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1780 中国は見る(854) 日本愛妻文化イベント:「キャベツ畑の真ん中で愛を叫ぶ」 (上)

日本大男人的“爱妻事业”

2010-04-12 08:57:07  唐辛子

幸子、お前を愛してる!”

芳枝! 今もおまえが好きだ!”

Photo ある晴れ渡った午後、軽井沢から30キロほど離れた群馬県嬬恋村、標高1000mのキャベツ畑の真ん中で、大勢の男が自分の妻に向かって大声で愛を叫んだ。 彼らの中には30にも行かない人や、80を超えた人もいた。 日本全国各地からこの広い野菜畑に、彼らがなぜ集まってきたのか、ただ一つの共通の目的のためだ。キャベツ畑の中心に立って、大声で妻に対して“お前を愛してる”と叫ぶためである。

キャベツ畑の中心で愛を叫ぶ”-------このイベントをはじめようと思ったのは《世界の中心で愛を叫ぶ》という感動的な純愛文学作品からヒントを得たものである。 イベントの計画者であり運営者は、“日本愛妻家協会”の山名先生である。

キャベツ畑の中心で愛を叫ぶ

日本愛妻家協会”成立のきっかけ

今年50歳の山名氏は、ベテラン広告マンである。 今、自分で広告会社を経営している。 “愛妻家協会”の創立のきっかけを尋ねたところ、山名氏は筆者に次のように語った。 主な理由は彼自身の離婚経験からだという。 33歳の時、山名氏は最初の妻と結婚した。 その頃、彼は典型的な日本男性の考えを持った男だった。 男が妻を愛する最高の愛情表現は、懸命に働き、金を稼ぐことだった。 男性にとって、仕事より大事なものはなかった。 仕事第1、妻は第2だったのである。

広告の仕事に没頭するあまり、連日深夜に帰宅し、妻の存在を無視していた。 山名氏の最初の結婚は8年続いた後、離婚で終わりを告げた。 離婚後の山名氏は、人生のどん底に陥ったように感じた。 日夜忙しい中で、人生の中で最も貴重なものを失ったと痛感した。

男が金をかせぐのだから、女は家で我慢すべきだという考え方は大間違いです。 妻が第1、仕事は第2” これは山名氏の現在の妻が彼に言った言葉である。 再婚後の山名氏は、今度は自分の妻が幸福を感じるようにしようと誓いを立て、もう以前のような“仕事中毒”ではなくなり、仕事以外の時間は家族の団欒に充て、妻と一緒の時間を持ち、家庭の愛がもたらす楽しみを受け入れるようになった。

このような生活様式の変化から、山名氏は意外なことがわかった。 以前、仕事が忙しく残業が限りなく続いた時、彼は気ばかり焦り、商売も順調ではなかった。 だが今、彼は自分の時間を取るようになってから、気持も静かに落ち着き、穏やかになり、人と応対する時も自信を持てるようになった。 山名氏は、“会社での時間は過去よりずっと少なくなったが、しかし会社の業績は過去よりよくなった”と言う。 山名氏は友達から“愛妻家”とからかわれている。

日本愛妻家協会”の創始者:山名先生

Photo_4大体2004年の秋頃でしょうか。 ある日、突然、このように自分の妻といっしょにいることは、なんて幸せな事なんだろうと感じたのです” と山名氏は語った。 彼はこのような家庭回帰の幸福感をもっと多くの人に広めたいと思った。 2005年4月、“日本愛妻家協会”は誕生した。 協会本部は群馬県嬬恋村に設立した。

本部をなぜ田舎の嬬恋村に設立したのか、それは日本の歴史上で有名な神話の英雄“日本武尊”が東征の時、現在の嬬恋村まで来た時、自分の愛妻・弟橘姫が海に身を投じたという知らせを聞き、みんなの前で、“「吾妻はや」(わが妻よ…)”と人目もはばからず大声で泣き叫んだという。 嬬恋村はこれから名を付けられた。 山名氏と彼の愛妻家の友達は、日本武尊を日本愛妻家の開祖とし、“愛妻家協会”の本部を嬬恋村に設立しただけでなく、日本武尊を“愛妻家協会”の名誉会長にしたのである。

愛妻家達の特色 “愛妻運動”

愛妻家協会”の五大“愛妻鉄則”:

Photo_5.やってみる:妻が喜ぶ家事ひとつ

.出してみる:気づいた時の感謝の言葉

.聞いてみる:世間ばなしと今日の出来事

.捨ててみる:ミエ、テレ、タテマエ、セケンテー

.なってみる:恋した頃の触れ合う気持ち

愛妻協会の設立当初はわずか10人だけだった。 すべて山名氏の回りの親友達だった。 しかし今は、すでに150人の民間組織になり、協会は毎年定期的に各種の新しい工夫をこらした愛妻活動を催している。 例えば、冒頭紹介した“キャベツ畑の中心で愛を叫ぶ”や“日比谷公園で妻への愛を叫ぶ”、“男の帰宅大作戦”、“夫婦で手をつなごう計画”、“男は花を持って家に帰ろう計画”、“妻をハグしよう計画”などである。 これら分かりやすくて直接的愛妻活動のテーマは、見たところ簡単だが、しかし愛妻家達はすべてきちんとした段取り、方法で行っている。 例えば“妻をハグしよう計画”というこのイベント・テーマには、次のような細かい段取りがある:

1:通常ハグ:毎日外出する時、玄関で“お決まりのハグ”をする

2:チャンスを捉えてハグ:電車や信号待ちなどの“チャンスを捉えてハグする”

3:後ろからのハグ:恋人同士で写真を撮る時のように後ろからきつく抱きしめる

4:横向きにハグ:互いに腰を抱きあいながら一緒に歩く、ちょっと難しい抱擁

このハグ方式の区別からも、“愛妻家”の“家”の意味がわかる。 決して何の理由もなく追加されたものではなく、愛妻の愛が徹底しており、学問をするように各“愛妻研究”を行っていることがわかる。 だからこそ“愛妻家”の肩書きにふさわしいのである。

日本大男人的“爱妻事业”

2010-04-12 08:57:07

幸子,我爱你!”
芳枝!现在依然喜欢你!”

天空晴朗午后,在距离轻井沢30公路的群马县嬬恋村,标高1000M的卷心菜地中心,有一群日本大男人正在朝着自己的妻子大声喊出爱。他们中间有的三十不到,有的八十出头,他们之所以从日本的全国各地赶来汇聚在这片开阔的菜地上,是为了一个共同的目的:站在卷心菜地的中心,大声对妻子呼唤“我爱你”。

站在卷心菜地的中心呼唤爱”-------这一活动的策划灵感来源于《在世界的中心呼唤爱》这部感人的纯爱文学作品。活动的策划者和组织者,是“日本爱妻家协会”的山名先生。

站在卷心菜地的中心呼唤爱


爱妻家协会”成立的契机

今年50岁的山名先生,是一位资深的广告策划人。现在自己经营着一家广告策划公司。问到“爱妻家协会”的成立契机,山名先生告诉笔者,主要源于他自己的一次离婚经历。33岁那年,山名先生与第一任妻子结婚,当时他是个典型的日本式思维的男人,认为男人爱妻子的最好表现,就是努力工作,埋头赚钱。对于男人而言,没有比工作更重要的。工作第一,妻子第二。

因为埋头于策划方案广告计划,连续深夜回家而忽视了妻子的存在,山名先生的第一次婚姻在持续了8年之后,以离婚告终。离婚之后的山名,感觉自己跌入了人生的最低谷,他痛感到在日夜忙碌之中,失去了人生中最为宝贵的东西。

因为男人要赚钱,所以女人就应该忍耐着呆在家里这样的想法,是大错特错。妻子第一,工作第二。”这是山名的现任妻子对他说过的一句话。再婚后的山名,这次发誓要让自己的妻子感受到幸福,他不再像以前那样是个偏执的“工作狂”,而是将工作之外的时间用在与家人团聚,和妻子共处,享受家庭之爱所带来的乐趣。

这种生活方式的改变,令山名惊奇地发现:以前因为工作忙碌加班无止无尽,他很容易性情急躁,生意也不顺畅。而现在他为自己的时间留出些空白之后,他的性情也变得安静沉着,心平气和起来,与人打交道时更加充满自信。山名说:虽然花在公司的时间比过去少得多,但公司业绩却比过去还好。而山名也被朋友们戏称为“爱妻家”。

日本爱妻家协会”创始人山名先生


大约是2004年的一个秋天吧,有一天,突然觉得这样与自己的妻子在一起,是件十分幸福的事。”山名说。他希望能将这种回归家庭的幸福感染给更多人。20054月,“日本爱妻家协会”诞生了,协会总部设立在日本群马县的嬬恋村。


之所以将总部设立在日本乡间的嬬恋村,是因为日本历史上有名的神话人物“日本武尊”在东征时行走到现在的嬬恋村时,听到自己的爱妻弟橘姬舍身投海的厄讯,当众大声哭喊“我的爱妻阿~~”。嬬恋村由此得名。山名和他的爱妻家朋友们,认为日本武尊是日本爱妻家的开山老祖,所以不仅将“爱妻家协会”的总部设立在嬬恋村,还追认日本武尊为“爱妻家协会”的名誉会长。


爱妻家们的特色“爱妻运动”

爱妻家协会”的五大“爱妻铁则”:

1:做一做:做一件让妻子高兴的家务;
2
:说一说:将心里的感谢说出来;
3
:听一听:听听世上的事和今天发生的事;
4
:扔一扔:炫耀、害羞、主张、面子;
5
:变一变:变回恋爱时期的心贴心。


爱妻协会在成立之初只有10个人,都是山名身边的好朋友,但现在已经发展为150多人的民间组织,协会每年定期举办各种别出心裁的爱妻活动,如文章开头提到的“站在卷心菜地的中心大声呼唤爱”、以及“在日比谷公园对妻子大声说出爱”、“男人归家大作战”、“夫妻手牵手计划”、“给妻子送花计划”、“拥抱妻子计划”等等。这些通俗直接的爱妻活动主题,看起来简单,但爱妻家们可都有板有眼地细分步骤或方法的。例如“拥抱妻子计划”这个活动主题,就有如下的细分:

1:常规拥抱:每天出门时在玄关处的“常规拥抱”;
2
:伺机拥抱:在等待电车等待红绿灯时的“伺机拥抱”;
3
:纵向拥抱:如同恋人拍照时那样从背后紧紧拥抱;
4
:横向拥抱:相互搂着腰紧贴在一起行走的高难度拥抱

看看上面关于拥抱方式的划分,可见“爱妻家”的这个“家”字,绝不是无缘无故添加的,爱妻要爱得透彻,爱得如同做学问般进行各项“爱妻研究”,方才配得上“爱妻家”的头衔。

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