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2222 中国は見る(1140) 美輪明宏紹介(下)

美輪明宏:日本版“東方不敗”

美轮明宏:真实版的日本“东方不败” 

2011-09-26 21:58:35   辛子IN日本



美輪明宏さんは物怖じせず堂々と、“文化人の名士達がなぜ

彼が好きなのか、それは彼の美貌のせいだけじゃない、彼の

頭の良さにある”と語った。


Photo例えば、美輪さんが初めて江戸川乱歩に会った

時、16歳だった。 生活費を稼ぐため喫茶店

でアルバイトをした。 美輪さんは江戸川乱歩

の小説ファンで、江戸川乱歩が来ると聞くと、

自分の方から駆け寄って自己紹介し、江戸川

乱歩が作り上げた名探偵・明智小五郎が好き

だと言った。 江戸川乱歩はそれを聞いて、ニコ

ニコ笑いながら、聞いた。

明智小五郎はどんな人ですか?”

美輪明宏は、“美男子とは言えないけえれど、才能と知性が

あり、手首を切ったら青い血が流れるとおもいます”と答え

た。

えっ?”と江戸川乱歩は驚き、

じゃあ、もし君の手を切ったら、どんな色の血が流れ出る

のかな?”

七色の虹の血です”

ははは~~面白い! 面白い!” 江戸川乱歩は笑いなが

ら、“それなら本当に切って見せてもらおうか”と言って、

そばの人にナイフを持ってくるよう命じた。 それを聞いて

美輪さんは、慌てて、

本当に私に、手を切れっていうんですね? もし七色の血

が出て、あなたの目に飛んでも、責任持ちませんよ”と言っ

た。

前にいる美輪を見ながら、江戸川乱歩は尋ねた。

君は何歳?”

16歳です”

えっ? 16歳でよくこんな言葉いえたなあ!” 江戸川

乱歩は笑ったままだった。それから美輪とは年齢を超え

ての親しい交際をするようになった。

16




Photo_2完璧”を 追求することで有名な三島由紀夫は、

初めて美輪明宏に会った時、“天上界の美”と

驚いた。 三島由紀夫の目には、美輪明宏は

“完全無欠”の美人に見えた。 そのため、三

島は美輪にこう言ったという。


丸山君、君には1つだけ欠点がある。 それは君が私に夢

中にならないことだ”


美輪さんは三島由紀夫を偲ぶ番組の中で、最初に三島に出

った時の情景を次のように語った。


その当時、私の家は破産して、アルバイトしないと駄目だ

ったのです。 アルバイト先の喫茶店は銀座4丁目で、2階

はクラブでした。 三島由紀夫先生は沢山の出版社の人に

り囲まれながら入ってきました。 当時、私は1階でアル

イトしていました。 三島さんを知ってはいましたが、私

はなんの関係もありませんでした”


しかし、間もなく三島さんが、“あの子を連れて来い!”と

いう声が聞こえてきました。しかし私は女給ではないし酒の

相手をする仕事ではないので行きませんでした。 しかし、

何度も私を呼びに来て、“チップを倍払う、お願いだから、

一度来てくれ”というので、ついに私はそっちへ行き、三島

さんの目の前に立ち、自己紹介しました。

 

私は丸山です”(美輪明宏の本名)

何を飲む?”と三島さんが聞いた。 

いいえ、私は女給じゃないですから、いいです”

こいつ、少しも可愛げがないな”と三島が言った。

でも私はきれいだから、かわいくしなくってもいいんです” 

私は三島さんにこう言うと、後ろ向きになり戻っていった。


美輪明宏のこの極めて自意識過剰な性格が三島由紀夫を

引きつけたらしい。 その後、三島由紀夫は江戸川乱歩の

《黒蜥蜴》を舞台用に改作し、それを美輪明宏で主演させる

ことにした。 1968年《黒蜥蜴》が今度は、映画に作られ、

輪明宏が引き続き主演をやり、三島由紀夫もこの映画の

中で日本人青年の生人形”を演じた。 1970年、三島由

夫は陸上自衛隊の東部方面総監に突入し、腹を切って

自殺した。 自殺する前に、わざわざ劇場の休憩時間に美

輪明宏に会いに行き、“私は心からあなたに感謝する!”

と言い、大きなバラを送った。 それからほどなく、三島切

腹自殺のニュースが伝わり、美輪明宏は、どうして三島が

何の理由もなくあんなに大きなバラを送ってくれたのか、

やっと理解した。


あのバラは、今後ずっと私と一緒にいるという意味です”

と美輪明宏は言った。


聞くところによれば、三島が腹を切って自殺した後、美輪明

宏さんは一晩で白髪になったという。 この伝説は本当なの

かどうかは分からない。


今、75歳の美輪明宏さんは、自分で言ったように、ずっと

人間のプロ ”になることを拒否している。 だから、彼は

年齢を気にせず赤や緑と派手な服を着、性別など関係な

くお化粧をしている。 彼は本当の日本の“東方不敗”で、

人間と妖艶の間、人間と悪魔の間に生きている。 たった

一本の刺繍針でもって、“人間のプロ”のさまざまな因習

やしきたりをことごとく粉砕している。


75歳の美輪明宏さんは、たしかに老けた。 だが、彼が

ら作った精神世界の中で、依然としてなまめかしく美し

い淑女を演じている。 男の一生を通じて、女性の美の

極致を追い求めている。


あるいは、彼の体の中には、本当に七色の虹の血が流れ

ているのかもしれない。
Photo_3



 

 

美轮明宏:真实版的日本“东方不败” 

2011-09-26 21:58:35   辛子IN日本

美轮明宏毫不谦虚地认为:文化名士们之所以都喜欢他,不仅

因为他的美貌,还因为他的智慧。

例如美轮明宏第一次见到江户川乱步的时候,才16岁,为赚生

活费在喫茶店打工。美轮明宏是江户川乱步的小说迷,听说江

户川乱步来了,主动跑过去做自我介绍,并说很喜欢江户川乱

步笔下的名侦探明智小五郎。江户川乱步听了,微微一笑,问:

明智小五郎是什么人?”

美轮明宏便答:“算不上漂亮,但是英俊知性,割腕时会流出

蓝色的血来。”

哦?”江户川乱步道:

那么,若割你的手腕,会流出什么颜色的血?”

七色的彩虹血。”

呵呵~有趣!有趣!”江户川乱步笑道:“倒是认真割了来看

一看”边说着便要吩咐身边的人去拿刀来。这一来,美轮明宏

倒是发急了,说:

你还真要我割腕啊?若割出彩虹的七色血出来,溅吓了你的

眼睛,我可不负责。”

看着眼前的美轮明宏,江户川乱步问:

你到底几岁?”

16岁。”

哦?16岁的台词,原来是这样子的。”江户川乱步微笑不语,

从此与美轮明宏成为忘年之交。

 

以追求“完美之极致”而著称的三岛由纪夫,第一眼看到美轮

明宏,便惊为天人,在三岛由纪夫眼中,美轮明宏大概是唯一

称得上“完美无缺”的美人,为此,三岛甚至曾经这样对美轮

明宏说:

丸山君,你只有一个缺点。那就是你居然不迷恋我。”

美轮明宏曾经在纪念三岛由纪夫的专题节目中,回忆起初遇三

岛的情景。

当时我家里破产了,不打工不行。打工的喫茶店在银座四丁

目,二楼是个俱乐部。三岛由纪夫在一大群出版社人士的簇拥

之下走了进来,当时我在一楼打工,虽然知道三岛,但跟我可

并没什么关系。”

可是,不久就听到三岛吩咐:“叫那孩子过来!”可我不是女

侍也不做陪酒,所以不去。但接下来又有人来找了我好几次,

并说:“拜托你了,给你加倍的小费,请你过来一趟吧”,于

是我终于过去了,站在三岛面前,自我介绍说:

我是丸山。”(美轮明宏的本名)

喝点什么?”三岛问。

不,我可不是艺妓,不用了。”

这孩子一点也不可爱啊”三岛说。

但我漂亮,所以不可爱也没关系。”我这么回答三岛说,说

完便扭头走开了。

似乎正是美轮明宏这种极度自恋的骄傲性格吸引了三岛由纪夫,

后来,三岛由纪夫将江户川乱步的《黑蜥蜴》改编成剧本,并

邀请美轮明宏当纲主演。1968年《黑蜥蜴》被再度改编成电影,

仍旧由美轮明宏主演,而三岛由纪夫则在此片中扮演一名“日

本青年活人偶”。1970年,三岛由纪夫闯入陆上自卫队总监部

切腹自杀,自杀之前,特意去剧场休息间看望美轮明宏,并送

上大束玫瑰,说“我从心里感谢你!”不久之后,三岛切腹自

杀的消息传来,美轮明宏才知道,为什么三岛会无缘无故送他

那么大束的玫瑰。

那些玫瑰,是包含着今后所有日子在一起的。”美轮明宏说。

据说,在三岛切腹自杀之后,美轮明宏一夜白头。这个传说不

知是真是假。

如今,已经75岁的美轮明宏,如同他自己所说过的那样,一直

拒绝成为“专业级别的人类”,所以他不介意年龄地穿红着绿,

也不介意性别地扑粉画眉,他是真实版本的日本“东方不败”,

活在人与妖之间,灵与魔之间,,只须一根绣花针轻点,便将

属于“专业级人类”的条条框框粉碎到落花流水。

75岁的美轮明宏其实是老了,但在他自我营造的精神世界里,

依旧扮演着一个妖娆的少妇,穷男人之一生,追求女人之美的

极致。

也许,他的身体里,真流淌着七色的彩虹血。

 

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