明治年代

谱曲后被作为国歌使用,但与日章旗一样,也一直没有相关法

令。因此,多年来,日本的国旗国歌,一直有点“事实婚姻”

的味道,虽被默认,但却没有法律程序上的名分。而且,日本

在战败之后全民反省,不再相信“皇权神授”,开始追求“民

主自由”,“君之代”与“日章旗”在不少日本人、特别是改

革派的日本人心目中,也被视为军国主义、或是狭隘的民族主

义的象征,变得特别不遭待见。 

此外,战后日本所创造的经济神话,也给足了日本人自尊与自

信,即使没有什么“爱国教育”,每个日本人也都依旧挺为自

己是日本人而自豪。因此,很长一段时间,日本的国歌和国旗,

除了在运动比赛获奖时露一小脸外,其余时间基本上都等同于

空气。



2  
处于“压”与“顶”之间的校长选择了自杀 



可是到了上世纪90年代,日本的经济开始走下坡路了,为了振

作国民士气, 加上曾经的军国主义阴影已经开始在日本人心目

中淡漠, 渴望重新做回“正常国家”的日本政府,又开始想到

了“爱国教育”。 

1996
年开始,日本文部省规定日本公立学校必须将升国旗和唱

国歌作为一项义务加以实施, 并且为了保证这一义务的确切落

实,还实行了各校的“校长责任制”。 但因为长期以来,日本

的国旗国歌只有“事实婚姻”而无“合法地位”, 加上曾经军

国主义时代的不光彩历史, 日本文部省的这一规定,遭到了不

少学校师生们的强烈反对与抵制。 

这一反对与抵制国旗国歌的势力,主要来自日本教职员最大的

劳动组合联盟———日本教职员组合。反对的主要理由是:文

部省的这一规定, 违反了日本宪法第19条“思想与良心的自

由”这一宪法所认定的自由精神。

一边是文部省的“义务”要求,一边是学校师生的强烈抵制,

很快,唱国歌和升国旗从文部省的一项教育规定,被发展成了

一个社会事件。 

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