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2235 中国は見る(1153) 中国の“詰め込み教育”と日本の“ゆとり教育”(下)

辛子 IN日本 中国教育的“紧”与日本教育的“松”

作者:唐辛子 出版社:复旦大学出版社




以前、中国のお母さんの書いた日記を見たことがあります。 

そこにはお母さんが夢の中で、自分の子供が小学校の試

験で点数が足りず、不合格になり、泣きそうになるところで

目が覚めたといったことが書かれてあった――夢だから、

ほっとした。 だが、この中国のお母さんは、決して特別な

例ではないようだ。 というのも、子供達の学期末試験にな

ると、子供の成長日記を書いている中国のお母さん達はき

まって、試験のことを書いており、試験の点数について心配

しているからだ。 それに対して、日本の子供の試験はどう

だろうか? 

我が家の小学校の娘は今年4月、もうすぐ3年生になる。

も、今まで彼女から試験の話を聞いたことがない。 もち

ん、たまに何回か試験答案を持ち帰り、試験があったと

話してくれたことはある。 しかし、試験の点数が何点かな

ど、娘はまったく気にしてる様子はない。 日本の子供の

試験の点数は、中国の会社の年末ボーナスみたいで、み

んな自分の点数は知っていても、他人の試験の点数が何

点なんてまったく知らない。 子供同士も聞くことはない。 

一学期が終っても、学校から成績表が子供に手渡される

ことはない。 子供が持ってくるのは、一学期の評定表だ

けである。内容は“◎、○、△、×”の4段階で、それぞれ

よくできる、できる、努力しよう、よくない”の意味である。


家の娘の成長日記を書いている習慣から、私のブログに

はよく日本の小学校の教育内容が出てくる。 みんなの

書きこみから、日本の教育方法を肯定し、中国の現行教

育を批判する意見が多いと感じた。 ここで私は自分の

見方を申し上げたいと思います。 日本の教育には学ぶ

べきところがあると思います。 でも私は、日本の教育方

法は決して本当に良いとは思っていません。 実際のと

ころ、日本は1980年初めから“ゆとり教育”を始めまし

たが多くの弊害が起こりました。 例えば、若い人の学力

低下、読解力不足、知識欲減退、能力の萎縮、勉強に対

する追求や畏敬の念がなくなる等、これらは教育学者の

批判の対象となっています。

 

専門家達もこのような現象を、重視するよう呼びかけて

います。 そのほか更にこう説明しています。 日本は、

1980年から“ゆとり教育”を実施しました。 なぜかとい

うと、日本も以前は“詰め込み教育”をやったことがあり

ました。  これは現在の中国の教育方法ときわめて似

たもので、知識教育を重視し、体験教育を軽視する詰め

込み主義の教育方法です。 1970年代末まで続きまし

た。 その当時、各方面から指摘や批判を浴び、そこで

“ゆとり教育”が誕生しました。 しかし今また、日本の教

育学家達は“ゆとり教育”の弊害を目にしています。 で

すから現在、日本政府はまた脱ゆとり教育”という新し

い教育計画を打ち出しています。

順次公立学校の授業時間を増加していき、子供達をゆ

とり教育から離れさせようとしています。 教育の“ゆと

り”と厳格”の“バランス”をどう取るか、知識教育と体

験教育をどのように有効結合させるか、専門家達が研

究しなければならない課題となっていることがわかりま

す。 でないと、子供達はまずい教育方針の犠牲になっ

てしまいます。


最後に、話題を再び日本の小学生達の“生活がんばり

シートに戻します。 日本のゆとり教育は持ち上げるほ

ど値打ちがあるものではありませんが、しかし、日本の

教育の中で、常識を持たせること、また小さいときから

子供に良い生活習慣をつけさせるという点については、

とても学ぶべきことだと思います。 例えば7項目にある

“食後はちゃんと歯を磨”――日本の子供は幼稚園

の頃から、毎日歯ブラシを持って学校へ行き、1日3回、

食事の度、歯を磨きます。 日本の会社で、日本人が食

後歯を磨く習慣を見たことがあるでしょう。 このような

慣は、小さいときから身につけたものです。 食後歯

を磨くことは、脳を活性化させる効果があるだけでなく、

その上、取引先との話し合いの際、口から食後のにお

いを出すようなことは絶対ありません――これはエチ

ットです。 言い換えると、現代ビジネスの際の基本的

マナーです。 このような基本的マナーを小さいとき

から身に付けることができれば、一生いい習慣を持ち

続けることができます。



辛子 IN日本 中国教育的“紧”与日本教育的“松”(2)

作者:唐辛子 出版社:复旦大学出版社

以前看过一位国内妈妈写的日记,写她做梦都梦见自己上小学

的孩子在考试,考试分数不及格,她在梦里都差点要急哭了,

一着急梦醒了——原来是场梦,于是松了口气。这位国内妈妈

似乎并不是个特别的例子,因为我发现一到孩子们期末考试的

时候,习惯于写孩子成长日记的国内妈妈们,大都会写到孩子

们的考试,以及对于考分的担忧。而日本孩子的考试如何呢?

我家小学生今年4月马上要上三年级了,但至今都没听她提起

过考试。当然她偶尔也会带回家几张考卷,告诉我他们考试过

了,但至于考多少分,孩子自己根本不放在心上。日本孩子的

考试分数,就跟中国某些公司的年终分红似的,大家都只知道

自己的分数,别人考多少分彼此之间都不知道,孩子们之间也

很少互相询问,一个学期结束,学校也没有成绩单交给孩子带

回家,孩子带回家的只有一个学期评定,按“◎、○、△、×”

分为四档,分别表示“优秀、好、良好、不好”。


因为有给家中小朋友记录成长日记的习惯,所以在我的博客里

经常会出现有关日本小学教育的内容,从大家的留言中,我看

到许多对于日本教育方法的肯定,和对国内现行教育的批评。

这儿我想说明一点自己的看法:日本的教育有值得学习之处,

但我心里并不认为日本的教育方法就真的非常好。事实上,日

1980年开始实施“宽松教育”之后,所带来的不少弊病,如

日本年轻人的学历低下、阅读量不足、求知欲衰退、能力萎缩、

不再拥有对于学问的追求与敬畏,等等,已经成为日本教育学

者批判的对象。

专家们也在呼吁这种现象必须引起高度重视。此外,还要说明

一点:日本之所以会在1980年开始实施“宽松教育”,是因为

日本也曾经有过“填鸭式教育”,这种和目前中国的教育方式

相接近的、注重知识教育忽视经验教育的填鸭式教育方法,一

直持续到20世纪70年代末,在当时也受到来自各方的指责和

批判,于是才有了以后“宽松教育”的诞生。但现在日本的教

育学家们又看到了“宽松教育”所带来的弊病。所以,现在日

本政府又提出了个新的教育计划,叫“脱宽松教育”,正在逐

步增加公立学校的课时,要让孩子们从过于宽松的教育中脱离

出来。可见,该如何把握好教育的松与紧的“度”,知识教育

与经验教育该如何有效结合,是教育专家们必须好好研究的一

个课题,否则,孩子们很容易成为不成熟的教育方针的牺牲品。

最后,话题重新回到日本小学生们的“努力度自我确认表”。

尽管日本过度宽松的教育方法并不值得提倡,但日本教育中的

常识培养,以及从小注重孩子良好生活习惯的培养这一点,却

是十分值得学习的。例如第7条“饭后能做到好好刷牙”——

日本孩子从上幼儿园开始,就是天天带着牙刷去上学的,一日

三餐,吃三次饭就刷三次牙。在日本公司工作,你会发现许多

日本人都有饭后刷牙的习惯,这种习惯就是从小养成的。饭后

刷牙不仅有醒脑提神的作用,而且,在与客户交流的时候,你

的嘴巴里也绝对不会发出用餐完毕之后的饭菜香——这便是一

种礼貌,换句话说,就是现代商务礼仪中的一种基本常识。这

种基本常识若能从小培养,就会成为一生都能保持的良好习惯。

 

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