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1472 中国の三面記事を読む(628) 日本人の「三国志」好き――吉川英治考 (下)

日本人の三国文化:吉川英治と《三国志》 

日本人的三国文化:吉川英治与《三国志》

2009-08-13 15:42:52 来源: 网易

吉川英治以外にも、現代作家がいろいろな“三国志”の小説を書いている。 例えば時代小説家の柴田錬三郎の《三国志》、歴史小説家、陳舜臣の《秘本三国志》などがあるが、いずれも吉川英治の《三国志》に遠く及ばない。

Photo_3 吉川英治は1892年生まれ。 7歳の時に《十八史略》などの漢籍に触れ、10歳の時には雑誌の投稿に夢中になっていた。 だが、家が没落し、11歳で中途退学し、印刷工、ドックの船具工、象嵌職人、記者など様々な仕事をしながら独学で勉強に励んでいた。 聞くところによると、百科事典を50回くらい読み返したという。 34歳の時、《大阪毎日新聞》に《鳴門秘帖》を連載し、一躍有名にPhoto_4 なった。 論説家で小説家の木村毅氏(1894~1979年)は、彼を“フランスのデュマを超えた”と言った。 執筆50年、多くの“大衆小説”を書いて、1962年に亡くなった。 数学者で随筆家の岡潔氏は、“大東京が色褪せてしまった”と語った。 生前から全集は何度も出版されたが、最新版は講談社が1984年に出した“吉川英治全集”全58巻である。 編集責任者は彼の息子Photo_5 だった。 吉川英治の名前は読者の希望リストから消えることなく、代々読み継がれている。 特に社会に入った男性達に愛読された。 いつまでも衰えない人気という点でいうと、彼と肩を並べているのは大文豪の夏目漱石しかいない。 代表作の《宮本武蔵》は、米、英、仏、独などの国で翻訳出版され、たいへんよく売れている。 欧米人はこの本から日本人の哲学思想を探っているようだ。 吉川英治の《三国志》と羅貫中の《三国志通俗演義》を、それぞれ読み比べ、研究したら、きっと面白いと思う。 中国人と日本人の違いが、はっきりと余すところなくわかると思う。 吉川氏は、ほかに《新・水滸伝》を書いている。 1958年1月から、講談社の月刊《日本》に連載されたが惜しいことに未完のまま、ついに絶筆となった。 随筆《小説の題材》の中で彼はこう言っていた。 “《新・平家物語》を書き上げ、暇だったので、その夏は軽井沢で少年時代読み耽った《西遊記》を読み直してみた。 幻想の翼が羽ばたき、それはとても楽しかった” 彼は、《現代版・西遊記》を書くつもりだったに違いない。

Photo_6 吉川英治の《三国志》は今なお依然として人々の必読書になっている。 しかしここ数年の“三国志ブーム”は更に現代化している。 このブームは、最初は1983年のNHKテレビ局で放送された人形芝居《三国志》から始まった。 その後、コンピューターゲーム「三国志」が発売され、更にブームに火をつけた。 しかし“三国志”の戦闘は200年余り続くもので、人物も300人を上回り、コンピューターゲームでは思う存分楽しむという訳にはいかなかっPhoto_7 た。 それで特に大学生は、マンガ《三国志》を愛読した。 これは面白いだけでなく、コンピューターゲーム機の攻略に必要な資料を収集することができた。 このマンガの作者は横山光輝氏で、全60巻。 中央公論社は香港版「三国演義」のマンガを複製して出版した。 売れ行きはまあまあだった。 多分、日本人の好みに合わせた「中華料理」のようなものだったのだろう。

日本人が読む三国には、おのずと日本人の読み方がある。 こう言う人がいる。 《三国志》の最大の魅力は策士の活躍だ。 今日の日本企業の中で社長の多くが悩んでいるのが、このような策士がいないことである。 重大な方針を決定する時、幹部達に意見を求めても、だいたいが評論家のような答ばかりで、“私は成功率60%くらいあると思います”といった、“三国志”の策士達のように積極的に献策したり、論争、勧誘したり、首を切られるのもいとわないといった人を、現在の日本は必要としているのです。 日本人は《三国志》を、人生訓、処世術、成功訓、組織学、指導術、戦略論などとして読む。 特に経営者は座右の書としている者が多い。 わが国の《三国志通俗演義》は作られてから600年くらいになる。 日本人の読み方に倣って《三国志と人間学》、《三国志統一学》といった本を出版するのもよいのではないか。 

日本人的三国文化:吉川英治与《三国志》

2009-08-13 15:42:52 来源: 网易  0 手机看新

吉川英治之外,有一些代作家写有各三国志,如武侠小家柴田三郎的《三国志》、史小舜臣的《秘本三国志》等,但都不如吉川英治的《三国志》普及。

吉川英治生于一八九二年,七岁开始接触《十八史略》等籍,十给杂志投稿。因家道中落,十一岁辍学,从此干印刷工、修船工、画匠、者等种种营生,同自学不懈,据把百科事典读过五十来遍。三十四岁时在《大阪日新》上连载鸣门》,一成名。评论家、小家木村毅(一八九四~一九七九年)甚至认为法国的大仲。笔耕五十年,多数作品是故事新。一九六二年去世,使数学家、随笔家冈洁得大京都褪色了。生前身后,全集一再出版,最新版本是讲谈社一九八四年出吉川英治全集五十八卷,编辑是他儿子。吉川英治的名字不曾从者的书单上消失代人都爱读,尤其是走上社会的男子汉们。就久不衰一点来,能和他比肩的只有大文豪夏目漱石。代表作《本武藏》在美、英、法、德等国翻出版,颇为畅销,欧美人想从中探日本人的哲学思想。倘若把吉川英治《三国志》和罗贯中《三国志通俗演照来,加以研究,一定很有趣,中国人和日本人的差异会显现。吉川写有《新·浒传》,一九五八年一月始在讲谈社月刊《日本》上连载,惜其未竟,笔。在随笔《小材》中他说过写完《新·平家物》,有了空,于是个夏天在自少年代就耽的《西游》,得以展幻想的翅膀,其陶陶。他也曾打算写一部《代版·西游》来的。

吉川英治《三国志》至今仍是人的必读书,但近几年的三国志却更为现代化。起于一九八三年NHK电视台播放木偶《三国志》(此前播放过动画片),而后子游《三国志》上市,更推波助。不三国志历时二百多年,人物超百多个,玩子游不易掌握,以尽,所以,尤其是大学生,更喜看漫画《三国志》,不看起来津津有味,而且可以收集子游机攻略所需要的料。套漫画的作者是横山光,共六十卷。中央公社曾翻印香港版三国演漫画,似路平平,大概是因没有像《中料理》那改造得适合日本者的口味吧。

日本人三国自有日本人的法。有人这样说:《三国志》的最大魅力是士的活,在今天的日本企理所苦的就是缺少这样士。决定重大方,征求干部,得到的往往是评论家式的答,什认为成功率有百分之六十,而三国志们积极地献策、争劝诱,掉袋也不悔,正是今天日本所需要的。日本人把《三国志》成人生世方、成功法、组织学、领导术等等,尤其被经营者奉座右之。我的《三国志通俗演世有六百年了吧,而今似乎也不妨试试日本人的法,出版一些《三国志与人学》、《三国志的统筹学》之 (本文来源:网易 )

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