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2236 中国は見る(1154) 空気を読む

 

空気を読む 日本女性の沈着さ

在日本“阅读空气”:日本女人的镇静 

2011-09-10 19:13:25  辛子IN日本

 

京都に用事があり、仕事を終え家へ戻ろうと、京都の河原町駅

から阪急電車に乗って大阪に戻ろうとした。

河原町は阪急電車の京都から大阪梅田行きの始発駅である。 

電車がまだ到着しない時で、プラットホームの長い椅子の上に

坐って待っていた。 私の左側には、年配だがきりっとして細

身で、黒いレースの上着を着ている女性が坐っていた。 この

女性、大きな日よけの帽子をかぶり、顔には大きなサングラス

をかけているので、彼女の顔と表情は、はっきりとはわからな

かった。 私の右側は、ベビーカーを推している若いお母さん

で、ベビーカーの中にはポッチャリした赤ちゃんが横になって

おり、自分の小さい足の指をしきりにしゃぶっていた。


その時、プラットホームに2人が入ってきた。 先頭は、とて

背が低く太った中年の男性で、両肩にリュックを背負い、深

のTシャツを着ていた。 年齢は40過ぎくらいで、歩く時、びっ

こを引いていた。 そのチビでデブの中年の男が、びっこを引

きながら歩いてきたが、突然、歩くのを止め、私の左側の細身

の女性の前に立ち止まり、とても驚いたように、どもりながら大

声を上げた。

あれ? この~~この女、女の人! サン、サングラスをつ、

つけてる~~!,あー!! この~~この~~この女、女の人!”


続いて、太った男は私達の前に立つと、手拍子をとりながら、

大きな声でリズミカルに繰り返し叫び出しました。 “女! 

女!! 女!!!”


太った男の出現と大きな声で叫びだしたことに、私はびっくり

してしまい、思わずこの男の顔を見ずにいられませんでした-----

とても馬鹿な表情、間の抜けた目つき、明らかに知的障害者で

した。 道理で歩き方もおかしく、子供みたいに、飛んだり跳

ねたりしてました。


相手が知的障害者と分かった時、私の内心の最初の反応は、

ぐ逃げようでした-----この点については、本当にお許しい

ただきたい:私はあれこれ連想してしまう方で、知的障害者の

人を見ると、頭の中の最初の反応は、日本では知的障害者に

よる殺人事件が多いことを連想してしまうのです。 第2の反

応は、この目の前の馬鹿丸出しの知的障害者から、次の瞬

間、突然彼のリュックサックの中から短刀を抜き出すのでは

いかと連想するのです……要するに、目の前のこの知的障害

者が女性を見た後、大声を出し叫びだした表情から、今にも

彼のリュックサックから刀を取り出し、振り回しそうな感じがし

て、とても恐ろしかったのです…………。

私は逃げたい---内心ではそう思い、立ち上がろうとしながら、

習慣的に周囲を見ました-----この“習慣的に見回す”ことを

本語に置き換えると、大体“空気を読む”という意味になり

す。 日本で生活して10数年、いつの間にか、最大の悪習

空気を読む”―《あることを決定する前に、習慣的にまず周

囲の人の顔色を見、他の人がどうするかを見た上で、それか

自分はどうするかを決める》―を身につけてしまいました。 

この“空気を読む”は、集団主義精神の範疇だと言うと聞こえ

はいいが、実際はこの“空気を読む”は、典型的な個性扼殺

で、すべての個人的な考え方や個性的な主張を行動を起

こす前の揺りかごの中で絞め殺そうとするものです。

果たして、私は習慣的に周りを見回した後、周囲の“空気”を

読み”取り、すぐにその場から逃げ出す考えを、あっさりと

締め殺し”ました。 私の右側に座っている若いお母さんは、

非常に落ち着いてベビーカーを押さえ、少しも離れる様子が

りません。 ベビーカーの赤ちゃんは、相変わらず足の指

をしゃぶり続けています。 私の左側に座っている非常に細

い女性は平然と―その知的障害者に向かって、口もとに少し

笑顔を浮かべ、微笑んでいます。 まるで、知的障害者を賞

賛するかのようです。 この細身の女性の笑顔の賞賛の中、

知的障害者も次第に叫び声を止め、だんだんと静かになっ

てきました。 この時、電車が駅に入ってきました。


このような経験、日本で何回出会ったかわかりません。 日

の知的障害者は、一般人と同じように、公共の場所を自

由に出歩くことができます。 唯一違うことは、彼らの回りに

は必ず看護者が付いています。 これらの知的障害者が、

普通の人が集まる公共の場所に現れて、よくおかしな行動

をしたり、おかしな叫び声を出したりします。 でも今まで、

傍に知的障害者が坐ったからといって、嫌な表情をしたり、

逃げだそうとする人を、私は一度も見たことがありません。 

知的障害者に関する案内書の中で、医学専門家達はみん

なに、知的障害者の特殊な叫び声やおかしな行動を彼らの

“個性”と見なし、知的障害者の人権を重視するよう呼びか

けている。 


私は、私の回りにいた女性達が、知的障害者が“女、女”と

拍子で叫んだ時、その内心は本当にうわべと同様に落ち

着いていたのか、それとも彼女たちの内心も私と同じように

恐がっていたのかは知らない。 でも教養から、表には沈着

ぶりをみせざるをえなかったのか? 要するに、日本人の

“空気を読む”習慣は、半分が平静を保てば、“全体は落ち

着いた反応”を示す。 これに反して、半分が恐慌に陥ると、

“全体が恐慌効果”を起こす。


唯一“空気を読む”ことをしないのが、日本の知的障害者で、

彼らは逆にこの国で唯一自分の個性を持つ人々である。



在日本“阅读空气”:日本女人的镇静 

2011-09-10 19:13:25  辛子IN日本

去京都办事,回来的时候,从京都的河原町站乘阪急电车返回大

阪。

河原町是阪急电车从京都开往大阪梅田的始发站,电车未到之前,

便坐在站台的长椅上边休息边等候。坐在我左边的,是一位上了

些年纪,但依旧身材纤细的日本太太,纤细的日本太太身着紧身

黑色蕾丝上衣,头戴一顶宽大的遮阳帽,脸上还戴着一付宽大的

墨镜,看不清她的面庞和表情。而在我的右边,则是一位推着婴

儿车的年轻日本妈妈,婴儿车里躺着一个胖胖的小宝宝,正津津

有味地在啃自己的小脚趾。

就在这个时候,站台上走过来两个人。走在前面的一位,是个矮

矮胖胖的中年男人,背着个双肩背包,穿着大红T恤,虽然看年

纪都有40出头了,走起路上居然一蹦一跳的。那矮胖的中年男人,

一蹦一跳地走过来后,突然停下来,站定在我左边那位纤细日本

太太的跟前,十分吃惊、十分口吃地大喊道:


啊?这~~这个女,女人!戴、戴,墨,镜~~啊!,啊!!这~~

~~这个女、女、人!”


接下来,矮胖男人开始站在我们的对面,边鼓掌边有节奏地反复

高喊:


女人!女人!!女人!!!”

矮胖男人的出现和高喊,令我吓了一跳,忍不住看了一眼这男人

的脸-----傻傻的表情,痴呆的眼神,原来是个智障者,怪不得行走

异常,跟小孩一样,一蹦一跳的走路。

看明白对方是个智障者,我内心的第一反应,是马上想要逃走-----

这一点,真得原谅俺:俺是个内心联想特别丰富而且还特别迅速

的人,一看到智障者,脑子里的第一反应,是联想到发生在日本

的多起智障者杀人案;第二反应,就在开始联想眼前这位傻呼呼

的智障者,会不会就在下一秒钟,突然从他的背包里抽出一把刀

来……总之,眼前这位智障者看到女人之后便大呼小叫的急切表

情,令人感觉他背包里的刀,已经都跳出刀鞘,要立马拔出的样

子,十分可怕……

我想要逃走---内心这么想,并准备站起身来时,习惯性地环视了

一下周围-----这个“习惯性环视”,转换成日文语意,大致便是

阅读空气”的意思,在日本生活十多年,不知不觉中养成的一

个最大恶习,就是“阅读空气”----在决定做一件事之前,习惯性

地先看看周围人的脸色,看别人怎么做,然后自己也跟着怎么做----

这便是日本式的“空气阅读法”,说好听点它属于集体主义精神

范畴,说实在点这个所谓“阅读空气”,是典型的个性扼杀法,

将你所有的个人主义和个性主张,掐死于尚未付之于行动的思维

摇篮之中。

果然,在我习惯性地环视了一下周围之后,“阅读”了一下周遭

的“空气”之后,我那想要马上逃离现场的念头,果然被活生生

地“掐死”了。我看到:坐在我右边的年轻日本妈妈,依旧十分

镇静地扶着她的婴儿车,丝毫没有要离开的意思,婴儿车内的小

宝宝,依旧在津津有味地啃脚趾头儿。而坐在我左边的纤细日本

太太,表现得更过分---她居然朝着那位智障者微微点头,嘴角露

出些许笑容,似乎在朝着智障者赞许什么。在这位纤细太太的微

笑赞许中,智障者慢慢地停住了呼叫,终于渐渐安静了下来。就

在这个时候,电车进站了。

这样的经历,在日本不知道遇到多少次了。日本的智障者,和普

通人一样,可以自由出入任何公共场所,唯一不同的,是他们身

边一般都会有一名看护人员跟在他们身边。这些智障者,出现在

普通人聚集的公共场所时,经常会做出些奇怪的动作,或是发出

怪异的叫喊,但至今为止,我从未见到任何一个日本人,会因为

身边坐着一位智障者,而做出任何厌烦不悦的表情,更不用说会

转身逃走离去了。而在关于智障者的介绍书中,医学专家们呼吁

大家要重视智障者的人权,要求大家将智障者所有特殊的呐喊和

怪异,都看成一种“个性”。

我不知道我身边的日本太太们,在面对一位智障者拍手高呼“女

人,女人”的时候,其内心是否真正与外表同样地镇静,抑或她

们的内心与我一样恐慌,但出于教养,外表不得不显出镇静有余

呢?总之,以日本人“阅读空气”的习性,只要有1-2个人保持

镇静,则可以产生“全场镇静反应”,反之,只要有1-2个人产

生恐慌,也一样可以出现“全场恐慌效应”。

而唯一不用“阅读空气”的,是日本的智障者,他们反倒是这个

国家真正拥有自我个性的人。

 

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