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鱼米之乡成“核坟墓”

20110612 04:13 来源:广州日报 

広州日報記者 震災後の福島“無人区”に近づく

東日本大震災探訪

Photoかって、野菜や果物などがよくとれた“肥沃な土地”が、今やその名前を聞くだけでゾッとする“核のお墓”となり、間もなく収穫すべき野菜がで腐っていくのを目にしながら、沢山の被災者が故郷を離れた。 放射能漏れの影響で、にぎやかだった街が今は“死の街”となってしまった。

Photo_2昨日、“3・11”東日本大震災から3ヶ月たった。 しかし、被災地の被災者の生活は、一向に改善されていなかった。 避難所で3ヶ月暮らした被災者にとって、毎日食べるパンにはどうにか慣れた。 この大震災は、日本の一部地域の生活を変えてしまい、日本国民の多くの気持ちを変えてしまった。 現在も大きな脅威が日本を襲っている。 福島第一原発の停止に伴い、被災地のみならず、東京も含む日本中が空前の“電力不足”に直面している。 もとより、世界から注目されている福島原発は、今なお被災者達の心に時限爆弾のように残ったままだ。

この数日、記者達はそれぞれ別行動で、被災地の奥深く入り取材し、被災生活の真実を実感している。 また同時に、被災地政府のトップに地震後のことについて話を聞いている。 この空前の大災難後の3ヶ月、被災地の人達の生活はどうなっているのか? 福島“無人区”は一体どうなっているのか? 大地震は日本にどういう影響を与えたのか? 今日から、本紙があなたにお届けする。

記者 無人区の警戒ラインに近づく

街は「死の街」と化す 呼吸するのもビクビク

福島原発の放射能漏れ事故発生からちょうど3ヶ月になる。 放射能漏れの暗雲は今も福島の人の心に立ち込めたままである。 5月末から、日本は梅雨の季節に入った。 5月30日、本紙記者が日本に到着した時、ちょうど強い“台風2号”が日本に大雨を降らしていた。 6月1日の午後、福島市でも突然大雨が降った。 他の地域にとっては、突然の大雨はなんでもないことだろう。 でも、福島にとって大雨は、人々の敏感な神経を逆なでするものだ。 気象庁が発表した被災地の放射能カウントは、福島県は全国トップで、市内の放射能は毎時1.2マイクロシーベルト以上で、毎日X線を浴びているに等しいものだ。 東京などは毎時0.1マイクロシーベルト以下である。 放射能カウントが一番高いのは浪江町で、当日は毎時20マイクロシーベルトを超えていた。 連日の雨は放射能汚染物として空中に飛散することになり、悪いことが更に重なることになる。 福島の気象局も、大雨の際は、できるだけ外出を控えるようにと呼びかけていた。

放射能は人の心も変えた

福島原発の爆発以降、「死の恐怖」が住民達を続々避難させた。 野菜の放射能が基準を超え、肉製品も放射能の基準を超え、海水も放射能基準を超え、恐怖の影が病原菌のように広がっていった。 放射能が変えたのは、福島の生態系だけでなく、福島の人々の心も変えた。

6月2日、本紙記者は福島市内から東の福島原発に向かい出発した。 福島原発から30キロに近づくと、人の姿はなくなり、至るところ荒れるにまかた土地だらけだった。 多くの畑には、緑したたる野菜が収穫を待っている光景が見られた。 しかし、遥かに見渡しても、この広い畑には人っ子一人誰もいなかった。

福島原発に近づくにつれ、荒涼とした感じがヒシヒシと感じられ、息苦しくなった。 福島原発から30キロ内の川俣市、人々は避難しガランとしている。 どこも入り口はしっかり閉められている。街の商店街やホテルも全部閉店となっている。

記者の姿を見て 現地の人驚く

記者が顔を見せると、ガソリンスタンドの作業員はビックリしていた。 彼の話では、地震前には20の村があり、10数万人が暮らしていた。 地震発生から3日目、村人達が続々と避難を始めた。 1週間前、ここの放射能数値は東京の10倍以上あった。 だからここに残っても野菜は食べられず、水も飲めないし、空気を吸うのさえビクビクもの。 多くの村人は精神的な苦しみに耐えられず、親戚や友人を頼って出て行ったという。

12時間あまり車にられた後、記者は福島原発から20キロの境界線に着いた。 境界線の内側は福島“無人区”である。 ここで記者は、「見張り」の警官に制止された。 マスクを着けた警官が、ここから原発までは20キロで、政府から住民の強制避難を求めている地域です。 誰も中には入れません。 東京電力が発表したデータによると、この地区の放射能はおよそ1.36マイクロシーベルトで、東京の10倍以上です”と警告した。 

6その中の警官の話によると、この境界線は24時間、三班交代で“誰も入れないように”順番に見張りに立っているという。 原発緊急作業に従事する作業員達は、みな射線能から身を守るため防護服を身につけていに、外側で見張りに立つ彼らはマスクをしているだけだった。 現在、福島原発の業員2人から基準を超える放射性物質が検出されている

悲惨な放射能地域

村人は故郷を離れ 野菜は出荷禁止

福島第一原発の放射能漏れ事故発生後、日本政府は原発の周囲30キロ内の住民の避難を発表した。 飯館村の検測結果によると、この村は原発から40キロ離れているが、しかし深刻な汚染を受けていた。

飯館村から放射能最高値検出

検出結果によると、1キロ・グラムの雑草から放射性ヨードの含有量254万ベクレルを検出、放射性セシウムの含有量も265万ベクレルを検出した。これはこれまで、日本政府機関で最高の放射性物質含有量だった。

専門家の分析によると候と風向の影響、福島第一原発の西北方向の地が最大汚染を受ける可能性が強く、飯館村は最大の被害者となるという。飯館村は福島県でも有名な最高品質の米の産地であるが、しかし放射能事故後、飯館村のと野菜の生産は直ちに停止となり、村民も緊急避難させられた。

放射性物質 50年間 土壌に残留?

福島原発から25キロの所にある南相馬市飯館村から来た3人の村民が、その場所で賠償請求の受付をしていた電社員数名怒りをぶつけていた。 48歳の村民山井さん記者に対し福島原発事故は数千の村民を路頭に迷わしただけでなく、今、植えていた野菜すべてほったらかしにするしかなかった。 今年この季、全村の村民の収穫はすべて駄目になりました。 もっと深刻なのは、原発から放出される放射性物質は恐らく50間、土壌残るでしょう。 これ村民達来年、再来年も土地に戻って、元の生活始めることができないということです 原発事故ができるだけ早く解決できればと思っていたんですが ますます深刻になるとは思ってもいませんでした。 原発の周囲20キロの耕地はみんな使えないということです。 私達の村はなくなってしまいました。 これからは、どっか別のところに行って植えるしかないでしょう でも、一体どこで植えろというんでしょう?”と苦しみを語った。


同様な問題は福島原発の周囲30キロ圏内の他の村の心の中にもまとわりついている 福島県南相馬市放射能ので、村民は故郷を離れざるを得なくなった。 しかも、南相馬市で作った野菜はすべて外に荷することはできなかった。

南相馬市役所の災害対策本部責任者の田城弘志氏が記者にこう語った。 “南相馬市は福島原発から25キロ離れており、自主避難区になっています。 政府は市民に避難を求めていませんが、今市内にいる人は1万9千人だけほとんど大部分の市民はほかの場所に避難してしいました でも役所変わることなく正常に執務しています。 職員は特別な防護対策をとることなく、また定期検査していません。 ここに留まって仕事をしているのは、すべてでみんな自覚に頼っています

田城また南相馬市はもともと農業の街で、米、野菜はすべて当地の目玉品目す。 しかし今は、政府が当地の農家が収穫した野菜と青果の出荷を厳禁しました。 数日農民自分の野菜を福島県庁にっぱって行き抗議を行いました”と語った。

鱼米之乡成“核坟墓”

20110612 04:13 来源:广州日报 

本报记者灾后走近福岛“无人区”

日本大地震 回访

系列报道之一

昔日盛产瓜果蔬菜的“鱼米之乡”如今竟然成了令人闻风丧胆的“核坟墓”,数以万计的灾民只能背井离乡,眼睁睁看着即将收割的蔬菜烂在田间。在核泄漏阴影下,原本熙熙攘攘的闹市如今已成“死城”。

昨天,距离日本“3·11大地震已有3个月。但是,日本重灾区灾民的生活似乎并没有根本改善。对于那些已经在避难所生活了3个月的灾民来说,每天吃面包似乎也成了一种习惯。这场大地震改变着日本局部地区的生态,也改变着很多日本民众的心。而就在目前,一场更大的威胁还考验着日本。随着福岛第一核电站关闭,不仅日本灾区,包括东京在内的整个日本都面临着一场空前的“电荒”。当然,还有那令全世界都瞩目的福岛核电站,如今仍然是深埋在日本灾民心中的一颗定时炸弹。

连日来,本报记者兵分多路,深入日本重灾区采访,体味真实的灾民生活。同时,遍访日本政经高官,解读震后影响。这场空前大灾难后3个月,灾区人们的生活怎样了?福岛“无人区”究竟是怎样一番场景?大地震给日本带来了哪些影响?今日起,本报将为您一一呈现。 

/本报特派日本记者肖欢欢、张强

/本报记者窦丰昌、邵权达

记者逼近无人区警戒线

城市几变死城 呼吸提心吊胆

如今距离福岛核泄漏事故发生已整整3个月,核泄漏的阴霾至今仍笼罩在福岛人心头。从5月底开始,日本已逐渐进入梅雨季节。530日,本报记者抵达日本时,恰逢强烈热带风暴“桑达”吹袭日本引发大雨。61日下午时分,福岛县福岛市突降大雨。也许对其他地区来说,突降大雨稀松平常。但对于福岛来说,连降大雨则撩拨着当地居民敏感的神经。据气象部门发布的灾区核辐射指数,福岛县高居全国之首,市区核辐射量普遍在1.2微西弗/小时以上,相当于每天照一次X光,而东京等地区则在0.1微西弗/小时以下,核辐射指数最高的福岛县浪江町当日核辐射量甚至超过20微西弗/小时。而连日降雨则会导致核辐射污染物随着雨水飘散在空中,这无异于雪上加霜。当地气象部门也发布消息提醒居民大雨时应尽量减少外出。

核辐射改变的还有人心

自从福岛核电站发生爆炸后,死亡的威胁让当地居民纷纷逃窜。伴随着蔬菜中核辐射物超标,肉制品中核辐射物超标,海水中核辐射物超标,恐怖的阴影像病菌一样蔓延。被核辐射改变的,不仅是福岛的生态,还有福岛的人心。

62日,本报记者从福岛市区出发一路向东向福岛核电站进发。进入距离福岛核电站30公里左右,人烟变得越来越稀少,随处可见抛荒的土地。很多农田中还不时可见翠绿的蔬菜等待收割,然而放眼望去,一马平川的菜畦中没有一个人影。

离福岛核电站越近,荒凉的气息更加深入骨髓,逼仄得让人有些喘不过气来。在距离福岛核电站30公里内的川吴市,很多村落都已人去楼空,不少人家大门紧锁。街道上的商店和饭店也差不多全都关闭。

有记者现身当地人很惊讶

对于记者的出现,仍在坚守的一名加油站员工感到很诧异。他说,地震前这里一共有20多个村,生活着十多万人。地震发生后的第三天,村民们就陆续开始撤离了。直到一周前,这里的放射量还是东京等地区的10倍以上。因为留在当地菜不能吃、水不能喝,就连呼吸空气也都提心吊胆。很多村民是因为受不了这种精神上的煎熬,投亲靠友去了。

经过两个小时的颠簸,记者来到距离福岛核电站20公里处的边界线——界限以内,就是福岛“无人区”。在这里,记者被站岗的哨兵拦住。戴着口罩的卫兵们警告记者,这里距离福岛核电站只有20公里,是政府要求的灾民必须强制撤离的区域,任何人不得入内。据东京电力公司公布的数据,该地区的核辐射量约在1.36微西弗/小时,是东京的10倍以上。

其中一名哨兵表示,这个边界线24小时都有人站岗,他们分三班轮流站岗,禁止任何人入内。进入核电站进行抢险的工作人员们都要穿着防化服和防辐射装置,而外围站岗的他们只能戴着口罩。目前,已有两名福岛核电站员工被测出放射性物质超标。

悲情核辐射区

村民背井离乡 蔬菜不准输出 

福岛第一核电站反应堆的核泄漏事故发生后,日本政府宣布核电站周围30公里之内的居民疏散。饭馆村的检测结果显示,这个村虽然距离核电站接近40公里,但已经受到了严重的污染。 

饭馆村测出最高辐射

检测结果显示,饭馆村1千克杂草中的放射性碘的含量高达254万贝克勒尔,放射性铯的含量也达到265万贝克勒尔。这是迄今为止日本政府机构检测出的最高含量的放射性物质。

专家分析称,可能受气候和风向的影响,福岛第一核电站西北方向区域受污染最大,饭馆村首当其冲成为最大受害者。饭馆村是福岛县著名的优质大米产地,但核泄漏发生后,饭馆村的稻米和蔬菜生产被立即停止,村民也被紧急疏散。

放射物将残留土壤50

在距离福岛核电站25公里处的南相马市役所,3名来自饭馆村的村民义愤填膺地呵斥几名在现场接受索赔的东电员工。48岁的村民山井向记者诉苦说,福岛核事故不仅让几千名村民流离失所,还让正在种植的水稻和蔬菜全部抛荒。今年这一季,全村村民的收成全都泡汤了。而更为严重的是,核电站排出的放射性物质可能在50年内都残留在土壤中,这就意味着村民们明年、后年也都不可能回到土地上开始原来的生活。“原本以为核事故能尽快解决。没想到却越来越严重了。核电站周围20公里农田都彻底报废了,我们的村子没有了,以后可能要到别处才有地种了。可是我们能到哪里种呢?”

同样的疑问也萦绕在福岛核电站周围30公里以内的其他村民心中。在福岛县南相马市,核辐射阴影下,村民不得不背井离乡。并且,该市所种植的所有蔬菜一律不准向外地输出。

在南相马市役所,该市灾害对策本部负责人田城弘志告诉记者,该市距离福岛核电站约25公里,属于自主避难区。尽管政府没有要求市民撤离,但如今在市内的人只有1.9万人,绝大部分市民都逃亡外地避难。但市役所依然正常办公,办公人员并无特别防护措施,也没有定期检查,留在这里工作全靠大家自觉。

他表示,原本南相马市是一个农业大市,大米、蔬菜都是当地的“拳头产品”,但如今,政府已严禁当地菜农采摘田间蔬菜和瓜果。几天前有农民拉着自己的蔬菜到福岛县厅示威。



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