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1983 中国の三面記事を読む(874) “春節 恐い族” 正月を故郷で過ごすのを“苦しみ”に感じる人々

恐春族”过春节 乐中带点“苦”

2011-02-08 10:25:32   来源:无锡商报

001あー、正月、家になんか帰りたくない” 間もなく春節がやって来る。 回りの同僚がみなうれしそうに、故郷へ戻り新年を祝う準備をしているのを見ても、王さんはどうしても元気が出ない。 故郷へ帰って新年を迎えるのだと思うと、王さんは全身、息苦しさを感じるのである。  

00 1980年生まれの王さんは今年30歳。 本科から一気に博士課程まで進み卒業した彼女は、いつの間にか結婚適齢期を過ぎた女性になってしまいました。 医者の王さんの収入は多い方ですが、でも愛情面はずっと空白状態でした。 仕事から戻ると、王さんは両親から結婚の事を催促されるようになりました。 両親はいつも夏休み、冬休みや連休、祭日といった時期を利用して、王さんのためにお見合いを設定します。 お見合いのほかに、新年に家に戻ると、両親はいつもこの話題を持ち出し、王さんに圧力をかけます。父親は、いつもこの話題に触れるたび、王さん自身に乗り気がないと愚痴をこぼします。 ある時、父親が、また彼女にこのことに話が及んだ時、なんと泣きだしたのです。 000000 小さい時から大きくなるまで、王さんは、父親の泣く姿を見たことがありませんでした。 ですからその時、彼女はしばらくとてもつらい気持ちで、自分を責めました。 しかし、彼女は自分の両親をどう慰めたらいいのかわかりませんでした。  

2 王さんは、今年の新年も家に帰ると、この話題から逃げられないのがわかっていました。 案の定、新年に多くの親戚が家へやって来ました。 自分より年齢が下のいとこ達が、次々と結婚して子供を生んでいました。 両親と王さん達はなんとも言えない気持ちに教われました。 親戚の家へ年賀の挨拶に行くと、おじさん、おばさんが好意答えたらいいかわかりませんでした。 80歳近いおばあさんも王さんの結婚に関心を持っていて、家に帰ると、彼女の手を握り、彼女に早く結婚しなさいと言い、その上、さめざめと涙を流すのです。 年を取っているおばあさんが自分の結婚の事を心配するのを見て、王さんはとてもたまらない気持ちになります。

父親が王さんの結婚に触れる時、必ず彼女の仕事の話になります。つまり、彼女に帰省して働いてもらいたいということです。 いろいろなことを考えて、王さんは故郷には戻りたくないのです。 でも、両親に向かってはっきり言うことが出来ません。 これが彼女を余計束縛しています。 このような気持ちの負担が王さんに重くのしかかり、時には逃げ場所を探したくなるほどです。 でも、新年に家に帰らないと家族から“なんていう礼儀知らず”と言われます。 その後の結果は、更に深刻になります。 ですから、家に帰って新年を迎えるのが、王さんの苦しく、止むを得ない選択なのです。  

王さんを結婚強要で閉口させる以外、家の生活様式に適応できないことも彼女をいっそう苦痛にさせています。 王さんの家は北方の中都市です。 新年になると、どの家もだいたい油揚げの食品を作ります。 新年を迎えると何日間も揚げ物を食べます。 王さんの胃はいつも消化不良を起こし、毎日、食欲がありません。 春節で家に帰ることは、すでに30歳を過ぎた王さんにとって、束縛と悩みの入り混じった“甘い負担”となりつつある。 

大勢の親戚 新婚夫婦を困らす

0000000 春節は至る所めでたさに溢れている。 しかし、このにぎやかな雰囲気の中にも“恐春族”がいる。 その中のある者は、親戚、友人達を訪ねるのに忙しく、自分の時間を失くしたり、ある者は財布が寂しいから、外出しないというのがいる。  

01 丁度、正月二日を過ぎた時、華さんは妻を連れて飛行機で北京に飛んだ。 二人は、新年の八日まで北京で遊び、それから無錫に帰るつもりだった。 春節を迎えるのに、なぜ家でのんびり過ごさないんですか? と訊くと、華さんは苦衷を打ち明けてくれた。 “女房の親戚が多いんですよ。 去年の正月は全部親戚回りで終っちゃいました。 親戚をよく知らないから、毎日挨拶するのも大変でした。 だから今年、私達は外部へ「避難」しに行くんです”   

3 華さんによると、彼の親戚はまだそんなに多くはないというが、例年、春節7日の休暇中、基本的に3,4日は親戚の家を回り、残りの時間を彼の自由な時間として、友人、学友と集まって、周辺の街の温泉に入りに行っていたと言う。 ところが、去年、結婚したら、彼には一日も暇な日がなくなってしまった。 すべて親戚回りで終ってしまったのだ。 奥さんの親戚は彼の家の3倍もあった。 奥さんの兄さん、ほか沢山のおばさんのすべてに新年の挨拶をしなければならなかった。 今日はあなたの家で招待、明日はあなたの家で招待というふうだった。 印象に一番残っているのは、奥さんの方の年長者はすべて大家族として年代順に並んでいたことだ。 それに11人のおばさん(お母さんの姉妹)がいた。去年、彼は岳父(奥さんのお父さん)、岳母(お母さん)、奥さんと一軒一軒親戚回りした。 人が多いため、最後にはご飯を食べてまた食べて、酒も一杯また一杯、親戚をいくつ回ったか覚えていません。 今年の正月前に、岳父、岳母は彼らに、新年に年長者に対してどんな贈り物をするか手配させようとしました。 彼は、前年の春節のシーンを思い出してしまいました。 家に帰り、奥さんと相談し、2人は北京に旅行することに決めました。 そこで彼らは早々に年長者に送る新年の贈り物を一気に購入し、岳父、岳母に新年のお祝いの時“よろしくお願いします”と頼み、その後、何人かの大事な年長者の家を訪問した後、年明けの二日目に飛行機に乗って北京に跳んだのである。

大いに食べ大いに飲む そのほとんどが“酒”

0 河埒口に住んでいる孟さんは記者に、“今でも春節を思いだすと、心臓が締め付けられる”と語る。 理由は、春節の時は集まり、会が多く、やたらと食べ飲む。 それも十中八九“酒”である。 “四日目は仲のいい友達と集まるんです。 その日は、みんな先ず南禅寺のウォーターバーに行って、お茶を飲んでおしゃべりするんです。 5時半頃、人が揃った時分に、近くの火鍋店へ行きます。 みんなはふだん忙しくて、滅多に会えない。 だから春節でえば、自然と格段に打ち解け、2杯3杯やりとりし始める。 酒量は強くはないが、断り難くて、食事するうちに、白酒5,6飲んでしまった”   

食卓の上の酒、ただ前奏です さんによると、食事が終わると、友達歌を歌いに行こうと提案がありメンバーは威勢よくカラオケ店にワーッと向かった。 まだいくつも歌わないうちに、“リーダー”が、ワイン頼んだ。 それから、みんなでサイコロ当てをし罰杯をした。 誰もがほとんど,、赤ワインを飲んでいた。 午前まで歌って、みんな疲れたと言いだし、歌って腹も減ったので、また近くの“魚店”に行き夜食を食べ、食べながら、ビールも一緒に飲んだ。 そ夜、の、赤いの、黄色いのと断るも断りきれず、飲んでも飲み切れず、最後は“ゲーゲー”と吐く、現場中継を行ってしまった。  

私は本来、呑助けではありません。 ふだん家ではあまり飲みません”  さんは次のように総括しました。 “バー、飲まないというと、お前飲まない振りしてるんだろう、付き合いが悪いな、俺の顔をつぶすのかとなる。めば、一回が二回となり、一口が一杯、一杯飲んだらもう一杯。 春節となると、宴会が10回、そのうち8回はヘベレケ。 大晦日から昨日の夜まで、ほとんど毎日飲み続け、友達付き合ったり先輩に一献差し上げたり、と春節酒祭なってしまい、本当に恐ろしいことです

仕事や収入比べ 若者を腐らす

記者が華さんに連絡を取ろうとした時、彼は全聚徳で北京・ダックを食べていた。 これは北京に来てから3回目の北京・ダックだった。 今年春節のことをうと、彼は“自由で、煩わしいことない ふだん旅行の時間が取れないと心配していたけれど、今年新年を北方の正月の雰気をできるだけでなく、自分の食べた美食を食べられその上、毎日目が覚めるまで寝ていられる。 また、あんまりよく知ない親戚の付き合いをすることがなく、気持ちがいいです!”   

1さんと異な、王さんは春節大部分の時間り、新年挨拶行くことを拒 去年彼は仕事がうまくいかず、一年間働いてもまるで貯蓄ができなかった。 彼は記者にこう話してくれた。 “私の父と母は、おばさん、おじさんの子供は仕事より良いところに行ってるし、収入いってうらやましがってるんです、だからむしゃくしゃしてたまらないんです。 もともと仕事ってプレッシャーが大きいのに、の仕事がああだこうだ言うんで、余計プレッシャーがかかるんです。 だから今年はキッパリ外出しないことにしたんです” 王さんは正月のこのずっと家にいて映画を見たり、本読んだりして、仕事の悩みを放り投げ、日々リフレッシュしようとPhoto していた。 彼は、“自分のように仕事がうまくいかない人にとって、春節は「災」です。 門を閉ざして、訪問客に会わないのが一番いい選択なのですと笑って答えた。 年も事業で成功した大学の学友二人から、食事やカラオケに行こうと誘われたが、婉曲に断った。 財布が寂しいことが、彼が人に会いたくない最大の理由である

恐春族”过春节 乐中带点“苦”

2011-02-08 10:25:32   来源:无锡商报

哎,真不想回家过年”,马上又到春节了,看到周围同事个个喜气洋洋为过年回家做准备,小王却怎么也提不起精神来,一想到要回家过年,小王就觉得浑身不自在。  

1980年出生的小王今年已经30岁了,从本科一口气读到博士毕业的她,在不知不觉中已经成为了大龄青年。虽然作为医生小王的收入不低,但是感情生活却一直处于空白状态。自从工作后,小王就开始被父母催结婚的事了,爸爸妈妈也常常利用放假过节期间,见缝插针地为小王安排相亲。除了相亲,每逢过年回家,爸爸妈妈不断地提及这个话题也让小王倍感压力。爸爸每次说到这个话题总会连带着埋怨小王自己不上心,有一次爸爸跟她说到这个事情的时候居然哭了,从小到大,小王很少看到爸爸哭,所以那一次她心里难过了好久,也很自责,但是她不知道该如何安慰自己父母。  

小王知道,今年过年回家,这个话题自然是逃不过的。果不其然,过年不少亲戚到家里串门,看着比自己年龄小的表妹、堂妹、堂弟们都已经纷纷结婚生子,爸爸妈妈和小王的心里都有种说不出来的感觉。而到亲戚家串门,面对叔叔婶婶姨妈善意的问询,小王常常不知道该怎么说。近80岁的老奶奶也非常关心小王的婚姻,回家拉着她的手让她赶快结婚,说到动情处甚至潸然泪下,看到年迈的奶奶为自己结婚的事这么操心,小王心里也很不是滋味。  

爸爸提到小王的婚姻,就必然会讲到她的工作,总的意思就是希望她能回老家工作。出于种种考虑,小王并不想回到老家,但是当着父母的面她也不能完全表露,这让她很纠结。这样的感情债让小王觉得沉重无比,有时候她真想找个地方躲起来,但是不回家过年会被家人视为“大逆不道”,后果会更严重,所以回家过年倒成了小王既痛苦又无奈的选择。  

除了逼婚让小王觉得吃不消以外,不能适应家里的生活方式也让她倍感痛苦。小王的家在北方一个中等城市,每到过年,家家户户都要做很多油炸的食品,过年连着几天吃油炸食品,小王的肠胃常常会消化不良,而且每天都没有食欲。春节回家,对于已过而立之年的小王来说,越来越成为夹杂着纠结和烦恼的“甜蜜的负担”。

七大姑八大姨吓跑小夫妻

春节到处喜气洋洋,可在这热闹的氛围里也有一批“恐春族”,他们有的因为走亲访友忙而失去了自我空间,有的则是囊中羞涩,不敢出门。  

刚过大年初二,市民华先生就带上妻子飞到了北京,他们准备一直玩到年初八再回无锡。要问春节过年为什么不好好在家呆着,华先生满腹苦水:“老婆家亲戚太多,去年过年整个假期全用来跑亲戚了,关键是很多亲戚还都不熟悉,每天应酬很无趣。今年我们是‘躲’到外地去的。”   

华先生说,他家的亲戚还不算多,往年春节7天假期,基本三四天时间就可以把亲戚家走过来,余下的时间他可以自由支配,和朋友、同学聚个会,到周边城市去泡个温泉。可自从去年结婚后,他一天没闲着,全用来跑亲戚了。他发现,老婆家的亲戚比他家要多个3倍,表舅、表舅公、七大姑、八大姨的全部都要去拜年,今年你家请客,明天他家请客。让他印象最深刻的是,老婆家的长辈都是按大家族来排辈分的,还有个十一姨妈。去年,他跟着岳父、岳母、老婆一家家亲戚跑,由于人太多,到最后饭吃了一顿又一顿,酒喝了一杯又一杯,就是亲戚没记住几个。今年年前,岳父、岳母已经在帮他们安排过年要买什么礼物送长辈,让他不禁想去前一年春节的场景。回家与老婆商量后,两人决定跑去北京旅游。于是他们早早地把过年准备送长辈的礼物一口气都买好,让岳父、岳母过年的时候“代劳”一下,然后又拜访了几位主要的长辈,年初二就坐飞机去了北京。

胡吃海喝十有八“酒”

家住河埒口的孟先生告诉记者,现在想到春节心就一紧,原因在于,春节聚会多,饭局多,胡吃海喝,十有八“酒”。  “初四一帮好兄弟聚会。那天,大家先到南禅寺的一个水吧,喝喝茶,聊了聊天,5点半人齐的时候,就到附近一火锅店吃火锅。兄弟们平时忙,不常聚,现在见了,自然格外亲热,三杯两杯就敬了起来,我酒量虽不好,也难以推脱,一顿饭下来,也干了五六杯白酒。”   

饭桌上的酒,只是前奏。孟先生告诉记者,吃完饭,有朋友建议去唱歌,一群人又浩浩荡荡“杀”到KTV,还没点几首,“老大”就叫来红酒,大家猜骰子,罚喝酒。每个人几乎也是六七杯红酒下肚。唱到凌晨1点,大家说累了,肚子唱空了,又到附近一家烤鱼店吃夜宵,边吃边拼啤酒。那一晚白的、红的、黄的,挡也挡不掉,喝也喝不完,最后真来了个现场直播,吐得稀里哗啦。 

我真不是个爱喝的人,平时在家都不怎么沾。孟先生总结道,这酒吧,你不喝,别人会觉得你在装,你不热情,不给面子;喝吧,有了第一次就有第二次,有了第一口就有第一杯,有了第一杯就一杯接一杯。一到春节,十个饭局,八个都要醉,从年三十到昨晚,几乎天天都得喝,陪朋友的,敬长辈的,春节就快成了酒节,真让人有点怕!

  比工作比收入吓坏小年轻

  记者联系华先生时,他正在全聚德吃烤鸭,那已经是他去北京第三顿烤鸭了。说起今年春节,他连呼:“自由、清净!平时正愁没时间出来旅游,今年过年不仅感受了北方过年的气氛,吃到了自己想吃的美食,还能每天睡到自然醒,不用应酬大小不熟悉的亲戚,爽啊!”   

  与华先生不同,小王春节大部分时间都在家睡觉,拒绝出去拜年。去年他工作不好,工作一年基本没存下什么钱。他告诉记者:“我爸妈就喜欢跟姨妈、姑妈、叔叔家的孩子比谁的工作好、收入高,我烦都烦死了。本来工作压力就大,还要问我工作上这样那样的,让我压力更大,所以今年干脆不出去了。”小王过年这几天一直在家看看电影、看看书,完全把工作的烦恼抛开,日子还算过得悠闲。他笑称,对他这种事业不成功人士来说,春节就是“春劫”,闭门不见客是最好的选择。这次有两个事业成功的大学同学约他出去去吃饭、唱歌,他也婉言拒绝了,囊中羞涩是他不愿见人的一大重要原因。(记者/小阳)

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