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日本メディアの関心は:「東アジア共同体」の主導権は日中どちらに?

日主流媒称"东亚共同体"导权归

2009-10-31 05:10:13 来源: 中国青年(北京)

同床異夢と中国問題

同床異夢、これは日本のメディアが東アジア共同体問題を語る時、よく出てくる枕詞である。 各新聞は東アジア各国が政治体制の違いやそれぞれの国に資源や領土紛争などの摩擦問題を抱えていることを羅列したり、EU統合との違いを述べる以外に、必ず“飛躍する中国”の話題を持ち出す。 また日本のメディアは、中国との付き合いや競争の問題を論ずる時、脳の片隅には常に米国と日米同盟の影が存在している。

この影はなぜ振っても切り離せないのか、それは日本の戦前アジア外交の伝統的戦略と冷戦時代の日本外交の基本的思考と切り離せない。 いわゆる伝統外交とは何か。 日本はアジアで大きいが単独では力不足だ。 必ず、同地域の覇権国家と同盟を結ばなければならない。 戦前の“日英同盟”、“日本、ドイツ、イタリアの枢軸国”はこういう戦略の下できた産物である。 戦後の“日米同盟”となると、いっそう敗戦国日本のアジアへの“復帰”の(重点的には南進)基本的な条件となった。 

はっきりいうと、戦後の米国がアジアで行った冷戦戦略と米国の援助なくして日本は順調なアジア“復帰”(まずは東南アジア)はできなかったばかりか、戦後経済の奇跡は起きなかった。

いつ臥薪嘗胆をやめるか

戦後日本の指導者は米国のやり方に、何事も満足していたわけではないが、しかし基本的に米国にひたすら同調し、臥薪嘗胆(ガマン)の政策をとってきた。 日本の保守政権は長期にわたり、こんな苦難を辛抱したくはなかった。 問題はいつホワイトハウスに向って態度表明するかだった。 前世紀の80年代後期、日本のバブル経済最盛期の頃、力がすでに整ってきたと思った日本は、米国と対等にふるまうようになり、勝手に振舞う姿勢を見せた。 当時の日本のメディアも“日本ナンバーワン”や“いつまでも2位に甘んじていいのか”といった記事を繰り広げ、積極的に大国意識や盟主論をぶち上げていた。 しかし、結局日本はバブルがはじけ、金融戦争で敗けた。 日本人が言う、“第2の敗戦”(1回目の敗戦は、米国の原子爆弾で敗けたこと)。 バブル経済の破滅から10数年、特に小泉時代、日本は米国に表面的には従順で、軽挙妄動しなかったのは、先に述べたような早すぎた態度表明で厳しい挫折を味わったからである。

この点から見ると、日本のメディアが鳩山首相に“日米同盟”を重視するよう注意していることは、決して鳩山首相の“保守本流”派が適切な時期に立ち上がる基本的な考えと苦心を理解しないのではなく、彼らに慎重に、時機がまだ熟していない時に手の内を見せ同じ失敗を繰り返さないようにということである。 まして、日本はアジアの“リーダー”(提唱者)とならねばならぬ時である。 また中国との競争に立ち向かわねばならない。 軽率に米国の保護の傘から離れるなど、決して上策ではない。

上述したように、日本のメディアは鳩山首相の北京の旅に対して表面的には拍手の声より批判の方が多かったことがわかる。 しかし、深く分析すると、各紙は新政権に注文をつけているのである。 各紙が伝達しているメッセージは非常にはっきりしている。 “東アジア共同体”構想は決して鳩山首相の独創ではないこと。 鳩山首相の“東アジア共同体”の構想は曖昧模糊としていて、その具体的な内容はまだ固まっておらず補充が必要だ。 各国のこの構想に対する態度は依然としてまだ同床異夢の段階にある。 日本の主導権を確保するため、鳩山民主党は自民党時代の“10+6”の基本的な態度をしっかりと守らねばならない。 “中国の飛躍”と軍備動向について、油断してはいけない。 “脱米”とか米国排除問題については、新政権には態度をきちんとしてもらいたい。 新しい主張を言ったり、明確でない外交をを進め、長い同盟国米国の疑念を引き起こすことのないようにしてもらいたい ということだ。

“親米入亜” よく考える価値がある

この問題で、一部メディアは鳩山首相の東アジア共同体構想は自民党と決して実質的相違がないことをはっきり知っているが、その“親アジア”の姿勢があまりに鮮明だったことに対して、ちょっと不満の声がある。 鳩山首相は胡錦涛中国国家主席と会見した時、“新内閣は歴史を鑑として未来に向かう”と述べた。 《読売新聞》北京特派員の記事はこうだった。 “歴史を鏡にする”、これは中国が日本の歴史認識問題を議論する時の決まり文句である。 首相がこの決まり文句を使うとは、北京も意外に感じたろう!”

また同時に、各新聞はそれぞれ日中両国の間に存在している“食品安全問題”と“国益”に関する東シナ海のガス田共通開発問題を集中的に取り上げた。 東シナ海のガス田の問題について各紙は、鳩山首相は温首相との会談で、中国が独自に“白樺”(中国名:春暁)ガス田開発を継続していることに懸念を表明するとともに、「東シナ海を友愛の海にしていこう」と呼びかけた。 これに対して、温家宝首相は基本的には賛成だ」と応じた。 しかし、同時にこの問題には国民感情の問題があることを指摘したそれぞれ重点的に報じた。 だが、関連ニュースを報道する時、写真や文章、解説も詳しく載せる日本の新聞が、この時は、あまり記事はなく、鳩山首相がどうして心配を表明したのかも詳しく述べず、“春暁”が中国の海域にあって両国の論争地点ではないことも説明しなかった。

このほか、注意する価値があるのは、ホワイトハウスが鳩山首相の共同体構想に対する反応があまりにも強烈で、日本が“国益”を重視してないと誤解されたと心配したからかもしれない。 速やかに戦後の“あまりにも米国に頼りすぎた”政策を調整すべきだと主張する鳩山のブレーン寺島実郎氏が、先だって“親米入亜”のスローガンを打ち出した。 日本総合研究所会長で、長期にわたり日本企業の海外戦略の顧問をしていた寺島氏が、もちろん戦後の日本のアジア“復帰”の歴史を知らないはずがない。 ちょうど鳩山首相が積極的に至る所で“東アジア共同体”構想をぶち上げていた時で、鳩山外交と安全保障問題の最高ブレーンがどうしてこのように急いで戦後の日本外交の戦略的基盤である“親米入亜”論を提唱するのか? 分からないと言わざるを得ない。 鳩山構想の長所と魅力は一体何であろう? 極めて興味深い。

同床异梦与中国问题

同床异梦,可以说这是日本媒体谈论东亚共同体问题时最常出关键词。各除了东亚各国政治体制存有差异以及彼此间还源与争等摩擦问题而有于欧洲的合之外,都不忘把焦点放在正在崛起中的中国话题上。日本媒体在述与中国相争的问题时中始存在着美国和日美同盟的影子。

些影子之所以之不去,自然是与前日本在洲的外交传统战略及冷战时期日本外交的基本思分不的。所谓传统外交,指的是日本要在洲独大单单依靠本身的力量是不的,而必与本区域之外的霸国家盟,前的日英同盟德、日、意心国就是如此略下的物。至于后的日美同盟,更为战败国日本(重点是南)造了基本的条件。

得透些,没有后美国在洲推行的冷战战略与美国的扶持,日本休想(首先是),更遑现战后的经济奇迹。

不必

正因如此,尽管后日本领导于美国的部署并非事事意,但基本上是采取唯美国首是瞻、胆的政策。日本的保守政府当然不愿意期忍受如此之窘境,问题是在什么时刻向白?上世80年代末期,也是日本泡沫经济鼎盛期,自羽翼已丰的日本就曾露出有意与美国平起平坐、甚至分庭抗礼的姿,当的日本媒体也在日本名列第一是甘心屈居第二的大辩论极鼓吹大国意与盟主。但到来日本打了仗,即打了金融仗,日人称之第二次败战”(第一次败战是指于美国的原子)经济泡沫破的十多年来,特是在小泉代,日本之所以美国在表面上得更为驯服和不敢轻举,正是因受到上述早表重受挫的果。

从个角度来看,日本媒提醒山首相要以日美同盟重,并非不了解保守本流(保守正)在适当候当家作主的基本思和苦心,而是要他小心翼翼,不要在未成熟亮出底牌而重蹈覆,更何况日本要在洲当带头”(盟主)得面中国的争,率表示要脱美国的保护伞并非上策。

上所述,不难发现,日本媒体针对鸠山的北京之旅从表面上看似乎是批声多于掌声,但深一分析,各是在与新政府分担喜极出划策。各所要达的信息是十分清晰的:东亚共同体的构想并非山首相首;东亚共同体的构想模糊不清,其具体内涵有待商榷和;各国此构想的度仍然停留在同床异梦的;了确保日本的主导权山民主党守着自民党“10+6”的基本;中国的崛起及其军备动向,不可掉以;在有是否脱美或排除美国的问题上,新政府度,不要因新立异或者试图推行模糊外交而引起期盟友美国之疑心。

美入耐人

该问题上,一部分媒体然明知山的东亚共同体构想与自民党并无实质性差异,但其所出的亲亚姿于逼真也有微辞而语带讥讽山首相在会中国国家主席胡曾表示:新内将以史为鉴,面向未来。读卖》北京特派的回是:“‘以史为鉴是中国在谈论日本的认识问题时的套。首相使用个套,也北京也没想到吧!”

与此同,各也把注意力集中于中日两国存在着的食品安全问题与事国益海油气田共同开发问题上。针对东海油气田问题,各着重指出,山首相中国船在”(中国称之)采表示担。各也同时报山主要把海化之海此,中国理温家宝的反是基本上同,但同指出此问题还牵涉到国民感情的问题。不,在道有闻时,擅长图文并茂解读问题去脉的日本回着墨不多,既未何表示担,也未是位中国的海域而非两国争之所在地。

此外,得注意的是,也是因担心白宫对鸠山共同体构想的反应过烈及被不以日本国益重,极力主早日于依靠美国政策的山智囊寺岛实郎不久前提美入的口号。任日本合研究所会期担任日本企海外顾问的寺当然不会不清楚后日本洲的史,原本就是一部美入史。正当极到东亚共同体构想的刻,山外交与安全保障问题智囊何要迫不及待地提倡一个原本就是后日本外交略基美入?不能不令人感到解。山构想的点和魅力究竟是什?耐人味。 (本文来源:中国青年 )

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