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林少華:村上春樹新作《1Q84》を語る 中国語版は半年後出版

林少华谈村上春新作《1Q84 半年后出版

2009-06-18 14:07:01  来自:

時代周報:あなたは村上春樹さんの新作と、これまでの彼の作品と比べて、作風にどんな違いがあると思いますか? 何かずば抜けたもの斬新なものがありますか?

 

  

 

Photo 林少華:これは各作品と比べて見ないといけない。 もし《ノルウェーの森》などいわゆる中国の読者が言う“プチブル”風の作品群と比べると、作風はもちろん違っている。 しかし、もし《世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド》と特に後期の《ねじまき鳥クロニクル》や《海辺のカフカ》などの作品群と比べると、はっきりした違いは感じられない。 文体はこれまで同様、読みやすく、洗Photo_2 練され、英知とユーモアに溢れている。 そればかりでなく、ある登場人物の話し方にはとても似通ったところがある。 たとえば《1Q84》の中の邪教の教祖の深田保と《海辺のカフカ》の中のジョニー・ウォーカー、《1Q84》の中の牛河と《ねじまき鳥クロニクル》の中の牛河の話し方はまるで同じだ。 後者の場合、名前まで一緒だった。 筋も似通っているところがある。 深田保とジョニー・Photo_3 ウォーカーは共に最後は相手に自分を殺すように求めている。 その上、死の直前、深い哲理を含んだ話をとうとうと話している。 創作の手法はちょっと違っていて、最もはっきりしているのは今までの主要な長編小説は、みな第一人称で書かれていたが、今回の長編は第三人称を採用していることだ。 従って、それによって更に多くの多様性を駆使できることになった。  

 

比べて見ると、題材と構想の違いが明らかに分かる。 同じように悪と暴力を描いているが、《羊をめぐる冒険》にしろ《ねじまき鳥クロニクル》にしろ《海辺のカフカ》にしろ、すべて歴史事件を題材としている。 ところが《1Q84》は現実を題材にしている。 構想あるいはテーマの面で、前の三作品は主に悪と暴力の源は日本の戦前の軍国主義体制にあったとし、その悪と暴力は絶対に疑うべくもないものとしている。 しかし《1Q84》は、日本と世界の今の枠組みの中で、悪と暴力の発生する土壌を探している。 しかも、このような悪は往々にして相対的なものであって、善悪の間の境界線は大体はっきりしないのである。 この点についていうなら、深刻に掴んでいるとも言えるし、また曖昧な妥協に終ったとも言える。 なぜかというと、善悪の判断がしにくい情況の下では、人類はどうしても道義の根拠、行動の理由と前進する方向を見失うからである。 この点について言えば、この作品は決して欠陥がないとは言えない。

 

  

 

オーウェルに敬意を表す

  

 

時代周報:村上春樹さんは、《1Q84》はオーウェルの《1984》に敬意を表した作品だと言っていますが、この両作品にはどのような関係がありますか?

  

 

Photo_4 林少華:今年はイギリスの作家:ジョージ・オーウェルが20世紀に残した不朽の名作《1984》が出版されて60周年の年に当ります。 村上さんの《1Q84》は今年529日に出版されました。 オーウェルの《1984》は1949年6月8日に刊行されました。 日付についていえば、10日違いです。 オーウェルの《1984》の冒頭は、“4月、天気は寒く晴れ渡っていた。 時計が13鳴った” 村上さんの《1Q84》BOOK14Photo_5 月―6月”は、《1984》は“兄貴”(Big Brother)と独裁者をパロディー化し、《1Q84》は“リトル・ピープル”(Little People)で邪悪な力を暗示している。 これらは偶然の一致とは考えにくい。  

 

更にもっと重要な関係というか共通するところは、両者が全人類社会に警告を出していることである。 オーウェルは有名な左翼作家で、一貫して反帝国主義の立場に立っていました。 本の背景についていうと、《1984》はスペイン内戦、第二次世界戦争の大災害と戦後の廃墟があります。 一方の《1Q84》は冷戦後、特に“9・11”事件後の“混沌”とした世界です。 オーウェルの《1984》が予言したのは、途轍もない恐怖の世界です。 “戦争はつまり平和、自由はすなわち奴隷、無知は力” あらゆる面を統制する“兄貴”の独裁統治のもとで、人々は恋愛や日記など厳しい監視、取り締まりにあっている。 その結果、人間性は消滅し、親戚とも付き合わず、自由は剥奪され、思想もコントロールされ、最後にはいわゆる思想改造の事態まで受け入れ、考えもなく生ける屍となっていく。 一方の村上さんの《1Q84》が描くのは、“さきがけ”という邪教団体で、その状況は(1984)と勝るとも劣らないもので、人々はその邪説に惑わされて、自らの意志でまだ10歳の実の娘を教主に手渡して姦淫されてしまう。 明らかに、この二人の作家が着目しているのは、広大な人類の将来像で、そのために警鐘を鳴らしていると言える。 村上さんの話で、重複して申し上げれば、現在世界で一番恐ろしいことは、“精神的監獄”ということになる。

 

  

 

時代周報:藤井省三さんが、村上さんはたいへん中国の作家・魯迅が好きである。 だから、《1Q84》の中にも魯迅の影が見られる。 “1”はローマ数字の中の“I”であるから、この書名は“私は阿Qだ”と見ることができる。 あなたはこの本が魯迅の影響を受けていると思われますか?

 

  

 

Luxun 林少華:藤井省三先生は、日本の最高学府・東京大学の教授であり評判の高い学者で、その見解には道理があると思います。 でも、率直に言って、私は《1Q84》と魯迅の阿Qとは何の関係もないと思います。 “IQ”とも関係がありません。 もしIQを言うなら、作中の人物は、善人だろうと悪人だろうと誰であろうと―いずれもIQは高く、“IQ84”をはるかに上回っています。 藤井先生は魯迅研究の専門家です。この前、村上さんの短編《駄目になった王国》(《四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことに》中国語訳本に収められる)の中のQ氏と魯迅の《阿Q正伝》の阿Qの間に“血縁関係”があることを発見した。 去年10月末、村上さんと二回目にお会いした時、私は直接村上さんに《阿Q正伝》を読んだことがあるかどうか聞いて見ました。 彼は読んだことがある。 しかも、一回に止まらず読み、“とてもおもしろかった”と答えられました。 彼が書いたQ氏に関して、その影響を受けたかどうかについては、彼はあれは“偶然の一致”ですと答えた。 彼が魯迅に対して敬意を抱いていることは否定することができない。 ところで村上さんが、ロシア文学について、特にドストエフスキーに敬意を持っていることについてははっきりしている。 精神面で村上さんと魯迅は似ているところがないとはいえない(きっと世界の優秀な作家に共通の特徴です) しかし《1Q84》の中では、私は魯迅の影響を見つけることができなかった。 “私は阿Qだ”というこの一方的判断に対しては理解ができません。

 

  

 

時代周報:中国の読者はいつ頃、《1Q84》の中訳本を読むことができますか? 譯文出版社がこの本を引き受けることになりますか? あなたがまた、《1Q84》の中国語訳の翻訳者になりますか?

 

  

 

林少華:上海譯文出版社は、今まで39種類の村上作品を受け入れ、33作品を出版し、間もなく《遠い太鼓》と《辺境・近境》の2作を出版します。 ですから、《1Q84》が受けられない理由はありません。出版社の責任者がメディアに対し、時期が来たら私に翻訳を依頼すると発表しました。 1050頁なら、1日あたり10頁訳せば、最初の訳は3ヶ月半で出来ると思います。 校正と序文で1ヶ月、それと編集、印刷に時間がかかるから、たとえ明日、著作権が決まったとしても、中国の読者は少なくともこの本を読めるのは、半年先くらいになるでしょう。

代周:您认为村上春本新作,与他以往的作品相比,在格上有何不同?有何突破与新?
  
林少要看同哪些作品比。如果同《挪威的森林》等所中国者所的作品群相比,格固然有所不同;但若同《世界尽与冷酷仙境》尤其同后期的《奇行状》和《海的卡夫卡》等作品群相比,不出明。笔、冷峻、睿智和幽默。不如此,有的出人物说话语气都极相似。如《1Q84》中的邪教目深田保同《海的卡夫卡》中的沃克、《1Q84》中的牛河和《奇行状》中的牛河的口吻几乎如出一,后者名字都一模一。情也有相仿之,如深田保和沃克最后都主要求死自己,而且死前都大富有哲理性的话题。写作手法倒是有所不同,最明的是去的主要篇均采用第一人称,而采用第三人称,从而有了更多的机性。
  
相比之下,材和立意的不同却是而易的。同描写和暴力,但无羊冒险记是《奇行状》抑或《海的卡夫卡》,都是以史事件为题材,而《1Q84现实题材。在立意或主方面,前三部作品主要将和暴力的源头归于日本前的国主体制,因而那种恶和暴力是绝对的、毋庸置疑的;而《1Q84在日本以及世界当今格局中和暴力生的土壤。而且,这种恶往往是相的,即善的界限在一定程度上是模糊不清的。就点而言,既可以是一深刻和突破,又未不可以认为是一种暧昧和。因,在善恶难以判断的情况下,人类难免失去道的根据、行的理由和前的方向。就此而言,部作品并非没有缺憾。
  
向奥威致敬
  
代周:据村上春自称,《1Q84》是向奥威1984》致敬之作,两本有什么样系?
  
林少:今年是英国作家奥威最具20烙印的不朽之作《198460周年。村上的《1Q84》于今年529日出版,奥威的《1984》在194968日刊行,就日期来相差10天;奥威的《1984篇第一句四月,天气寒冷晴朗,敲了十三下,村上的《1Q84BOOK1“4—6;《1984》以老大哥Big Brother隐喻独裁者,《1Q84》以小人儿Little People)暗示某力量。很难认为这些完全出于巧合。
  
更重要的系或共通之在于,两者都向整个人社会提出警告。奥威是有名的左翼作家,一持反帝立。就写作背景来,《1984西班牙内、二的浩劫及后的墟;《1Q84是冷后尤其“9•11”事件后的混沌世界。奥威的《1984言的是一个极其荒唐和恐怖的世界:争即和平、自由即奴役、无知即力量。老大哥无孔不入的独裁治下,人们谈和写日都受到严厉管制和监视。以致人性泯,六,自由被剥,思想被控制,最后堕落到自接受所思想改造的地沦为没有思想和灵魂的行尸走肉。而村上的《1Q84》所描写的名的邪教体,其情形有之而无不及,人甚至在其异端邪惑之下自愿把年生女儿交教主奸淫。然,两位作家所着眼的都是更广的人前景,此敲响警。用村上的话说恕我重当今世界最可怕的就是精神囚
  
代周:藤井省三指出,由于村上非常喜中国作家迅,因此《1Q84》里有迅的影子,因“1”罗马数字里是“I”,所以名可以看成我叫阿Q”。您认为这迅的影响
  
林少:藤井省三先生是日本最高学府京大学的教授和有名气的学者,解自有其道理。不坦率来,我在没有看出《1Q84》同迅笔下的阿Q有什么联系,哪怕蛛丝马迹。同智商也似乎无。若智商,中的人物正面也反面也不正不反也哪个都智商极高,远远不止智商84”。藤井先生是迅研究家,在此之前就在村上的短篇《完蛋了的王国》(中收于《遇到百分之百的女孩》)中的Q氏和迅的《阿Q》的阿Q间发现系。去年10月末第二次村上,我当面村上是否看《阿Q》,他回答看,而且不止一次,很有意思于他笔下的Q氏是否受其影响,他那是偶然一致。但他对鲁怀有敬意点是不能否的。而村上然又俄国文学、尤其是陀思妥耶夫斯基怀有敬意点而言,在精神面村上和迅未没有相通之(想必那也是世界所有秀作家的共同特点),但在《1Q84》中我确没有找出迅的影响,我叫阿Q”断更加感到解。
  
代周:中国者什么时候能看到《1Q84》的中本?文出版社会不会引进这,您会是《1Q84》中本的
  
林少:上海文出版社已39村上作品,出版了33,即将出版《方的鼓声》和《境近境》2。因此,没有任何理由不引1Q84》。出版社负责人已经对媒体表示,届仍将找我翻1050,平均10,初稿完要三个半月,校和写序要一个月,加上编辑印刷时间,所以即使明天定版,中国者也至少要在半年后才能看

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