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1588 中国の三面記事を読む(670) 中国“馬鹿”(二百五)考

昨日ご紹介しました「米国での中国留学生の空港お別れキス事件」は、中国でも「吻别門」「事件」などと報道され、馬鹿げたことをやったと顰蹙を買っています。 

001 実は先日、8日付の読売新聞の「編集手帳」で「史記」の《鹿を指して馬と為す》が引用されているのを見ました。 このコラムで言おうとしていたのは、今まさに権勢を誇り我が世の春を謳歌している小沢一郎民主党幹事長に対して、その土地購入問題を民主党から誰一人反論したり、ものを言う人がいないということで、この慣用句を使って民主党を揶揄していたのです。 たまたまこの慣用句を見て、もう一つの俗説を思い出しました。 この《鹿を指して馬と為す》は、鹿と馬の見分けがつかないような人を“馬鹿”とする語源の俗説の一つになっています。 ただし言語学的には否定されてるようですが。 因みに中国語には“馬鹿”は動物の「赤鹿」の意味しかありません。 中国語には“馬鹿”に関する言葉は沢山ありますが、本日は“二百五”という言葉をご紹介したいと思います。 “二百五”といっても日露戦争の“二百三”高地のように“205”ではありません。 この二百五”は“二百五十”なのです。 意味するところは、“あほう”、“うすのろ”、“ばか”、“間抜け”といった人を罵る言葉です。 

二百五”(馬鹿)の語源・由来について

关于“二百五”来历的几种说法 (2005-6-13  百度贴吧

中国人は、馬鹿や話のおかしい人、することがまともでない人、ぼんやりしている人、恥さらしな人を“二百五”という。 語源を調べてみると、大体次のような由来がわかった。

1.   戦国故事からの説。 戦国時代、蘇秦という遊説家がいた。 六国の宰相を兼任して、一時はとても羽振りがよかった。 しかし、多くの人から恨まれるようになった。 そしてついに齊国で殺されてしまった。 齊王はとても怒り、蘇秦の仇を討とうとした。 しかし犯人を捕まえることが出来ない。 そこで齊王は策略を考え付いた。 蘇泰の死体から首を切り落とさせ、城門の上に晒したのだ。 そばに高札を立てた。 “蘇秦は内通者である。 殺した者には黄金千両を授ける。 受け取りに名乗り出よ” 高札が出されてすぐ、自分が蘇秦を殺しましたと4人が名乗り出てきた。 齊王が、“殺したのに間違いないな!” 4人は“はい、自分が殺しました”と答えた。 齊王が、“1千両の黄金、その方達4人で分けるとなると如何ほどになるかな?” 4人が一斉に“一人二百五”ですと答えた。 齊王は机をたたいて怒り、“誰かおらぬか、この「二百五」の4人を連れ出して斬れ!” これから“二百五”は「間抜け」の意味として広く伝わってきたという。

2.   唐朝の故事からの説。 唐の長安の京兆尹市長の権勢は絶大だった。 視察に出る時も膨大な儀仗隊を連れていた。 一番先頭を行く役人を“喝道伍佰”(先払いの伍佰)といった。 彼は長い竿を持ち、人を追い払う役だった。 その後、“喝道伍佰”は2人に増えた。 しかし長安の人々は、“2人の伍佰”と呼ぶことはせず、2人まとめて伍佰と呼んだので、1人だと“二百五”となった。 また彼らは、一人一人手に長い竿を持っていたため、彼らを“二杆子(偏屈、粗暴、へそ曲がり)とも呼んだ。 これは長安の人々が威張り散らしていた役人への反感を示すものだった。 それが今に伝わり、“二百五”と“二杆子”は「間抜け」、「無鉄砲」、「無礼」、「荒っぽい」人の代名詞となっている。

3.   民間伝説からの説。 昔、秀才がいた。 功名を立てるために寝食を忘れて勉強したが、しかし結局は一生科挙に合格することはなく、子供も生まなかった。 晩年になって、年取った秀才は意気消沈し名誉や利益に無関心だったが、男児を二人授かった。 秀才は一生の成功と失敗を思い返し、思わず感無量となり、そこで2人の息子に名前をつけた。 一人は“成事”(成功)と名付け、もう一人には“敗事”(失敗)と名付けた。 それから秀才は家にいながら子供に勉強を教え、なごやかに日は過ぎていった。 ある日、秀才は妻にこう言いつけた。 “これから市場に行きすこしぶらぶらしてくる。 お前は、2人の子に字を書かせるようにしてくれ。 上の子は300字、下の子は200字書くように” 秀才が市場から戻り、2人の子の書き取りの様子を尋ねてみると、妻は、“書くことは書いたのですが、成事は書き上げることが出来ず、敗事は書くことも満足に出来ません。 2人とも“二百五”(バカ)です!”と答えた。

4.   牌九(カード賭博)説。 牌九は一種の賭博で、その中の“二板”(4点)と“幺五”(点)の2枚は、いっしょに組み合わせると10点となり、牌九の賭け事の中で、“死の10”と呼ばれていた。 それは牌九の中で一番低い点で、ほかのどんな組み合わせもそれより大きく、従ってその組み合わせでは勝つことは出来なかったからだ。 だから、それから人々は“二板”(二板幺五の略称)という言葉で、どんな事もうまくいかない人、面倒見きれない人、役立たずとからかうようになった。 時間が経つうちに、“二板”が“二百五”となった。 香港では、習慣的に“二五”という。

5.   中学(高校)の国語の教科書によると、昔の人は銀を使う時、区分けしていた。 一般的には5百両を整数単位として紙で包んだ。当時、その5百両包みを“一封”とした。 従って2百50両は“半封”となる。 “半”(うすのろ、うすばか)と発音が似ているため、それから人々は、気がおかしい人、異常な人を“二百五”(バカ、間抜け)というようになった。

6.   昔、馬鹿者がいた。 暮し向きが悪くなり、ある日彼は代々その家に伝わる家宝を売ろうとして、家宝の上に“格安258両”と書いた。 その結果はというと、彼が売っている時、値段交渉する人がいて、どうしても250だという。 彼は250なら250でいいと、250両で売ってしまった。 みんなは彼を8両も損したバカと笑いものにした。 それから、人々はバカなことをする人のことを“二百五”というようになった。

7.   現代では、スター歌手・伍佰台湾出身の歌手の歌をまねようとしてできない奴を、「まだ半人前(5百の半分)だ」と使ったりするそうだ-----

关于“二百五”来历的几种说法 (2005-6-13  百度贴吧

国人常把傻瓜或说话不正经、办事不认真、处事随便、好出洋相的人叫做“二百五”。据考证,大致有以下几个可能的来源:
1、源于战国故事。战国时有一说客,名叫苏秦,身佩六国相印,一时很是威风,但也结下了很多仇人,后来终于在齐国被杀。齐王很恼怒,要为苏秦报仇,可一时拿不到凶手,于是,他想了一条计策,让人把苏泰的头从尸体上割下来,悬挂在城门上,旁边贴着一道榜文说:“苏秦是个内奸,杀了他黄金千两,望来领赏。”榜文一贴出,就有四个人声称是自己杀了苏秦。齐王说:“这可不许冒充呀!”四个人又都咬定说自己干的。齐王说:“一千两黄金,你们四个人各分得多少?”四个齐声回答:“一人二百五。”齐王拍案大怒道:“来人,把这四个‘二百五’推出去斩了!”“二百五”一词就这样流传下来。
2、源于唐朝故事。唐朝的长安“市长”京兆尹权势很大,出巡时有庞大的仪仗队伍。在最前开路的小吏官名叫“喝道伍佰”,他手拿一根长竿赶开路人。后来,喝道伍佰增为二人,但长安群众并没有以两个伍佰称他们,反而说他们是共称伍佰,于是每人就被称为二百五,又因为他们每人手中持一长竿,所以又称他们为二秆子。这说明了长安群众对作威作福的官吏的反感。流传至今,二百五与二秆子都成了莽撞、无礼、粗鲁之人的代名词。
3、源于民间传说。从前有一个秀才,为了考取功名废寝忘食、发奋苦读,可是终其一生都不曾中举,连儿子都没有生。到了晚年,老秀才终于心灰意冷淡泊名利了,反而喜得贵子,添得双丁。秀才回想一生成败,不由得感慨万千,于是给两个儿子起名:一个叫做成事,一个叫做败事。从此秀才在家闭门课子,日子过得其乐融融。一天,秀才吩咐妻子道:“我要去集市上逛逛,你在家督促二子写字,大儿子写三百,小儿子写二百。”秀才赶集回来之后询问二子在家用功如何,老妻回答道:“写是写了,不过成事不足,败事有余,两个都是二百五!”
4、源于推牌九。牌九系一种赌具,其中有“二板”(四个点)和“么五”(六个点)两张牌,这两张牌配在一起就是十个点,在推牌九这一赌博活动中,被称为“毙十”。它在牌九里是最小的点,谁都比它大,它什么牌也“吃”不了,所以后来人们就用“二板五”(二板和么五的简称)这个词来戏称什么事也做不好,也管不了的人。时间久了,就把“二板五”叫成了“二百五”。在香港,习惯上又称为“二五仔”。
5、据某中学语文书记载,古代人用银子按两划分,一般五百两是个整数单位,用纸包好,当时包五百两是为“一封”,而二百五十两就是“半封”银子,因为跟“半疯”谐音,所以后来人们也把疯疯癫癫的人做“二百五”。 
6、从前有一个傻瓜,家道中落。有一天他去卖传家至宝,宝物上写“卖尽二百五十八两”,结果他卖的时候有人和他讨价还价,硬是只给250,他想250250,于是卖得金子250两,很多人笑话他少要了8两金子,笨蛋一个。从那以后人们就把做事糊涂的人称为二百五。
7、到了现代,据说有人学唱歌星伍佰的歌,怎么也学不象。别人说他顶多算半个五百-----

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