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1558 中国は見る(766) 日本で“歴女”が流行

日本,流行

2009-12-05 01:43:17 来源: 新京

北京学者

先日、2009年度新語、流行語大賞の発表があった。 その中で、目新しい新語“歴女”(Rekijyo)が、“新型インフルエンザ”、“政権交代”、“脱官僚”など社会、政治の世相を表す言葉と共に、堂々トップ10入り、人々の目を奪った。

いわゆる歴女とは、歴史に興味を持つ若い女性のことで、形式的には中国語の中の“女文青”みたいなもので、違うところは、後者中国の場合は、夢中になる対象が文学であるのに対し、日本の方は歴史を愛するところである。 また、中国の方が日本より“おたく”の意味合いが強い。 この“おたく”(Otaku)については、伝統的な日本語の意味を拡大解釈し、現代の文化現象に当てはめた典型的な言葉で、そのイメージは“御宅族”、“オタク”などの言葉の普及によって一般化し、“ひとりぼっち”、“内向的”であるが、特定のものに熱中し、他人が何と言おうと頓着せず我が道を行くといった意味合いがある。 村上春樹の小説の中の人物には、強い“おたく性”があると見られる。 そのため、村上氏は“おたく族”の「ゴッドファーザー」となっている。

ところで歴女は、一般的意味での“おたく”とは違うところがある。 一般的に言って、“おたく”の生活態度は消極的である。 外の世界に対する情熱も乏しく、あまり人と交流したがらない。 また“下流”の経済的地位におり、金も使わず、低消費者層に属している。 しかし、歴女は違う。 彼女たちは歴史をこよなく愛するばかりか、熱狂的に各種の歴史のテキスト(歴史関係の本、映画とテレビドラマ)を読むだけでなく、その上自ら虚構の歴史的雰囲気に入ることをいとわず、その中に浸り、はまってしまっているのである。 およそ歴史については、古今の歴史に通じ、幅広くよく知っている。 女性達には専攻がある。 日本史と世界史(特に中国古代史)、通史と時代史など、部門別に分かれ、全部網羅しているということができる。

歴女現象の創始者は、NHK大河ドラマだと見られている。 日曜日の夜8時、CMなしで1年間放送される。 題材は日本の“戦国時代”を扱っており、武将が互いに戦う“時代劇”が主である。 ほかに幕末、維新の歴史題材もある。 これら歴史を題材とした作品は、映画の古い作品も多い。 黒沢明が初期に撮った作品は、中高年の観衆の目を引きつけたものだ。 しかし、伝統的な形式に新しい内容を盛りこみ、古い映画を新しく撮り直すのが時代の流行となっている。 新しい作品には大胆に美男俳優を起用し、古い映画の伝統的だが没個性的、型にはまった武将を、白馬に乗り鎧を着けたアイドル型美男子に仕上げたため、たちまち女性視聴者から追っかけられるようになった。

この歴女たちは、“おたく”的要素の残留はあるものの、しかし大部分は固定した職業を持っており、金も惜しみなく使える。 “おたく”的要素とは、自分が好きなことに、とことん過ぎるほど夢中になることである。 彼女たちは読書、ドラマ鑑賞、歴史関係のいろいろな小物収集、有名な山、川、名寺古刹、名所旧跡を回って、冑に鎧をつけて“穆桂英”(中国、楊家将演義に登場する架空の女将軍)のようにコスプレ変身し、昔を偲ぶのである。 もし、あなたが東京の電車の中で、文庫版《幕末史》を読んでいるOLに出会ったり、時折バッグの中から携帯を取り出してメールを送っている人の携帯のストラップに織田信長や坂本龍馬などの飾り物があったら、たぶん歴女である。

歴女ブームは地方経済を活性化させた。 NHK大河ドラマの撮影場所とドラマ内容と関係する観光地は整備され、当時の鎧、衣装、兵器や各種の装身具を本物と見紛うばかりに取り揃えた。 書店では戦国時代の歴史読み物コーナーを設けた。 東京の小田急百貨店では、戦国時代の武将グッズ専問店“戦国魂”ショップをオープンした。 《産経新聞》の予測によると、“歴女ブーム”による直接的ビジネスチャンスにより、市場規模は700億円に達し、更に拡大する見込みだという。

現代“人類学”の文化系図から言うと、もし歴女を“おたく”と見るなら、歴史的要素と融合した“歴史おたく”女性は“グレードアップ版”となる。 そうすると歴女は“おたく男”とはまったく交流点はないことになる。 “おたく(男)”は、東洋の現代アジア文化のシンボルとして、バブル崩壊後の経済低迷時期、青年は自分の世界に籠り方向を見失い、一方で意義ある拠り所を探し求めたことを表すものだった。 しかし、自己喪失の道は決して止めることはできず、“失われた10年”を出られたと思ったら、また“下流社会”の泥沼に落ち込み、青年の喪失感は日増しに増えるばかり―――“おたく”は“草食系”と変わった。 彼らの人生に対する態度は、更に消極的になり、愛情や性への積極的な欲求を放棄し、心から“草食”を願い、自ら外側にいることに甘んじている。

このような逃避的な人生の態度に、“おたく女”の一部の強い女性は哀れみ、怒って相手にしなくなった。 周りに目を向けると、元気のない草食男子のやつれた後ろ姿ばかり、“おたく女”たちはこんな“おたく男”と仲間となることを恥ずかしいと思っている。 このような心理が客観的には、彼女たちが奮起し自らを救う原動力になっているのである。 そこで、彼女たちは生活の中で目に出来ない“若い男”に換え、戦国時代の古戦場、幕末維新の武士、英雄に目を向けたのである。 歴女が時空を超え、昔の侍たちの激しい戦いを通して、世の中の下劣なことを追い散らそうとする努力は悲壮と言うべきだ。

歴女達の大きな理想の裏側には、まさに現実に対する失望がある。 理想が大きければ大きいほど、失望はそれに比例して深い。

2009-12-05 01:43:17 来源: 新京

北京学者

东亚之痒

日前,日本媒体表了2009年度新流行的投票统计结果:一个生僻的造语词Rekijyo),与新型流感更替脱官僚等反映社会、政治生态变化的关键词一起,登堂入室,位居前十,令人眼界大

谓历女,是指那些活在史中的年宅女,形式上有些像中文境中的女文青,不同的是,后者迷恋的象是文学,而前者钟历史。此外,前者比后者多了一的情境。而Otaku),是以传统的日文语汇引伸诠释代文化象的典型文本,其意象早已随着御宅族宅男语汇的普及而定型化,有种虽落寞、内向、离群索居,却偏、我行我素、爱谁谁的意味。村上春中的人物,被认为有很宅性,村上也因此而成一代宅男宅女的教父。

竟不同于一般意上的宅女。一般来,宅女的生活度比消极,外部世界缺乏情,不大愿意与人沟通,受制于比下流经济地位,也不太,属于低消费层;但女不同,她爱历史,不阅读种历史文本(类书籍、影和电视剧),而且身体力行,不惜自己造虚史氛,并深度浸淫其中,不愿自拔。史,古往今来,涵盖面很广。们则术业攻,日本史与世界史(尤其是中国古代史),通史与断代史,专业门类齐全,可一网打尽。

象的始作俑者,被认为NHK大河电视连续剧周一8点准播放,中不插广告,动辄联播一年半材以反映日本,各据一方的大名相互征战讨伐的主,也有以幕末革命、明治新和中国三国背景(如《赤壁》等)的材。材的作品,很多是旧片,有的在黑明早期就拍摄过,是年吸引中老年众眼球的保留目。但旧瓶装新酒,老片新拍成为时尚。在新拍的作品中,大胆起用俊男明星,那些在旧片中造型高度脸谱化、程式化的武士、将,一旦变脸为马铠甲的偶像型男,立即女性众追捧

日本,流行

(2)

2009-12-05 01:43:17 来源: 新京 【共有评论 0 条】

 

穿越空,试图以往昔侠客的刀光散俗世的蝇营狗苟的努力可悲壮。宏大叙事抱的反面,正是对现实的失望。抱有多大,失望就有多深。

 

北京学者

女,然身上多少有宅女情的残留,但大多有固定的职业,所以舍得花子,宅女的宅性在她身上体现为对自己所注式投入和近乎偏的痴迷。她们读书观剧,搜集与史相的各小物件,遍游名山大川、名寺古刹,甚至在名古迹介胄披甲,以上演COSPLAY版的穆桂英思古之幽情。如果你在京的电车上,遇到捧版《幕末史》的OL公室女郎),或从包里掏出手机,快地个短信,手机的绳坠上挂着写有田信、坂本龙马样饰物的,那八成是女。

象的升温,甚至拉了地方经济。在NHK大河的拍景点,与目内容相的旅游光被深度开发,古代的甲、服装、兵器和各种饰物一应俱全,精致逼真到乱真的程度;专门开设战物的柜,京著名的小田急百店里甚至专卖战国武将物品的店国魂;据《产经预测直接带动的商机,市场规模达700亿日元,且呈态势

从后的文化系上,如果把女看做是源自宅女,又融合了史要素的宅女,那么历女与宅男已全无交点。宅男,作为东洋后文化符号,充分体了泡沫破后的经济低迷期,青年人回自我,一品味迷失,一边寻找价依托的意所在。然而,自我迷失之路并未就此打住,刚步失去的十年,又跌入下流社会的泥淖,一代青年的沦丧感与日———宅男蜕变为草食系:他们对人生的度更消极,甚至放弃了对爱情和性的主动谋求,情愿草食,自甘边缘化。

如此退避的人生度,令一部分强势的宅女哀其不幸,怒其不争。放眼四周,一群有气无力的草食男消瘦的背影,宅女从内心耻于与之伍,这种心理客上也构成了她们奋起自救的力。于是,她把目光回溯,定格到代的古战场,以幕末、新的武士、英雄置生活中无不在的小男人。穿越空,试图以往昔侠客的刀光散俗世的蝇营狗苟的努力可悲壮。

宏大叙事抱的反面,正是对现实的失望。抱有多大,失望就有多深

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