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2091 中国は見る(1055) 日本の防災対策(上) 防災は子供の時からしっかり取り組む―日本の防災教育について

防灾从娃娃抓起——日本防灾教育漫谈
20110521日  作者:严圣禾   来源:光明日报


2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の大地震日本地域を襲った。 今回の大地震と共にやって来た津波も空前の規模で、地震と津波により起った、福島第一原子力発電所の事故は今なお依然として収束されていません。 今回の不幸な出来事は人類の歴史上でめったにない災難といえます

警察庁の統計によると、今回の震災による死傷数は1995年の阪神大震を上回り、日本の歴史上戦後最大の自然災害なりました 死者の約8が倒壊したや家具で圧死した阪神大地震と違い、今回の震災では死者の92%以上の方のほとんどが津波により溺死されたのです。 本来の地震による直接な死亡は死者全体の中占め割合としては極めてわずかです。 れは、日本の建物の耐震性がより強化されていることと関係があります。 また一方で、日本で広く普及している防災教育が肝心な時に効果を現わしたといえます。


3月11日午後地震発生した時、はちょうど在日中国大使館内で事をしていました。 家屋の揺れが10数秒続いても、揺れは収まることなく、かえってますます大きくなり、ますます速くなりました みんなは大地震が発生したことを意識しました。 しかし、どうしたらいいかわかりません。 急いで階下に走っていった方がいいと言う人もおれば、テーブルの下に隠れ動かない方がいいいう人もいました。 10秒間ためらった後、私はテーブルの下に隠れました。 この時、廊下スピーカーから、“みんな落ち着いて、動かないでください”との呼びかけがありました。 実際その時あわてて外って出た人がいたようでした。 日本人の職場では、このような情況はありません。 それは小さいときからよく防災教育を受けていからで、日本人は地震発生したら2つ事をするようにしています。 ①まずすぐに近くの扉と窓を開ける。 安全に脱出するためだ。 ②それからテーブルの下隠れ、揺れが収まったら、出て避難す


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は日本でこの点を深く感じました。 私の息子が1にならない頃、日本の保育園に入りました。 入園前に、園から子供に防災頭巾を買うよう求められました。 防災頭巾には子供の名前、住所、血液型、生年月日などの情報を書ます。防災頭巾は大人達の使うヘルメットに相当するもので、地震発生の時、落ちてくるに対し子供の頭部を護るためだけでなく、防火機能備えています。 保育園も定期的に防災訓練を行っています。 訓練する時には、本当に地震警報を鳴らし、先生は素早く子供達に防災頭巾をつけさせ、靴や上っ張りを着せます。 それから警報の解除があった子供達を連れて近くの空き地へ避難します。 たぶん、しょっちゅうこのような訓練をやってるからでしょう、今回のM9の大地震が発生した後、私が保育園へ子供を迎えに行った少しも混乱した様子はられませんでした 先生達はヘルメットをつけそれぞれ職務を遂行され、子供達も装備万全に揃って教室しゃがんでいました。 私ちょっとの息子大地震に驚いた様子もなく、普段通り跳んだりはねたりしながら家に戻りました。


日本の防災教育は学校で行われるだけでなく、会社や各地域でそれぞれ訓練演習が行われます。 日本には、どの地域にも防災センターがあります。 日本の防災教育の内容はとても行き届いたものです。 ふだん地震などの災害のためにどのような準備をべきか? 地震がきたら、まず何をすべきか? 地震が収まった何をすべきか? などです。 例えば、私のところの区役所が出している、防災マニュアルの中には、このような内容があります。 “地震が発生した後は、正確な情報を聞き、れに従って行動すること。 デマを信じてはいけません。 またデマを広めないようにしてください” のほか、地震により公共交通機関がストップする可能性があります。 そのため政府は大地震が発生した時は、都心に出勤するサラリーマンに対し、大量の人が道路に溢れ混乱と事故を招く事態になるため、できるだけ会社の事務室内に残るよう要請しています。 3月11日夜、東京内は大量のサラリーマンが事務室で夜を過ごしました。

日本高い普及度があり、深く人の心に染込んでいる防災教育は、今回の東日本大震の中で大な効果を発揮しました。 ただ今回の大地震特にそのあと津波は日本に大き死傷者をもたらしました。 防災教育というと、人々まず頭に浮かぶのは地震で、それから火災です。 しかし実は日本というこの国は、津波、台風、土石流など自然災害の影響とても大きいのです。 ただ人々重視するランクとしてまだまだ充分ではありません。 3月11日に大地震が発生した後、気象庁は津波の早期警報をすぐ発表しました。 しかし津波はめったに来ないことと、その上何度も早期警報発表しても、津波本当に来なかったことから、人々津波に対する警戒心高くなかったのです 今回の大津波は地震発生後、30分くらい押し寄せました。 もし沿海の住民が、この30分の時間を利用して高いところに逃げていれば、死傷者の情況も絶対にこんなに深刻なことにはならなかったかもしれません。 しかし多くの人々は津波が本当に来ることはいと思っていました。 また近くの防波堤を信じ切っていた人々もいました。 多くの人は正しい防災知識に欠けていたのです。 車を運転して避難しようとしその結果大量の自動車が途中で渋滞となり、最後はすべて津波に巻き込まれてしまいました


地震と津波はすでに過ぎ去りました。 しかし福島原子力発電所の危機今なお続いています。 今回の原子力発電所の事故は大量の放射能流出をもたらし、周辺の数十キロは無人地区り、放射性物質もたらす影響は今後まだ引き続き拡大していきます これも災難です。 しかし、人々は放射能の災難に対する準備はできてないし、更にこのよう新型の災難に対する防災教育行ったことがありません。 日本の今の一連の災難を通じて、私達は現代社会の人類直面する災難が、多元化の傾向にあることを認識すべきです。 防災教育はただ地震、火災など伝統的自然災害を重視するだけではいけません。 時代と共にみ、その地に適した方法その発生するかもしれない各種の災害適切に防災教育を行い、防災準備をしっかりと行うことが、自分を最大限度護ることになります。

防灾从娃娃抓起——日本防灾教育漫谈

20110521日  作者:严圣禾   来源:光明日报

 

2011311日下午246分,一场里氏9级的大地震袭击了本岛的东部地区。伴随此次大地震而来的海啸也是规模空前的,由地震和海啸引发的福岛第一核电站事故至今仍未得到彻底平息。可以说此次遭遇的是一场人类历史上罕见的连环灾难。

据日本警察厅统计,此次震灾造成的伤亡人数远远超过了1995年的阪神大地震成为战后日本历史上最严重的自然灾害。但是与八成左右的遇难者是被倒塌的房屋和家具压死的阪神大地震不同,此次震灾中92%以上的遇难者都是被海啸淹死的。真正因为地震而直接死亡的人数在遇难者中所占的比例微乎其微。这一方面与日本的建筑抗震性能较强有关,另一方面也是因为日本高度普及的防灾教育在关键时刻显现了效果。

311日下午地震发生时,记者正好在中国驻日大使馆内办事。由于房屋的摇晃持续了十多秒之后不仅没有停止,反而幅度越来越大、频率越来越快。大家意识到大地震发生了,但却一时手足无措。有人主张应该赶紧跑到楼下去,有人认为应该躲在桌子下面不动。在犹豫了约十秒钟之后记者才躲到了桌子下面。这时听到走廊广播里提醒大家保持冷静、不要跑动,说明当时确实有人在慌忙地向外跑。但在日本人的工作场所就不会出现这样的情况,从小就经常接受防灾教育的日本人在地震发生后只做两件事,首先是赶紧将附近的门窗打开作为安全的逃生出口,然后就钻到桌子下面老老实实地躲到主震结束之后在出门避难。

——记者在日本深深地感受到了这一点。记者的儿子在不满一周岁时就进入了日本的保育园。入园之前,园方要求每一家都给孩子买一个防灾头巾,上面写着孩子的名字、住址、血型、出生日期等信息。所谓的防灾头巾就相当于大人们用的安全帽,它不仅能够防止地震发生时下落的物体砸到孩子的头部,而且还具备防火功能。保育园也定期举行防灾训练。训练时真的拉响地震警报,老师迅速给孩子们戴着防灾头巾,穿上鞋和外套,然后等警报解除之后带着孩子们到附近的空地上避难。可能就是因为经常搞这种训练,所以在此次9级大地震发生后,记者去保育园接孩子时没有看见丝毫混乱的场景。老师们戴着安全帽各负其责,孩子们也装备齐全地统一蹲在活动室内。记者3岁多的儿子也没有被大地震吓着,和往常一样一蹦一跳地走回了家。

日本的防灾教育不仅在学校中开展,机关单位和社区都会举行各种训练和演习。在日本,每个地区都建有防灾中心。日本防灾教育的内容也非常全面:平常应该为地震等灾害作什么样的准备,地震之后首先应该做什么、地震结束之后应该做什么。例如在当地政府发放的防灾生存手册中,记者就看到这样的内容。“在地震发生后要获取准确的信息并采取相应的行动,不要听取谣言、更不要散播谣言。”此外,由于地震很有可能导致公共交通中断,因此政府还要求市中心的上班族在大地震发生后尽量留在办公室内,以避免大量人群涌到路上造成混乱和事故。在311日晚上,东京市内确实是有大量上班族是在办公室过夜的。

日本高度普及、深入人心的防灾教育在此次东日本大地震中发挥了巨大的作用。但此次大地震特别是随后的海啸还是给日本造成了惨重的人员伤亡。说起防灾教育,人们首先想起的就是地震,然后是火灾。但其实像日本这样的国家,海啸、台风、泥石流等自然灾害的影响也非常大,只是人们的重视程度还远远不够。在311日大地震发生后,日本气象厅马上发布了海啸预警。但是由于海啸不常见,加上有很多次预警发布之后海啸并没有真的到来,因此人们对于海啸的警惕程度并不高。此次大海啸是在地震发生后约半个小时上岸的,如果说沿海的居民都充分利用这半个小时逃到高处,那么伤亡情况绝对不会像现在这样严重。但很多民众认为海啸不会真的来,有些人则过于相信附近的防波堤,不少人缺乏正确的防灾知识,竟然开着汽车去逃难,结果大量汽车堵在路上,最后都被海啸吞噬了。

地震和海啸已经过去了,但福岛核电站的危机仍在持续。此次核电站事故已造成大量核泄漏,周边几十公里都已成为无人区,放射性物质造成的影响今后还将继续扩大。这也是一场灾难,然而人们显然没有做好应对核灾难的准备,更没有进行过针对这种新型灾难的防灾教育。通过日本这次连环灾难,我们应该意识到现代社会人类面临的灾难已出现多元化的趋势,防灾教育不能只重视地震、火灾等传统的自然灾害,也要与时俱进、因地制宜,只有设想到当地有可能发生的各种灾害并切实开展防灾教育、做好防灾准备,我们才能最大限度地保护好自己。(本报驻东京记者 严圣禾)

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