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「日本の万博スーパーおばあちゃん」1000万用意  一家を挙げて上海へ移り住み万博皆勤を目指す

日本老太自掏70 丝举家迁至上海看世博

2010-05-01 11:03:00 来源: 北京晨(北京)

7 61歳の日本のおばあさん、山田外美代さんは、万博“スーパーおばあちゃん」”として有名だが、今日も彼女は万博一番を目指している。 山田外美代さんは普通の定年退職の公務員だった。 万博が彼女の人生を変えてしまった。 5年前、彼女は愛知万博の185日間、入場243回の記録を作り、“愛知万博皆勤賞”を取った。 今年、上海万博を見るため、彼女は1000万円(70万元)を用意し、一家を挙げて上海に移り住んだ……この執着と情熱で、彼女は上海万博の日本発売の第1号入場券を獲得した。

万博ファン 一家を挙げて上海移住

“上海万博は一日で見ることができません。 早めに準備しないといけません” 2005年11月、上海万博実施が確定してから、山田さんは上海の情況を調べにやって来た。 旅券を開けて見ると、4年間に18回、万博への道を往復しているビザスタンプが隙間なく記録されていた。 昨年末、山田さん一家は、ついに浦東の東桜花苑にマンションを借りた。

2_5 東桜花苑は万博会場まで2キロくらいで、家賃も安くはない。山田さんの家に入ると、万博展示センターか記念品専門店みたいに、壁一面に上海万博の成長記録写真がいっぱい貼ってあり、その中から中国国家館の成長の過程を見ることができる。 家の中にはいたるところに形の異なる海宝が置かれてあった。 山田さんが計算したところ、“家賃、航空券、入場券、記念品などの費用を併せると、大体937万円(約70万元)になります。 これすべて自腹です” 記者がびっくりしているのを見て、山田さんは笑いながら、“自腹だからこそ、いっそうしっかりと見たいんです”と語った。

実際、山田さん一家はみな万博ファンである。 愛知万博の時、彼女の夫は80回も行き、山田さんの息子は50回も行った。息子さんは学校の先生だったが、最近彼はこのいい職を退職してしまい、日本館でボランティア・ガイドをするという。

6万枚の上海万博の成長映像

“あなたが中国館の全貌を撮りたいなら、必ず黄浦江の向こう側に行かないとダメです。 3号フェリー・ボート埠頭の位置が最高です” このような専門的アドバイスができるのは6万枚の写真の蓄積があるからです。 万博会場の成長過程はすべて山田さんレンズにしっかり収められています。

初めて上海に来た時、山田さんは手探り状態でした。 至るところ海宝の標識だらけで、彼女は地図の上に記号を付けました。その後、万博会場周辺の建物が取り壊しとなったり、上海万博1000日のカウントダウンなどの重要な節目など、彼女はすべて写真に撮って記録した。 やせて小柄な姿が上海万博の工事現場を頻繁に動き回り、6万枚もの上海万博の写真が撮られました。 “これが上海万博の目撃の証拠です”

山田さんのノートには、詳細な万博攻略が記されており、地図、ルートから各パビリオンの見どころ、おいしい食事の店など、彼女が一つ一つていねいに紙の上に書き、ノートに貼ってあった。 彼女の豊富な見学経験から、日本の産業館を建てる時、工事関係者は彼女がたくさんの世界博覧会の情況を知っていることから、とうとう彼女を礼賓局宣伝部顧問に迎え入れた。この給料の出ない仕事に、山田さんは充実感を感じている。 “私は多くの万博を見学した経験から、見学に来る人の手助けがしたい。 特に日本から来る観光客に、見学のアドバイスをしたい”

“私は中国館、日本館が一歩ずつ出来上がっていくのを見ています。 まるで自分の子供が成長しているようです。 私は一番先に中国館を見てみたい” 今日、万博はついにベールを取る。 山田さん一家は朝早く起きて、一番乗りを目指している。

「万博見学」記録更新を目指す

Photo_10 山田さんは水晶の置物に入れていた万博入場券を大事そうに取り出した。 上に“EXPO2010”と刻んである――これは上海市の楊雄副市長が日本へ行った時送った日本発売の第1号入場券だった。 山田さんの襟の上には万博の徽章が止められた。 片方には愛知万博のマスコットの「モリゾー」で、もう片方は海宝だった。 二つは万博を引き継ぐマスコットの徽章であり、“1番”の由来を説明するものだ。

山田さん一家は愛知県瀬戸市で暮らしている。 2005年、山田さんは生命の危険にあった。 腹部の手術を5回受けた。病院と家の間を往復する生活を送っていた。 ちょうど愛知万博が開会された時で、家族が3日間の切符をプレゼントし、彼女に付き添って気晴らしをさせようとした。 この気晴らしが185日となり、順調でなかった生活が急に明るくなり、3枚の短い切符が最後には愛知万博全部の切符を集めることになってしまった。

“ありがとう万博。 私に実現することができないと思っていた世界周遊の夢を手助けしてくれた!” 万博は彼女に奇跡を届けてくれた。 彼女の体はゆっくりとよくなっていった! 愛知万博が終了した後、185日間、通算入場243回ということで、《毎日新聞》は彼女に“万博皆勤賞”を授与した。 この証書を山田さんは上海に持参し、“上海万博皆勤賞”を取り、記録更新を目指すことにしている。

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「万博スーパーおばあちゃん」の話は、上海を感動させた。 上海市の楊雄副市長は去年日本へ行った時、この“万博スーパーおばあちゃん”に日本第1号の入場券を送った。

山田さんの万博見学経験

入場する時、あなたはパビリオンの入り口をしっかり覚えておくことです。 多くの観光客は、興奮して入り口を忘れ、迷い子になってしまいますから。 会場に入ったら、観光客はまずボランティアに聞くべきです。 あなたの要求を話せば、1番遠い館から見学できるようにしてくれます。

山田さんの万博宣言:

万博は私の人生を変えました。 私を積極的に生きるようさせてくれました。 生活について感謝の心をもつようになりました。 私はもう若くないし、体もあまりよくありません。 毎日たとえ5分しか歩くことができなくても、毎日、万博に必ず行きます。

日本老太自掏70 丝举家迁至上海看世博

2010-05-01 11:03:00 来源: 北京晨(北京)

61的日本老太太山田外美代()被誉世博,今天她有望成世博园的游客。山田外美代本是一位普通的退休公务员,是世博会她的人生得不平凡。5年前,她知世博会185进场243次的纪录,勇知世博会全勤;今年,了参上海世博会,她自70万元人民家迁至上海……凭着着和情,她得上海世博会日本市第一张门票。

世博迷家迁至上海

上海世博会可不是一天就能看完的,要提早准。早在200511月上海确定承世博会之初,山田就来到上海探路。翻开护照,418次往返签证密密实实记录了她的世博路。去年年底,山田一家索性在浦东东樱花苑租了房子。

东樱花苑离世博园只有两公里,租金不菲。走山田的家里,就像是到了世博展示中心或者念品特许经营店,一面贴满了世博园成的照片,你甚至能从中勾勒出中国国家的成长轨迹。而家里能放西的地方全是形各异的海宝。山田算了笔房租、机票、票、念品等用加在一起,大937万日元(70万元人民)。全部是自看着者咋舌,山田笑道,可能正因是自,才更加珍惜。

,山田一家都是世博迷。日本知世博会,老山田先生去了80次,小山田先生去了50次。小山田先生是一所学校的老,最近他辞掉在日本很不职业,到日本当起导览

六万世博成影像

如果你要拍一中国的全貌,就必去黄浦江另一,在3号渡轮码头的位置才完美。如此专业的建背后可是6万多照片的淀。世博园的成长经历浓缩在山田女士的镜头中。

第一次来上海,山田两眼一摸黑,看到哪里有海宝的志她就在地上做个号。之后,世博园区周拆迁、上海世博会1000天倒计时等重要点,她都拍照记录下来。瘦小的身影穿梭在上海世博的工地里,留存下6万多世博影像。都是上海世博会的见证

山田女士的笔本是见过详实博攻略,从地、路线到各看点和美食,她一笔一画地写在上,在本里。借助她丰富的参观经验,日本产业馆馆时,工作人她了解到多世博的情况,最后干脆邀她当上礼局宣顾问份不拿工的工作,山田做得有滋有味。我有很多的参世博会经验,希望能帮助前来参的人,特是日本来的游客,

可以这么说,我是看着中国、日本步步盖起来,就像看着自己孩子大,我一定要先去看中国。今天,世博园揭开,山田一家划起个大早,争当第一个园的游客。

下决心刷新纪录

者,山田嵌在水晶件中的世博票献宝似的捧了出来,上面刻有“EXPO2010”——是上海市副市长杨雄赴日送出的日本市第一张门票。山田衣服子上各着一枚世博徽章,一知世博会吉祥物森林小子,另一就是海宝。两枚延续传奇世博经历的徽章,解第一票的由来。

山田一家生活在县濑户市。2005年,在山田的生命中原本是很灰色的,腰腹部5次手,生活半径定在医院和家之。恰逢知世博会幕,家人体3天票陪她去散散心,一散心就是185天,停滞的生活然被点亮,3短期票最后凑成了世博全套票。

世博,帮我完成了未能实现游世界的梦想!而世博也还给了她一个奇迹:她的身体居然慢慢好起来了!知世博会落幕后,凭借185进场243次,日本《日新》授予她世博会全勤证书被山田到上海,她决心刷新纪录,拿下上海世博全勤

世博粉的故事感了上海,上海市副市长杨雄去年赴日本,向世博阿姨送上了日本第一号参券。

山田的参博经验

进场候,住您场馆的入口。因不少游客一定会兴奋得忘了入口,到候可是要迷路的。在园以后,游客应该先与志愿者沟通,出你的需求,从最馆开始往回参

山田的世博宣言:

世博会改了我的人生,教会我必须积极地生活,生活怀有感恩之心。我年不小了,身体不太好,即使天只能走5,也要保证每天去世博园看看。晨报记 / 史春阳/

(本文来源:北京晨)

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